たい焼きと黒魔術/幼馴染
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「はぁー、彼女に直接言えないなぁ」
「N君、どうしたの?」
「彼女に言いたいことがあって、でも直接言えないんだ……だから、この、たい焼きを、食べてやった!」
デデーン!!
という謎の宣伝CMモニターの横を抜け、図書館の正面側に回り込むと、いつも見慣れた歩道側に出てきた。
「この町には変わった風習があるんだな」とか言ってる彼女に、言いたいことが直接言えないときはたい焼きを食べる文化があるんですよ、というデマを流す。
さっきの宣伝、食べてやった、と誇らしげな理由がわからない。
「あ、リル! いたいた!」
タイヤつきの荷台に、縄で縛った男……フレテッセをのせて運びながらキャノが反対側の道からやってくる。
「えーと……」
コトの横に居た少女はそいつはなんだ?と訪ねる。
「捕まえたの。リルに転送して貰いたくて」
キャノが頬笑むのを見ながら、リル、も頷いた。
「いいけど、どこに」
「とりあえずタワーに。あとはなんとかしてくれるそうよ」
催眠がかかっているのか、フレテッセは縛られた状態でよく眠っている。
リル、は無表情のまま、彼の近くまで来て前に見たのと同じ感じで転送をした。
コトは、彼女に頼んだのは負荷の問題だろうか、と思う。
「本──か……」
人間は、完結してから語られることがない。
犯人は◎◎だと思う、これはおかしいとリアルタイムで来て、まだ作品になっていない姿で痛め付けるのをよしとする。
だから……完全な世界に憧れていたものだった。
あの日まで、ずっと、完結されてから語られるような、それがあると思っていた。
(だから……なのかな……)
──ふと、我に返る。少女のような声がする。
コトが懐かしい事を考えている間に、少女たちもなにか話し合っていたらしい。
「キャンディがね、協会とかの屋根を歩いてたら、頭のない鳩がいっぱい落ちてるの見たんだって!」
「頭のない鳩? 儀式でもあったのか」
「さぁ……真相は聞いてないけど……なんかここの図書館でも黒魔術がどうのって噂があるし」
「黒魔術、ねぇ……昔はどうか知らないけど、今だと文献も少ないし曖昧なんだよな……あれ、そいつは?」
「調べたいことがあるって言って、どっか向かってったよ」
11/1512:36─11/2012:07加筆
◆◆◆◆
昔、ちょっと調べものをしたことがあるのだが――
込神町辺りは、もともとはあらゆる異能がやってくる土地で、それらを神として崇めて祀る風習があったらしい。
能力は神からの賜りものであり、それ自体がありがたいものだったため、常にこの地方にどこかから訪れる彼ら彼女らを怪物とせず、酒や御馳走で丁重にもてなしていたのだという。神とはすべての概念の上位存在で、あらゆる自然や概念を司っているとも考えられている。魔女や魔法使いと言われたものが、神と呼ばれることも多くその部分は今でも境界が曖昧なままだ。
俺たちのいた町と違う文化だが、とにかくその歴史があるので基本的には恐れられ、避けられることがあっても、正面切って戦いたい人というのは珍しい。
道でぼーっとしていたら、ごく稀に小さな子どもや、どっかのおばちゃんが飴を渡してきたりする(地域差があるが、大概は見逃してください的な意味)くらいなのに。
なぜ、そんなにまで異能に拘るんだ。そこまでして戦うのはなぜだ。
そもそも一度決着が付いたはずなのに。
それが気になった俺は、こっそりと護送中のフレテッセに電気信号を流し、記憶を呼び出した。
フレテッセは生真面目で、報われず、拗らせた、どこにでも居るガキだった。
たいていはありきたりな話、社長に認められたい。世界に認められたい、そしてゲームの主人公のようにライバルと戦い「自分と張り合える相手がいたとはな」というセリフを言いたい――そのためのライバルになると嬉しい。
『なんで強くなってまで、他人と張り合うのに拘ってんだよ』と言いたいような俺からすると幼稚で恥ずかしい妄想だったが、それはフレテッセには切実なようだ。どれも平凡でくだらない、取るに足りないといったところ。
しかし唯一――断片のひとつに、気になるものがあった。
異国の映像。
「他の……世界?」
フレテッセにあったのは絶対的な敵として描かれる異端者の存在、そしてどこかの異世界の映像だった。
町は、高い塀に囲まれ、家や店で栄えたこの世界とそこまで変わらないものだったのだが――俺たちはその世界の秩序でいうところの化け物の扱いだった。
込神町のような共生自体が存在せず、度々倒すべき怪物としてだけ、現れる。崇めるという行為が存在せず、度々すべての脅威を引き受けていた。
そして、フレテッセはその世界に心酔しているらしい。
でも、どこなのだろう。見当がつかない。
とにかく俺たちを恐ろしい存在として際立たせ、戦わせるための下地作りという動機もあるということだろうか……
キャノを送っていこうと思ったが、調べたいことが先決な気がして、一人タワーに赴いた。
管理局――に入るのは監視強化の手前で難しそうだったが、代わりにレート値の記録をタワー側から引き出すことが出来たからだ。
タワーは見た目通りの電波塔なので、制御装置の統括も担っている。
面倒ですよとぐちぐち言うマオちゃん(タワーシステムのナビの人格、キャノの妹の電波なんとかをベースにしている噂がある)をどうにか口説いて最上階のコンピューターにアクセスしてわかったのが、一部区画に置ける制限自体が不均衡な数値になっていることだった。
「誰かが……均衡協定を無視して上限を書き換えている?」
均衡を保つことが治安維持の建前に重要のはずだ。
それはこの町も、魔法使い側も認めていた。
それなのに……
一部の制御上限を書き換えてあれば正しく作動するはずがない。
コトの件が特に話題になっていないのはこれもあるのかもしれなかった。
(その分の負荷がキャノが居る辺りに飛ばされたのか?)
でも、なんのために。
『戦闘の準備でも始めるのかもしれませんね』
マオちゃんが適当な合成音声で答える。モニタに映るアバターは、今日は堕天使の格好だった。基本的に裸で、キャノの妹のような姿をしているので、慣れるまではかなりドギマギしたのは内緒だ。
「ふっ、それ、いいな」
いいと言えば、大根は冷凍保存するといいらしい。ちょっと前に図書館にある雑誌で仕入れた知識だ。
『──まったく、アイスが居ないときに、こんなところに来て、私を口説くんだもん、信じられません』
他になにか使えるデータがないかな、と
適当にアクセスしようとしたところで、マオちゃんの顔がアップになる。ちょっと怒っていた。
「悪かったって……」
パネルにかけていた手を止めて、彼女を見る。ちょっと怒っていた。
『ふーんだ。そんなだから、キャンちゃんにも男じゃなくてガキ扱いされるんだよ』
「ななななぜそのことを!」
『私、此処でずっと見ていますから。幼馴染のままなのでしょうか』
「うわーっ!」
キャノの妹はキャノよりさらに一段と元気だったのだが、マオちゃんを見ていると少し、確かに、思いださないこともない。
勝ち誇る顔のマオちゃんに、俺はふと、幼い彼女を重ねた。
「…………」
制限装置が初期段階の頃、肉体ごと吸収される事件が相次いだ。
その犠牲になった、妹。
それからキャノがアイドル活動を始めて、俺は外の調査をしていた。
悲しみにくれる彼女に、どう接していいのかわからなかった。
だから調査に出かけていた。いつか来る日のために、もっと、様々なことを、情勢を知っておきたかった。
それで最近、久しぶりにこっちに戻ったら、人が増えているわ、機械が増えているわという感じ。これから、会社は何をするつもりでいるのだろう。
覚悟をし続けてきていてもまだ不安になるものだ。
(コトから感じる妙な気配も、彼を守れというのも気になる――あいつを扇動して、一体、何を始めるんだ……)
『なにぼさっとしてるんです。ハハーン、さては、同じ顔の私に欲情していますね』
「えっ、いや……あの」
――勘違いしないで。私にとっては、あなたは、あなたの数百年前に生まれたソルフェちゃんに似ているだけなんですから。
金髪で、碧眼で、尖ったエルフの耳。恐ろしく白い肌を持つ魔法使い。
めったに本名を明かさない魔族にとっての、彼のあだ名みたいなものがソルフェージュ。それが彼女が町で話しかけてきた理由。
人間で言えば、俺にひい、を何回か重ねた爺ちゃんなんだが、俺たちは長命なので、一概にそういうわけではない。
彼は聖者の森があった頃、つまり、リルと学園で会うよりずいぶん昔だが、キャノと親しかったらしい。
「……まったく。それだったら、俺でも良いじゃないか」
『どうかしましたー? 用が済んだら出てってくださいな、あの冷血氷帝を宥めるのは苦労するんですよ……』
「なんでもないよ」
ふと。あのとき、彼女のもとに駆け付けた事。そして何も気にしていなさそうに、肩に手を置いて立ち上がる彼女を思い出す。
借りを作るの嫌いなんだからねと、相変わらず謎に意地を張っていた。
でも――……
「な、なんでも、ない、よ」
俯き気味に出入り口に向かう俺に、マオちゃんが「なぐさめてあげましょー-かー-!?」と叫ぶので『うるせえ!』と言って苦笑しながら廊下に出た。
2021年11月27日1457─12/1.4:11ー2115
あの選挙の後――制限装置の大規模な設置があっという間に始まって、人々はその影響下で暮らすことになった。
ある意味ではこの場所はどことも違う空洞だ。
単に共生を選ばなかった世界とも、対立し戦いを選んだ世界とも、神や魔法の本質を否定する世界とも違う。
此処はどんな力があっても、一定数であれば、尊厳が認められる中立地点。
完全に魔法に寄らなかったのは、現代科学への皮肉と言ったところなのかもしれない。
俺は、どこに向かえば良いんだろう。
何に寄れば良いんだろう。
力、は戦いを望まなくても、例え呪文を何も知らなくても、ある日、ふとしたきっかけで目を覚ます。
それを制限するのは――正しいことなのか。
「なんだか、ちょっと、疲れていますね」
少し、歩いているうちに、少女たちは話題を止め、静かになった。
そのまま3人で歩いていたのだが図書館の前に本格的に近づいたところでコトは何気なくそう口にした。
ちょうどキャノは考え事をしていたところであり、彼女にしてはやけに、深刻そうな、前にも一度見た、あの少し、悲痛な表情だった。
「えっ? あぁ……うん」
慌てたように、笑顔に切り替わると、彼女はなんてことないというようにはにかんだ。
「何でも、ないよ、さっき、来てくれたキャンディに、
私に構うより、もっと良い生き甲斐を見つけなさいよって、言ったの、ちょっと素っ気なかったかなーって、考えてただけなの」
「そう、ですか」
本当に、それだけなのか? なんだかそれにしてはものすごく思い詰めて居る気がした。けれど、踏み入ることが出来ない。
「なーんか、昔からあいつを見ると、とりあえずぶっ飛ばしたくなるのよね……」
リル、が、話を聞いているのか居ないのか、キャノの額に手で触れた。
柔らかな光が彼女に溶けていく。
「確かに、ちょっと元気ないな。いつもよりも抵抗力が落ちているって感じだ」
ありがと、とキャノは微笑んで、真面目な顔に戻る。
「ほんと、大したことじゃないの、全然。ちょっとバトルになっただけで」
リル、も何か察したのか、あまり深入りしないようだった。
「そっか。あいつなら、いつものことだから平気だろ」
「うーん……そう、かなぁ」
「かなぁって言われても、その場に居ないからわかんねーよ」
「でも、あいつホモヤローでしょ!?」
リル、が吹き出した。
「さぁな」
「そうなんですか」
コトはきょとんとしてしまう。(キャンディが例えそんな嗜好を持っていても話の筋としてはあまり関係が無いので、何かの意味を内包しているのだろう)
「リル! なんでそんな、笑いを堪えてるの!」
「……いや、なんでも、ないんだ……うん、確かにあいつは腹が立つところがあるからな」
「いつまで笑ってるのよ!!」
そのままなんとなしに図書館に入りながら、小声で会話を続ける。帰るのも良いのだが、誰もそれを言い出さない。だから、コトも言わなかった。にしても夕方になり、暗くなってくると、余計に不気味な場所だ。
「やっぱり、あいつの気配があるような、ないような……」
リル、は一人何か訝しんでいる。なんとなく入ったと思ったがそうでもないのだろうか、先へ先へ、二階へ向かおうとしたとき、係の人らしい男性に呼び止められた。
「あの、今日はそろそろ閉館なので」
とのことで、三人はひとまず外に出る。
なんというか、この状況には、これはこれでキャンディと二人で訪れたのとは違った気まずさがあって、コトは始終そわそわしているだけだったが、リル、だけは何か明確な意思で、思うことがあったらしい。
「やっぱり、後日来てみるか……どうも、何かありそうな感じだ」
階段を降り、下に向かう。
出口へ歩いていく去り際、女性の叫びが響き渡った。
「後藤さん、いい加減にしてください!」
後藤さん、と呼ばれた先程の男性は、古い本類を片手に抱え、もう片方の手で中身を撮影している。
「持ち出し禁止なんだろう? 中身の撮影くらい、いいじゃないか」
「魔法使いが居る町なのに、なぜ、本の持ち出しが禁止されているのかわからないのですか! 中身を撮影しても一緒です。やめてください」
「魔女なんか居るわけがないだろ? いたって、俺には関係ない」
「関係あるとかないとかじゃなく、ここの規約なんです! もし、この図書館が事故とかあったら後藤さんのせいですからね」
「はあ? なんで俺なんだよ」
──職員の喧嘩?
だとしても出来ることはない。そろそろと図書館を抜け出し、その場を後にした。
2021年12月3日2214
夜が明けたらまた次のバイトが始まる……と思ったら、怖いような嬉しいような。
こんな調子でしばらく働けば皆で合わせて、結構な金額になるのかな。
大変だけれど皆で居られる、というのはとても楽しくて、貴重な時間だった。
コトが考えていると、キャノがふいに「なんか、ちょっと前に、リルが言ってたこと、わかったかも」と言った。
「バトルになった、って言ったけどさ。
私も今日、いきなりからだが思うように動かなくなって……リルが言ってたの、本当なんだと思う」
リル、が真剣な表情で、やっぱりなと呟く。
昼間の乱闘騒ぎのことだろう。
「あぁ、私も、改めて考えても、おかしい気がしたんだ。制限装置自体も弄られているのだろうか」
キャノは、わからない、と呟いた。
「わからないけど、あれは、やっぱり変。私、普段もう少し、体力があるはずなのに……なにも出来なくて……辛くて……そしたら、キャンディが、来てくれたの」
「良かった。あいつも役に立つことがあるんだな」
はははは、と笑うリル、にキャノはしがみつくように抱きついた。
「私……──頑張ったよ……ありがとう、言えた」
「おぉー、そうか。偉いな」
リル、はきょとんとしながら、彼女を眺めていた。幼馴染みに向けるような慣れた態度だ。
「いつも、つい罵倒しちゃうから……今度は、ちゃんと、って……、勇気を出したの」
「すごい」
「でも、お礼くらい当然で、気にしてないよね……声、震えてなかったかなぁ。はー、恥ずかしい」
「大丈夫だろ。あいつ鈍感だし」
「立てないって、言ってたら、手を伸ばして来て……指から緊張が伝わっちゃうからとりあえず肩を借りたんだけど、その方が不自然だったと思う!? 大胆過ぎたかな」
「大丈夫だろ。あいつ鈍感だし」
「そ、そうよね。きっとこんなに考えてるの、私だけだよね……冷静に、ならなくちゃ」
「ふふふ……」
「だから、なんで笑うのよ」
「いや──仕返しのネタが出来て楽しくて」
「──え、なに? 小声で聞こえなかった」
「偉い、偉い」
リル、が適当に褒めながらキャノの髪を撫でる。
「へアセットがっっ!? ちょっ!」
コトは、二人がなんの話をしているかよくわからなかったが、ひとまず、制限が平等に働いていないのか?ということを考えておくことにした。
「みんなー--!!!! 日本への愛・ずっと・もっと・繋ぐぞー----------!!!!!!!!!!!!」
どこかの壁のモニターが、ライブ映像を流したらしい。
キャノが我に返る。
「あ。この前の、日本復興ライブだ……」
歓声でライブが聞き分けられるらしい。
リル、が、そういえばコト、とコトを気にした。
「はい?」
「この前、なんか、抱えているみたいだったが、何か、あったら言えよ」
……。この人も、ある意味、意外と世話好きだよな、と思う。
あのときのことか。とバイトの初日を思い出す。改めて話そうとしてみると、少しだけ冷静さが戻っていて、あまり心配をかけたくないと思った。
「あれは……少し、水の影響が、出て、そのときのことで母や、お客さんにひそひそ話されるのが……ちょっと、キツかった、だけです」
「そうか。気を付けろよ。今の魔法使いは、ほとんど杖を持たない。戦争を思い出すからだ。
だから、簡単に人格と結びついた批難をされる。だけど、お前は、悪くない」
実感を伴った、力強い声。今まで、こんな世界があると知ろうとしたこともなかった。わかっている。自分が何一つわかっていなかったと。
『あの痛み』を、きっと、ずいぶんと、すっかり慣れてしまうほど引き受けて来た。それを、改めて目の当たりにする。
「……はい。ありがとう、ございます」
「日本は! 好きですかぁー-----!!!!!!!!!!」
外から、大声が響く。
こんな指名手配犯が居て良いのか。
2021年12月3日2214─12/134:01




