キャノとカフカ
「はぁー……ほんと、やんなっちゃう」
キャノはむっとしながら包みを手にぼやいた。ついさっき連絡が来たところによると、こっそり売っていたグッズの購入に、F社が食いついていたらしい。
しかもなぜかモザイクを外して改造していた。そこまでの許可を企業に出した覚えはないのだが【彼】に『ルール』や『許可』なんて言葉も虚しい。
「話を聞いたら、またチルドさんが居たって……あの男、無視したら無視したで勝手に持ってくからなあ。しかも勝手に通して許可出したことにされる」
以前も大量のオリジナルグッズの転売があったのだが、結局そういった転売屋がいるのだろう。
そんな愚痴を聞きながら、リルは頭の半分で昼食について考えた。
「あれって……前に話聞いた限りだと、魔法家具屋じゃないのか?」
「それだけじゃ、やっていけないみたい」
「懲りないねぇ」
「いっつもいっつも、此処だけの話って言ってるのに、なぜ、その弁明を! 外で! それこそ、消せないものが、無駄に多くの人に刻まれるっての!それが嫌っていってんのに、なんなの? なんでするの? 嫌がらせとしか思えない。 わざとだよね! なに考えてるの、あの歩く地雷原!」
「あぁ。今日は、いい天気だな……」
水彩画のような淡い青空が広がっている。
鳥の声がする。こんないい天気なのだ。全て投げ出してぼんやり眺めて居たくなるけれど、さすがにそうするわけにもいかない。
「聞いてた?リル」
「まぁ……」
リル、は、珍しく話を聞いては居たものの愚痴の中身が中身で、どうすればいいのかよくわからなかったので、曖昧に頬笑むにとどめた。
「それより、早く帰ろう」
キャノも一通り愚痴って少し気が紛れたのか、そうね、と話を切り上げる。店に行き、帰路につき始めたさっきまでずっと愚痴話だったが、リルの方もいつものことなので特に気にはしていないらしい。
「ああ、本当に、いい天気……」
キャノは改めて空を見上げた。
確かに、美しい風景でも見ていた方が安らぐし、気が紛れるかもしれない。
空を見上げ、るのをやめ、前を向きなおして曲がり角に向かおうとしたときだった。
ちょうど、近くのビルから、誰かが降って来た。
「出たな! 我がライバル! 待ち伏せたかいがあったあ!」
「リル、どうする?三人ぶんで良かったよね?」
「居なかったら私が食べる」
「うふふ、そっちじゃなくって!」
「聞けよ」
降って来たのは、カフカだった。
分かりやすく地団駄だかアスファルトだかを踏んでいる。
「……あぁ、久しぶり」
キャノは無表情で彼女を見つめた。
存在くらいは知っているが、別に興味はない。それが、さらにカフカの繊細な心を傷付けていた。
「本当に本当に本当に本当にムカつくー! お前なんかな!白い服着てカレーうどん食べる呪いにかかれー!」
「地味!」
さっきまでのイライラが、別の何かに書きかわる。まぁ、さっさと帰りたい気持ちの方が大きいけれど。
「ふん、髪も、肌もカレーに染まったらいいんだ!」
「……あなたも白髪でしょ」
「あ」
言葉を詰まらせるカフカ。
キャノはなるべく早歩きで帰り始める。
リルは、二人の様子を遠巻きに見ながら、ひとまずキャノに合わせて早歩きで距離を置く。二人に何があったというのだろう……
「なんでなんでなんでなんでなんで無視するの! 私だって一生懸命やってるんだよ? 報われたっていいじゃん……諦めないよ?」
じたばたしながら構って構って構って構ってアピールをするカフカ。小さな子どもみたいだ。
「私の覚悟は半端じゃないんだから。いつか最☆強☆のアイドルになるために、家出までしてきたんだぞ!」
「はぁ……」
キャノはため息をついた。
昔からなぜか、張り合ってくるカフカだが、そんなことになんの意味があるのだろう? あまり意味が無いと思う。
「キャノちゃんが休みの間に人気越えしてもいいの?」
人が気にしてること(休職中)(冤罪)をわざわざ抉るんじゃない!
とちょっとイラッとしたけれど、彼女は無自覚なのだろう。気にしても仕方ない。
しかし、カフカはカフカで、彼女は彼女。同じようになりようもないことは明白だったので、例えはピンと来なかった。
「……私は、私のファンが居て、あなたはあなたのファンが居れば良いんじゃないかしら」
「それじゃーだめなの!勝ちたい!なかなか人気が消えてくれない!負けない」
バニラちゃんもちょっと手がかかるけれど、カフカもなかなか関わるのが面倒だった。なんだろう、変な悪口よりも悲しくなる子だ。
(消えてくれない、とかなんとか……誰にでもこんな口調で話すんだろうか)
「……で、その、カフカちゃんは、今日休みなのかしら」
そっと屈むと、はいているブーツを直すふりをしながらホルスターの留め具を緩め、マイクを取り出す。
「そうよ! 今日はアサ様の定例会があるから昼間のお仕事は休み!」
休みらしい。
アサ様がなにかは知らないが、新興宗教にでもハマってるんだろうか。
「ナビゲーターの方は?」
別に興味はないけど、間を持たせるために聞いてみる。
「そっ、そ、それだってちゃんとやってる! 上手くやってる。休んでるあんたよりずっと賢いからね!」
「ふーん。あのさぁ」
マイクを構え、キャノは微笑んだ。
「さっきから必死にアピールに励んでるけど、現実見えてる? 正しく把握できてる?」
「見てるけど?」
えー?と首を傾げるカフカ。何を聞かれるのかが分かって居ないようだった。
「じゃあそんな賢いカフカちゃんが、そんなに可愛いカフカちゃんが実際は私を簡単に消せないのも、私を超えられないのもなんでかわかるかしら」
これが現実なのだけど、という意味で言う。
「え? なんでだろ? 見た目も完璧なのに」
現実からじゃ問題点が見当たらないよとでもいうようだ。
キャノは小声で呟いた。
「貴方に、私をあからさまに下げないと存在できないような価値しか無いから」
こうやって街に立って居ても、気配を消しているキャノはともかく、カフカに声をかけに来る人もまばらだった。
どれだけ貶しても、彼女の中の妄想を語っても、それはそれでしかなく、現実は淡々と続いていく。
やや控えめな声がマイクを伝って微かに空間を震わせる。
「おやすみなさい」
「構えていたはずなのに……不意……打ち……」
襲ってくる激しい眠気で、カフカはまともに彼女を捉えられなくなってきたらしい。
俯いて顔を覆ってしまう。
とりあえず、勝負がついた。
さすがにアイドルを街中に放置するのもアレだし、完全に眠らせるのはやめておいたのだが、眠気が覚めないうちはろくに追いかけることも出来ないだろう。
「行こう」
キャノはリルを見た。
「あぁ」
遠くから傍観していた彼女も、無表情のまま頷く。
無駄に体力を消耗するより、今は楽しく食事でもした方が有意義だった。
「コトちゃん待っているかな」
「どうだろ……? 連絡してなかったし」
ふと、リルの表情がどことなく曇っているような気がして、キャノは思わず「何かあったの?」と聞いてみた。
「いや……あった、っていうか」
なんだか言いにくそうだ。ぼそぼそと、要領を得ないことを口ごもっている。
「私のいない間にコトちゃんと、喧嘩でもした?」
彼を話題に出してから露骨に表情が変わったような気がしたので、彼との間に何かあったのか、と改めて聞き直した。
「……しては、ないけどさ」
「煮え切らないなぁ」
いつもの彼女らしくなく、どこか、ぼんやりしている。
喧嘩でないとすれば、恋患いか何かだろうか?
そこまでの進展が見えるような感じは今のところ全くないけれど。
ややあって、彼女はある程度考えを纏めたらしく、口を開いた。
「その、この前の休日に、コトが私を訪ねて来て、地下室で文字とか……教えてたんだよ」
「へぇ、そうなんだ。……それで?」
熱心だなぁとは思うが、
それがなんだというのか?
キャノは思わぬ相談にぱちくりと目を瞬かせる。リル、の口から出たのは意外な言葉だった。
「びっくりしたんだけどさ」
「うん」
「あいつ、異様に呑み込みが早いんだよ」
「異様に、って? コトちゃん、だって、卒業も飛び級でしょ?」
今更驚くようなものとは思えなかった。
けれど、彼女にはずっと心に引っかかっていることがあるらしい。
「そうだけど……うまく、言えない……初めて触れたっていうより、なんていうか、まるで……昔から知ってることを思いだしたみたいな、頭の回転とか、そういう次元じゃない、もっと自然なんだ」
「ん? どういう……」
「相対音感みたいに、一つ覚えたら、そこから、勝手に、話してるんだよ」
「公式の方から浮かぶみたいなやつ?」
「うーん……そう、なのかな……うん……」
彼女が一体何に引っかかっているのか、細かいところまでは分からなかったけれど、キャノにも思い当たることがあった。
(あの、氷の術――――まるで、使い慣れてるみたいな、洗練された動きだった)
「あのレベルで魔法が使えるなら、文字とか教わったりしたいって思わないんじゃない?」
「そうだよな……」
2022年9月22日21時51分‐2022年9月25日2時41分




