兄貴の苦悩
「ふぅ……夜風が沁みる」
見上げた空に輝く星。
兄貴集会は今日も大盛り上がりで、すっかり夜になってしまった。
モトヤマやヤシダに手を振り、今、俺はこうして帰路につこうとしている。
颯爽と歩く俺に、夜風が切なく囁く。
時期に次の朝が来る。
泣いて居る暇など無いぜ、と。
――――兄貴と聞いて、【俺】を思い出す奴もいることだろう。
いない?
まさか、ご存じない?
数々の事件に遭遇し、数多の迷宮入りを生み出してきた、この名探偵アニキを。
あまりの俺の活躍ぶりを妬んで、
世間じゃ、俺のことを『迷惑探偵』なんて呼ぶやつも居る。
全く、それこそ迷惑な話だよ。
だけど、それが愛されてるってことなんだろうな。
慕われるリーダーに付きもののイジリってやつだ。
今日も愛する妹の為に、身を粉にして働き、兄貴たちを扇動していたのだが、なんと、たまたま、集会場に南瓜の化け物が出現したので今日の取り決めは次回に持ち越しとなった。
こんなことは、俺が、兄貴集会に呼ばれるようになり、幹部になって初めてのことだ。
「うーむ、もう随分暗くなっているが、マイ・エンジェルッ! は、もう夢の中だろうか――――」
兄貴の道を進むと決めるきっかけになった妹。
可愛い妹。
数年前、酷いストーカー被害に悩まされていた。
中でも、下着泥棒が頻繁だった。
あの日。
いつも通りに妹のタンスを開けたら目についた5着中、4着しかなくて、それが独自の捜査に乗り出したきっかけだったっけ。
俺の運命を変える、下着泥だった。
「あのときは妹すらまだ変化に気づいて居なかったからな。毎日箪笥を確認し、日課のように数えて居た俺でなければ見逃していただろう」
うんうん、と回想する俺。
まっ、そこは名探偵の運、ってやつなのか。
異変に早いうちに気づくことが出来、本当に良かったと今でも思う。
サトーやモトヤマやヤシダたちと徒党を組み、徹底した聞き込み、張り込みを行った後は、スムーズに逮捕に乗り切れたのである。
(それは良かったが、妹は、逮捕直前になって優しい故か、急に犯人を庇ったりもしたな。あのときは、どうしようかと思った)
――――真実から逃げるな。
お前の履いていた下着は、これだよな?
俺たちが取り囲み、妹が真実から逃げぬよう、目をそらせぬようにして聞く。
――――ちがう……ちがうよ!
――――嘘をつくんじゃない!!
俺は、はっきりと、兄として叱った。
そうせねばならない。
――――偽るな、自分を!
説教が功を奏し、無事事件は幕を閉じる。
感涙で言葉が出ない妹に代わり、俺はみんなの前に広げてみせ、そして
暴言のことをバイト仲間に謝った。みんな、いいよいいよと和やかに受け入れ、妹とも打ち解けてのハッピーエンドだった。
しかし、それからの後日。
下着泥棒の犯人に遭遇したことが相当なショックだったらしい。
今では、俺を見る目は虚ろで、家に居てもあまり笑いかけてくれなくなった。
瞳を閉じると、今も目に浮かぶようだ。
しょっぱい雫が頬に触れる。
俺は待つよ。懐かしい日々の残像に残るエンジェルを思い浮かべて。
俺がついてる。
だから、頑張れ、妹よ。
――――もう捜査はやめて! モトヤマとかヤシダとか誰!?何? 近所中で噂になってる……
「『私はもういいの、だから危険なことに、乗り込むのはやめて。お兄ちゃん」
「『これ以上、傷つくのを見たくないよぉ』」
――――迷惑だから、ほんっっと何にもしないで!
これ以上、恥を晒さないでくれない?
あの日の妹の言葉を復唱する。
あんなに、俺を気遣っていてくれた可愛い妹。
それなのに。
それでも、犯罪者から心を守ってやれなかった。
「『なんで悩んでた事、知ってるの!?すごぉい! スーパーヒーローみたいだよ!』」
――――なんであんたが私の下着の枚数を知ってるの!?
死ね!出てけ!
二度と来るなよ! 次来たら通報するからな!
――――自分で何とかするから! ねぇ! 聞いてるの!?
ねえ本当に、本当に、ほんっっっとうに、気持ち悪いからやめて? なんでなくなったとか知ってるの? なんで勝手に捜査してんの? お前が一番キモイんだけど。
――――自分の正義が貫ければあとはどうでもいいっていうの!?
すごーい、お兄ちゃん
ハハハ。そうだろう、そうだろう?
うんっ! お兄ちゃん、だーいすき!
ハハハハ!
「犯人め……許されん」
悔やんでも悔やみきれない。
それから妹は酷い鬱病になり、前以上に電波な性格になって、今では碌に俺を部屋に入れてくれなくなった。
別に、良いのさ、それでも、彼女はマイ・エンジェルッ!!
そして、俺の中で輝き続けるエトワール。
いつかは、下着泥棒の傷が癒えてくれると信じている。
だから俺は、逃げない。
彼女が鬱病の影響で俺を拒んだとしても、向き合い、彼女の一言一句を見逃さない。たとえ、『地獄に落ちろ粗大ゴミ』と言われたってね、病気が言わせているだけなんだ、そうに決まってる。
「しかし、タケイやセツナたちにも、今度行う任務と、次なる活動について今日中に話しておくつもりだったが……こんぺいとうメーカーmznnの製造に忙しいみたいだし」
「おもんな……」
ふいに、声がした。
塀と道路と並木道と電柱というシンプルな住宅街道路の、スポットライト――――つまり電柱の真下に、見知らぬ女が立って居るじゃないか。
しかもなんだ。暗いし、帽子で顔が見えないが、
モデルか何かみたいに、手足が長く、無駄にスタイルが良いのだ。
街にこんなの居たら、相当目を惹く。
おかげで閑静な住宅街が、ギャグマンガのチープな感じの舞台に見えてしまう。が、しかし。
「今、なんと? 名探偵に、なんと?」
兄機構のイメージが先行して、喧しいだけのワニとかゴリラの集まりだと誤解してる人が多いかもしれない。だが、それでも何も知らずに、面白くないとは何事か。
「キッショク悪! 頭だいじょぶそ?」
妹でも無いのになんという口の利き方だろう。
動揺しそうになったが、まずは、話を聞こう。
責任あるメディアが間違える場合を除き、俺が一般人の間違いを責めることはしない。
「あの、言葉を意図的に間違える人はブロックしますが?」
「うわーっ、以前からヤバいとは思ってたけど、マジでヤバいなこいつ。
暫く泳がしてみようか、どうしようか……」
「おい」
俺はいつもより低めの声で圧をかけた。
「なんだ? お前。こんな夜中に女がふらふらと」
「私の物言いが褒められたものではないのはその通りだけど、それで兄機構とかに指摘されたことって、無いのよねー。
それに、意図的ですよ? 言葉のタイミング的にも、私がなにを指して発言しているかお判りでしょう。その気色の悪い妄想と、貴方達の言動です」
2022年12月22日0時00分




