【本編:幻影の魔女】
※実は番外編とかの数日~週間を挟んでこのページまでの間が空いています。この辺りは制作中。
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それから一週間は経った。
ある朝、コトには行くところがあったため、起きて、朝食を摂る際にすれ違ったサラリーマンの父の小言(お前はもっとちゃんと将来を見越して有名大学に行くべきという、いつも言われる内容)を聞きながらも、考えていた。
「自分だって、別に有名でもない地元の国立大なのに……」
詳しくはそのあとしばらく、当時のアメリカに居たらしいのだが、別に興味も無いので聞いて居ない。
コトの立場からは、高校は卒業しているので、場所を選ばなければ試験を受けて相応の資金を払い、行けないこともなかった。
ただ、大学に行く理由が全くわからないし、必要に感じないのだ。義務でもなくなったものに、なぜ時間を割かなくてはならないのだろう。
父の語るように、大学名で能力レベルが視覚化されているほうが社会的に便利であるとか、「あの有名人も此処を出ている」というのが一気に拡散されればどうのとか、そういうのを聞いてもそんなプロパガンダになんの意味があるのか、いまいちわからない。
「ほら、テレビでも大学に行けなかったやつが、テロを起こしてる」
(だから、なんだよ……? 犯罪者に共通点を強引に見出して、馬鹿じゃないのか。だったら国が無償化でもなんでもしろよ)
最近でも、魔法の力で政治をどうとか、何らかの研究者がどこの大学を出ているとか、そんな話題がメディアを埋め尽くしているけれど、
既に『裏側』に足を踏み入れているコトには、どうしてもすんなりと頷くことが憚られた。
有名で優秀な肩書きを持つ人の魔法や能力開発への希望を語る姿というのを見ていると、なぜなのか、より一層現実的な輪郭でかつての魔女狩り大戦の様を彷彿とさせるのもある。それが、チープな印象で響いた。
──自分が『何』にさせられるのか、考えるだけでも怖い。
どこかの有名大学出身の党の人が、脳裏に焼き付いている。
自分もあんな風に、学生として従順に過ごしているつもりがいつの間にか、罪もない、魔力のあるだけの人たちをも敵として排除する側に回っているかもしれない。
何も知らないのが、恐ろしくなってしまった。
何か、もっと、能動的に、地に足を付けて知らなくてはならない気がした。
それに、コトにとって、学生生活は高校の時点で終わっているのだ。
そーっと着替えて、刺激しないようにそそくさと家を出ると、とある古びた屋敷(ほとんど廃墟だが)に足を運んだ。確かクルフィたちは、外で待ってくれているはずだ。
緊張しながら、廊下を進む。二人の魔女のおかげなのか以前のような妙な術には掛からなかった。
――――そうえば、発音に『ィ』が付くことが多いですね。並べると、だんだん誰を呼んでいるのかわからなくなりそうです。
――――あぁ、それは、現象、物質由来の名前と、神霊や神、精霊由来の名前が多いかららしいぞ。『ィ』が入るのは、女性の精霊由来が多いな。
発音で言えばシルフィードとかも、そういえば、
――――確か、風の、女性の、精霊ですね。日本の場合は、『ち』とかでしたか。ミズチとか、
――――それは、よく知らないけど……
伝承とか、そういうのに、近いところに居る場合もあるのかも。アイスは輿手鏡村の出身らしいし。
――――うちの祖母も、そこの出身ですが、
――――そういえば、そんなの聞いたような。だったら、
(大丈夫……俺は……)
重厚なドアを前に、ノックをすると、『いいわよ』と返事があったので、彼は迷わず歩みを進めた。
「用件は知っている」
彼女は、長い、真っ赤なネイルを見せつけるように自らの唇に当て、にこりと微笑むと、コトを見た。
「リミッターの開発に携わったのはあなただとお聞きしています」
魅了されすぎないよう、目を、失礼にならない程度になるべく合わせずに彼は言う。目の前の魔女には、きっと、すべてわかっているのだろうけれど。
「そうね」
す、と彼の方に指がのびて来る。
それを見ながらコトは、この魔女が何をするのか呆然と見守っていたが、やがて、何かを感じ、後ろにすばやく引く。
「反射が、いいのね?」
うふふ、と笑う、黒くゆらめく髪の彼女。
幻影の魔女。
コトの足元には、何か小さな黒い煙が上がっている。
「これに触れていたら」
「あら。少しだけ、お人形ちゃんになるだけよ?」
「……なるほど」
「そんなに固くならないでくれる? ちょっとした冗談じゃなぁい?」
「ええ、その通りですね、気にしてません」
「開発、の話だったかしら」
「そうですよ」
「見てしまったのね」
「え?」
「『あれ』が解除されると、私の身体への負担が少し減るから、すぐわかるのよ」
あれ、とは恐らくキャノが分離してしまわないための呪文のことだろう。
「あなたは、リミッターをつくって何を」
「異端の排除をやめさせたのだから、あのくらい、いいと思わない」
背筋が、すっと寒くなる。目の前の彼女が、何を指してあのくらいと言うのか、聞きたいようでいて、聞きたくない、そんな感覚だ。
「私はあなたが目覚めるのを、楽しみにしていた」
彼女は突然、独り言のように呟き、そしてまた続ける。
「あなたの知能、そしてあなたの魔力――輿手鏡村に居た、雪の魔女を思い出す」
何を、言っているのだろう。目の前の彼女は、足元に散らばる気味の悪い骨やら錠剤を拾い上げると、さっと指を一振りして全て、入り口のそばのゴミ箱に移動させてしまった。それから、言う。
「もちろん。あなたのおばあちゃんのことよ」
「祖母を――ご存じ、なんですか」
「ええ」
コトの祖母の出身地は、確かに、昔雪に埋もれて消えてしまった山奥の村――輿手鏡村にあった。
動悸で息が詰まりそうになり、胸が苦しくなる。おれは。
おれは。
人間…………
「コトちゃんは、知らないのね、おばあちゃんを」
「ずいぶん前に、亡くなりましたから」
つきりと、頭に鈍痛が走った。
何か術をかけられたのかと思ったがすぐに和らいでいく。
(俺は…………何を……?)
「あなたの方が詳しそうだ。聞かせてくださいよ、俺の、祖母についてを」
<font size="5">Episode7:雪の魔女</font>
彼女は何処か憂いを帯びた目で、コトを見つめた。
「ねぇ、どうして私に、聞こうと思ったの?」
「うちに、祖母のいくつかの蔵書と、遺品があります。輿手鏡村で撮ったってサインが描かれた写真も――」
メッセンジャーバッグから、いくつか出してみる。
さすがにいくつかの蔵書は重たくて置いてきた。
持ってきたのは、
葉っぱを頭に刺して焚いた火を取り囲む人々の映る、白黒写真や、
中に小物や写真などが入れられるブローチ。
何らかの花をかたどっていて、真ん中に大きな宝石がある。
ロケットで開くようになっていた。一周するように蔓が巻きついた彫刻があり、小さな宝石が縁取りにも散りばめられている。
一見普通のブローチなのだが、裏面に、不思議な文字とも模様ともつかぬものが刻まれて居たりして、どこか気になるものだ。それに『石』というのは彼女たちにとっても何か意味を持っているような気がする。
普段は布にくるまれ、やけに丁寧にしまわれているが、いつものリビング横の棚からこっそりと持ってきた。
「あ、懐かしい……それ、よく彼女が身に着けて居た。本当はそれ以上に中身の指輪が大事だったみたいだけど」
指輪が入っていたのは知らなかった。
「母さんが、成人の誕生日に譲ってもらおうとしたら、これだけは出来ないって言われたみたいです。これは、魔法と関係があるのでしょうか? 聞いてみたくて持ってきたんです」
「さぁ、いつも付けてたのは見たわ。ブローチを使う魔法は聞いたことが無いけれど、指輪や小瓶くらいなら何か意味があるのかもね、何か入ってたみたいだし」
「そうなんですね」
「ふふ……本当に、あの人が……あなたの……てっきり、死んだとき。
ラムラが種代わりに全部持って行っちゃったものとばかり思ってたのに。ブローチだけはあったのね」
「ラムラ?」
「理屈っぽい人よ。あの人が死んだときも、葬儀の後、遺品を真っ先に探しに来てた」
「なるほど」
「彼、人間だけど、好奇心に溢れてるっていうかすぐなんでも真似っ子しててね、いつも私たちの事まで真似して後を引っ付いてきていたのよ。
不思議なことがあると、『霊がいるなら証明してください!』とか、『魔法があるなら証明してください!』とか言って。
研究って他人に難癖をつけることじゃなく自分の手足を動かすことだと思う」
で。話に戻る。
「あのとき、私はまだ若かった。人間で言う、成人くらいかしら――その頃はエニアグラムって名乗っていたかな」
幻影の魔女は、美しい顔で、笑いながら言う。
「あの村にある薬草は、魔女避けには欠かせなかった。私は、魔女が嫌いでね――」
「え?」
コトが、驚く声をあげたので、魔女は歪んだ口許で続けた。
「人間だったのよ、私」
「おれも、人間、です」
「ウフフフ。そう。そうなのよぉ。何か、手違いなんだわ。きっとね――一族に、強い魔女が居た歴史があると、厄介よね」
「え……」
「代替わりしてしまうことがあるの。いいえ、先祖返りかしら? 私もその類いよ」
「そ、んなことが」
「雪の魔女は、有名で私いつも、消そうって思ってたのよぉ」
彼の台詞を無視して、話は続いた。
「どうして、魔女が嫌いなんですか」
「理由が必要? 力が無い私たちを見下して、見下ろして、頂点に君臨する――腹立たしいじゃないの」
「それぞれが一番で、いいじゃないですか。みんないろんな分野で、それを目指せばいい。何を腹立つことがあるんです?」
「ああ、だめ、そういう現代的な思想、私、無理ぃ」
「はぁ……そうですか」
「そうよぉ。それでぇ、消さなきゃ、って思って、山のふもとのね、お城に向かうわけよ。弓とか持って。馬にのって」
――――彼女も答えたわ。人間がキライって。
また人間が来たのね。言っておくけど私に交換条件なんか無いのよ。
当時人間を避けていた私たちに「有名にしてやった」理論は不要だし、貴方に持てるものなら、私にも手に入るからね。
勝手に本などに引用されて、何度辞めさせても聞こうとしなくて、あなたたちの存在がずっと迷惑だったの。
櫻子の頃から露骨に境界が崩れたから、今日子とかいう女の寿命がある程度終わったら、もう此処もおしまいにしようって、もろとも消して二度と人間に関わらないって決めてたんだけど――――
仲いいという嘘もばら撒かれて人を呼ばれて、本当にね、厚かましくて、
規律も守れないような馬鹿が、どうしていつも偉そうにこちらに踏み込んでくるのかしら。 挨拶をしなさい!だって。ふざけている。
自分が出来ないことを、私にさせようだなんて、こんな異常な種族。ねぇ、死ななきゃ治らないよね。
「門から出て来て、嬉しそうに言ったの。氷漬けにしてやるって」
どうしてそんなにまで人間を憎んでいるのだろう?
そう、思ったけれど、なんとなく、聞くことが出来なかった。
「殺せました?」
「まぁさか! 私には、ね」
彼女は、愉快そうな声をあげて大笑いした。
「虜になってね。昔話で聞くでしょ? 出られなくなって、言うことを聞いてしまうやつ。城に入ったら彼女が恋しくてたまらなくなって――まぁ、力の強い魔女は、場、そのものから屈服させてるというかね。私も抗えなくなったのよ」
「それで――」
「あの、虜にするほどの力は、危険だと思ったわ。魔法がどうとかじゃないの。まず、場自体に、影響を与え過ぎる。これは危ないわよ。人間がどれいに変わるのも時間の問題だと思った」
「でも――彼女たちは、常に自分を隔離している。影響に、自覚がある。
そんなことをしたくないから、人里を離れているんじゃないですか」
「そうかもしれないわね。でも、違うかも。
私は怖かったわぁ。自分が操られ、殺されるだろうと思うともう、ねぇ」
「そんな――」
コトは、彼女たちにも理性があり、価値観があると、少なくとも、出会った二人からは知っていた。
場に影響を与えすぎてしまうからこそ、あちこちを転々とし、関わりを持ちすぎないようにしなければならない。
それは、彼女たちが、大衆の『普通』を守ろうとするべく、わざと自分達から遠ざけているからこそ守っていることなのだった。
「踏み込むのは、いつの時代も大衆――人間です。森を切り開き、異端や都合の悪いものは排除してきた。適切な距離を保って存在していたものを、わざわざ壊していく」
「あなたは、人間の味方じゃないわけ?」
「おれは、俺の味方だ」
「なるほど。でも、狼や鹿だって人里に降りるわ」
「狼は羊を襲ったりはするけど、そんなに人は食べないと言いますが――人間が付けた悪いイメージによって、必要以上に犠牲になっている。魔女たちと同じだ」
「人間じゃないの、あなた?」
「おれはおれです」
「そう」
「マングースだって、毒蛇が好物なわけじゃない。なのに、沢山放された上に、猫やうさぎを食べて悪者扱いだ。と……話がそれてすみません」
いいのよ、と魔女は笑う。クルフィとキャノは、戸の向こうで、ただ静かにしていた。
「それで、殺されたくないから、私は命乞いをするの」
「どんな、ですか」
「頭を下げて、必死に訴える、古式ゆかしい方法。彼女はね、水色の髪を揺らしながらクスクス笑った。『人間はそこまで命が大事か』と。大事よ。当たり前よぉ。頷いた。『そなたは嘘がつけぬようじゃ、なかなかに可愛らしい』そう言って、彼女、微笑んでね」
「見逃してもらえた?」
「氷柱の杖を振りかざして言ったわ。『遊び相手が欲しい』彼女は、暇だった。彼女には契約があってね」
「山を降りたら死ぬ、ですよね」
コトが当てると、知ってるの?
と彼女は笑った。よく笑う人だ。
「うちに、絵本があります。古くから伝わる話だ」
孤独な魔女は、ある日山と友達になった。
山と友達になるということは、場を自分に取り込み、力を持つことに繋がる。
しかし、力には契約がつきものであり、山を裏切ることをすればかなりの代償を払わされる。
ただし、命を差し出せば自らを失うことでそれの代わりになる。
「そこまでが、一冊目」
「続くの?」
「ええ」
力は支配や繁栄に使えるのだけど、悪い方に使うと命を倍の早さにすり減らしてしまう。ただ、それは契約主である『場』の主観なので、何が悪いことかは、魔女には知らされない。
「山を降りるんです。本の中の魔女は。『山。あなたのために素敵な肥料をもらってくるわ』と、下っていった先で、最後には猟師に見つかってしまう」
「見つかって――殺されたのね」
「それが、二冊目で、終わりです」
肯定する代わりに、コトは締め括った。
「……なんか、あっけないのね。それになんだか理不尽」
幻影の魔女が、眉根を寄せる。
「そういうもんだと、俺は思いました。相手が一番ほしかったのは、肥料じゃなかった。それをありのまま描ききっている素直さが、気に入っている」
「なるほどね」
何か、ひらめいたかのように、目の前の魔女は背中に刺さったフォークを、肩を左にねじって見せつける。
「どう? これ」
「いったい、なにが」
「気味悪いでしょ」
少し、とコトは答えて、彼女は、くくくと笑った。
「まるで、私が食事されてるみたいじゃない?」
「魔女狩りの、ときのですか」
「ええ――これは」
あのひとに、もらったのよ。幻影の魔女は、くすくす笑った。
「そうなんですね」
「私たちは、特別じゃなくなっても、排除されるのよ?」
幻影の魔女が、ふと、寂しそうに言う。キャノの言葉とは、対照的である。
「私はそれを、あの大戦の日身を持って知った。人間たちはあの日、『平等』に腹を立てたのだから……」
格差は、なくならない。表面を押し潰したって、どこかしらで、違っている。
「あなたは、だから、不平等を。魔女たちにあまりに大きなリスクを、課したのですね――圧倒的な不平等を」
人間が望むから。
迫害を、魔族は望まないから。コトは、彼女が冷たい人だと思っていた。どうして迫害を望まないのに、魔女たちを痛め付けるのかと不思議でならなかったが。
それほどに人間至上主義の歴史は根強い。彼らよりも、とてつもなく、か弱い部分がなければ魔女たちの存在を、人々は認められないのだ。
いつ、謀反が起きるかと怯えてしまうからなのだろう。
「まぁそれだけじゃないんだけどね」
彼女はどこか寂しそうだった。
「エンジンを」
「え?」
「『エンジンに、からくりがある』
貴方を見て居たら、なんだか彼女がよく言っていたの、思いだしたのよ。
『もし、私に何かがあったときは、あのキカイを探して』
――――あなたが、もし、辿り着きたい場所が、あるのなら。きっとどこかで聞くことになるでしょう」
「自分が、滅ぼされると、知っていた――――?」
「たぶんね、どこでも、そういう事が、戦時中実際に起きていた。今もかもしれないけれど」
「…………あの」
コトは何か、聞こうとした。
なぜなのか、少女の記憶のような映像が脳裏に過った。彼女の、祖母が、亡くなった場面。あれには続きがあるような気がしてならない。
俺と、彼女を結び付けるような――――
どくん、と鼓動が高鳴る。
きっと偶然じゃない。魔法よりずっと前にある、必然だ。
知っている。何をか、わからないけど、俺はこの感覚を既に知っている。
(2022年7月26日7時17分加筆)




