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【音闇クルフィ】  作者: たくひあい
番外編1
36/240

呪文授業/ケーキ屋さん

「え、えっと、Is est, nein……?」

「違う、íst est nein reusta」

  昼間の地下室。

 コトは、(誰かが無理やり召喚した)机の上にノートを広げ、そこにある文面を読み返している。横で、リル、が真面目な表情でそれを見ている。

「わかるような、わからないような……」

 どうせ今は暇だし、もう少し魔法を覚えたほうが制御が利くかもしれないと思い、ことばを習ってみようとノートを持ってきたのだが、これは意外にもすんなり承諾された。

 彼女の家柄は由緒正しい魔族のようで「文字の管理は私らの務めだからな」とかなんとか言ってちょっと得意げである。弟子も居たので懐かしいとか。

「 quias es te zarnaqr、これを命令系に直すと?」

 とてもどうでもいいが、もっと粗雑な教え方かと思っていたのに、なんでこんなに柔らかいのだろうかと、コトはいろんな意味でどこか落ち着かない。ちなみに、キャノは個人的な仕事があると言って外に出かけてしまったし、キャンディは見て居ない。久しぶりに二人きりだった。

「えーっと……Ⅼieues est en t zarnaqr!」

「そこまで強めてどうすんだよ!!」

 ふわっと背筋になにかがまとわりつく感触と同時に、机がガタガタ鳴り出した。

「う、うわぁああ!」

 コトが怯えて、机を押さえるも、重たいはずの机が軽々と天井に向かって浮いていく。別に机を浮かせる呪文ではなかったのに!?

「馬鹿! 抑えても重力は変わらないって!」

彼女は面白いものを見るように笑いながら、しばらく鑑賞していたが、天井を頭が突き抜けていくところあたりで、パチンと指を鳴らした。

一気に重力が戻り、机が床に降りていく。


「びっくりしたー……」

怯えるコトの横で彼女は肩を揺らした。

「ククク……命懸けで覚えて貰わないとな」

こ、こわい……

ただ文字を読み上げているだけだというのに。

「はぁー、俺も指を鳴らしたら魔法が使えないんですか?」

「あれはクレジットカードと一緒なんだよ。省略してるだけ。

アニメとかの演出ではあるけどな。

基本が覚えられていないと、いくらショートカットしたって無駄だ」

「どこから引かれてるんですか」

「今言ってもたぶんわからないと思う」

がくっ、と項垂れるコトの肩を彼女はまだ元気そうに軽くたたいた。

「再開再開!」

(それにしても、昼だよな。今、外は晴れてるんだろうか)

地下室の閉そく感のせいで、なんだか、空を見たい。

 そんなことをなんとなく考えたくなる。




さっき定位置に降りてきた机にもう一度向かい合い、手に持っていたノートをのせなおすと、学習を再開した。

「えーと、quias es te zarnaqr……だから、Reus a saes zarnaqr ?」

「それでも通じるっちゃ通じるけど、なぁ……不安定かな」

「ちょっと詠唱してみてくださいよ!」

「だめだ。私がやるとガチで発動するだろ?」

ちょっと拗ねたように否定された。

「じゃあ、先生たちはどうやって教えてるんですか」

「どうだったかなー。授業追い出されてたもんで」

「えっ、遅刻魔?」

「使い魔みたいにいうな、遅刻じゃなくって、その……」

 口ごもる。

言いづらいことなのだろうか。

「……っと。キャノを呼んでくればよかったな」

彼女が話を変えたのでそれ以上は触れなかった。


そのとき。

「Is est Neaejae ende esⅬia……」

ぼーっと、外の事を考えていたコトの口が動き、ぼそっと呟く。

「ん?」

リルは思わずそちらを見たが、いつものぼんやりした彼が居るだけだった。

「どうか、しましたか? 俺なにか」

「いや……」

 気のせいかな、と彼女はどこか気まずそうに呟く。

「それより、あれからどうだ?」

「あれから?」

「お前の家」

 彼女がなぜか、他人であるはずの家の事情を気にかけてくれるのもコトには驚きだった。

「ちょっと前も唐揚げ、唐揚げって、大笑いしてました。なんか……怖くて」

「唐揚げ?」

「あ──いや……その……なんて、いうか……あ、あの鸚鵡も唐揚げでしたね!」

 よくわからないことを口走りながら、コトは視線をさ迷わせる。


──いつか慣れますよ! あんな風にみんなから視線を浴びて生きてるのって俺だけじゃないでしょう! 

(慣れるなんて嘘だ……)

突き刺すような痛みで、胸が苦しい。

 犯罪を起こしたわけでも、そんな家族が居たわけでもない、はずなのに。

 ただ居るだけで、周りからあんな風に見られながら、そういった内容の漫画やアニメや小説や音楽を目にしながら、それでも自分を保っていかなくちゃならない。

それを平然と出来ている?


 コトが目にしたのは、単なるメディアの印象操作だけではない。魔力の兆候が出始めると同時期に、壊れていく母親を見ることになった。これが心に不安定に響いた。

 自我が揺らいでいるときに、その拠り所にならなくてはならない母親が歪んでいっているというのは生物的な危機なのだろうか。言い難くも、気持ちの悪い感覚で自分自身まで狂いそうになる。

 魔女狩り大戦の話を知らないわけがない母が、当然のように多くの命を奪ったはずの魔法を、その意味で『俺に』あてつけている事。

町に居る活動家が、魔法で奇跡を起こすことしか眼中に無いこと――――

魔法そのものを今も警戒してるみたいな姿。

それは、コト自身に対してもだった。


(この前もいきなり部屋に来て、『風呂だけかと思ったが、お前の下着が濡れている!』とか笑っていた)

「下着がどうかしたのか?」

「あ……声に出てましたか、いや、風呂が溢れたときに、お前はきっと下着まで濡れるから一緒に洗濯したら移るって、笑われたんです。今までそんなことを言わなかったのに、俺の魔力のことも、まだ、バレていないはずなのに……」

 それとも──魔法使いが受ける差別はこんなものなのだろうか。よくあることで、俺なんか大したことないのか。



 魔女狩り大戦後の少子化が深刻化して、生まれてきた、俺たちが……大人の政治的な盾になる為に集められ、育てられていたとしたら。

  なにも知らせずに、けれど、大きな何かの闇に、特定保健用生体として取引される価値だとしたら。



──母が、それとも誰かが俺の魔法に気が付いていて、差し向けている?

その為に育てた子どもだから?


「それから、あのワイヤーみたいなやつで、ずらっと廊下に下着が干されてたりしました」

「運動会かな?」

「干物ですね」

「なんつーか、ちょっと、懐かしいな」

「懐かしい?」

 あぁ、と彼女は呻いた。お前といると、なんでも話しちまいそうになる、と苦笑する。

笑顔で居るはずなのに、なぜだかとても悲痛そうだった。

「なんでもねぇよ」



(2022年3月28日17時01分─20224月1日4:05)




















 ──どうしてあのときも、そうしなかったんだろう。

脅迫なんか怖くない。

殴られても、叩かれても。

服が無くても、

◆◆◆◆◆ても、

そう、言えば良いだけだったじゃないか。


言えば、良かった。

私はもう立派な大人で、守ってもらう子どもなんかじゃない。 

 言えないことなんて、誰かに取り入られて弱さになるようなことなんて、ほんの少しで良いんだ。


今のように、すれば良かったんだ。

いつだって私の大切なものは決まってる。

なのに。どうしてあのときは、身体が動かなかったんだろう。どうして、怖い物なんか無い、って言えなかったんだろう。

一瞬でも迷ったりしなければよかったんだ。そしたら――――


失ってから、壊してから、

やっと、今更のように、まるで偽善者のように、繰り返す。


もう迷わないから。







「はぁー。これでいいのよね」

まだまだこの時期の日中の日差しはきつい。

キャノは帽子をかぶって町中を徘徊していた。

 ビルのあちこちに、さまざまなポスターや、看板があるのが嫌でも目に付く。

 何割かが魔女を受け入れるもので、何割かが嫌悪するものだ。

自分に似た姿の魔女が歪んだ表情をしているとちょっとだけ心が痛むけど、何年もこれだからなれてきてしまった。

 アクリルスタンドの件はともかく、カメラマン経由で流出した顔写真等が出なかったのは幸いだった。


「人間の好みって、変わってるなぁ……魔女に、赤い目なんて珍しくも無いのに」


 ――――小さい頃から何度か、白銀の髪に真っ赤な目の『この姿』が珍しいとして、人間に取引されそうになったことがある。 

  見かけは人間の身体に近いと言っても、色素自体が変えられるわけではない。異端としての世界から逃げようとしても、人間の中でさえ浮いてしまう。


 時代が進むにつれ、人とも共存せざるを得なくなってからの生活は大変だった。リルたちのように普通の会話すら覚束無いなかで、生活するのは簡単とは言えず、まずは目立たないように、次に、普通に人に馴染んで暮らせるように努力しなくてはならなかった。

 独りだったら挫けていたかもしれない。

大変だった。けれど、二人で支えあっていた。

 人間や外敵に狙われそうになるたびにキャノは双子のキケルをいつも庇っていたつもりだったし、キケルは彼女をいつも心配していた。



 あの日が訪れるまでは……





昼間。ある郊外に面したケーキ屋。


「ケーキくーださいっ」

「…………あぁ」

 「ちょっとちょっとー! なにその不服そうなカオ。笑顔! 挨拶! ありがとうございます!だよ!」

「……いらっしゃい」 

 キャンディはケーキの並んだカウンター越しに、だるそうに彼女に話しかけた。特に戦う予定が無い時は、大体お菓子を売っている。

 彼の家はもともと飴や薬を売っていたので、訳があって込神町に訪れる際も

ちょうど人手を募集中だったケーキ屋に雇ってもらった。

 それを話したことはない筈だが、わざわざ探しに来たなんて、何かあったのだろうか、とキャンディは内心ではソワソワしている。

「もーっ。私随分探したんだよ。飴売ってるのかと思ったら、ケーキ屋さんに居たとは」

「飴作りは実家だけで充分だ。人間は頻繁に詠唱しないからな、ハーブとか飴とかだけじゃやっていけない」

「んもう、だから! 笑顔! 挨拶! ありがとうございます! だよ! 習わなかったの!?」

「知らねぇ……」


キャンディのぼやきも聞くことは無く、唐突に彼女がはしゃいだ声をあげた。

「わー! なにこれ!可愛い!うちの子にそっくり!」

カウンター側のショーケースの中に並べられたケーキ類、飾りつけ用の果物や砂糖菓子の中、ひと際目を引くのが、隅に展示してある異界フェネックの形をした砂糖菓子。

耳が長くて、円らな瞳をしている。キャノが飼って居たマモノも同じような姿をしているので、思い出さずにはいられない。



「あぁ、それ、氷砂糖で出来てるんだよ。暇なときに、店長が好きな形で作って良いって言ったから試作したら結構上手くできてさ。耳と顔の接続部分が難しかったんだけど本物より薄く削って……」


語り出したキャンディの言葉を半分くらい聞きながら、キャノは感嘆する。

「へぇー。水晶みたいで綺麗!」


キャンディは実家で飴を作っていたし、様々な砂糖も扱ったことがある。

店長が時々飾りを作らせてくれるので、上手くできたものは展示しているのだった。


「ありがとう。買う?」

「うーん。でも、今日はケーキ食べに来たから、今度ね」

「そう。何にするんだ?」

「えっとねぇ……ショートケーキと、フルーツのと、チョコレートのと……クリームたい焼きと……」

「了解。でもそんなに食えるのか?」

「地元には無かったからね! 休みの日とかこっちに来ていつも食べてるよ」





────彼女はこの町で暮らす前も、人里に面した山奥で暮らしていた。

 昔からの彼女の家の女性の体質のためだ。聞いてしまった他者は意識を操られてしまうので迂闊に近づくことが出来ない。

場合によっては永遠に眠ってしまう。

 漁をする人間が時折近くを通りかかるのだが、彼女が歌っている最中だった為に何度か船を沈めてしまったこともある。

 普段は人なんてやってこなかったし、たまに来ても船を沈められないように祈るだけだった。

けれど、いつからか、誰が唆したのか、魔女狩りが流行りだした。




 

   大戦後、森林を開拓されたこともあり住む場所を転々とすることを余儀なくされて、いろいろあって、込神町に訪れた。

 歌うくらいは出来るし戦えば人間の数人くらいわけないのだが、余計に魔女狩りが過熱するのも困るから、こうやって人に混ざってみたりなどするのだ。


 域に留まっていた磁場が形を変えていった影響もあった。 

 魔法は主に人の気のない場所の流れを循環させているのだが、今では山の中よりも、更に近い人里に降りる方がむしろ人の気が無い場所も生まれ、魔法を制御しやすいことさえあるようになってきていた。人工物だらけの土地よりも、ごろつきすらも居ない路地裏の方が落ち着くという、奇妙なことになっている。

 大きな磁場が不安定になってしまうくらいなら、ビルの屋上の方がよっぽど安心だ。何かあっても高い場所から高い場所に移れば良いので山から地上に降りてまた山に引っ越すよりも労力が少ない。



 人間の踏み入れない場所など、今や深海か宇宙くらいしか残っていないだろう。





「話があるんだろ。今日はもう終わるから、待っててくれないか」

 と言って一旦店の奥に戻っていったキャンディを外のテーブル席で待っていること20分。

 彼は店の裏口のドアから、ケトルとケーキ(自分で買ったらしい)を二つ持って現れた。



(2022年4月2日13:21)













さっき購入したのとは別だ。

「えぇー、ケーキ、買っちゃったの!? 私のぶんならあるのに……」

「あぁ。ただ話すのもあれかと思って、俺が買ってきた。気にするなよ」

「気にするなって──どうしよう、一日にそんなに食べたら、太っちゃうじゃない……」

「何だって?」


「うわああああああああああああああああああー---!!!!」

彼女が何か言おうとしたちょうどその時、外から男の声が響く。

「あ……また、あの声だ」

最近時々聞こえる不気味な声。変な暴走とかでないと良いのだが……

 キャノが顔をしかめると、キャンディは何とも言えない複雑そうな苦笑いだけを零した。


「知ってる? 野菜自転車男」

「リルから聞いた」

 ――――なんでも、最近出没するようになったらしい。

自転車に大量の野菜を積んで、市街を爆走していき、時折あのような奇声を上げているという謎過ぎる男だった。

ネタかと思ったが、本当に自転車、それもママチャリに近いようなやつで、引きこもり風の男が野菜を積んで走っていくのだという。


「さっきそこのモニターに映ってたネコが出てくるアニメに、眼鏡が風邪で寝ているシーンがあるんだけどさ、あれ、件の引きこもり男の写真をモデルにしたって噂だぜ。布団の敷き方とか、そのまんまなの」

「何それ、謎っ。てかなんでそんな噂になってるの?」

「別の事を調べてたんだが……誰が上げたのかネットに匿名のアニメ系のスレッドが上がってて、そのミームの一つになってたんだわ。野菜自転車男。タカユキのときも、引きこもりを犯罪組織が利用してたって言うから……またなんかやるんじゃないかと」


 引きこもりが悪いという訳ではないのだが、やりたいことが無い、という人物に漬け込んだボランティア系の手口等が未だ見逃されて居るというのは深刻な問題だった。

 どこかから手を回して就職口を無理やりブラックにしてしまうようなものだが、推薦やコネと縁がなく、これと言った経歴や素質等を持ち合わせて居ない学生にはそこから逃れる術がないために気が付いたらそういった案件に関わっていることがあるらしい。

 ちょっと、前も、ネットゲームなどを通じて自殺願望のある人の首を集める9生首クーラーボックス事件が起きたばかりだけれど、タカユキ暴走のときの当事者もまたタコタコブログというブログサービスで声をかけてきた、自称某ロボット作品の開発に居た人物からコメントで本社に来ないかと誘われたことが発端だと言われている。航空券まで支給されたというのだから、とても、勘違いした、では誤魔化せないほど本格的に動いている。


「確かに、社長もまだ何かたくらんでいるようだったわね」

「魔法管理・開発計画やら、人口魔術師製造計画やら、ろくなことしない連中だから、そう易々と大人しくなるとは思ってなかったが……大方、国の威信でも掛かってんのかもな」

「国の──か……」


(2022年4月2日13:21ー2022年4月3日0時07分─4月6日AM3:35)






















――――上役は、何を1番恐れていると思う?


――――そう。ジミたちが、事件の隠ぺいに、関する迫害犯罪に、関与した事実が表沙汰になること。これを1番恐れている。

昔、9遺体の首を集めていた件もね。


――――上役が、1番喜ぶ、保身確保の為のアプローチといえば、妹を……あの事を、知らなかったという建前を用意すること。

それを証明するには、まず、その、迫害が起きた月日の記録が必須。

 始まりがいつなのかは、正確にはわからない。どれが正しい情報なのか。






──とうとうやったよー! ハナちゃん! ハナちゃんの障害になるものは排除したからね!



 脳の奥底に染み付いた狂気的な高笑いを思い出しながら、ひとまずさっき入れたお茶を飲む。

 キャンディが「これしかないけど……」と渡してくれたレジャー用の紙コップに入ったティーバッグ。個人的にはアールグレイが良かったんだけど、さすがに贅沢を言うつもりはない。(ちなみにリルはアールグレイは苦手らしい。この不思議な香りが好きなんだけどな)





 なんて現実逃避が二転三転しかける間も目の前の彼は、じっ、と彼女の言葉を待っていた。


「で、話って?」


「──そ、そんなに、見つめないでよ……」


屋根があるとはいえ、照りつけるような青空の下、静寂。たまに聞こえる鳥の声。

 その全てが今、自分の指揮を待って歌うのを止めているところみたいな、あらゆるものから感じる、妙な緊張。

 黙れば黙るほどにまとわりつく生温い空気を無理矢理振り払うように、彼女は思い切って声を出した。

「あの、今、さ──私が居た場所、あちこち……燃えているの、知ってるよね?」

「ん? あぁ──外から、帰ってきたときに何回かニュースで見た」

「あれって、実は最近までのライブが初めてじゃないんだ。こっちに引っ越して来たときからずっと……誰かに見張られてた……」

「妹、って前に、リルも会ったらしいな」


「うん──。どう言えばいいのかな……誰かわからないけれど、ずっと、私の周りにあるものを、誰かが騒ぎにしているようなふしがあって、例えばこうやってケーキ屋さんに居ると、翌日くらいにケーキのことがずっと報道されていたの」

さすがに来て早々に、そんな目立つような呪文を編み出す気はないし、それが誰なのか、何のために行っていたのかはわからない。


 でも、不気味だった。

まだなにもしていない頃から、まだ活動さえない頃から、

ずっとテレビはあぁで、新聞もそんな感じ。


「どのみち、こっちではアイドルをすることになったからさ、仕事が始まってとにかく人目に付くところで何かすれば、向こうから来ると思っていた」

「話したいことって──それなのか?」

「うん……リルは、リルで大変だからさ。同じ部屋に居たら、やっぱ、ちょっと気を使うというか」

「ふうん……そうか」

「あんたの近況も聞きたいし」

 キャンディは、これはもしかすると普通にティータイムに付き合わされているのか? と思ったが、それはそれでも構わなかった。

ただ、わざわざ探しに来てくれたことに、ほんのちょっとだけ、下心が疼いただけだ。

「だから――――世間的にはライブのところだけだと思われて居るんだけど、そうじゃないの……もっと、ずっと前から、それで、えっとね……」

 妹と喧嘩した日。

あの日も、その後も。いつも何かにずっと見られているみたいだった。


「なんていうのかな、それで町で、最初に、テストで歌ってみたときに中毒者が、出たの」

「中毒者?」

「うん。普通の、好かれ方じゃ無かった」

「どんな好かれ方だよ」



「最初の頃は、舞台の必ず目立つ席とかに居て、静まり返った時間帯とかに、こう、演説してるのよ」

「なんで!?」





 ――――さん以外に複数のファンが彼女に居る以上、

それを無視して他のアイドルのごり押しを行うこと自体が間違っている!

 

そもそも自分を宣伝するためにハナちゃんの名を語ろうとするのは自演とみなされ消されても文句は言えません!

現に自演という理由で削除された人は他にも多く存在しています!



アハハハ!!!!!

アハハハハハ……



「なんていうか、盲目というか。削除した、とか、他は許さない、とか。あんな好かれ方、やっぱり、その……」



上手く言おうとすると、なんだか気分が悪い。



――――では、あなた以外の複数の方が彼女の愛称を呼んでいる証拠をここに示しましょう!

「この雑誌!」「それから、このビデオ!」「それから、このDVDにも収録されています!」

――――念のために申し上げておきますが、これらは民意なのです!

 お疑いならばファンの様子や、ライブの様子を御覧になればお分かりかと存じます。


「ちょっと日本語おかしくね?」


「あぁ、うん……たぶん海外の人?」


 これらは他の方々と違い彼女以外できない仕様になっているのです!

他の方のお話は、彼女よりも現実味の薄いものであることは確かですね。


「誰と、戦ってるのかな、っていう。なんか、一人で全部話始めちゃうような、それでいつも、通報とかが入るから中断して――――」


 ――――我々ファンを侮辱する様なことしたら駄目でしょう。と言うか、そもそも彼女以外で、彼女のようなスタイルをすることは自演の可能性が高いのですが。

 彼女以外が目立つことは決して許されない。他のハナちゃんは無くてよろしいでしょう?



「とかって、延々続くのね。それで周りもずっと止めないし、そのくせ目立つし」

「うわぁ」


今回のはついに、直接的な攻撃というか、人気が上がって来てからのタイミングで起きたというわけだった。

「ちょっと最近も久しぶりに、ハンターに追われたし……やっぱり諦めてなかったんだ、って思って、だとしたら、あいつらしか考えられない……だから、私の問題だと思っていたけれど…………わかんなくなってきたな」

 脳裏に浮かぶのは、いつもの妹のいたずらっぽい笑みと、童話を読み聞かせるかのように柔らかくて淡々とした声。

あの日の言葉。


──私、もう、いいよ。

何回歌っても、お姉ちゃんに似てるって言われるもの。だから、きっと、


──そんなこと言わないで、あなたはあなたよ。みんなが、理解出来ていないだけ


──……、うん、やっぱ、疲れたのかな。

どうせ喉が弱いし、すぐに歌えなくなるもの。

 ちょっと何処かの山とかで、休むことにする。狩りはちょっと怖いけど、まだこの辺は安全だし。人間と違って、魔力があればある程度の生活は出来るし。


──私はただ、好きに生きたいだけなのにね。なんにも、誰にも、関係なく。

変なの。

生活の為なの、わかってるのに。


「私──」


──なんて、呪われた血なんだろう。

ねぇ、だから、

    なんて、居なくて良かったんだよ。

世間は私の名前は呼んでくれないし、

私は、何処にも居ないし、



似ていると、存在価値ゼロなんだよ。







「……キャノ」

 黙ったので、キャンディは少し心配になって目の前の彼女を見上げた。それを悟った

彼女は震えた声のまま、明るく強がる。


「嘆いている場合じゃないね。まだ、やれること、やらなきゃ。ケーキ、おいしい……」

俯いたまま、フォークを口に運んだ。

「あぁ」

 彼女が話す間に平らげていたキャンディは、じっとその様子を眺める。

似ているものに価値などないというのは確かに世間のある種の暗黙の了解で、似ていても良いよ、なんて綺麗事を認めるわけにはいかない。許されない存在をどんな言葉も誤魔化せないだろう。

話題を逸らすことにした。

「──魔女狩りがまた流行るのは困るな。

俺らも、なるべくは、やつらが来ないようにはしてた、つもりだったんだけどな……申し訳ない」

「ううん、みんな、色々と、大変なんだよね。それと──」

 フレテッセたちに襲われかけたときのことを思い出したが、どう言えば良いのかわからなかった。胸がドキドキと音を立てて苦しくなる。

 いや、一度ありがとうは言えたし、今ぎこちなくなるよりは無理に言わないで良いのではないか、と話題を変えることにした。

「なに?」

「あ……そ、そういえば、他の子たちは元気なの? ナナカマドさんは全然教えてくれないから」

「テネには前に会ったぞ。元気そうだった」

.

「ふぅん、そっか……」





 ――――202X年、最先端のAIが「総理」に選んだのは、17才の少年だった。

土曜ドラマ「17才の帝国」。音楽を担当するのは、坂東さんを中心とした4人の先鋭作曲家のみなさんです。






 曖昧な相槌の向こうで、店の流しているラジオが漏れ聞こえてくる。

来月から始まるドラマのようだった。

「不愉快だな」

「え?」

ぼんやりしていたキャンディはふと顔を上げて彼女を見た。飴玉みたいに、まん丸の目。

「ううん。なんでもない」

目があってしまい、なぜだか気まずくて目を逸らす。


 人間がやってきたこと、魔女たちがやってきたこと、比べても意味の無いことだけど、それでも、こんな風に題材にされる光景をみるたびに胸の奥を搔き乱される。

 感受性そのものの形が人間とは違っている魔法使いたちにとっては、人間の舞台や書籍やアニメはまだどこか不思議な文化のひとつだった。今では淡々とこなすものの、他人になどなって、それを曝け出してどうするのかということを、昔はよく不思議がったものだった。

 (自分が何か言われるのはいつものことだったけど、彼はまだ、人間に籍を置いて居る……でも、もう気づかれているのかもしれない)



――――刺激的な音楽を作りたいと思い、トム、クボさん、ツナさんと計画してみました。

革新的で挑戦的な内容とも合わせて、様々な実験を試みています!



 

うぐぐぐ、と彼女は思わず突っ伏した。


「なんでぇ……コトちゃん以外には、私が魔女だって見抜かれて居ないはずなのに。これ、絶対試そうとしてる。 実験って響きは、制限装置の時代に何回も聞いたー! 魔法についてすぐ実験しようとするもん。楽屋に魔除けの木とか送られるんだぁあ……」


 それを見て、キャンディは、あぁ、ラジオを聴いていたのかと思い当たる。

店内からかけっぱなしにしていた。

「それはお前のときじゃん。でも、確かに。挑戦とか言ってるなー」

「そう! 挑戦! それも、前に聞いたよ……」

「でも、確かに、若者が政治家になるなんて、数十年ぶりくらいに聞いた気がするよ」

 

 今の若者が政治を担えない理由は、「経験」の少なさだと言われてきたが、実際のところは、技術の発展で健康寿命が伸びた事等が起因し、前世代の大人が担い続けているからだったり、以前からずっと魔法使い側とごたごたがあったりと、様々な利権が絡むからである。


 ――――太陽が西に傾いた日本。

衰退を止めるべく、AIによってUtopi-AIプロジェクトが立ち上がった。

AIは、一人の人間が経験し得ない、膨大な量のデータを持っている。ため、AIによっていくらでも「経験」は補える……とかいう魔法で何でもできる、という謎理論が好きな『人間らしい』内容。


 別に魔法でなくても、核兵器や銃さえ持っていれば何でも手に入るというくらいに雑な話だが、何年もこのテーマは流行っている。いつまでも流行るのだろうか。

「挑戦っていや、鬼族もそんな話してたし……挑戦と言う言葉に何か意味でもあるのかもな」

「挑戦、実験……」


ドクン、と彼女の胸が高鳴った。頭が揺さぶられる。音叉のように刺激が伝わり、反響する。

「あぁ……違う……違う……」

「キャノ?」

誰かについて考えることは、彼女たちにとって本来は自我の喪失を意味する。

「あぁ……」

 アームカバーだけでは隠しきれなくなりそうだ。両腕には割れ目のように血管が浮き出て、まるで枝が縛り付けているみたいだった。こんなに痛がって居ては勘づかれる、と何かに対して彼女は思ったようだったが、それよりも、体中の痛みの方が大きい。

「その曲……とめ、て」

唸りながら彼女はもがいた。ラジオからは、今は流行りのラブソングが流れている。

 自分で歌う分にはエンコードされて平気なのだが、頭の中に組み込めていない声は凶器になりかねない。

 特に、ラブソングは有害物質だ。何が起こるか分からない。聞いたものに影響されて、辺りを毒沼に変えてしまったり、周囲を狂わせて殺し合いをさせてしまったりするということは人間の中でも起こっているのではないだろうか。キャンディが一旦席を立った隙に、顔を覆い、大きく深呼吸をする。

「ラブソングだけは、いつ聞いても、慣れないなぁ……」


震える。冷えた指先がいつもよりも白くて、痺れている。

 人間の想いというのは、感受性というものは恐ろしいものだ。こんなものの為にやたらに文字を浪費する。意味の無い情報という意味。彼女たちにとって不気味なほどの、意味のわからない価値のそれの為にあらゆる経済が動き、発展を遂げる。いくつあったって、いくらあったって理解しきることはないのかもしれない。ぐにゃぐにゃとうごめく、不気味なものだった。


―――しかも、これらの無駄な情報にわざわざ好嫌を問わせようという鬼畜ぶり。

 好き嫌いなどあるはずがない。強いていうのなら、自我のあり過ぎる、他者のこれらすべてが苦手だし、二度とそんな非常識なことを問わないで欲しかった。

――――そう。歌っているのは、洗脳であるとは別に、自分の声以外を認識することがひどく苦手で、街中全てで襲ってくる人間の感情や波形が恐ろしいから。

身体が拒絶する。これは何度言っても、理解してもらえない。

 二度と、と言うのは、一度、問われたことがあるのだ。目の前の男に。

「なにか?」

「別に」

あのときは、本当に恐ろしくて、殺してやろうと思った。











 店から戻ってきた彼から目を逸らしているうちに、彼はあの地下室の話をした。

タワーの地下室の壁の奥に空間がある。

 循環系統の魔力で維持され、キロ範囲で指定してあって、壁に通じて回路になっている。割と新しい。

――――と言っても通常、地球は回転し循環しているのが当然だ。

魔法もまた然りで、それ自体に特に怪しいことは無い。単に空間に対して『短い』と言う意味があるだけだった。短いから、入口に近い場所に出口が生じる。まるで繰り返すように見えるが、なんにも存在しない。

短いか長いか、それ以外の答えなど無い。

 あえて表現したのは、ただ単に、人為的な人工物であると見なした場所だからに他ならない。



「結界は圧力に対する同じくらいの抵抗をもつ壁だ。空間は開けてもすぐ閉じるのが普通だから、それを留めているだけで、場所を維持する役割以外がない。なのに小人がいて、ピラミッドがあって、架空通貨とかいうのを探してたのを見るなんて、どう考えてもそれ以外があるわけだよ」

「まぁ、そうだね、そもそも、そんな通貨知らなかったし」

「だけど、これと似たようなことを過去に為した人物は知っている」

「マーガレット姫、それに、ジエリア姫……」

 キャノが言い淀んだのは、彼女たちはそこに住んでしまった為だった。

「あぁ。空間があるだけなら、壁なんか作らないで全部のものを変換しちまうのが手っ取り早い。次元変換で、肉体を失うけれど。変に結界で壁なんか作る必要が生じるのは、人間が出入りする前提のときや、すぐに閉じそうな場所のときだろう。または、何か、運び出している」



 何か、か。

すっかり冷たいアールグレイを流し込みながら、キャノは息を吐いた。

――――やっぱりコトちゃんが話していた架空通貨とやらが関係するんだろうか。ただ、それが、自分たちとどんな関係があるのか今一つわからない。

そういうのは、確か、授業でも少し習った気がする。

壁を作ること、切れ目を開けること。

だけど彼女たちの知る中で、次元変換やこの手の魔術に一番大事なものがある。

 条件だ。

 言葉にするなら、『何を今の場所に置いてくるか』『何を今の場所から排除するか』ということなのだが、

 それは魂だったり、家族だったり、自身の見た目だったりする。

死ぬのと変わらないようなそれぞれの中にある一番重たいものだ。 

認識や世界そのものは周囲の物や友人、家族の関係によって生み出されて構成されている。これを世界に置き換えると、次元変換に伴ってそれらを捨ててくる必要が必ず生じるのだ。持ち込んではならない、忌まれる物。それらが排除されている条件は、ヒトの一人分くらい世界が変わるのと同等のエネルギーが生じる。良い方にも、悪い方にもだけれど。

 一時期、映画で話題になっていた子どもだけが亡くなっていく呪いの木箱とか言うのもこういったもので作られていると習っていた。

作成者の忌むべきものがあり、その忌むべきものから身を守り、外界と切り離す世界を構成する。呪いも祝いも元を辿ればエネルギーの方向の違いだ。

 忌むべきものによっては永遠にそれが忌まれ続けるのだが、これについては一言で表すのも難しい。


 とはいえ化学では説明もつかないことをあれこれ考えたところで、どの解釈が適格かなど誰にもわかりはしないだろう。

 教科書にあった範囲でいうなら、

マーガレット姫のときには『理解を得られない全ての家族』という記述がある。この理解、というのも理解さえすればいいというものではなく、生れや育ち、両親の職業、全ての軸が彼女を矛盾で囲んであり、それ自体から理解と言う筋道を覆うように何重にも絡み合っている。



ジエリア姫のときは……


「まぁ、目下の問題は、ひとまず、あのハンターたちなんだけどね」


キャノは話題を変えようと思ってそう言ってはにかんだ。

……のだが、キャンディはむしろ深刻そうな顔つきになっていた。

「――――どうして、急に、魔法使いが集められたのか。臨時組織が出来たのか」

「え?」

「あのタワーだって、最近になってから今の活動の拠点になってるけど、昔はただの観光地だったはずなんだ」

「なんで、タワーの話するの? ハンターが……」

言いかけて、キャノにも薄々思い当たることが出てきた。

大魔女が用いている均衡魔法。


 「幻影の魔女の結界――――」



(2022年4月7日3時58分─2022.4月7日23:37─4月9日14:15ー2022年4月15日18時08分ー2022年4月23日13時19分ー2022年5月4日5時10分-2022年5月10日0時00分加筆)




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