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【音闇クルフィ】  作者: たくひあい
ミライとめぐめぐ
68/240

鳥籠





 夜というのもあって少し冷えてきた。

――――なんて思いながら、リル、は木から引っこ抜かれた鳥籠を振り回す彼女を見ていた。



「なんだか、楽しそうだな。いいことでもあったのか?」

 


 光を避けつつ、姿を一瞬晦ましているうちに、ずしゃ、と鳥籠が土を滑る音がした。

狙いを外しても、彼女は嬉しそうに笑っており、めげることなくもう一度、チェーンを手繰り寄せ、鳥籠の中に怪しげな光を蓄え始める。


「最近、お茶の福袋とハムの詰め合わせを買ったばかりなの。シルピアの福袋もあるから、これで一年はお茶に困らない」

「ふうん、そりゃいいね」

 リル、はなかなか攻撃をしなかった。体力は残っているように見えるのだが、使った魔法も木と鳥籠を縛り付けるものなど、最小限だ。

それが、余計に苛立たせている。



 女優帽子と黒い衣服は、見ようによっては魔女の正装のようでもあった。

大きな鳥籠も、確かに魔女狩りの流行っていた牢を思わせる。魔法を弾くものだ。

『避けて来たもの』と今更対峙させられるみたいでなんだか心苦しい、とリルは思った。

「ふふふふ、ついでに貴方の血を、この牢でハンドドリップして、今度のアフタヌーンティーに出そうかしら。小皿に載せたお菓子と一緒に味わってあ・げ・る」

「それにしちゃあ、ちっと目が粗くないか? 私は繊細なんだ」


 あまり長居する気はなかったのに、さっさと帰るか、と思っていたら、時間稼ぎで魔法そのものを使い始めた彼女に止められて、対抗しているうちにすっかり夜だ。

正直、何をどうして戦っていたのかすら、細部が思い出せない。

いつもの癖で、適当に、あしらっているけれど、寒くなるし、疲れてくるし、早いところ帰りたいなぁと思った。


 どすん、と重い音がして、鳥籠が突き刺さると、地面の表層がまた削れる。

(ハンターから逃げているときも、始終あちこちで鉄錆のような匂いがしていたっけ――――)

なんだかちょっと懐かしく感じる自分に苦笑しつつも、彼女から視線をはなさずにいる。


あまり足場を崩すと、互いに困るからか、最初のように勢いよく削ることはしないみたいだ。


「まさか此処で神話の神に会えるとは思わなかったなぁっ」






 久しぶりに聞いた名前。描かれし神話の神。

魔女狩りから逃れる為に旅をしていた頃、『人間に貰った』名前だ。鳥籠を掲げた彼女の真っ黒な衣服の裾が風に舞い、懐かしい時代を重ねて思わせる。

(神、ねぇ)自身が神族の血をひいて居る、と幼い頃母親に聞いたことはある。

魔女の神というのも存在しているし、両立不可能ではない。

(まぁ、一時期教会で暮らしてたしな……)




「私も、出来るなら会いたくなかったな、メギルディア」

彼女の帽子の向こうの真っ赤な目と視線が合う。それは古の血の濃さをそのまま表している。


「あれは、魔女時代の名です。あぁ、あの屈辱は、未だ忘れていない。人間は、我らを呼んでおいて、教義を自らの都合の良いものに書き替えた――――自らを神と名乗る冒涜! 神の名を侵しての暴虐……だのに、何故、人間の教会に残ったのか!」


「もう、いい、充分、派手に壊してやっただろう。別に、肩を持ったりはしない。奴らは当時、人間からも追放されたじゃないか。罪を背負った。僧だって、破門にしたと言っていた。それは、彼らが人間の側に置いても掟を破っていて許されていなかったからだ」


「何が良い!!」

 彼女は余程耐えかねているのだろう、声を震わせ、怒鳴った。

鳥籠の中の光が成長し、大型の鳥の姿になると彼女に呼応するように吠える。


「何もよくはない。いつまでも、いつまでも、許さない。我らは長い時を生きる。その分、歴史を読み返すこともある。彼らが、何世代にもわたって、我らの名と、あの屑どもを同列に語り継いだ……長い歴史、主の身体の一部となっている。これほどの冒涜があろうか。あぁ、忌々しい!!忌々しい!!絶対に壊してやります」


「まぁ、忘れろとかは言わないけどさ」

 リル、は苦笑すら出来ないまま、寂し気に答えた。

当時クラスメイトの彼女は、優秀な生徒だった。意地悪で皮肉屋だが、そこまで悪いやつでもなかったように思う。

典型的な人間嫌いで、人間を見下ろしていたけれど、他者の願いを叶えるという面で信仰を得てもいた。



 彼女たちの居た学校は、魔女、魔術師、なんらかの魔法使いの教師が授業を行っており、主に上級生になると卒業試験に向けての師弟制度がある。

彼女は異国の神族に師事していて――――魔女狩り大戦後、ほとんど名を聞かず久しかったのだが、今日、その影響を継いでいる彼女に再会。

「しかし戦争以来だな。闇に買われたか」

「買われたわけじゃない。自ら潜り込んだのです」

「そうか」


  ちなみに大戦に至るまでにも、様々な歴史がある。

 事実として各地の人間が行っていたのが、神や魔女の名を語ってのテロ行為、および宗教的な搾取だ。中には巨大な組織を築き上げ、国家を揺るがす程の被害を出したものもあった。

 互いに因縁を引きずった人間と魔法使いの対立が激しさを増し、やがて戦争が誘発される。

 戦後も魔女会などの『人間の宗教』が生まれたり、都合の悪い人間を「魔女」と呼び、殺すこともあった為に、今でも土地の者は自分たちを「冗談でも魔女と呼ばないように」とかたく禁じている為、異能力者が表に出なくなった原因の一つとも言われている。

同時にそれは、『魔女』たちの怨みと重なることもある。


 名を汚され、搾取に利用され、自分たちのせいであると広められたのだから。

信仰そのものの在り方を汚そうとした。その事実をなによりも許しがたいと思っている者は少なからず居る。

特にその時代の神族にはその面が強かった。


「馬鹿というのは平気で他人の貴重な時間を奪う。早いうちに視界から消しておく為なら手段を選ばない。その手段の結果貴方が敵となっても」

「ん? 何を言っているんだ?」


 なにをそんなに焦っているのだろう。何と戦っているんだろう。

突然敵と言われるのも全部よくわからなかったし、確かに、大戦で長い間が空いて居るけれど、彼女は――――いや、彼女たちは何を隠して居る?

「人間に従う貴方が、私の行く手を阻むのなら……」


「従ってたんじゃない。無暗に出歩くと目立ってしょうがないからな。普通、協会に魔女は来ないし。当時は魔女狩りもあったんで隠れてたんだ」


リル、の話に耳を傾けることもなく、彼女は話を続ける。


「今だって、そうなんですよ。貴方の事も、屑どもの歴史に利用しようとしている! あいつらは何度も、屑どもと歴史を同列に語りたがる! 掟を変え、都合の良いようにしてしまう! その自転車から降りようとはしない」


「ああいうのやる人たちって、どんな志で仕事してるんだろうな」

  痛いところを突かれたな、と思った。



  「その自転車からおりようとしない」つまり、永遠に漕ぎ続け、会話の出来ない人達がなにをしでかすのか。それ自体は昔嫌というほど知っている。


『足が三本になるあの時』も、痛かったけれど。また、あんな思いをするのだろうか。

 思い出してみたら悲しくなってきた。

 学園に居た時、恋愛は人同士が行うものだと、初めて知った。

 小さい頃から連れ添って来た獣種の血をひく恋人は人里に降りられなかった。

 それでも、みんなが認めてくれない相手でも、好きで居たかったのに。








今も思い出す。

  ――自分のせいで、足をもがれて、三本足になっても、大人しく此方を見ていた目。





『お前の幸せを願っている人がやったことだ』





 ある晩、村人たちは、彼が走れないようにと彼の家に忍び込み、囲んで足を折った。

  ――――そのあとは、まるで、存在すらなかったかのように自分にだけ話した。

新しく恋人を作ろうと言ってきたり、迫ってきたり、彼の話題のみを避け、自分に話しかけてきて、それがとにかく、恐ろしかった。


 人は、自分が認めて居ない対象には、あまりにも冷酷になれる。

 仮に博愛を謳っていても、その足は自転車から降りようとしなかった。






「捕まる前に、考えておいてください。その時リルが、破壊を望むというなら、手伝ってやらんことも無いと――――それまでに、毒を揃えておいてあ・げ・る」

リル、は笑顔で首を横に振った。


「わからないよ。今は。私がどうなるのかも、人々がどうするのかも。ただ、あんたに捕まりはしない」


 彼女はせせら笑った。

「他人がどうするかなど考慮する必要はあるのですか? 他人の望みなどはいつでも変えられる。魔法か、あるいは、毒を以って――――、私毒も大好きなの。毒が必要なら言ってください」


「そうか、好きな物があるのは良い事だな」

リル、が頷く。

 あまり怪我してないとはいえ、立ちっぱなしはちょっと疲れて来た。適当に宥めて、帰ろう。



 突然、絶叫が響き渡った。

「違うだろう!!」


風を切る音。空中に円を描きながら籠が舞った。それはまっすぐにリルの方を目掛けて飛んできた。

 避けるのでは間に合わない。

リルは咄嗟に結界を貼って弾くものの、物体自体に魔法が干渉しているだけあって、通常の強度ではすぐに破れそうだった。

籠に閉じ込められた光がじわじわと結界に入り込もうとしている。


「な、なにが――――」

ギリギリ抑えながら、しかし適当に聞き返す。


「違うだろう、そうじゃない!」

どうやら、目の前の魔女は激高しているらしい。


「どうした、お前なら、他人のことなど考慮する必要すらないだろうと言っているのに! 今だって……、どうして魔法を使って来ない。そんな風に、大切な髪が若干短くなってまで」


「あぁ。また伸ばすさ」


 リルはそっけない態度だった。残念ではあるようだが悲観に暮れてはいない。

それが気に喰わないのか、彼女は強く手綱を握った。

 ガツン、と、振り回された籠がより強く結界にぶつけられる。

命中。さっきは外れたくせに、なんだか今度は方角がコントロール出来ているらしい。


「ほら! いいのか! それとも、規制が怖くて使えないか!」


ガツン、ガツン、と繰り返し飛んでくる鳥籠。


「お前は、今、楽しいか? その組織から、動く気は無いのか」


 リルは、純粋に質問した。

少しは焦ってください、というかのようにメギルディアは早口で苛立ちを隠さずに言う。


「はい。楽しいですね。勿論。だって私は最初から全て私の責任において発言していますから。何かあるなら、アタマでも何でも下げる覚悟でやっている。よその誰かに捻じ曲げられて責められる筋合いもない。ですから。私のことに触れるなら、私もあなたに触れる。拒否出来ない」


「そっか」



  あ。割れる。と、リルが意識で思うより早く、結界はガラス片のように砕け、夜空にはじけていった。風に乗って舞い上がり、星空に散らばる様はちょっと美しい。

防壁が消え、それでもまだ彼女は特に魔法を使う素振りは見せなかった。

(しかしやっぱ、魔女を雇うって、さっすが、強さが段違いだなぁ)と、ぼんやり思っていたくらいだ。



「魔法は、魔法でしか、返せない!」

 砕けた結界から入り込む光が、直撃する。


「使うんだ、早く! 魔法を使ええっ!」




 綺麗な光。

なんだか、懐かしい。なんて、思ったら。笑えて来た。

あのときも――――





「何こんなところで、遊んでいるんですか」


 ふと、気が付くと目の前で、氷柱が出来ている。

微かな冷気に、目を細めながら、すぐ横を向く。


「アイス――――」


リル、は、青年を見つめた。

彼はそれに名前のように冷ややかな青い瞳を向ける。


「まったく、南瓜騒動の発端を調査しに来てみれば――――あ、よかった、ちゃんと魔力も残ってるみたいですね。魔力制限では無い」


「何で、来たんだよ」


きょとんとしながら、リル、が言うので、アイスは唇を尖らせた。


「はぁ!? ありがとうじゃないんですか!?」

「ふふふ……ふふふ」


目の前の魔女が愉快そうに笑った。


 チッ、と舌打ちしながら、リル、は「アイス」と青年を呼ぶ。

「はい?」

「あの魔女の鳥籠をよく視ろ。何か見えるか」

アイスは身に着けていた眼鏡の縁に手を当てる。

「字が。魔法文字の一種ですね。考……喉、……叶える、」

「そういう事だ」

「え、っと……つまり?」

「お前は今、『仲間は何処に居るのか』と、考えた」

メギルディアが話に割って入り、笑いを含んだ声で呟く。

「そして、此処に――――」


 巨大な鳥籠を地面に置くと、全体が青白く発光した。

まもなくして、中から、金髪の少女が出て来た。


「――――……」


 リルが、ぱちくりと瞬きする。

アイスも、一瞬虚をつかれたように目を丸くしたものの、やがて、小さな声でぶつぶつ言っている。

「なるほど、あの鳥籠は幻を見せ、外に出ることの無い悪人を苦しめる為の拷問器具……」

 リルは、途中に相槌を打った。

「そ。魔力だけ吸われていくやつだ。気が付いた時には中で衰弱してる。魔女狩りの時に主流だった」

アイスはまさか反応が返って来ると思わず、少し驚く。

「なぜ、そんな事を知って――――」





「彼女の望みを見たかったけれど。まぁいいですわ」


開いた出口から、金髪の少女が降り立つ。

 状況がつかめていないらしく、ぼーっとしていた。


「え? え? 何? アタシ、知らないヨ?」

「貴方は今から、私のしもべ。いい? 籠の中の鳥は、主に逆らえない」


メギルディアが金髪の少女に何やら話しかけている、


「はぁーいっ!」


緊張感の抜けそうな、元気の良い挨拶。


ばっ、とメギルディアは片手を前に広げ、向こうに向かうようにと指示を出した。

「さぁ、攻撃しなさい!そしてリル、お前らは大好きなお仲間に、痛めつけられる!」





 しかし、少女に攻撃がどうとかは理解されておらず、

リル、たちもごく普通に挨拶していた。



「お。久しぶりだな。魔女の姿」

「うんっ! フェイブルおねーちゃん! ねぇ、これ、なあにー? みんな何してるのカナ?」

「なんもしてないよ。なーんだ、てっきり目付きの悪い方の金髪が来るのかと思ったぜ。この方が静かで良い。ハンマーでそこら中溶岩にされちゃ余計面倒そうだしな」

「……っ! ……ふふふ……」

「アイス、なんで笑ってるんだよ」

「いや、ふふふふ……」



何も理解していない少女。

普通に接して居るリル。

笑いだして止まらないアイス。




「聞けよ!!」


メギルディアは激高した。













 本当の望みというのはいつの時代も、武器を手に取るか、大衆に認められ叶えなくてはならない。

魔法が使えてもそれは変わらない。

全世界の人類の思想をひっくり返してようやく欲しいものが手に入ることだってある。

だからこそ、欲しいものを数えても、悲しい。


 何かを口に出して望んでも、苦しくなるだけなのだ。


 足をもがれた恋人のことを思い出してしまう。自分がしたことも。

本当は何もかも、破壊してしまいたかったのかもしれない。

なんて、言えるわけもなかった。

(良かったな、全人類を代表してるかのようなデカいおもちゃが出て来なくて……)

リルはこっそり思ったが、それは誰も知る由も無いのだった。




2023年1月1日12時44‐2023年1月11日0時35分

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