白銀の魔法使い
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タワーの地下スペースの内線電話から、ねっとりした女性の声が聞こえる。
なにやら愉快そうに、少し小ばかにしたように。
「じゃあいくわよぉ」
ぺらり、と紙をめくっているような音も聞こえて来るので、資料を読んでいるらしい。
「「早く止めろよー」「なにやってんだよ、早くしろよ」「どうにかしなさい!」」
「…………」
「という意見が多く寄せられているわねぇ」
「はぁ……」
男――ナナカマドヒラオは項垂れる。
『回収班』を作るということは今話している上司である幻影の大魔女の命令だった。
本当は彼の同僚も居たのだが、一人、また一人と、何かの理由で消えていって、今は彼だけだ。いつの間にかこのタワーを任されていた。
そこは彼の唯一身を隠せる居場所であり、ほとんど寝泊りする家でもある。彼が、どうしてそこに身を隠すことになったのかというのには少しばかり複雑な事情があるけれど、とにかくも街に馴染むことが難しい為にとりあえず『適任』なことをやってどうにか日々を過ごすのが、今の彼に出来ることだ。
だから、今はこの身体、彼女にも感謝している。
「人間には、順序、とか規律、とかが理解できないのかもしれないけれど……それでも改善策を講じたほうが良いのは確かだわね」
最近異能力からの由来らしい問題が多く起こっている。
タワーの検知システムは何かに力が使われることで場所の詳細が探知出来る。
それまでは『外』くらいしか場所を絞れない。
これが揺らぎ始めたのが『タカユキ暴走』による裏からの書物の横流し分配。
察知するしないに関わらずテロ行為的に力が暴発する現象が急増した。
書物の取引ルートや背景を探るには、取引をしている、または関わっている誰かに接触するしかない。
「けれどどうして急に、このような横流しが急増する結果となったのでしょうかね」
「あぁ、それはねぇ。どうも、人間たちが『勘違い』をしているから……でしょうねぇ。自分たちを過信し、ほかのものを甘く見た結果……」
当初は、佳ノ宮家等の血筋の者への強い嫉妬による嫌がらせだったという。
あの魔女狩り以来、力を持つ者は皆『魔』として忌まれている。
そのひとつがそういった家々だった。
「それで、現在の魔族と人間の間の協定に不満を持つ人たちが、自分たちとの境を無くそうとして懸命な努力をしたの」
彼女らが守ってきた宝物を持ち出そうとしたり、神域を荒らしたり、呪文や祭文を収めている書物にまで手をだした。
「そしたらそれがまた、激しい暴発を生んでね、ほら、この前の大震災」
「あぁ……」
少し前に北の方で起きた震災が大きな被害を生んだことがあった。
「それで懲りるかというと、全然そんなことは無かったわ。どこかのカルト宗教なんて余計に面白がって研究に躍起になった、これは我々が起こした魔法で、人間の時代が来るかもしれないと」
「やはり、わざと、誘発していると」
「かもしれないわ。私たちのせいにすればいいですからねぇ。一日を凌ぐためならどんなものであってもどんな立場であっても何処の誰であっても、何の意味も持っていないの、人間側が求めた均衡協定なのに、人間側は力さえ手に入れば、支配できればなんとかなるとしか思っていないのでしょう。あっ、これ内緒ね」
先日『彼女』が連絡してきたときに聞かされた「台風の被害を消しなさい」を思い出すと、乾いた笑いしか出てこなかった。
何でも屋じゃないんだぞ、と激昂してあちこちの物を張り倒したい衝動に駆られるのをそっと堪える。
「水害も幻術で誤魔化すくらいですもの。アッハッハッハッハッハッ!!!!!」
豪快な笑い声が聞こえて、思わず受話器から耳を離す。
「笑っている場合ではないですよ……いち早く察知するのは、やはり彼女たち自身の本能の方が早いかもしれません」
「本来はね。けれど……」
「そうでしたね、ああも攪乱されていては『一番強い方』に向かってしまう」
彼女たちの人力で一番強い力を察知する、となれば、強引に起こした力の中心の反応に気がついてしまう。つまりやばい組織絡みになりかねない。
「一応、我々の結果内の『縄張り』から、反応があったもののデータを送るけど……タワー内部はちょっと管轄が入り組んでいるからぁ、私にも、気付かないことがあるかもしれないわ」
2020/0920/17:37
「だけどこれは考えようによっては名案だと思うの」
「名案?」
「えぇ――わざと、暴発を増やして、どこが最も力が強いかを分からなくすれば、人間側の縄張りそのものも役に立たない」
「それは、聊か、強引ではありませんか? それに、個人への影響があります」
アハハハと、彼女は高らかに笑った。
「人間側が自らわざわざ、持ち出し禁止を破って書物を盗み出してまで、推奨している程のことよ? それが自らの身を守ると盲信して!
その背中を押すだけじゃないのぉ。流れに逆らうよりは、身を任せたほうが気が楽っていうのが生物の本能だし。
広い視野で見れば、そうね、個人の書物の所有者への被害によるけれど、外側のメリットだけで語るのなら、余程の者でなくては力の差は嗅ぎ分けられない。
みーんな同じにしか理解する頭がないから思考停止『どちらでもいい』『どうでもいい』と、有識者気取りの大半を黙らせることができる。これはチャンスでもあると思うのよ」
ナナカマドはしばらくの間逡巡した。
確かに、街の能力者とそれ以外をわざと混同させている間に、自分たちが身動きしやすくする僅かな時間を作ることができれば、人間側との信用問題の交渉の突破口と生りうる可能性もないわけではなかった。要するに制限装置の誤作動が急増することを利用し、人間側が何かを企んでいるという噂の元に、より真実味が増すように動けば良いのだ。
人の口に扉は立てられない。
一度その扉を開けてしまえば、完全に遮断する術はない。
……けれど、本の所有者が問題だ。
正確には――
「彼女たちの心がどこまで持つのか」
力を自らの手元に支配しておく、所有しておくというのもまた、魔女たちだけでなく能力者がもともと持っている強い本能だ。生存本能に匹敵する。
誘発や暴発を引き起こすというのは、ロマンチックに例えるなら大事な恋人がふらふらと出歩いて誰のところにも行くようなものである。
本などに閉じておいたり水晶などに込めて可愛がったりするのも彼女たちの本能から来るものだった。無差別に恋人が呼ばれていくのが酷く不安定で落ち着かない気分になることは当然のリアクションなのだ。
「制限装置の製作には、私が、『人間側が優秀と認める人間の』協力の下、関わった」
ウフフフ、と電話の向こうの大魔女は笑う。
スマートに、静かに、大きく、確実に、的確に、揺さぶれという指示だ。
「人間側の優秀者がわざわざ踏み入り、私と制限装置の製作に立ち会っているということが、いつか役に立つ日が来る、と私はずっと信じていた――それが、もしかすると、このときなのかも知れないわね」
彼女はさらに、さらに、ゲラゲラと、おかしくてたまらないといった様子で笑った。彼女も、もともと人間が嫌いだ。協力くらいはするが、自分の領域には踏み入れさせないようにする。人間に何かあれば大抵手を貸すくらいはするが、自業自得であれば蹴り上げて笑い転げる。真面目で堅苦しい形式を望む人間社会の中でも、そういった愉快な性格を持っている者は珍しくはない。
魔女たちも、精霊たちも基本的にはそういうものだ。人間が付け上がっていると感じればあっさり手のひらを返してみることも、自分にも利があると感じればあっさり助けてくれることもある。
そしてそれはそれぞれの基準によるのだった。
ぼんやりと逡巡している間にも時間はどんどん過ぎていく。
どちらみち少しずつでも転売が起こっているはずだ。
彼が選ぶ選ばないに関わらず、人間側はリスクを無視してそれを続けるだろう。
――もうじきちょうど『彼女』が街に来る。
それもまた奇妙な示し合わせのように感じられた。
頷くことも否定も出来ないままでいる自分が、情けないようにも、それで良いようにも感じられる。逡巡の末にどうにか搾り出せた声でナナカマドは答える。
「誘発も出来る限り抑えます、しかし、人間側との交渉の糸口を掴むことは善処します」
「頼んだわぁ。前向きで良い返事が聞けると良いのだけど」
それが簡単ではないことは、彼もわかってはいた。けれど、このままいつまでも搾取を続けられていては、国ごと滅ぶ。
今でもまだ一部の魔法使いたちは魔力の無い人間側からの奴隷のように扱われており、かつて、『人間側の勝手な搾取』『こじつけの理由で制限を無駄につける制度』からの離反と独立を宣言したことがあった。
それに打ち勝ち、制限の放棄を誓わせる誓約書が出来るはずだったが──
見下していた種族が起こした謀反。
その『勝手な行動』に怒った協会が、刺客のハンターを送り込んだ。
その際はどうにか返り討ちが成功し、事態が鎮圧された。はずなのだが──
そこで、計算外があった。
なんとばかにされたと腹をたてた人間側は
『戦場を放棄して帰ろう』とはしなかった。
武力からメディアを駆使した印象操作に切り替え始めたらしい、というのが今の現状の一部である。
2021/0202/0022
2021/8/1217:00
その揉め事絡みの後の『白銀の魔法使いに関する会議』でも、その影響はあった。
アイドルとしてそのもの、以上に調査しやすくする為に送りこんでいた《彼女》だが──華やかさと魔力を持つことで、実は裏では妬む者も多かったのだ。
『こんな人物が出てきては他の人がそう敵う相手ではない』ため、太刀打ち出来ない、つまり練習台に出来ない。
それほどに目立つので無理だという理由のみで審査員からの嘲笑が実際に起き、それをもって暫くの間ネタにイメージの操作が始まっていたりもする。メディアは通常の争いと違い人間側がほとんど手動を握っている為に、これについては考えねばならなかった。
こうして戦いから返り討ちの後に再び荒れて来始めてはいるが──
元々、搾取が続いていたのは、平民側が魔法使い側を見下しており、自分たちの強さを過信していたこと。同時に魔法使い側が元々は争いを避けていた為でもある。
地上に降りたいくらかの魔法使いは『山』とも呼ばれている。森の奥地などに城を持つ魔女の中には山や海などの神として崇められる者も居たためでもあるが、それほどに動かない関係性が暫く続いてきた。裏で山に取り入ろうとする動きも何度か起きてはいたけれど……それもこれまでは、争いを嫌う魔法使いたちにより無視されてきた。
例え『散歩途中』であっても魔法使いは常に魔力を出している。力がある程に影響の痕跡が残りやすい彼女たちにとっては人目を避けていることも多い。
それを調べる魔法があるくらいで、命に関わるためにそうやって本来ならあまり人前に出たがらないものなのだ。
しかし反対派は、なかなか動きを出さない『山』に因縁をつける機会をひそかにうかがっていたらしい。今回、不可侵が破られたのも魔女たちが人間と交流する機会は自らの力で捩じ伏せるための絶好の機会だったということからのようである。
マネージャーもそちら側の関係者だったのかもしれない。情報がリークされていることに関する侵害、他にも運だけが良い、や審査員に媚びているなどとオーディション自体から実際に閉鎖になりかねない程に騒いだ者もおり、当時はニュースになった。容疑者の通名は『白野』。至って普通の出で立ちをした北国から派遣で来ていた会社員だった。取り出した端末で最近起きていた炎上事件の記事を見直す。
(どれにおいても、魔力があるのに何も感じなかった、などと展開が似ている……)
──本当に『あれ』でうまく行くだろうか。
彼の長い一日に、終わりはなかなか来ない。
主に回収、とは言ってはいるが、会社の最近の出来事はだいたい三つほどのカテゴリーが動いている。
・過剰な魔力によって暴走した人間の制圧
・自立化した魔法のコア破壊
・敵魔法使いと戦うかもしれない。
「決着か……巨人が出てきた場合は、どちらなんだろうな」
そして今はまさに人間との間の交渉に動こうとしている。
彼は、まさかやがて少年の前に小人が出て来るとは知らない。
ただ、そんなことをふと考える。
「すべて、同じ事件なのだろうか。炎上を参考に、更に再現したかのように見受けられる……ことは、ないか……」
記事掲載日は3日前。比較的あたらしい。
日付はある手段を使えば変えられるのだが──わざわざそこまでするか?
太田でもあるまいし……
または、人工的に作ったものに設定を無理矢理寄せることで何らかのマウントをとる、理由でもあるのだろうか。
──社長はエネルギーが自然界の摂理で統制されている、と考えているみたいよぉ。
脳裏に浮かぶのはいつだったか、確か、あの大結界の張り直しの時期にに幻影の大魔女が言った言葉。
制限装置が生れたとき、彼は、彼にとってはある高度な理想を閃いて、提案してきたそうだ。自然界の摂理の密度と質を、情報で置き換える技術──と、魔法をそのように表現した。
「なあ、ある一定の情報量でコントロールさえできれば、エネルギーそのものが情報でコントロールできるのではないか? 魔法は、新しい科学技術として我が社のものになる
」




