あざとい乙女の話
ぼーっとしていると、リルとテネが何か話し始め、キャノも遠くの方で二人に何か呼びかけているようだ。
三人がビルの奥に向かう。
一瞬生まれる静寂。
夕方の日差しが、アスファルトに照り付けている。遠くの方で猫が転がっているのが見える。此処にある、今は、まだ存在する平和。
俺も混じりたい、と衝動的に思ったけど、ずっと寝ていたいわけでもない。
神族、それから、戦争、自分の事、不安や考えたいことが多くて、落ち着かなくて今はただ、そわそわと辺りを伺ってしまうような変な感情。
「どうかしたのか?」
ふいにキャンディが聞いてきて、思わず、コトの肩が跳ねた。
「いや、その。なんで貴方がそんなにキャノさんに嫌われてるのかなって、考えてたんです」
それを悟られぬよう反射的に特にどうでもいい質問をしてみた。ちょっとした嫌がらせのつもりだったのだが、キャンディは、あぁ、と真面目な表情のまま答えてくれた。
「嫌われてるっていうか……、あいつがああなったのも、何割かは俺のせいだからな、まぁ、普通に、怒られてるというか、仕方がないと思うぜ」
「え?」
意外、でもなかったが、それでも彼がそう答えることが意外だった。
いつもヘラヘラとして能天気そうな彼がそんな風に言うなんて、よっぽどの事情らしい。と、コトは密かに驚く。
「そうなんですか?」
彼女たち、の後を追うように歩き始める彼の背中を見て、慌ててコトも歩き出しながら聞いた。
「まぁ……その、俺の家の話をしなくちゃならなくなるんで、細かく言えないんだけど、戦時中にちょっとやらかして」
「はぁ」
「それだけならまだいいんだけど」
「良く無いです」
「うーん。俺たちは幼馴染なんだけど」
「はい」
「なんかいろいろあって俺の家と他の種族が土地の分配とか、議会のこととかで揉めててな、それで、俺を消したいやつも居て……俺を誘き出す為に、誘拐しようとしていたのがあいつだった。
よく一緒に遊んでたから、目を付けられたんだろう。犯人も業界のドンみたいなやつだから、ぜんぶ揉み消してたけどな」
「…………」
「どうにか助けに行ったんだ。それなのに、母さんたちは遺産目当てで近づいた女だ、わざと捕まった! と言って何故かあいつの家に怒りに行くし、謝りもしなかった」
「…………」
「金しか頭に無いのはどっちだっての。一応聞きたいが、あいつが遺産目当てでわざと捕まりに行くような女に見えるか?」
コトは一応想像してみた。けれど、とてもそうは見えなかった。
脳内では『信じられない、なんであんたなんかの為に捕まらなきゃいけないの!』とキャノが怒っている。
「まぁ、そういうところなんだよ。責任を取らないといけないって言ったら、それも癇に障ったらしくて、うちの息子と付き合うならどうとか~、専業主婦になりたいのか~っていろんな人をけしかけて小言を言わせに毎日あいつの近所に出没してたとか、広告作ってあちこちで貼りまわったとか。これは後で聞いたんだけどさ」
勝手に誘拐されそうになって、謝罪どころかその家から直々に怒られ、勝手に悪評を広められ、勝手にわざと捕まるあざとい女にされては毎日のように小言を聞かされるのか……地獄だな。と、コトはぼんやり思った。責任、とはプロポーズのように思われているのだろうか。
話の通りなら、傷が癒えないうちに更に罵倒を受けるだなんて理不尽だ。
「俺も、ウンザリしたから冒険者になるって言って家を出てさ。その後、学校に入るんだけど、そこで」
まだあるの!?
なんだか頭が痛くなってきそうだ。
「……って、顔色悪いぞ?」
「頭が、ちょっと、痛くて」
っていうか、本当に痛いな。なんでだろう……
風邪をひいたのかもしれない。
「この前も倒れてたし、あんま無理するなよ」
「え、えぇ……」
コトは曖昧に頷いた。
この人は優しいのか、適当なのかわからない。
でもどのみち、これから、何かしら無理することになるんだろうな、という予感はしていた。
「その、謝ったりとか、しないんですか?」
「あいつさ、昔から俺に頼ろうとはしないんだ。ミキやミナミたちが揃って虐めてた時も、何も言わなかった。広告のことも、後から聞いたんだぜ」
「へぇ、まぁ……強がりっぽいですよね、あの人」
「まぁ、無理に意地を張っているとこもあると思うけどな、俺が何か手伝おうにも『あんたは出てくるな、女が群がって、余計にカオス化する』と突っぱねられるだけで……」
「…………」
駄目だこりゃ。
「やっぱり、俺の美しさは罪っていう」
「あぁ。夕飯何にしようかなぁ」
コトは慌ててみんなの後を追う為に歩調を早める。
(2022年10月11日2時50分‐2022年10月18日21時58分‐2022年10月20日15時41分‐2022年10月22日21時30分加筆)
――母さん、約束だよ。俺のノートとか、何があっても勝手に開けちゃ駄目だからね。
――はいはい。見ませんよ。
――絶対に、レポートとか、もし賞を貰っても、絶対、見ちゃ駄目だからね。応援とか要らないから。
――はいはい。見ませんよ。
――本当だよね? 絶対だよね? 母さんは、影響が強すぎるから、絶対、駄目だからね?
小さい頃に本当にした約束をまだ覚えている。
何故なのか小さい頃から、親しい人には、自分の書いた物を見せるのが嫌で仕方がなかった。
なんだか俺のことを知っている人が、本に操られてしまうような、魂が吸いとられていくような気がしていたから。
だから、絶対に自分の書いたものにも、触らない、見ない、近付かないでほしい、と
保育園のお迎えのときに言ったんだ。
母にしてみれば、些細な事だったと思う。
けれど、小さい頃から、てるてる坊主で怒られたりする俺には、とても重要な約束だったから、そのときの同意が絶対に関わって来ないという約束をしたことが、本気で、心の支えになっていたんだ。
──そこに、好意や善悪は関係がない。
危険だと判断した人には、触らないでほしい。
クラスでも、そうだった。
目立たないように髪を伸ばしたし、極力、目立たないように過ごした。
俺のことを知らなければ、きっとあれから逃れられる────
あれ、って何かって?
わからない。
わからないけど、あれは確かにあるんだ。
(2022年10月21日3時43分)




