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【音闇クルフィ】  作者: たくひあい
番外編1
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MAO

――――エレベーターが到着する音。

コードのひとつ、『dennki345』が入力され、ロックが解除される。


「すまない。解析に手間取っていてね」

そして、扉が開閉する音。フロアの中に、男が入ってくる。

 モニタ越しにマオはその光景を見ている。

こういうときばかりは、身体が『此処』にあることを恨めしく思う。

いつだって待ってばっかりだ。

電線を伝って実体化することもあるけれど、それより先へは行けない。

肉体が無いと、地面を歩く事すら叶わない。

 それを自由にしながら、こちらに向かってくる彼らを見続けるのは、何度見ても心の痛むものだった。



 液晶の向こう、「これを」そう言って、掌が差し出される。

男の掌に乗せられているのは、薄く緑に輝く小さな石。





マオの腕が画面から伸び、それにそっと触れると、瞬く間に彼女の体内に取り込まれて行った。

「……アパタイトか。これも、なんだかエグくて生々しい味がする、この前持ってきた石も、同じような味だった。いかにも、人間らしい」

「君の、好みではないようだ」

「いいえ、私は、ただの存在でしかないもの。好みなんてどうでもいいの。

ただ、かわいそうな子たちだと思って……」

「可哀想?」

男の眉が僅かに顰められる。彼女はどこか寂しそうに頷いた。

「ええ。この世界では、人間的な感情、例えば人間的な恋心を持つ人は魔法が使えない。魔法が安定した精神によるものな以上、魂の一部と精神を削り取って使うものである以上、それは絶対――――

魔女はね、心が凍っていないといけない。

 人間が、人間になれたのは、この、血生臭い味、恋心の味を知っているから」



 彼女にとって、人間の恋心というものは、腐りかけた血の味がするのだという。他人の血と血が通い合う、生臭くて、吐き気のするようなにおいがするらしい。人と人が混ざり合うということには、血と血が交わされるという本質的な意味があるのだろうとは思うのだが、彼女たちにとっての心というのはどういったものなのだろう。


 そう、男は思考していたのだが、彼女は彼女で、先程見たキャノとキャンディのことを思いだしていた。

 (可哀想な子……)




「ほんとに、この臭気を感じずに居られるなんて、人間の嫌な部分ってそういうところだぞ?」

「そう言われてもな。とはいえ人間の側の私でも、未だほとんど、あの椅子の傍から動けない。純粋な人間であったのなら、もう少し恋愛耐性があるのだろうに」

 慰めでもなく、ただ、やや疲労をにじませながら、男は呟く。

地下に置かれている椅子は特殊なものであり、男がタワーの管理を担う上で設置したものだ。

 魔力が集積され、計測されるこの場所の地場は通常よりも歪で、そして特定の影響の波長を強く受けており、椅子は、置かれた周囲の嫌な影響を除去している。簡単に言うなら静電気用のグッズのようなものだった。



 彼女ほど強烈に嫌なにおいを感じたりはしないけれど、彼もまた、耐性があると言える方ではないので、集まってくる魔力によって狂気に侵されそうになったことは、何度もある。  (ちなみに前任は窓から身を投げ出し、自殺してしまった。)


「いや、便利グッズじゃなくてさ、たまにはそれ、使ってあげなよ。『寂しがる』よ?」

「あぁ……機会があれば」



「好き、か」

マオはなんだか悲しそうに呟く。

「え?」

「ううん、社長に拒絶された女。アイドルに拒絶された男。家内に逃げられた男。厨二病……

人間は、本当に好きな相手のことばかりね。どうせその心では制御も出来ないのに。

それに、嫌な感じ。なんていうか発動のレベルが下がってる。誰かが、頭と心の弱い人に安売りしているような気がしてならない」




 男はしばらく何かを考えていたが、やがて何か思い当たるように窓の外を見つめて呟く。

「カフカ……」

 窓の向こうの青空には、真っ黒な布のローブに覆われた空飛ぶ人影が見えている。それは望遠鏡を使う間でもなく、タワーの付近大きな窓ガラスの傍を、その日も飛んでいた。


2022年7月15日19時38分



液晶の奥で、ときどき、夢を、見る。

──喘息で、常に窒息しかかっている、女の子の夢。

 布団の中で画面に映る、自分とそっくりな少女を見詰めている。

小さい頃、彼女はいつも歌っていた。

だけど、自分にそっくりな声の人物が現れ、歌うのをみるうちに、やめてしまった。

(歌、いっぱい練習、した……のに)

 成長期に差し掛かると、体調の良いときにしか、声が出せなくなった。



あの子と……同じ声じゃなかったら、

この身体が、もっと、歌うのに適していたら、

あの子と、同じ声じゃなかったら、


「あ……あ、ア……あ、」

喉に手を当てて、声帯を震わせる。


こんなの気の迷いだ。神経質な自分がいけないのだ、ストレスで酷くなるだけなのに、余計にそう思って声を出そうとするけど、いつも、そのうちに意識が薄れてきて眠るのだ。

 今もまた、酸素が足りないのかうまく息が出来なくて、酸素が足りないとうまく意識が動かなくて、そうすると、身体というのは、とにかく寝ても寝ても眠たい。

────瞼が降りていくまどろみの中、画面の向こうから誰かの音楽が聞こえる。



気付くとまた、暗闇の中に居た。

『自分』の顔の誰かが、闇の更に向こうのどこかに手を振っている。


「明日用に久しぶりに起動ーっ! 設定も確認っ。

とりあえずグリーディング参加の方、せっかくの可愛いアバターがたぶんすげーガラ悪い立ち方・座り方しますが、まあ、それが私ってことで!」



ねぇ――――あなたは誰なの?

私の顔で、何を言っているの?

すげーガラ悪い立ち方・座り方って、どういうこと?

どうして、そんな、わかったようなことを言うの?


「それは、今、喋ってるの、私じゃ、ない!!!違う人なの、それは、私のフリをした――――」




ハッ、と目を覚ます。


――――私は、MAO。

『タワーナビゲーションシステム』

(7月24日(日)AM3:30)

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