レタイナ・スス
その頃、町中は南瓜騒動がさっそく話題になっていた。
『街中に大量の南瓜』
『溢れかえるジャックオランタン』
『ハロウィンのゲリライベント?』
あらゆる番組の途中にテロップが差し込まれ、途端にニュースに切り替わる。
局のアナウンサーが原稿を読み上げるのが各地のモニターにも映された。
緊急速報です。えー、街中に大量のジャックオーランタンが現れ、主に込神町の空を滑空していくといった現象が発生しました。
ハロウィンの需要で、ただでさえ注目される南瓜。
最近のヨウ様人気で、更に注目が集まっているお野菜と言ったところなんですが――――
なんと、ヨウ様の料理番組の時間帯、ちょうど、それが終わった時間、夕飯時ですね。南瓜が出現するようになっていると、ヨウ様ファンを始めSNSなどで話題に。
中には、ヨウ様が怪しい魔術を用いているのではないか?
なんて陰謀論まで囁かれています。
古来魔術や、呪術の一種に、
一時期魔女狩り大戦で話題となっていた、蠱毒のような一般へと拡散される術が存在します。
これは、正しく呪いが発動する内は富や繫栄をもたらしてくれると言われて居ますが……止めるのが非常に困難であり、一度伝わってしまうと回収が難しい。餌を用意し続け、術者、主を栄えさせなければいけない、と言われて居ますね。
――――出来ないと、どうなるんですか?
――――こういった言い伝えに詳しい専門家によると、大きな代償を支払う場合が殆どのようですよ。
会社や家が潰れる、大きな事故に合うといった……
まぁ、現代においては殆どその方法は伝わっていません。
――――確かに、ヨウ様は魔法使いの映画にも出演していますし、南瓜やニンニクのメニューもお好きなようですし、そういった、
ヨウ様が南瓜を元に電波を媒介としてジャックを召喚した、といった魔術師ミームが出来るのも仕方が無いのかもしれませんね。
――――だって、タイミングが良すぎですもんね?
――――ちょうど今のタイミングで、ヨウ様が魔法使いの映画に出ているというのは、新たなプロモーションの一手かと。
ぐっ、と誰かが腕を引いた。
コトは特に身構えることも出来ずに態勢を崩してよろける。
「今の状況」
誰かの声。
「タカユキが懐かしい。何も知らぬと嘘を吐き、表では転送してもらった文庫を使って、此処にわざわざ訪れていた――――言い逃れの出来ぬ愚かなタカユキ、あの詐欺師。今は、あの時と似ている」
?
辺りが真っ白で、よく、見えない。数回、瞬きして、現実に戻る。
リル、がコトの腕を引き、下がらせていた。
なんだか、辺りが寒い。どこかから風が吹いて居る。
それと……
いつ現れたのか、ボーっとしていた間に、目の前に新たに女性が居る。
楽しいことでもあったのか、にかっと笑っていた。
殆どが女優帽で顔が見えないが、真っ黒いスカートから覗く足は長く、金のベルトで引き締まった腰のラインがよくわかる。
スタイルの良い女性。
なんで、彼女が、此処に? いや、そもそも誰で、どうして?
ぽかんとしている間も、何処かからの風で舞い上がる砂埃。
地面を削る、鈍い鉄の音がしていた。
大きな鳥籠を引きずって現れた彼女は言う。
「我々、ジャックの検体回収に来たのですが、猿山の猿はこぞって、ジャックの呼び出し方を知らんと言っていた。そうなると、広範囲に魔法を使える者を当たらねばならないのです」
えーと?
何も理解が追い付かないまま、コトはふと、風が気になって足元を見た。
「ひっ」
青ざめる。
足元の、地面が無いのだ。足元から盛んに風が吹いて居る。
……地面ってどこでも簡単に陥没するものだったのか?
「猿やゴリラどもは社長に、『あれぇー、何処かな、何処だったかなー!』などと電話で確認していたが、あまりにもとろ過ぎてイライラするので、ススが我が手で確かめに来たわけですが」
一応といった投げやりの敬語、不安定な発音。
現地の言葉に慣れてきたばかりの外国人を思わせる。
暗がりと帽子で顔はよく見えないが、それでも際立つ真っ赤な眼光が、射貫くようにこちらを向いた。
「いやぁ、本当に人生、何があるかわからないもの。このような僻地で、よもやクルーガーとまで呼ばれた姫に会えるとは」
ぞくっと背筋が粟立つ、そんな微笑。鈍い音がして、彼女の背中側に鳥籠が置かれる。
「懐かしのゲームなんかみたいな挨拶、どうも。それ恥ずいんだけど。
久しぶりだな」
リル、はやや息を切らしながら言う。
ススは手を伸ばし、目の前にに掌を翳した。真っ赤な文字が書かれた光の陣が現れる。
「嬉しい、だけど、さよなら」
コトは咄嗟にそれを読もうと試みたが、発動が早くて追えなかった。
「お前とは分かり合えない。私は犬の方が好きなんでな」
瞬間、キィンと、耳を劈くような高音。
リルが咄嗟に張った結界によって、向かって来た光を弾いた音だ。
同時に、その内に居たコトも守られていた。
リルは、コトの方を振りむいて「逃げろ」とだけ呟いた。
「え、えっと、これは」
「説明は後だ」
彼女にしてはやや焦っているような声だった。
相手の出力に時間がかかっているのか、一旦攻撃が止む。
次いで、時間を稼ぐためだろう。チェーンの巻き付いたロッドのようなものを振り回すようになる。
ヒュン、ヒュン、と空を切るそれの先端が地面に振り下ろされ、
やがて鈍い破裂音がすると、当たったばかりの地面の表層が勢いよく砕けた。
軽く、ではないが、ちょっと地面にあたっても大分穴が空く。
すごい力だ。
「残念。私は猫派なんだ」
直前に空中に飛び、着地して避けながら、リルは答えていた。
「だったら、粛清だ」
ススは鳥籠を掴み、ロッドの先につけなおすと、鳥籠をすごい力で振り回し始める。さっきよりもリーチが長い。
「お、鳥籠。なんだ、猫の餌か?」
頭部目掛けて的確に振り回されているそれが
ヒュン、ヒュン、とやや重そうな音で風を切るのが聞こえてくる。
前にも武器にしたことを思わせる、迷いのない所作。
鳥籠自体にも薔薇の蔓のように巻き付いた鉄の棘が付いて居て、傍目にも痛そうだ。
「違う。ただの檻だよ。リンギニルドの一種」
ススが指先にぐっと力を込め振り回すと、鳥籠の中から周囲に向かって放射状に複数の光の球体が現れる。
魔法だろうか。
「こうやって使うんだ」
キラキラしていて綺麗だが、ゆったりと漂っているので避けにくい。中々厄介だ。振り回すたびに、鳥籠の中身が飛び散っている。
通常のヒトの肉眼では見切れないし、ヒトの体だけでは避けきれない。
光が微かにリルの髪に触れると、そこの部分だけ焦げ落ちる。
パサッと、ほんの少しではあったが、髪が切り取られた。
リルはちょっと嫌そうにしている。
やがて、がっ、と鋭く振り回され、彼女の顔を目掛けた鳥籠が、近くの木にめり込んだ。
棘が付いて居るので、抜けにくそうだ。
リルはそこでようやく魔法を使った。
鳥籠の棘を木と融合させるというものだったようで、棘の付いた鳥籠が少しずつ木に溶け始めている。
「なるほどね、よくわかった」
「チッ」
「……で、なんだよ、犬教に入れって言いに来たのか?」
「いいや。ただの尋問だ。長居するつもりはないけれど、聞かせてくれ、あれは、お前がやったのか」
にこり、女優帽子の向こうから、華やかな笑顔が見える。
(あれ。どこかで、この雰囲気を、感じたような……)
気のせいだろうか。
コトは何一つ理解出来ないまま、そこにただ立って居た。
「これは、一体……」
地面が確実にあるところまで移動しつつ、改めて辺りを見渡す。
いつもの広場だ。南瓜はいない。
あの時確かに、出現場所も街中にしたはずだ。
なぜ、此処がわかった。広場を思わせるようなものは無かったのに一体どこから追跡してきた。
(もう夜も更けてくる。気温も下がるし、早く――――)
ふと、空を見る。
出始めた星に混じって、気になる光があった。
星々よりも強く輝き、継続的な点滅を繰り返す緑色の光──そして、それよりやや小さい黄色の光。時計の針のような周期のテンポで隣り合って動いている。
あのやけに主張するような人工的な光り方はどこかの衛星だろうか。
「そ、そうだ、キャノさんや、キャンディさんは」
舞台の方に行こうと、走り出す。
目の前の地面が、すぐそこのステージと、自分たちの場所を分断するように無くなっているので、やや遠回りになるが、ぐるりと塀を超えて反対から回れば行けるだろう。
2022年12月28日21時45分




