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【音闇クルフィ】  作者: たくひあい
【本編:幻影の魔女】
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コトと献立/テネとリル


 コトは最初にキャンディが来た辺り──藤井さんに電話をしていた近辺で足を止めた。

しばらく歩いて見ているけれど、今のところ、周辺に異常は感じられない。

……というか、もしかしたら、既に収まってしまったのかもしれない。なんだ、無駄足だったのか。

「お腹すいたな……」


 こうして路地の途中で立ち止まり、呆然とビル郡を見渡すも、まったく心は落ち着かない。静かに立ち止まっていても、発狂しそうな狂気が心を満たしている。


 (この場で大声を上げて叫びだしたら、みんなびっくりするだろうか。それとも、人々は自分を見ないふりをするだろうか。)

 最近様々な出会いや体験を通して、自身に様々な記憶の断片が浮かんでは消えるようになってきているらしい。どうにも、頭がすっきりしない。ふだん考えて来なかった、考えないようにしてきた自分がこれまでどう過ごして来たのか。それがちらつく度に不安定な気分にさせられる。

 自分が急に訳のわからない力に目覚めつつある事実。家族が誰一人そのことに触れない恐怖。『あのとき』から、変わってしまった自分にすらわからない自分。


「…………」


 大魔女の一人に祖母について聞きに行くことをきめた日、魔女について知れば少しは自分に自信が持てるかもという淡い期待があったのに──


今日。改めて、思い知ってしまった。

知りたいことが少しわかった、はずなのに、 時間が経つにつれ憂鬱になり始める。

自分にとどめをさしたような気分だ。


家族について、恐らく自分だけが、なぜ『名前以外の情報をほとんど知らない』のだろうか?もし、家族について知ってさえいれば、自分の力に手がかりがあったら、

学校生活やバイト等の中で、あんな、冷たくて辛い思いをしなくて良かった。

みんなが自分の力について話してる。

みんなが笑っている。

みんなが恐れている。


地震を起こさないで、とか母親が言う言葉なのか?


 思えば、小さな頃からの『魔女避けの食卓』もまた、メシテロと呼んで差し支えないくらいに『酷いもの』だった。酷いものだった。のは、俺だけなのか……。

──人間ではないから?

食べたくない日に南瓜を食べることが決まっていて嘆く少女のように、それは、単なる好き嫌いの話じゃない。

 単なる好き嫌いじゃない?


──じゃあ──何?


見えないようにふりかけをかけると、後ろを向いたまま喋り出す。あれは母の声で、『やはり火が付いたか!』って言った。再現を無視すると腹が痛くなるらしい。とりつかれたみたいに野菜が食べたくなったあの日は、やけに外に■■■が居たんだ。喉がつまりそうだったんだ。同化?そんなもんじゃない。死ぬとこだった。皿が割れたんだ。なにもしてないのに、マグカップの取っ手が三回も外れて……母さん、あれは、何?

『魔女避けの食品』が並ぶ日に限って、皿が割れたり、母さんの腹が痛くなって、父さんはとりつかれたように俺に当たる。

だから、食べると呪われるんだ、って──

そしたら、知らないおばさんが訪ねてきて……

ご家族の協力が必要だ、って俺を叱るんだ。


(なにを、いっているんだ……でも、嘘じゃない)

 俺は、小さな頃、

『魔女避けの食品』が嫌で……

なぜかわからないけどそれを食べると、何かに母さんたちがとりつかれて喋り出すような気がして、それを食べるたびに家が荒れてるみたいに感じた。

(俺は──俺が嫌だから……やったのかな)なにも、わからない。確かめられないけど、とにかく食べたくなくて……



でも、知らないおばさんがたまに訪ねてきて、「家族の協力が必要だ」「恥ずかしくないのか」「せっかく献立で魔女避けしてくれてるのに! それを嫌がるとは信じられない」って俺を叱るんだ。母さんと手を組んで。


あんた、なんなんだよ、何をしてるんだ。なんでこんなことする。

魔女避けしたって、あんたのせいで俺は、嫌なことばっかり起きた。

「貴方は文法がめちゃくちゃで、ねじれているから」とか酷いことをずかずか言うおばさん。そのくせ、定期的にやって来て仲良くしたいから、と話しかけてくる……

母さんの──職場の知り合い。






「コトじゃん、どうした?」

後ろから声がして、思わず肩が跳ねた。

「う、わっ」

振り向くと、不思議そうにこちらを見るキャンディが居た。

日差しに負けないくらい眩い金髪と、飴玉のようなポップなアクセサリー

が、ビル群に囲まれた灰色の風景の中でもひと際目立つ。


「ちょっと、考え事です、ごちゃごちゃしてて、とても人に聞かせられないですけど」

 彼との距離感は未だにわからないままだったが、

少なくとも、今は、魔女除けの料理が出てこなかったところへの安心感のような奇妙な感情があった。

「ふーん。ごちゃごちゃしたやつって、結構夢があって好きだけどな。ヴォイニッチ手稿とかさ、文字は意味付けの前に、霊的存在であり、アートだからな」

それは同感だった。けれど、変に歩みよるのも気持ち悪いかなと何も言わないことにする。

「えっと。俺は、本日の予定が終わったので、昼飯買いに行きがてら散歩してたんですけど……なぜ、此処に?」

「あー……制限装置のことで、ちょっと調べてたんだよ」

キャンディは何やら言いづらそうに呟く。

嫌なことでもあったのだろうか。

休日だってのに、ワーカーホリックってやつなのかもしれない。

「何かわかったんですか?」

「あの、空飛ぶやつ、震災時の5、6、倍は飛ばしてるってことかな」

「それ、調査することか何か出てきたと言うか、動きがあるってことですよね?」

「さぁーなぁ……お偉いさんの考えることもチンピラの考えることもわからんし、前もいきなり襲い掛かって来たしなぁ、なんかしてはいるんだろうけど」

 それもそうか。と、改めてコトは昼飯を買いに戻ろうと思った。

のだが、キャンディの方はまだ話をつづけた。ついてくるらしい。

「大魔女様どうだった?」

「祖母について、いろいろと、聞けましたよ」


 コンビニのあるだろう方向を目指して、目の前の道を歩いた。

様々な看板、横切る猫。歩く度視界に入る全てが何処か模型みたいで、なんだか目新しく、愛しい。

(いや、浮ついて、不安定なのは自分なのか…)

「俺がどうやって生まれたのかは、まだわかんないですけど。これから、いろんな事を知っていけたら良いなと思うんです」

「そっか」

 キャンディは気軽い相槌を打つ。彼は一応の仲間意識?でコトに接してくれてはいるようだが、本来は人間が嫌いというタイプだ。

 彼に、聞いてみようか。と、ふと、食事のことが脳裏に浮かぶ。

でも、迷う。本心ではまだ完全に切り捨てられていないから、聞くのも怖かったのだろうか。一人暮らしするにも様々な用意が必要で、まだ家を出られていない。彼と打ち解けたところで、そのまま人間を憎む気持ちに傾いてしまいそうな気がした。

「…………」

いい天気だな、と別のことを考える。

青い空。

このまま溶けてしまえたら楽になれるのだろうか。と詩人のように考える。

「魔女除けの料理を作ると、それを食べさせると、みんな操ってしまうみたいで、しらない異形が母さんたちの中に憑りついて話しかけてくるみたいで、いつも、それが怖かった。誰に訴えても信じてくれないんだ」

「それは、一度、メモに書いたか?」


モノローグのつもりが、声に出ていた。

しかも、ばっちり聞かれていた。

やけに、真剣な目。意外だった。


「書いてます、ね」

「そうか……式にしているのかもしれないな」

 真面目に言っているらしい。

掌が変な汗をかく。

「書いた文字を、お前が解釈し、それを込めた食物を食わせることで、体内に取り込ませる。憑りつくってんなら、消化されるまでの間、両親に力が憑りつくことがあるかもしれない」

「か、書かないこともあります、し」

謎に焦って付け加える。

困っているのに、今も困っていることなのに、真面目に聞かれるとどうしてか目を逸らしたくなってしまう。

「それは詠唱か無詠唱の違いみたいなものだろ」


 『彼女』たちもそうだったけど、意外と、魔法が絡む話になると、真面目に聞いてくれるんだよな……と、コトはこっそり感心した。

どこか派手な見た目からは想像しづらいけれど、魔法を扱うだけあって、その辺りは彼女らのポリシーがあるのだろう。

「その力のこもった料理を食べさせてしまうので、よくない事だと、感じている。んだな?」

「そうです。うっかり独り言が漏れたこの際聞きたいんですけど、何か、解決策無いですか?」

「作らない、以外無いけど」

「…………」

「そうも行かねぇよなー。困るよなそういうの」

真面目に聞いてくれている、それだけなのに、なんだか気恥ずかしい。

こんな話をする相手がこれまで居なかったからだろうか。そんなことを思い――ながら、ふと、鼻腔を掠めた香りに気づいた。

「なんかちょっと、お酒みたいなにおいがしますけど、飲んでたんです?」

「あぁ、まぁな……」

キャンディは曖昧に言葉を濁した。

何かあったのだろうか?

「そうですか」

「そういえば、お前は飲まないのか?」

自分に振って来られるとは思わず、苦笑する。

「未成年だし、学生だから……」

「今は、学生じゃないじゃん」

真っ直ぐに射貫くような、蒼い目。確かにもう、学生じゃない。

「何で、お前、みんなと卒業しなかったんだ?」

「そ――れは……」

なぜそんなことを聞くのだろう。なぜ、そんなことが。目を合わせられない。

――俺たちは、どうせ生れたって


「その……」

「暇だったから、居づらかったから、だけが理由じゃないんだろ?」

「……」

青い、空を見る。

鳥が飛んでいる。

まだ、平和が続いていると、思った。


――虹にされるだけなんだから。



「ノートを、見られたんですよね」

「ノート?」

「ふふふ……」

なんだかおかしい。なぜなのかわからないけど。キャンディは怪訝そうだった。

「なんで笑うんだよ?」

「全ての俺の存在、個人情報、価値、全てがどんなに記しても虹になってしまう、誰かに、またファンタジーにされてしまうような気がして。

そしたら、俺には何も残らない、もう、次は、生きて居られない。俺は現実を生きているから」

「え?」

「なーんて」

「おまえって時々不思議なことを言うよな」

「あら、知りませんか? 椅子と女の子が恋人になる話――」

何か言いかけたとき、ちょうどすぐ脇道からキャノが呼ぶ声がした。

「あ、居た居た! おーい!」

コトの方に手を振るので、振り返す。

「もう帰ったかと思ってました」

「お昼、買ってたの」

キャノは嬉しそうに包みを見せて来た。たぶんハンバーガーだろう。

「そうでしたか」

「ちなみにそこの人のは、無いからね」

キャノはキャンディをきっ、と睨む。

まぁ、確かにあの場に居なかったからな

「俺さんはいいよ、食ってきた」


 彼は手をひらひら振りながら笑った。

どうやらさっき食べて来たらしい。なんとなく罪悪感があったので安堵する。

「あら、よかった、どこで? ……ってなんかすごいお酒のにおいがするんだけど」

キャノが顔をしかめる横で、後から歩いてきたリル、も同じように彼を見た。

「休日だけど。こんな街中で昼間から飲んでるのか、珍しいな」

「あ、こんにちは……」

コトは小声で彼女にも挨拶する。彼女は目だけで少しコトを伺うと、キャノと二人でキャンディが何処で飲んでいたのかを問い詰めだした。

三人を眺めながら、「照り焼きで良いよね」と渡されたそれに少しだけかぶりつく。美味い。


「だから、さっきまで、あいつと喋ってて……それで、流れで飲みに行こうってなったんだ」

「えーっ、来てるの!? うそ、何処に!?」

「黒魔術か……心配だな」

「そう、それで、店に入ってしばらく飲んだり騒いだりしてたわけですよ」

「なんで一緒に来てないの? 来てるの?」

「そう、それなんだ」


コトが自分のぶんのポテトを一つまみ口にくわえた辺りで、会話がぴたっと止まった。

「ん?」


(10月4日(火)AM7:17‐2022年10月9日3時42分)


























 しばらく歩いて、駅前まで赴くと、やや脇道に逸れ、道なりに歩いて――賑やかな飲み屋街にたどり着く。

連なる飲み屋や食事処の店々中の一軒。

 『彼』が居るのはもはや何語かわからない文字で看板が出されたレンガの壁の小さな店の中だ。



「じゃあ、お先に」

 そう言って窓際の席を立った男性が、カードで支払いを済ませ出口に向かう。

「また、来るよ」

(まだ昼間なのに眠くなりそうな)ムード感のある薄暗い照明。

(地震が来た時どうすんだよと思うような)淡い橙色の光を受けて天井に釣り下がっているグラスたち。

大人っぽいジャズのBGMが、まるで此処を大人の秘密基地のように連想させる。

彼の後ろ姿さえ、ムーディなドラマのワンシーンのようだった。

「ありがとうございましたー!」

 女性たちは愛想よく手を振るも、ドアベルの音が響き、やがて聞こえなくなると再び騒ぎ出した。



「見た? 今の? すごい外面ーって感じ。あいつ、昼間のワイドショーとかの知識そのまま外で喋り出すタイプだわ」

「見た見た」

「西尾さんってさぁ、なんかホントは小卒なんだけど、大学だけコネで入れさせて貰ってて、それで今、学歴がバレないかって言うんで、賢そうな人にしがみついてるのよネ。本当は大学も卒業出来てないんだって。明館大の知り合いも知らないって言ってた。周りの言ってる知識借りパクしてるだけの詐欺よ。なぁんであんなのに、引っ掛かるのかなぁ」

「そうそう! 此処で働いてた事あったよね。バレそうになったりして、うちまで連帯責任負わされそうになったもん」

「あ、そういえばあのときもさぁ、執拗に他の子に絡んで、何してるかと思ったら、小卒がバレない為に根回ししてるの!」

「うーわ! お気に入りの子を『キープ』とか言ってるけど、ちょっとその子らが表に出ただけですぐ喚くし、扱いにくいよね」

「あのときも酷かったじゃない? もう、小卒だってばらして、余計なプライドを壊してあげた方が彼のためな気がしてきた。

なーにが自分の賢さが証明され続けないと、小卒だと思われる、よ! 明館大卒業生に聞き込みすんぞ!」

「そうだそうだ! いい加減にしろ!」

「バイトのときもさー」

「だって、川ちゃんが、悪いんですよぉ、全部やれって言ったんですよー」

「あたしじゃないわよ~、あれは、あそこの、キノコのせいだから」

「えぇ~? この素晴らしいマッシュヘアが分からないの? 私は別に……川ちゃんがノリ気で勝手に話進めてぇ」

「あんたがやるっていうから、それなら、川ちゃんが必要って思うでしょ? ねぇ?」

「だから、全部川ちゃんが」

「だってそれは」

ねぇ、どっちが悪いと思う!?

 派手な髪型の女性二人が、カウンタ―席の中心に腰かけたままの男性に両脇から話しかける。

彼はグラスの中身を飲み干しながら愉快そうに笑った。

「えぇ? えへへへへぇ……なんだって?」

だいぶん酔っている。

ケタケタ笑っている彼を見ながら、裏方から出てきた一番偉そうな女性が二人に「そろそろ帰してあげたら?」というのだが、彼女たちは「だってぇー」を繰り返した。

「まだまだ、甘くさせて貰わないとねぇ」

「そうそう、甘くしないと」

「まだまだ利用価値があるんだからねー!」

「ねー!」


二人が、同時に何か言いかけた時、目の前を風が横切る。

 カン! 

とカウンターに何かが叩きつけられる音がした。

恐る恐る、

 二人が慌てて音のした中心――、を見ると、居ない。代わりに、席にワインオープナーが突き刺さっている。

彼は素早く脇にしゃがみ込んでいた。

「何っ」

「なに?」

続いてドアベルの音。入口が開く音。にっこりと笑顔を浮かべて、少女が言う。

「随分と楽しそうだなぁ。テネ?」

日差しを浴びて金色の混じった亜麻色の髪。一瞬真顔になった瞬間の鋭い眼差し。

なんだか背後から怒りのオーラが滲んでいるけれど、整った顔立ちのせいで変に迫力がある。

「…て……う」

テネ、と呼ばれた酔っ払いは、彼女を見止めると、ぱぁあっと目を輝かせた。

「あ? お前、こんなところで何やって」

「わぁあああ支・店・長ー!!!!お久しぶりですねっ」

ガバッ、と両腕を伸ばし――『リル』に飛びつこうとしたテネは、すぐに飛んでくるスプーンたちをその辺にあったお盆の盾で防ぐ。

オープナーやスプーンを元に並べなおしている間、リルはテネを睨みつけたままだった。

「支店長じゃない」

一応攻撃は止めてくれるみたいだ。

「……チッ。ねぇさん、外出よう」

テネは拗ねたように舌打ちし、ねぇさんに、出口を示した。




 コトたちはその間、しばらく外で待っていた。(食事をしてた)

自販機で買って来たオレンジジュースを飲み干した辺りで、勢いよくドアが開く。そして、勢いよく二人が店から出てきた。

キャンディは苦笑いしている。(「酔ったテネは絡み酒タイプだから……」とのこと)

「結構、連れ出すのすんなりいったね」

キャノはナゲットをもぐもぐと咀嚼している。

 とりあえず食事を続ける二人。の横で、ハラハラしながら、リルとテネを見守るキャンディ。

こっちの二人はなんだか険悪なムードが漂っている。

「はぁー、ったく、そんなに怒ること無いでしょう、支店長」

すっ、と上を指さすようにテネが腕を上げると、リルの頭上に20本くらいのナイフの雨が降り注ぐ。

 彼女はそれに見向きもせず、小さな結界をいくつか作ると的確に弾いている。(大きい結界を作ると発動に時間がかかる。消耗が激しい)

 テネはあっ、と少しだけ悔しそうにするも、めげずにナイフを巨大化させていた。

「え? ちょっ、なにあれ、てか誰あれ」

コトが動揺するも、すぐ隣では「物理武器を使うなんて、可動範囲を絞った優しい戦闘だな」とかキャンディが謎に頷いて居る。

優しさとかあるのか。

「あれはお前が思っている以上に大事なものだったんだ!それなのにどうしてケートに渡ったりするんだよ」

ナイフが猫に変えられた。巨大な猫がテネの方を向く。

「戦時中だから仕方無いだろ?俺に振り込まれたって言ってたけど

テネは地面の魔力を操り、蔓を伸ばして猫を縛ろうとする。

「いいや勝手にやってるだけだ。それに、まだあそこまでなら許してやろうと思ったが、アレに関わろうというなら話は別になる。お前は、叔母さんの背中のカトラリーが何を封じてるのか知らないのか?私も二の舞にする気なのか」

リルは猫を小型化してその蔓から抜け出させ、またナイフに変えている。


 コトは、飲み干した缶を手にしたまま、ぼーっと二人を見ていたが、キャノたちはあまり興味が無いようで、これからどうするかな、とそれぞれ話し合っていた。

その間に、二人の話が白熱する。ところどころはわからない。


「殺すことは無いでしょう? だからって」

「ほう、先日殺されたやつが居ることはこれから殺す奴の価値より下なのか?」

「そ、そんなこと、言ってな」

「言ってる。静かに眠っている墓を荒らしたら同じだって言ってるんだ。そこから降りる気が無いなら尚更、誰が死んだって戦時中なんだから」

「でも、昔の話じゃないですか、怨霊も亡霊も、仕方ない」

「いいや今の話だ。昔の話で私や母さんは殺されかけたんじゃないのにそっちはなぜ議会が追及しなかった?表に出さなかった? そのくせ自分たちは嫌だと?都合のいいことだけ扇動して、私が死んだってああは扇動しないだろう」

「……そうなの?」

「お前にはわからないだろうけど議会は男性優位だ。それにその昔の怨霊が今でも騒ぎになるせいで社会が成り立ってるんだ。

これがどういうことかわからないわけないだろ」

「それは……僕も、神族だから」

「あの人がただの趣味であんな恰好してるわけじゃないことも、わかるよな」

「でも、見てないから!」

「見てからじゃ遅いんだ」

「でも僕が何度止めても聞かずに来て勝手にあれまで持ち出したんです。それにねぇさん、」

「何を殺しても、これ以上――」

「いや、そうではなく」

テネの視線が、ふいに、コトの方に向く。

「さっきから視界の隅で動く、あの『子猫ちゃん』は誰!!」

めちゃめちゃテンションが高かった。

「……え」

「カワイー!!神族? 神会の新入り?」

「……あ、コトは……」

リルがきょとんとする。テネには、コトがまん丸のつぶらな瞳で見つめてくる小柄で愛らしい子猫ちゃんに見えている。


「テネはね、その、リルの神族の親戚なのよ」

傍で成り行きを見守っていたキャノが、横からそっとコトに教えてくれた。

「え、魔法使いって、みんな魔族じゃないんですか?」

「魔女にも、神族を兼ねている家系があって、リルはその血筋も持ってるの、不思議な力って言っても、いろいろあるからね……」

「神様で、魔女……」

いろいろあるんだ……今度図書館に行ったときにでも調べてみよう。


(2022年10月11日2時50分)












なんて考えている間もなく、「初めましてー!」とすぐにテネが嬉しそうにコトの方に飛び掛かってくる。

「うわっ」

 どうしてこう、リアクションが大きい人が多いのだろう。

「名前はなんていうの!」

「……コト」

 にこにこ、曇りの無い笑顔を向けられて、思わず俯いた。

眩しくて気後れして、なんだか目を合わせられない。

なぜこうも、自分は人見知りなのだろうか。いや、それでも、ここ数週間足らずで知り合いが一気に増えてしまって、ちょっと、目が回っているのは仕方がないと思う。


「へぇー、かわいいねぇ。飴ちゃん食べる? もう喋れるかな? えへへへ」

「子どもじゃありません……いや、子どもなのか」

混乱して来た。この人たち、何歳なんだろう。もしかするとコトが幼少期の子どもに見えるくらいの年齢差なのかもしれなかった。

どうしたらいいのかわからないまましがみついてくる腕を、特にかわすこともなく、ぼーっとその場に佇んでいた。

なんだろう、なんとなく、何故だか嫌な感じがしない……というか。

「確かねー、社長に頼まれて出掛けた時に貰ったイチゴキャンディがあったと思うよ!」

テネは機嫌が良さそうにそう言うと、嬉しそうに、ズボンのポケットに手を突っ込み――

「ない? xxxp……」

「飴ならあるぞ。ミルク味だけどな」

後ろから歩いてきたキャンディ、がすっと飴を差し出す。

キャンディなだけあって、飴は必需品なのか?

「み、みるひ……?」

「いや、名前は関係ない。その辺に居たおっさんがくれたんだ」


コトの感情を見透かしたように、キャンディは無表情で答えた。

「これ、小さい頃食べたことがあります」

包みを反射的に受け取りながら、少しだけ緊張が緩む。

「にしても、よーく怒られなかったな、テネ」

 キャンディは、コトの隣で珍しそうに辺りを見ているテネに声をかける。実際はもう少し長い名前なのだけど、面倒なのでずっとこの呼称だ。

「ううん、支店……いや、リルにめっちゃ怒られたぁ」

「じゃなくて、店に」

「あぁ……込神町は、まだアニミズムが残って居るからね。神族はただでさえ生き残りも少ないし基本的に役目を果たす限りは丁重に扱うんだって。もっとも悪さをしたらそれなりにあるけど。僕なんかは創世記に居た親族に似ているらしいよ、って割とサービスされた」


 (そういえば、此処ってそういうところだったな)

図書館などで見た看板を思い出す。基本的には、もともとは異端でもなんでも歓迎している町だった。

今は少し、問題が起きてはいるけれど。誰がというよりも神族に辛く当たるのを避けたのだろう。

 戦争が起きて侵略が進み、言語汚染が起きたときにも、それらを食い止め、人々の希望で在り続けた。それを無下には出来ない。


(だから、あの人は……生き残った勇者や魔法使いを集めた。彼女たちの戦いの歴史、生きた証である魔法を遺したかったから)

「…………」

 胸騒ぎがする。あえて口には出さなかったけれど、

それはなんだか――また戦争が起こると、言語汚染や侵略が始まる、と言われているようだ。

  5、6倍ほど増えて空を飛んでいるキカイ。活発化し始めたハンター。

いや、もともとそれを食い止める為の自警団だったんだ。それだけの話だ。

俺は今更、ただの何も知らない人間には戻れない。そもそも、ただの人間だったことなどあったのか。

 弱さが怖いなら、強くなるしかない。


――怖かったんだから!

――水が溢れて来て…


 もし人間との対立で言語汚染が深刻化したら。

それこそ、あらゆる知り合いに危害を加えるのは、『汚染された言葉』、『それに反応する魔力』によって大規模な誘発や魔法事故を起こすのは俺かもしれない。

もう他人事では無いんだから。


(…………)

 コトは一旦考えるのを止め、貰った飴を口に入れてみた。優しいミルクの味だ。懐かしい感じがする。

「あの店のカウンターなら私が直しておいた」

いつの間にか近くに立って居たリル、が当然のように答える。リルとテネの間に何があったのかは伺い知れないが、きっと今の自分には、教えてくれないだろう。

表向き打ち解けたようでも彼女たちにはどこか見えない壁がある。

そんなことを考えながらも、再び鼓動が高鳴ってきた。いつの間にか別のところで緊張してきているからだった。

(……神族と呼ばれたのは、初めてだ)

ただの軽口かもしれない。でも、彼女たちは人々に纏わり付く、魔力の元になるものが見えているはずだ。

自分の姿を見て確認することはできないので、他人から聞くしかないが、あの発言に何か意味があるのか……


(2022年10月11日2時50分‐2022年10月18日21時58分)


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