謎の女
な、なんだぁ?
本当になんだこの女。意図的に挑発ときた。
真っ黒な女優帽のつばの向こうが窺いしれない。
「俺のことにはかまうな。用がないなら帰ってくれ」
「ありますよ。用」
彼女は妖艶に微笑むと、答えた。
「あなたがたの演説。力を貸しましょうか」
「は?」
「私はある団体に雇われた工作員」
「フン……その顔とスタイルなら、ハニトラか?」
彼女は何も答えず、フフフフフ、と薄っすらと笑った。
「お世辞どうも。そういう事もするけど、いつもじゃない。今は駒探し中。ある用事で意見を拡散できるツールを探しています。あんたたち、結構面白そうな事してるみたいだし、今の作戦の命令が終了したら、本部へ連絡して聞いてみるつもりだったんですよ」
顔が上がる。帽子の向こうが、僅かに見える。
「私はスス」
カツラみたいな真っ黒いウエーブの長髪から覗くのは鋭い眼光。
「レタイナ・スス。偽名だけどね」
真っ赤な――――長い睫毛に覆われた宝石。
血みたいだ。
なのに、ハッと息をのむくらい綺麗で、見つめていると、とらわれそうになる。
魔法でもかかったみたいに。
目を逸らしながら、極力目を合わせないようにしながら、俺は震えた声を上げた。
「力って、何が出来るんだよ」
「金は今の3倍出す。広告ももっと増やしましょう。金が増えればもっと兄貴を雇えるわ。演説にも有力な、私が懇意にする事務所のタレントを呼んであ・げ・る。ウチってそういうつながりがあるのよね。ほら、アイドル関係の不祥事とか? ああいうの、世話してあげてるから、事務所も拒否出来ないワケです」
「そうか……」
メディアにおいても『魔女狩り』があってから、いろいろな企業が荒れていたと聞く。
民間人には表面しかわからないが、ネット等でもそういった工作員の噂が流れることはあった。
何の因果なのか、そういったモノが接触してくるなんて。
正直、金は欲しい。
兄貴の力を、世界に伝えたい。影響力も欲しい。公園で喚いて居ても、一部のやつしか見向きもしない。
バックに有名なタレントが付くのも魅力的だ。
嘘でなければだけど。
甘い話には、裏がある。鵜呑みにするには、危険すぎる。
あまりに唐突で、思惑を疑わないわけにいかない。
――――だけど、滅多にないチャンスでもある。抗いがたい誘惑だった。
「一応聞くけど、あんたは、何が望みだ」
「そうねぇ。可愛い男の子のお母さんとお友達になったんだけど、まずは、彼女に携帯番号を教えて、メールをもらうことかなぁー」
「男の子?」
ショタコンか?
目的が分からなすぎる。
「うーん、SMSでもいいけどぉ。 とにかくそこから返信したいの」
意味がわからない。
「メル友作りたいなら自分でやれよ」
「だぁめよー。直接あっちゃいけないんですわ」
「は? お母さんとお友達になったんじゃないのか? どうして直接会おうとしない?」
彼女はうーん……と眉を寄せた。
「私の仕事は、『彼』を監視すること。適宜、命令を下す事。だけど、私は工作員。『工作員です』と名乗って指示を出すほど親しくはない」
指示?
なにを言っているんだ?
「だから、メル友にはなれない。だけど、メールで指示をしなきゃいけない」
ま、回りくどいな。
「すると、どうする?」
「知らん」
「そう。そうなんです」
何も答えてないのに、彼女は頷き、大仰に両手を広げて見せた。
「お母さまの身内に成り済まして、誘導させるしかない。いいわね、これは前金」
スッ、と、脇に抱えていたハンドバッグ(金色のスパンコールで派手派手だ)から、ぽいっと札束を一束、差し出してくる。
「受け取りなさい」
「え……い、いや、あの……」
「受け取っても、利子付けて返せとかいう訳じゃないから。平気ですよ、平気。これ、ウチから預かってる交渉金。ボスからだから、私が財布すっからかんで泣くわけじゃない」
「う、うぁ。で、でも、」
1万円札が、1枚、2枚、3枚……
持っていると気が動転しそうだ。
「どうせ、あんたが貰うか、私の飲み代かの違いしかない経費なの」
「えっ」
「ほら」
と胸元に押し付けられ、思わず受け取ってしまった。
何も言えずに、目の前のお金の重さに付いて考えて居ると、彼女は続けて指示を出した。
「そうね、じゃあ、親戚の健司くんとかになりましょうか。番号、アドレスは用意する」
「なるって、本人は」
「入院中。でも、知るわけ無い」
「……なんで、あんたが、知って」
「さぁねー。企業秘密っ。忙しい時はあんたがメルとも役して。こうやって聞けば怪しまれない」
『親戚が、東京、大阪、横浜、に居るんですが、コロナに関する相談窓口に困っているので、ホームページへのアクセスの仕方と、コメントを入れるやり方、教えていただけませんか? おばさん詳しいみたいなので』
東京、魔女狩り大戦後の今では随分聞かなくなっている名前だが、今でも旧称として通じる地名。コロナは随分昔に流行った伝染病。今も殲滅しきれてはいないものの、治療法のおかげで殆ど感染報告は無くなり、扱いはほとんど風邪の一種だ。
「そ、それで、メールのやりとりが上手く出来るのか?」
「うまくやるの」
きっぱりと、言われてしまう。
だが、不思議だ。
その少年とやらの為に、母親とメル友になり、指示を自宅に拡散、何の話なんだろうか。
どういった目的の話なんだ――――
指示、監視。
「これから困ったことが発生したら、ボスからのコメントを自宅でも命令できるようになる。企業秘密以外なら答えてあげるけど、もう、質問ないですかー?」
あるよ、ありまくる。だけど、
「ひとつ、聞いてもいいか」
「何か」
「あんたんとこの、工作員を派遣してる会社、何、やったんだ?」
恐ろしい答えが返って来る、と俺は身構えたが、彼女の答えは意外なものだった。
「魔除けの為の食品を作って、家庭用にも提供しています」
2022年12月22日0時00分‐2022年12月27日0時03分




