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【音闇クルフィ】  作者: たくひあい
炎と少女
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家庭訪問


<font size="5">8:00</font>



 携帯電話のアラーム(金平糖の精の踊り)で琴が目を覚ますと、見慣れた部屋の中だった。どうやって帰ってきたのかあまり覚えていない。


自分の部屋にいるらしい。壁にかかっている黒に白い文字盤の時計を見てみると、朝の8時だった。

同じく、黒いカバーのかけられたベッドから起き上がり、小さく息を吐く。なんとなく携帯電話を開くと、着信が2件。


いつだったかに、教えてもらった、怪しげな会社の番号だった。日常の現実感が強いほど、非現実を感じるのは確からしい。見慣れた待ち受け画面(牧場にいる羊の写真)に、見慣れない着信アイコンや名前が映っている。複雑な気分だった。

こんな組織と関わって、本当に、おれはおれでいられるだろうか。自分の選択は果たして正しかっただろうか。


ピンポン、と玄関のチャイムが鳴り、またぼんやりしかけた意識が呼び起こされる。


「なんだよ……父さん、帰ったのかな」


布団の柔らかい感触がやや恋しかったが、ひとまず離れ、玄関に向かって歩く。しかし扉を開けてみて、驚いた。そこに居たのは、華奢でスラッとした、髪の長い少女だった。



「ク……っ、なんで、ここ」


「よぉ、兄ちゃん。驚いた面してんな」



「……当たり前、でしょう!」


「へーぇ、結構いいとこ住んでんじゃん。どうも、この辺窮屈な建物ばっかりだけど、その中だったら、なかなかいいランクじゃないか?」


「……変な詮索しないでください。何しに来

たんですか」


 彼女、クルフィは、琴の家に突如押し掛けたかと思えば、そのままいろいろと興味深そうに眺めている。琴は焦っていた。寝起きで出てきてしまったのもあるが、彼女はなぜ家を知っているのかと思った。

疑問を感じ取ったのか、クルフィはああ、と言ってから琴に視線を合わせ、あっさりと答えた。


「会社から聞いてきた。調べるくらい、ちょろいんだと」


「こ───個人情報を……!」


「いやー、にしても、急に祖国に売ってたヤツが食べたくなって、慌てて探したら、こっちだとヨーグルトっていうらしいじゃん。買って来たんだけ、ど──」

「……もう、いいです、帰ってください……」


 自分の領域に、予期せぬ形で土足で踏み込んで来られた気分だった。個人情報を抜き取るのも容易で、わけのわからない子どもを働かせていて、どう考えても、まともじゃない。

そんなことは最初からわかっていた。だけれど、そこで会う人間は、むしろ、その辺を歩く人よりも──


(濁りすぎていて、逆に、濁りがわからない……)


 琴は考え始めかけたが、ちょうどそのとき、だん、と彼女のスニーカーが、目の前で威嚇のように音を立てた。びくつく琴に、彼女は優しく笑いかけ、近よる。



「なあ、コト。そうはいかねぇんだ。聞いてくれよ、私がどうしてわざわざここまで来たのか。こんなに厚着なのか」


言われてみると、彼女は、ベージュのムートンコートを着ていた。明らかに、今の季節には噛み合わない。

「……なんですか」


ただならぬ雰囲気に、少し背筋が寒くなるが、琴は声を絞り出す。


 対面する彼女の真っ暗な目は、この場で琴を殺してもおかしくないほどに、淀んでいた。だからこそ琴は、嫌な予感がした。クルフィは、目をそらさなかったし、彼にも目を反らすことを許さなかった。苛立ちがこもる、震えた声で、彼女は言う。

初めて聞く声だ。



「お前のせいで、私の中の火が──凍っちまったんだよ!」



何を言われたのか、最初はわからなかった。






 この世界における魔族に宿る《力》は、生命に直結しており、彼ら、彼女らは、エネルギー源を作り出せなければ簡単に死に至る。その生成が、突如うまくいかなくなったと、クルフィは語った。



 それはあの日、コトがなにかを使った後からではないか、という。彼女は、彼から暴走というものではなく、しっかりと安定した波を感じていた。


彼自身は操られていたわけではない。あれは、コトが自ら施した術で、しかしそれが無意識で、不完全だったために、彼に触れたクルフィも影響を受けてしまったのではないか、とも。


 説明を聞いても、よくわからないことが多かったが、要するに、『彼女』は、生命維持をするのに精一杯であり、《そのエネルギー》を外部に使える余裕がない。生命維持も、持久力が無くなれば危うい。



「つまり力が使えない……人間だ、これじゃ」


「……おれのせいって、おれが、その原因ってこと……ですよね、実は……あのときのこと、あんまり覚えてないのが、正直で──……どうにかしたいのですが」


解決出来るとしたら、術を施したコトがなんとかするのが早い。だから彼女はコトを訪ねて来たのだ。



「あー、ちくしょうイライラする……イライラなんてしたくないのに、お前にあたっちまいそうだ……さみいし……体温調整がうまくいってないみたいだ」


 琴はあわてて部屋に戻り、引き出しから使っていない携帯カイロを探し出すと、彼女に渡した。


知らないらしく、なんだこれ、と言っていたが、袋を開けて軽く振って手渡し、しばらくすると「おお! あったけー!」 と興奮しして騒いでいた。季節からはずれたその様子を見ているうちに、琴はますます罪悪感が募るように感じる。


「……おれに出来ることは、やります、償います」


「ああ、ありがとう」


少し元気のない声が返ってきた。怒りを鎮めるためか、寒さで元気がなくなっているのかの区別がつかない。なぜ、礼を言われたかも琴にはわからない。


「私さ」


「はい」


「ずっと人間になりたかったんだよ。──この体は意思が強すぎると、いつ、それがとんでって憎いやつの首を跳ねるか解ったもんじゃないからな。制御出来なきゃ、大抵のわがままが通っちまう。社会的にはダメだろうと、いくらでも隠蔽して殺せる。だから、魔族出身者は闇の人間に買われることが多いんだ」



「闇の人間、ですか」



「政治、宗教関係、呪術、殺し屋──まあ、そんな感じかな。私の友人の半分が『殺人兵器』になって、壊れ、ついてなかったやつは、みんな捕まった。指名手配されてるやつもいるな──どんなに力があっても、その意思を働かない状態にしちまえば、無防備な種族だからな。拘束なんてチョロいのさ」



「人間になりたかったのは、簡単に首を跳ねたりできないからですか?」


「さあな。今になっちゃ……わからねぇ。ただ、私は欲張りらしい。力を失うと失うで、あったものが恋しくて仕方ねぇ」


琴はなにも言えなかった。ただ、どうにかしなければと考える。彼女のことを、もう少し聞いてみたいような気もした。


 危険な行為だ。あまり人についてを知りすぎるのは良くないと、思っているはずなのに。


「──どうして、あなたはあんなところで仕事をしようと思ったんですか?」


気が付けば、そう聞いていた。


<font size="5">9:00</font> 曇天



 結局、答えてはもらえなかった。



私の過去は……まあ秘密だな、と彼女は言って、曖昧に笑う。あまりいい内容ではなさそうだということだけは、感じられる。


「悪い。言いたくないってよりも、今、さらにシリアスになると、ちょっと私もな」


「違いますおれが悪いんです……」


 嫌なことを好奇心で聞いてしまったのかもしれない。落ち込んだ顔になった琴に、彼女は驚いた表情をしていた。


「なんで私のことなんかでお前が落ち込むんだ? 変わったやつだな」


「……わかりません」


 会話が止まってしまうのが嫌だったのだろうか。クルフィは、カイロを血の気のほとんどない頬に当てて、小さく息を吐いた。

言動のがさつさからは思いもよらず、どこか甘いにおいがする。香水だろうか。コートに寒そうに収まる体躯が案外華奢で、少し見つめてしまう。


「あー寒い。早いとこ、なんとかしなきゃな」



「はい……」


なんだか一瞬変なことを考えた気がして、気まずく目をそらして答える。


 彼女は琴から興味がそれたらしく、あのジジィがどうとか、ぶつぶつ言っていた。


 外に出ると、雨が振り出しそうな灰色の空が見えた。傘を持とうか迷って、玄関の靴いれの上にあった折り畳み傘を、彼女に手渡す。彼女がこれ以上寒くなり、風邪を引かれては、ますます悲しい。

自分は、まあどうでもいい。


「──これ、なんだ? 武器か」


折り畳み傘を知らないらしい。首を傾げて、ぺらぺらした防水の布部を引っ張る。


「傘です」


「え、傘? 傘って」


 傘のことも、よく知らないらしかった。ぶんぶんと振り回すので、慌てて止め、ボタンを押して開いてやると、彼女は『やべえ、画期的だ!』と子どものようにはしゃいだ。


 それにしても何をどうすればいいのだろう。琴には見当が付かないし、クルフィは今、まともに考えることをさせると、とんでもないことになりそうだった。


「でも、雨が降ってきたときに開いてくださいね。普段は道行く人の邪魔になりますから」



とりあえず、クルフィにそう言って傘を閉じさせて、畳みかたを見せながら畳む。



 それから、横断歩道を渡るところにある、ガードレールの、袖ビームと呼ばれる部分を、ぼんやり眺めながら信号待ちをしていると、クルフィが小さく肩を叩いた。


「なんですか」


「なあ、私考えたんだけど」


「じゃ、聞くだけ……聞きます」


「お前、私をばかにしているだろう」


「まさか。綺麗なお姉さんとしか思ってませんよ」


「うわ、信じられない台詞だ」


「……で、なんですか」


彼女は、得意気に笑う。

それから、少しもったいぶったように、提案する。


「《あいつ》にお前が命令してもらうのはどうだ?」

にこ、とクルフィは笑顔を向けたが、琴は、なんだか嫌な予感がした。


<font size="5">9:30</font>


「わかった。けど。今、ぼくちゃん、ちょっと厄介なんだよね」


琴たちがキャノに電話をかけてみると、そう返ってきた。これには予測外だったので、二人とも驚く。

キャノは複雑そうに、笑った。


「どうしたんだよ?」


「え……今、追われてて──」


「おい! キャノ!」


 追われてて、までを彼女が答えたまま、通話が強制終了。なにがあったのだろう。


彼女は手配されていたし、変装していない間かなにかにでも、見つかってしまったのか?



  琴は考えそうになったが、そうしていても仕方がないと、一旦落ち着く。



「サイトのニュースで見ましたが、キャノさん、まだ手配中らしいですね──」


「そりゃ、あの場に居たには居たし、逃げたし、有名人だからな」


クルフィは黒い折り畳み傘を、しっかり右手に握ったまま答える。深刻な顔つきに、寒さによる血行の悪化で、透き通るように肌が白かった。


「あの……部屋で、なんならどっか店かなにか──風邪を……その……」



「だーいじょうぶだって! 私、図太いからさ。それより、キャノに頼れないとなると、やっぱりコトがなんとかしてくれ」


クルフィは手をひらひらと揺らして冗談みたいに言う。琴は戸惑ったまま、ぎこちなく、頷いた。


そのときだ。琴のポケットから、ちょうど『メリーさんの羊』が聞こえてきた。急いで、さっき使ったばかりの通話ボタンを押し、スピーカーに耳を当てる。


「……はい」


『コトか。今、キャノがな』


男の声が、やや不機嫌そうに、話始めるが、琴が答えた。


「はい、追われているんですよね?」


『そういうことだ』


わかっているのなら、ということで、用件がすんだらしい。琴は慌てて、質問を入れた。


「クルフィさんの魔力が、危ないって……おれ、どうすれば──」



男は少し考えて、答える。


『そうだな。おまえらは、いいコンビだと思う』


「え……」


『似た者同士──じゃあないが、きっと互いに互いを中和して、うまくやるはずだ。では』


シンプルな謎かけで、ヒントだった。琴は通話をぶち切られたのも忘れて、ありがとうございます、と呟いた。コンビになった覚えはないが。


「あいつ、あんなに電話で喋れたのかよ……」


クルフィが呆れながら受話器を覗き込む。琴は、通話の切れた画面を見て、それからなにやら考えていた。


<font size="5">10:00</font>


 道を歩いていると、琴が突然『炎だ』と呟いた。

クルフィは、理解が追い付かず、聞き返す。現在は、通話を終えて、これからどうするか、と相談していたところだった。キャノにも会えないとわかったし、あの、活動してるのかわからない、男のいるタワーに戻っても、何かあるとは思えない。


「感じないですか? 結構、強いですが」


キョロキョロと、首を回して、気配の元を探している琴に、クルフィは違和感のような、奇妙なものを覚えた。なにも感じられない。同じような力を使う者がいるなら、離れていても、市内くらいの範囲ならわかりそうなものだが。


「全然感じないわ……魔力が、弱まってるからかな」

「あの。おれ、ちょっとそこまで行ってきますね。だから、あなたは戻って──」


「私も行く」


「だめです」



 空は風が吹きはじめ、日が差さなくなってきていた。冷たい。空が本格的に曇りだした。そろそろ雨が降るのだろうか。行き交う人たちの格好は皆、夏らしく、半袖シャツや、タンクトップなどだったが、急に変わり始めた天候に、首をすくめたり、体を震わせているのが、ちらちら映る。


「なんで!」


不安が現れた、強い口調だった。苛立っている。風が強く吹いて、彼女の髪をわずかに乱す。


「危ないですから、タワーまでは、送ります。だから、お願いです」


切実に、琴が訴えたのを見て、クルフィの表情が変わる。落ち着きを取り戻し、気弱に笑った。



「そうだな。わかった。私は、力がないと、何にも出来ねぇもんな……ありがとう。素直に大人しくする」

自分が足手まといになるだけだというふうに、認識したらしい。少し、心配だ。気にかかる。彼女についていた方がいいのかもしれない。


だが、琴は、それでも自分には、今だからこそ、自分がするしかない使命があると思った。そして、急がなければならない。

 心の中で、謝りながら、タワーまで見送った。急がなければ。もしかしたら彼女を、救えるかもしれないのだから。



     □


「……この辺りか──」


琴が来たのは、先ほど携帯のGPSの地図で確認した、キャノがいた辺りだ。

彼女の位置情報があるらしい、と、クルフィと分かれてから道を歩いている途中で、男が送ってくれた。



 それから気付くが、なんと炎のにおいがしているポイントと、彼女がいた場所がほぼ同じだった。



頭上には大きな橋。さらに上は車が走っている。その下にあるこの場所は、「込神川」と呼ばれている。こじんかわ、と読むらしいが、地元の人は皆『こめかみ』と呼んでいる。とにかく、その場所河川敷の一角に、人だかりが出来ている。川辺に向かう階段を降り、そちらに向かってみた。


 遠くからでもわかる、異様なにおいが、近づくにつれて、確信になる。混ざっているのは炎だけではない。これは。まるで──


「人が燃えてる」

「うわー、焼死体……」

「マジで。リアルタイムに起こってんだって!」


発見者らしき、五人ほどの女子高生が、携帯で写真を撮影して騒いでいるのが見えた。一人は電話して誰かに説明している様子だった。

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