キャンディとテネ/たい焼き一万円
その頃のキャンディは、発火原因などを調査すべく、各市街の制限装置の数などを見て回っていた。
別にワーカーホリックでは無いのだが、好奇心旺盛な彼には、
街中に通常の6倍は装置がばら撒かれているというのは、一度目についてしまうとどうにも気になって仕方が無かった。
少女たちは今回は、大魔女の一人に話を聞きに行くようだけど、彼は正直言って小難しくてじれったい会話がどうにも苦手だ。外で一匹でも魔物を倒す方が良い。
一人であちこち行くのも寂しいので、
今回は、会社の許可も得て『同僚』と一緒。
彼は気まぐれで前回の緊急招集だって『僕はパス。猫ちゃんと遊ぶからね』とさっさとパスしていたのだけど、こういう外回りや戦闘には都合が付いたら来てくれるらしい。
何度か一緒にいろいろと仕事をしたことがある。
適当に決めた数の点検数を終え、ちょうど休憩時間になった頃に、着信があった。
「喧嘩か?」
大声でキャンキャン騒いでいる『彼女』の電話に、『同僚』が嬉しそうにと質問する。こいつはこいつで、ほとんど仕事があって滅多に『こちら側』に来てはくれないというのに、わりとおしゃべり好きである。
「ふふふ……『他の女と話さないでよ!』『私だけのナイトで居て欲しいの(はーと)』だって!」
キャンディはドヤっと会話の進展についてまとめた。
実際はもう少し込み入った事情があるのだけれど、彼の脳内はいつでもパラダイスに変換される。(?) よって、相変わらず可愛いやつだなぁくらいしか思えないのだった。
むしろ、自分が頼りにされているというのが嬉しい。
仕事頑張ろう、と元気づけられた。
「うん。君のそういう、前向きなところ、嫌いじゃないよ」
「嘘じゃないって! あいつ、ツンデレだからさ……わかってやれるの、俺だけだと思うんだ……」
真顔で言うキャンディに、とうとう『同僚』は吹き出した。
「あっははははははは!! ひぃ、面白い。こういうとき、古来では、っ……地面に草を茂らせていたんだっけ?」
「やめろっ! 草は茂らせなくていい! 生やしてどうするんだよ!」
「あ」
頭上に見えたローブの姿に、『同僚』が釘付けになる。
「どうした?」
キャンディも(もともと今日の為に持っていた双眼鏡越しに)そちらを見た。
鳥籠を持って飛んでいる、ローブの人物。だが、今はフードを被っていない。
「誰だろう、あれ」
「あの白髪……見たことがある」
キャンディは朧げな記憶の中で思い出していた。
「マユ、……カフカ……」
「え?」
「理由はわからない……でも、あのタワーに、ナビゲーションシステムが組み込まれていた頃から見かけるようになった、気がするんだ」
とはいっても、何か仕掛けてくるので無ければ静観するしかないのだけれど、モーシャンやフレテッセが露骨に攻撃を仕掛けてきたのがつい最近なので、どうしても警戒せざるを得なかった。
カフカについては、キャンディやキャノとは直接の関わりが無かったけれど、彼女に人気が出てきてから、彼自身もときどき見かけていた雑誌などの隅で、売り出し中だという内容を見たことがあるので、表向き、キャノと似たような広報活動をさせられているのだろう。
何かが流行り出すと、同時に売り出そうというのは世の中の自然にある流れなのだが……
ネット等を見ると、その売り出し方も『あなたの町のスーパーナビゲーション カフカ と、アイドルのカフカでお送りします!』とかいう感じなので、なんとも言えない感情になる。
キャノが、妹を失ったときのことを、何も出来ない自分のことを、どうしてもカフカの売り出し方に重ねずにはいられなくて、まるで、あの頃の戦いを笑われているみたいで、それが辛いのだろうか。
「それってさ、何処の会社なの?」
「うちではない。というか、隣の国だな。大元は」
「へぇー。そうなんだ」
それにしても最近は、どのテレビをつけても、動画サイトを付けてもトップに出てくることが多く、毎月かなりの頻度で新曲やプロモーションが上がっている。まるでキャノと入れ替わり立ち代わりという感じでもあるタイミングに、なんだか、妙に胸騒ぎがするようだった。
「何事も無ければ良いんだけどな」
「あ」
「なんだよ」
また、『同僚』が声を上げる。
見ると、カフカがビルの屋上を飛び回りながら、何かの動物を追い回しているようだった。
「フェネック?」
(2022年7月31日21時41分‐2022年8月2日2時29分)
――――なぜ、この世に恋愛があるのだろう?
恋愛さえ、存在しなかったら。
誰もが、誰のことも好きにならなかったら、きっと、憎しみは生まれず、
一日に感謝するだけの平和な日々が続いてくれていただろう。
憎しみからは救いが生まれるが、いつも恋愛からは、憎しみが生まれる。
カフカは、あちこちに飛び移ってフェネックを追いかけながら、なにやら光線を放っている。逃げ回るフェネックは鳩を一匹、口にくわえていた。
儀式用の一部を食事用に持っているということなのだろうか?
それにしたって、遠くからでもわかるくらいに真っ黒い、禍々しいオーラがカフカの周囲を満たしていた。
「なんだあれ……黒魔術か?」
細かいことは忘れたけれど、唯一、恋愛を呪詛に変えられるのが黒魔術だったと思う。他とは違って、圧倒的に恋愛に関する内容が多く、ほとんどが恋へのうらみつらみを源として発動し、無垢な生贄を必要とする。
――――大昔、
人間が魔法のもととなるものを思い付いた際、最初に用いた魔法とされている禁忌。
禍々しい黒い何かが彼女を包み込むと同時に、懐に入っていたらしい本が開かれる。何かの召喚だったのだろうか。
本の中から、彼女のオーラと同じような、黒々とした空飛ぶ鳩が大量に現れ、それらが皆、フェネックを追う為に向かって行く。あっという間にフェネックが囲みこまれてしまった。
「ひぃ……」
『恋をするな、それで、解決するというのに!』
――――他人と恋をするやつはな、家畜だ。
恋は人間性を廃れさせる悪の習慣、野生化を図るための政策のようなもので、野蛮。汚い、絶対にならない。
かつて、そう言っていた奴がいたような気がする。
それも、なんだかわかるような気がした。
「って、納得してる場合じゃないな」
キャンディはハッと我に返り、町を駆け出す。
「って、テネ!? あいつ、どこ行ったんだよ」
ふと気づいて隣を見ると、『同僚』は居なかった。
近道になるだろうと、ごちゃごちゃと物が散乱した裏通りを抜ける。
この辺は……確か、駅から少し歩いた辺りだろうか。
頭上に見えたり見えなかったりするフェネックの姿と、カフカ、とマユの姿……
「いらっしやーい!」
走り過ぎようとしたところで、小さな屋台が目に留まる。
辺りには甘い匂いが漂っている。
「いらっしやーい!」
看板に達筆に描かれているのは「美味しい高級たい焼き」の文字。
その下から覗くのは、キラキラに染めた髪。
見て居るだけで目が疲れそうなひじきのようなまつ毛。
ひと昔前によく見かけた派手な格好。思ったより若……い?子が出て来たな。
「たい焼きだよー----!!!!」
この町、何かとたい焼きが売ってるのだが、一体なぜなのかは誰も知らない。
「ちょっとぉ! 聞いてるのぉ!!!」
思わず注目してしまったが為に(?)なぜか逆切れされてしまう。
「い、いくら?」
「1万円!」
「おかしいだろ……」
無視して通り過ぎ……
「やだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだ行かないで!!」
腕をがしいっと掴まれる。
「えぇ……」
「管理職だけじゃやっていけないからって、こうしてこの暑い中、高級たい焼きを売るために駆り出されているのに!」
「……」
「このまえ9browhitenの新作買ったから」
「聞いてねーよ」
9browhiten99は、込神町に存在するブランドだ。アクセサリーやバッグなどを手掛けていて、やたらと、海をテーマにした作品が多い。
「バニラちゃんが、泣いちゃっても良いの!?」
「………………」
~これが、竹馬バニラとの運命の出会いだった~
(2022年8月6日4時17分)
相手をしてる場合じゃないんだけどなあと思いながら、話だけ聞いてみる。
「別にねェ、むしりとってやろうとか、搾取してやろうってんじゃないの。ただ、孤独に一万円の鯛焼きを売り付ける間に、
貴方が私から離れることが嫌なのよ」
「だったら、一万円で鯛焼きを売るな。無自覚に搾取するな。っていうか離れるって何!?」
離れることもなにも、初対面。くっついたことすらないはずである。
つまり、離れるもなにもない。
なんだその執着心。
「なかなか鯛焼きを一万円で買ってく人居なくてぇ、マジ寂しくてっ。やっと人来たと思ったら、また居なくなる。ウエーン」
突然、やけに悲しそうな顔をするバニラちゃん。
一体何があって鯛焼きを売っているのだろう。熱でメイクが溶けたりしないんだろうかとちょっとだけ気になってくるけど、どのみちキャンディにはどうしようも出来なかった。
「残念だが、俺今、財布に一万円も無いから」
それよりフェネックは大丈夫だろうか?
テネもどっかに行ってしまうし……
「それじゃあな!」
勢いをつけてその場を走り去……ろうとしたのだが、ふいに風が吹いた。
屋台の後ろにあったらしいチラシが行く手を阻むかのように飛んでくる。
「う、わっ……」
チラシは食品の取り寄せのものらしく、顔に飛んできた二、三枚を引き剥がして文字を見るに販売元は同じ会社らしかった。
「オオタ・フード」
要はそこの実演販売というか、実地販売みたいなものなのか。
「って、うん?」
見覚えのあるケーキも売っている……
「なんだこれ……」
よくよく見ると、他にも様々な食品が載っていた。っていうか、コピー商品、あるいは転売じゃないのか。
「この、フードの数々は?」
一応聞いてみると、バニラちゃんは急いで首を横に振る。
「し、知らない知らない知らない知らない!! ただ此処自給良いんだもん!! 許可貰ってるって言ってたもん!」
「じゃ、証拠になるような契約書は? 口先だけなら何とでも言えるよ」
「あぁ~萎える。こんなことなら、電話しなきゃ良かった……、高額時給の応募書類が目に入って……番号見て、よく考えないで電話しちゃっただけなのぉ」
バニラちゃんががっくし、と項垂れる。ちょっと時代がかった仕草だ。
「俺も以前そういうのよく見てたけど、そんな求人あったかな。チラシはどこに?」
「図書館……」
「図書館?」
「マジ? 図書館知らないの?図書館って本だけじゃなく、新聞や、イベント系のチラシ、宗教の冊子なんかも置いてるのよ。そこに、募集中の地域バイトのチラシがあったの……」
(2022年8月6日4時17分─8月9日3:22加筆)
「そうなのか、教えてくれてありがとう」
キャンディも図書館で料理の本を読むことはあったが、そういえば、隅にあるチラシなどを然程意識したことがなかった。
少し行ってみようかなーと思う。
(それに、あの図書館、どこか、魔力の気配がある……どっかに、魔女か、それに匹敵するような魔力の使い手が居るかもしれない)
「じゃあ、今度こそ、またな!」
そう言って今度こそ風が止んだのを確認して立ち去ろうとする。
背後ではバニラちゃんが寂し気に生地を容器に取り出している。
諦めてくれたらしい。
(あの風、何だったのだろう、まぁ、いいか。とりあえず、すっかり見失っちまったフェネックたちは、大丈夫かな……?)
「あぁ!もう!」
とは言え、なんだか、オオタ・フードのことも頭から離れない。
ケーキの転売、店の食品の転売が横行して売り上げに響いたら結局、やっと見つけた仕事先まで失うじゃないか。生活は大事だ。暴走の調査やハンターたちの動向を探るのも大事だが、転売は転売で大問題なわけで、そもそも
フェネックは他人(?)なんだし……でも黒魔術が……いや、えっと……
路地裏を抜けるべく走りかけた足が一瞬止まる。
「混乱するな。混乱してもいいことはない。混乱せずに、落ち着いて、そう、あの時のように。魔力から粒子を辿って……あのときの詠唱、えっと、確か」
――――0…019071219…090…7770……468…1……0
シーン……
「わ、これじゃなーい!」
そういえばキャノが頭上から指示してきた制限装置の修理中、黙々こなすのも暇なので、ちょっとしたツテから流れてきたタワー付近の管理局の内部資料を端末で読み込んでいたのだった。
深呼吸して、改めて。
装置や土地柄の関係上、魔法も杖が無いと安定しないかもしれないけれど、
一回試していこう。
目を、閉じて――薄く、広く、粒子を呼ぶ。
en due est nelos yuaouaralas!
yuaouaralas de bpes tlitaoani
hiquous mmeoa stiello .mos ti colle naew mes auas quas ti qullo teo.
たいていは、探すものは、町のどこかから、反応がある。
リルやキャノの居る辺りもわかる。それから――――
目を開けてあちこち見渡すと頭上で、キラキラと輝く粒子が僅かに方角を示した。かろうじて、という程度で数秒で消えそうだが、それでも充分だった。
「あっちか」
方角を目指してひとまず進んでいく。
のだが、途中、狭い通路の真ん中に真っ赤な車が留めてあった。
「誰だよ。こんなとこ留めたやつ」
車を飛び越えるなりすれば進めない事も無いけど傷が付いたら面倒そうだ。
まるで妨害でもされているみたいに、なかなか目的にたどり着けない。
真っ赤な車を見ると思いだすことがある。
コトの家だ。
コトの地味な性格(だと思っている)から油断していたのだけれど、彼の家に行ったある日、庭に停めてあった母親の車は(だと後に聞いた)鮮血のように真っ赤なものだった。これで会社まで駆け付けるのか。となんだかギャップのようなものを感じてしまう。
「あー、アップルレッド、っていうらしいですよ。結構派手ですよね」
とコトがどこか他人事みたいに言っていた。
「そろそろアップルレッドよりは地味な車に変えるかもってことなので、見納めかな」
とにかく回り道しようと、踵を返していると、背後で騒がしい声が聞こえてきた。
「藤井さん、藤井さん! そろそろあの件、どうです?」
若いサラリーマン風の男性が端末を耳にあて、誰かと通話しながら向かってくる。慌てて後ずさると、キャンディの方を見てやや引き気味に苦笑いし、「あっ、すみませぇーん」と言うなり、ポケットから出した飴を渡して来る。
「………」
この文化、込神町に来て久々に見た。
『見逃してください』の意味なのか、『ごめんね』なのか。
何にしろ、自分と目が合ったときのあの怯えた表情が忘れられない。
キャノたちのような、親しみを込めた表情じゃない、自分と、他人をはっきり区別するあの表情。
「忘れよ……」
握り締めた飴はMilchと書かれている。わりとよく見かけるミルク味。
頭の中でMilch~というシーエムソングが流れる。
ひとまずポケットにしまっておいた。
車が通り過ぎると、近くの壁や排気ファンを足掛かりに屋根まで上がった。
「やっぱ、高いところの方が見張らしい良いなぁ」
透き通るような青空。見慣れて来た街並み。
それと、
いたいた。大量の鳩、と……
と、フェネックたちの様子を確認しに行こうとして、
今度は、目の前の屋根の上に、子どもを見つけた。
虚ろな目をして、歩いている。
「はぁ……今日は一体、なんなんだ?」
なんだか嘆きたくなってきたけれどそうもいっていられない。
「おい、君」
声をかけてみる。虚ろな目をした男の子が、何か紙を手にしていて、まさにそれを読み上げているところだった。
「…………」
反応が返ってこない。
「なぁ。こんなところで、何してんの?」
「我らが歴史は 年にあり……未来を拓くものとして……」
「おーい」
(更新*2022年8月14日18時44分ー
2022年8月15日2時42分




