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【音闇クルフィ】  作者: たくひあい
番外編1
30/240

リル


「でも、本当に、あいつが『────』なのか? だとしたらお前は」

「わからない、でもね、私、それなら運命に従おうと思っているのよ」



……なんだか、頭が痛い。あつい。さむい。あつい。さむい。──痛い。

目を覚ます。ホテルの一室だった。


「あれ……帰ってきたんだっけ」


見慣れた風景に少し安堵すると同時に、身体の節々が傷んだ。

「危ないなあ。やっぱり、こんな町で呪文なんか使ったら、免疫が固定されちまう……」

  今も呪文を使う魔法使いも居るけれど、

彼女はあまりそれをしなかった。

あまり使わない術ならともかく、複雑な呪文じゃない限り日常生活に支障を来してしまうし、複雑な呪文はというと普段使いに向かない。


 ゆっくりベッドから起きながら、軽く伸びをする。

「はぁーあ、物理武器なんか久しぶりに使った」

 どうにも、循環範囲じゃなく、重心を捉える感覚には慣れない。大戦以来の物理武器は、やっぱりちょっと重たくて、扱いづらいなと感じた。

「──猫化は、やっぱり魔力量で半端になる、と」

 長らく使って居なかった筋肉を動かした。

ふらふらする。


ふらふらする、といえば、今朝は昨晩眠っていなかった疲れが昼寝でも足りず、随分熟睡してしまった。

 あのとき、寝ぼけて居たものの、彼女は至って冷静に猫を試した。

 ホテルのある敷地が、恐らくキャノのイコライズ用結界範囲と重なるので、彼女には効かないだろうし……と判断してキャンディに使ってみたのだが、完全体は難しいものの耳くらいなら生やせそうだ。

 大分休んだし、皆のところに帰るかな、と

彼女は窓の下を覗く。

いつもと変わらない町並みが映る。

デパート、パチスロ、駐車場、焼肉屋、

神様が身を浄める為に立ち寄ったとされる込神川。

──それに、中芯タワー。

 キャノによれば魔力収集だか、パラボラだかしらないが、なぜか横軸に回転する翼がついているせいで鳥がたまに引っ掛かるだの、

電線に当たらないように規制が引かれただの、タワーは飛ぶだのと都市伝説が絶えない、不気味な塔。


 高さ約777mの電波塔らしいのだが、本当にそんなに高いのか?

というのは測ったことがないためわからない。電波以外も収集しているという噂は、考える間でもなくそのままだ。この町ではたぶん一番高い電波塔。


「ああいうの」を見ると、彼女はなんとなく、昔を思い出す。 大きな獣のような彼と旅をしていた短い日々。

逃げ出そうとして、逃げ切れなかった宿命と、殺戮の話。

「あれはな──加護なんて、そんな生易しいものじゃないさ」

 

 あんたたちが、何も気付かないならそれで良かったんだ。神を憎んだってなんの意味もない。逃げたいなら、方法はひとつだけ。

私を忘れて私が居ないところへ──遠くへ、行くと良い。


──そして、二度と、森に入ってはいけないよ。

 ニタ、と笑って彼女は突き立てた人差し指を振る。指の上でオーブのようなものが浮き上がり、ゆっくりしたペースで回る。


それを片手で弄んでいると、ふと、ベッドに置いていた方の手に何かがぶつかる。

枕元に置きっぱなしだった端末(持たされた)だった。

 ──そういえば、こんなのあったんだっけ。オーブを解除して、机に手を伸ばす。

 寝癖で乱れた髪を、机に投げていた櫛でとかしながらボーッと考えて──いたところで着信があった。

「はいー」

「ゴリラはどうだった」

ナナカマドからだった。ちなみに柊も七竈も魔除けの木として知られている。彼女は至ってどうでも良さそうに答える。

「特筆することすら、ないな」

「そうか」

「ハンター側が寄越した雑魚ってところだろうけど──水の件はそんなにはやく露呈するもんなのかね。規定違反であれば、なんだっていいのかもしれないが」

「さあな」

「相変わらず、つれないおっさんだな」

……沈黙。

まあいい、切るか、と電源に指を伸ばした彼女の耳に、再び男の声がする。

「──、今『魔女ごっこ』という自殺ゲームが流行って居るらしい」

「はあ?」

「子どもがそのような理由で自らの死をもって『魔女になる儀式』などと貶める遊びが流行って居るのには、我々の品格が疑われる」


「──と、言われた?」


大魔女を思い出して言うと、彼はか細い声で、あぁ、と呟いた。

通話が切られる。


「全く、ばあちゃんみたいにすぐ切りやがって」


──自殺しても魔女になれるわけではないのに、たちが悪い。

 人間は、なんでも奇跡、魔法、魔女と安直に考えるものが多くあまり区別をつけないのだが、本来の意味では魔法や何らかの力を使えるたけではただの超能力者だ。

 肩書きにするには、山なら山、海なら海、という風に場所に力を循環させられることと、その影響力に伴う役割──○○の魔女、という持ち場が必要になり、その多くは自然に関していた。

──そう、対価のために自殺した人間にはこれが無い。

仮に肩書きをもらうとしても、薬漬けの魔女、とか便槽の魔女といったマゾヒストじみたものにしかならないので肩書き(二つ名)がそこそこ重視される魔女の町に混ざるにしても生き恥だ。


「はあ、誰だか知らないが変なものを流行らせてくれたものだな」


 もしかしたら黒系魔術が絡んでいるのかもしれない、と思った。

 あの類いだったら、結構えげつない対価と引き換えに何かしらの魔法を人間にも使わせることがある、と、聞いたことがある。

誰かが、なにかをかなえる為に魂を差し出したのだろうか。それだったらある意味では魔法が使える場合もなくはない。


 死は確かに術への対価によく上がる。ただ、生と死が解明されていない昨今に置いての代償、とは主にエネルギー変換を強引に構築する突貫工事じみた術がほとんどだった。

 人間にはそこまでしなくては魔法の類いが使えないということでもあるけれど、何かしら叶って運良く死ななかったところで、理論上は変換に伴い魂の一部を使ったぶんだけ置いて来る必要があることは変わらない。

 これは恐ろしいことで(あまり説明はされないが)エネルギー変換を強引に構築する突貫工事、で魂にガタつきが来ている人間は結果的に影、が薄くなり、二度とまともな人の姿に戻れなくなるのだ。

そもそも説明するのは難しいが、暗い、暗い闇──『あちら側』に近付いてしまう。



「……はぁ、といっても、今は、特に何もないし、行くか……このままじゃモノローグがほぼ説明になっちまう」



 改めて、ベッドから離れてドアを開け──

廊下に出た途中で、子どもが走り回っていた。

「がおー! フェンリルー!」

男の子が走り回ると、男の子が驚く真似をする。

「うわあああ!!」

「……」


 フェンリルは、フェンに住む者を意味する、狼だ。

 フェンに住む者と彼女の名前の略称とは直接の関係はないのだけれど、昔同級生にからかわれたことがあったことを思い出してなんとなく懐かしくなる。そのリルは、名前ではないよと何回か話したりしたものだ。 

 彼女が昔住んでいた獣種が生息していた地方では主に狼型の者はフォルグールや、フェアルグールと呼ばれている。先住民狼、みたいな意味だ。

「フェンリルー!」

 何回か走り回って居たかと思いきや、一人が手に持っていたハンガーを投げつけてきゃはははと笑った。

別に、痛くはない。

「ごめんなさいね」

若い女性が階段を上がって来て、頭を下げてくる。すぐさまハンガーを回収しながら、彼らの名前を呼ぶ。

「全くもう! 勝手に居なくなって!」

 なにも、答えられないでいると男の子たちはハンガーの剣?を果敢に振り回しながら彼女の方に走って行く。そして、抱きつきながら、どかーん、と自爆していた。


──怒ってごめんね……あなたたちは悪くない。

大人がちゃんと見ていないからなの、私が叩かせたようなものよ


──うんっ!





 外に出る。

 歩いて、さっき居た辺りまで向かう。近いので大してかからずに着いたけれど──みんな辺りに居ない。

「えぇ……」

 まさかだった。帰ったんだろうか、でもキャノはホテルの周辺には居なかったし……

「まあいい、探すか」

(2021/8/162:11─8/192:05加筆)


……と、突如、すぐ背後から絶叫が響いた。

 叫びによって起きた振動でアスファルトの欠片や砂埃が舞い上がりこちらに向かって来るので、慌てて、しばらく腕で顔を覆っていた。 目を開ける。

 そこに居たのは、まずこの世界で見る筈がない魔物、グガナイヤとリユミエールルだった。

 一体どういうことなんだろう、今の世界で魔物をこんなに見ることなどそうそうあることじゃない。ただそれらはキャノの模造ペットもどきと違い、人間の言葉自体は喋らなかったことには、なんとなく安心した。


 グガナイヤは、常ににっこり笑っているような、目をつり上げているような愛嬌のある顔をした灰色の魔物。ちょっとゴブリンに似ているが、どこか観音像とかの顔つきを思わせる神秘的な部分を秘めていた。ただ、その見た目と裏腹に野生のものは狂暴と言われており──彼は低い不気味な声で唸る。


「グ、グガ、ナイヤ……ッ!!」

 つり上がった目が彼女を捉えるなり、更に歪む。念力で浮かせた石を投げつけて来た。


「……びっくりした、お前ら、まだ具が手に入らねえのかよ!」

 プレーヤーに言われまくっている台詞をつぶやきながらも一旦距離をとる。

 幸い地面で強く跳ねた石は、彼女に当たらず道路を転がって消えていった。


「グガナイヤ!」


グガナイヤはすぐに石を拾って投げてくる。

……しかし魔物なんて──ハンターが用意したのだろうか? なにかはよくわからないが、ハンター側が、魔女狩りのための作戦を講じているのは察している。

 考える間もなく、すぐにリユミエールルが飛び出してきた。金髪で真っ赤な目、血の気のない肌。小さな女の子のような姿と声をしている。

 彼女が「ワアッ」と高い声で叫ぶと、勝手に体が浮き上がった。そしてすぐに地面に叩きつけ──られそうになっていた。 

そしてグガナイヤが待ってましたとばかりに石を投げる。


「ひっ……!」

なんて乱暴なんだ、なにもしてないのに。

慌てて身体を一回転させすれすれで避けつつも「今、そんな気分じゃないんだが」

掌にオーブを作り出し、火の術を浴びせる。

「こっちも居たんだったな……」

 リユミエールルはキャアアア、と可愛らしい悲鳴を上げた。掌に、ふー、と息を吹き掛けながら着地。

手袋がないと、やっぱり痛い。

 目の前のグガナイヤはというと、心配そうにリユミエールルを見つめていた。彼女はすぐにキラキラした鱗粉のようなものを辺りに撒き散らす。リユミエールルたちの傷がふさがっていく。

「ははっ、そうだった」

少女は改めて、構えを直した。

 早いとこ皆を探しに行きたいのだけれどしょうがない、どうせ大した手間にはならないだろうから。

(~8/201:43加筆)













 ある実験によってかつて地図から消された王国。

 その一因となった研究所は、表からは姿を消しているが──実は今もひっそりと名前と姿を変えて佇んでいる。

 込神町のある建物地下にその施設、研究所の支点のひとつが存在していた。

 建物内部は校舎程の広さの敷地、教室くらいの広さで各々分野に分かれた部屋、そしてそれを繋ぐ廊下で構成され、それらはじっとりした湿気を纏いながら目映く、ときに不気味なほど青白く照らされて地下数階に渡って続いている。

 通常の校舎と違うのは、一般的な子ども、が通常出入りしないことと、ここのいくつかの部屋熱帯魚店さながらに沢山の特別な水槽が並んでいるということだろう。


ある部屋のなかで、その水槽たちの間を行き来している存在があった。

 病的というよりは明らかに人のそれではない色素で皮膚が紫の顔。ボサボサした黒髪。ギョロりとした赤い目。

ここで彼は、博士と呼ばれている。


「ああ、きみは知っているかな、生命は70%が水でできているよ」


水槽を撫でながら、博士、はそれらを丁寧に巡回していく。


「そうだね、ネムールルたち、一部の魔物は、特殊な回復呪文を用いて自らを癒す。どのようにしていると思う? そう! きっと水をミクロ階層からプログラミングするんだ、すると、どうなる? そう! 細胞を活性化し傷口を急速に修復する性質が出現するはずだよ」


博士は誰も答えないうちに、そう!

と言い会話を続ける。

おもむろに、先ほどから電源をつけたままでいた端末を取りだし、彼は送話口に強く話しかけた。


「遠心性、そして求心性のエネルギーを高めた水……この特別な水のなかで魚たちの生命活動はより活発になる。このプラントを水族館に設置することで魚をより逞しくすることが可能かもしれないよ……フフ、なあ!? 

ヒイラギや!」


──そこまで管理された水を継続して飲んでいたら、いつか、雨に当たっただけで血を吐くようになってしまわないかと。


話の途中でぶちっ、と電源が切られた。

博士の怒りな声が辺りにこだまする。


「お、おお、、お前……っ!! はぁっ!?

治癒力向上はセラピストにも、重要な理念だろう!!?」


地面に強く投げつけられた端末は何度か回転しながらニ、三回跳ね返り、部屋の奥へと飛んで行く。

「まあ、いい、若造にはわからないんだ……」


ちょうどドアがスライドし、若い女性が入って来る。足元に端末を見つけるとそれを拾い上げて博士を見た。

「あの──」


「ああ、きみか、なんだい?」


怒りを誤魔化しながら博士が彼女の方を向く。彼女は端末を差し出しながら報告した。


「──あの、献体が、いくつか、居なくなっているようです」



(8/2122:08加筆)

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