キャノとキャンディ
道なりに走る。
彼女たちは無事だろうか。
先ほどの位置では実は瓦礫のせいで、絶妙に舞台が見えなかったので回り込んで確かめたい。
無事だとは、思うけれど……
万が一もある。
いくら魔法が使えても、使うタイミングや魔力、本人の意識が無ければ意味がない。何かの理由でうっかり地下に墜落している可能性もあった。そろそろ着くという辺りでふと、さっきの言葉が脳裏に過る。
(逃げろ、なんて、初めて言われた……)
嬉しいのか、怖いのか、よくわからない。綯交ぜになった感情で、心の中はぐちゃぐちゃだ。ぐちゃぐちゃといえば、そうだ、そういえば、『東さん』『リカちゃん』
……母さん……アップルレッドの車……
「そっかあの人、東さんに似ている」
だけどわからない……
俺に、どうしろと言うのか。
俺にとっては母さんは此処まで俺を育ててくれた。
それを、否定する気はない。
でも……今の母は怖い。
いや、俺が自立すれば、母さんの幸せは俺には関係ない……
わかっている。
あの家に居続けるのが悪いんだ。贅沢を言っている。自立して、バイトでもなんでもして、俺が大人になるべきで、
母さんは女性としての母さんの幸せがあるんだ。もう、子育ては終わりで──
(リカちゃんはどうするんだろう……まだ、お母さんが必要な歳だったりして。リカちゃんは俺みたいには思っていないかもな)
だけど、
いや、今考えても、答えが出る訳じゃない。
前を見据えて、舞台に向き合う。
「……?」
そこには、確かにキャノが居たのだが……
目の前の光景に、首を傾げた。目を疑った。
「……!」
二度見してみた。
うむ……やっぱり幻覚じゃない。
目の前に居たのはステージに座り込んで居るキャノと、その横に──足元にバヨリンを置いたまま、はわわわと震える、金髪の女性。
「なに、なにっ? ねぇ、あたしの顔になにかツイテル?」
状況をわかっていないらしく、困り顔でキョロキョロしていた。
「えーと……何から心配したらいいですか」
コトに気が付いたキャノが「あっ、コトちゃん、やっほー!」と場違いな程明るく手を振ってくれる。
「や、やっほー」
半分自棄になりつつ挨拶すると、彼女は困ったように笑った。
「良かった、無事で」
「はあ……そちらも、無事で何よりです。えーと。キャンディさんは」
「あ、あうぅ……男の子が居る……」
金髪の女性が困ったようにコトを見上げている。金髪、人より長い耳。蒼い目。
彼に姉か妹がいたらこんな感じだろうか?
「あ、あのネ、あたし……その……」
「キャンディ? ど、どこかに行っちゃった」
キャノが曖昧に答える。
まぁ、なんにしても、コトについては知らないっぽく見えるので下手に口出し出来ない。
「そうですか……一応、なんでか聞いていいですか」
「最初は普通に──演奏してたの、込神町が出来る前の森に、精霊か魔女の魂が反応すると思って」
「なるほど」
「途中から波長が合いすぎたのかな、なんか気が付いたら、そこに彼女が居たわけよ」
「───なるほど」
理由はよくわからない。
ただ、魔女の始祖が女性であり、ホルモンバランスによって力の強い魔女は女性的になるという話を前回体験したばかりだ。
「リルも言動こそ荒っぽいけど、結構、女性的だよ」
うるさいキャンディがただの美女になるなら、ずっとこのままで良いのに、とコトは考えたくなったが、ひとまずキャノの表情を伺う。苦笑いしていた。
それと──「演奏? あっ、バヨリンだぁ!」
周囲をうかがいつつ、キャッキャッとはしゃぐ謎の女性。思わず光景に見とれかけたがすぐに気を取り直す。
「あっ、そうだ、リル、さんが……今……鳥籠を持った人と」
「知ってる。検体回収も、魔女を雇ったみたいね。 フレテッセたちみたいに民間を巻き込む方が動きづらくてキツかったから、私としてはマシだけれど」
キャノは端的に答える。
「俺、逃げろって言われて……地面が割れたり、迂闊に近付けなくて……」
キャノはそうだよね、と心配そうに頷いた。
「加勢したいところだけど、彼女はあのハンマーを使えないわ」
彼女、キャンディが居なくなってから現れた謎の女性を指してキャノは端的に答えた。
物理的に一番対抗出来そうだと思ったのに。こんなときに限って彼はいない。
本当使えないな……と毒づいても虚しい。
「あたし……ちゃんと、呼べたと思うよ」
バヨリンを膝の上に置きながら、金髪の女性が唐突に答えた。キャノも同意する。
「わかってる。町が、応えたもの。でも、呼び出しきれなかった──なにかに、縛り付けられてるみたいで」
そのまま、彼女たちは話し始めてしまった。ところどころ、二人の会話はよくわからない。
ふと、リル、の言葉を思い出してみる。
(誰を好きでも、足が三本になっても笑わなかった……か)
中々出来ることじゃないよな。
当時、他の皆が笑っている中でそれをするんだから。
彼も、キャノさんも、彼女を信じていて──
考えて、ちょっと心の中にもやっとした不快感が生まれたのを気付かないふりをする。
俺だって──そのくらい……
あの人もきっと根っからの悪人ではないのだろう。もう少し、彼や、彼女たちについて知れたら、何かが変わるのだろうか。
202212/314:47




