魔法使いのなりそこない
「さっきの渦巻き、真似出来ないかな……」
コトは歩道の方に向かいながら、ぼんやりと思った。渦巻き、というのはさっき見たトランスジェンダーの人? が炎を刀に巻き付けていたあれだ。
なんかちょっと綺麗だったし……
普通の武器を使った戦いとは違って、例えばあんな風に魔力を応用出来るのだな、と漠然とした興味を覚える。力を恐れているはずなのに、自分でもなぜそんな興味を惹かれるのかはわからなかった。
(そういえば、少女が缶の中身を弾丸に変えていたっけ)
なにかがあって、戦うことになったときの為──魔女狩りにあったときの為にああいう技かなにかあっても良いかもしれない。
夕方なだけあって、ちょっとずつ暗くなり始め、帰宅する人々があちこちから現れ始めている。
(とりあえず日が暮れる前には帰らないとな)
上空にいくつか、あの追跡君? が飛ぶのが見えてちょっとげんなりはするのだが、それでもまだ、当たり前の日常がそこにあって……全てが奪われたわけではないのだと、
今はせめてそう言い聞かせることで、心を守って居た。
──まあ、今は散歩っていうよりはキャンディを探しに来たわけなのだが。
「渦巻き、渦巻きーっと」道なりに曲がって一番近くにある装置の付近に来るも、居ない。
……まあ、正確な場所は聞かなかったからなと引きかえす、ところで、前方にキャンディが走っているのを見つけた。「あっ」どこかに向かって走っている。
走って──?
よく見ると、追われていた。
「──えええぇ」
しかもなんか女子高生?に。なんてデジャヴ。
「女子高生に追われるの好きですね」
ボソッと呟いていると、キャンディと目が合った。「好きで追われてるわけじゃない」と言いたげだ。
「えーと……」
今回は、リュックにじゃらじゃらとぬいぐるみキーホルダーをつけまくった、派手なパーカーの女子高生だった。ルーズソックス。なぜか頭に鸚鵡が居る。
「待てぇ! この違反者ぁ!」
キャンディの後を元気いっぱいに走っていく。
「うーん……」
違反者ってことはとりあえず、キャンディが魔力を持つのがバレているってことか。
必死に逃げるキャンディと、追いかける女子高生がぐるぐると周りを回っている。
その間ずっと女子高生の頭上にいる鸚鵡が「贅肉さんを消費! 贅肉さんを消費ー!」と繰り返す。
何からつっこめばいいのかわからない。
「贅肉、か……」確かノブタンもそのようなことを言って居なかったか。
それにしたって、変だ。
『否応なしに視えてしまう』体質のコトはともかく、普通は魔力を感知されないように結界で覆っているはずだったし、キャンディも今日特に何かの力を使っている様子はなかった。キャノも、そんなことは言っていない。修理をしていると思っているだろう。
なのになぜ、見分けがついている?
此方を追ってくることが出来る?
「もー、ちょっと黙ってぇカラアゲぇ!」
3周目くらいで女子高生が息を切らしながら
鸚鵡に言う。カラアゲ(鸚鵡)は、ケケケケとよくわからない鳴き声をあげて彼女をつつく。彼女は「いたっ、いたぁ~!」と嘆いた後ですぐにカラアゲ! と叫びながらも、今度はビルの屋根に逃げるキャンディを追いかける……
それらを見守っていると、急に気配を感じてコトはその場から後ろに飛び退いた。
改めてさっきまで居た場所を確認すると、足元からなにやら煙が上がっている。弾丸?
「あーああ。せっかくのパチパチ見たまま入力するだけの簡単なオシゴトをとられた~」
目の前に居たのはボサボサの髪をして眼鏡をかけた、不健康そうな少年だった。両耳にボルトみたいな形のピアスをしている。
見たことがない、なんか丸っこい感じの拳銃を持っていた。
「カメラ監視、楽だったのにな……はあーああ……なんでこんな力仕事……」
「いきなり、なんですか」
びっくりはしたものの適当に、とりあえず用件はなにか聞こうと思ったが、彼はあまりコトには関心が無さそうだ。
「はあー、なんなら他のオシゴトももらってくれてどうぞ? お客さんの相談のったりクレームきいたり力仕事したり……」
重たい銃声と共に、地面のアスファルトに弾が当たる。花火みたいな匂いがする。
玩具みたいな可愛らしい銃なのに、殺傷能力はまあまあありそう。
──そういえば、大戦のときに、玩具に似せた銃が出回ったんだったか、祖母が昔言っていたような気はしなくもない。武器が不足した結果、玩具メーカーから買った玩具を改造して鉄弾を詰めたりしたらしい。図鑑で見たこともあったが、コトが暮らす社会ではほとんど目にすることのない遺物かと思っていた。……けれど、その類いなのか?
彼はぶつぶつと、ちょっと怠そうに銃をふところに戻して呟く。
「俺あいつらと同じ構成員で雇われたんだっけか……でも、補欠だしカメラの前で、有事まで好きに寝てていいはずなのに……チッ。あーああ、ぱちぱちしごとだけしてたい」
「……カメラ?」
監視、されていた。
いや、それくらいはあっても良さそうだったけれど、自分とそう変わらないような年頃の彼らが監視していたなんて、ちょっと意外だったし、気休めだと言って少女がカメラに幻術を施していたはずなので、更に驚いた。
「……あの、なんで、やる気がないのに俺たちを狙うんですか? そんな危ないものまで振り回して」
「断ったのを押し付けられたんだ。だったら原因を捕まえて有効活用させてもらうしかない……」
断った、ってなんだろう。
それに、有効活用?
「こんな風に」
彼がふところに手をかけるのを察知し、飛び退く瞬間に銃声。
「ただ力で叩き潰したり、こうやって武力だけではどうにもならない問題って、あるだろ?」
「…………」
避けきれず、とっさに結界を張る。
「殺しはしない」
「…………」
「そう、俺たちはハッキリ言ってしまえば、頭が悪いんだ。だから。制限されていてもお前たちの存在は大きなものだ。勝手に考えて、何もしなくても勝手に動いて」
──言っていることが、わからなかった。
というか、何もわからない。
彼は敵だ。少なくとも自分達のような特異な者と彼らとは相容れない存在だった。コトにしてみればこうやって粘着されなければ、彼は別に目にも止まらぬ小さな存在でしかない。
なのに、罵倒や暴言、挑発ではなく、他人のくせにやけに馴れ馴れしい言葉を向けてくる。馬鹿にしているつもりなのか。
わからない中で確かなのは、俺はなめられているって事。
だから、ああやって脅かしているんだ。
「頭が悪い、というのは確かなようですね。だってそれは、有効活用とは言わない。ただ、他人に責任を擦り付けただけだ。自分の手を汚したくないだけ」
「馬鹿にもわかるように、説明してほしいんだけど……」
「自分に出来ないことをさせてふんぞり返るポーズを取ればキマると思ってる集団に狙われているって、解釈で良いんです?」
「──怖いなあ」
眼鏡の向こうの目が光る。嫌な目だ。
笑っているのに、笑っていない。
心の奥が粟立つ。ぞわぞわする。
──なんでだろう。こんな目ばかり見ている。
どうしてみんな、こんな目をするんだろう。
「キマるかは関係ない。俺の上位互換が居るならそれは消さなくちゃならない」
「なにを、言って……」
「安心して。これまでだって俺たちは、ルール自体を潰しているから破ったことはないし、あの手この手で勝利をもぎ取っている……有効活用はその手段だというだけだ」
「意味がわからない、ルールは守る為にあるんですが」
「なんか、まるで身内のようなことを言うな」
「お前のような身内は居ない」
「ねぇーっ、いつまで話してるのぉ?」
ビルの上から声がして、二人とも上を向く。
「……わかったよ、わかったよ、まったく、結婚相談所だって、社長がやれって言ったから電話だってしたのに……俺は興味なんかないのに……どうしていつも、断っても貧乏くじばかり……この仕事もそもそも眠くて嫌だったのに」
俺はいつも言いなり、他人がやったことは俺のせいになる、なんて不幸だろう……とかなんとか彼がなにかぼやいている間、コトは辺りを見渡した。ビルの上を見る限り、キャンディは居なかった。
状況が全然わからないけど、他の人たちも無事なんだろうか。
(ひとまず、ここから距離を取ろう)
人気の多いところに向かって走る。
こうやって走る間にとりあえず、何メートルかは距離が出来ているはずだけど……
しばらく走ると「おーい!」と声。
目の前の道路を挟んだ路地裏に、見慣れた白銀髪の少女が立って居た。
「あ……」何か、返事をしたかったが、何がいのかわからない。まあいいかと、今走る車が無いのを確認して道を渡った。
薄暗い路地裏に二人きり。
──というのは、微妙に気まずいものがあると、変な意識をすると余計に気まずい。
路地裏で、コトは見張る風に外を見つめたままこれまでのことを簡単に話した。
「なるほど……」と彼女は頷く。
「やっぱりハンターが社長側に居たか。
キャンディは見ていないけど、簡単にやられるやつじゃないから良いとして」
(良いのか?)
「確かに、変ね……私のときも突然火の手が上がったし……何か、見分けたり暴走させたりするための秘訣があるのかな」
「……あの、そのときの少年、断ったのにどうとか、社長が悪いとか言ってたんですが」
「──あぁ……それか。
たぶん、彼ね、自分を魔法使いのなりそこない、と思っているのよ」
キャノは少し寂しそうに呟く。
「なりそこない……」
「Tita事件は、習ったでしょ?」
「はい……確か、歴史でやりました。タイタ君という男の子に肉体が許容出来る範囲を越える魔力を植え込む実験だったって」
授業でもちょっとしかやらなかったけれど、確かにそんな事件が載っていた。
教科書にあった生々しい町の様子の写真も、覚えている。王国の配下だった人たちによる伝承やモノクロの写真が残るのみで、町の詳しい場所は今もわからないという。
「そう……それで、町が、吹き飛んだ。人間を兵器にするための最初の実験」
「それが──」
「あぁ……うーん、なんて、言ったら良いのかな。界隈で聞いた話だけど。『社長』がね……《そちら側》って、言われてるの。魔力を植え込む実験を推奨する側」
ちら、と彼女を見る。
だんだんと目を逸らしていく。
「彼もそれをしようとして……」
「知り合い、なんですか」
「まあ──ねハンター側とはいろいろあったのよ。だから、知らないことも、ない」
「……」
「昔も、ハンターと組んだ組織と確執で争ったことがあってね。
まだ規制もそんなに存在しなかったし、魔法使い側が優勢で──人間側が降参するか否かって、段階になっていた」
「へぇ……」
「そのとき、そこの会社──まあ、組織が持つ名ばかりな会社だったんだけど、その社長の直属部下が苛立ち紛れに『あいつらみたいに魔力があれば良いのに、ちょっとは見習え!!』って、私たちを指差して言った」
「うわぁ……」
「たぶん、本気じゃなかったのよ。出来ないから言ったんだと思う。渇をいれる為に見習えって言っただけで、そっくりそのまま魔法使いになりなさいとは、言わなかったと思うのよ」
「ああ……わかります」
「でもね、なかにはそれを真に受けてしまう人たちも居た。Tita事件なんかもあったのに、魔力を植え込む為にって無茶して、直接……装置を自分に繋いだとか、薬を飲んだとか、いろいろ言われてる」
「なるほど」
「魔力を無理に植え込むなんてもちろん自殺行為だわ。死人も出たし、怪我人も出ていた。魔法使いにはなれなかったけどどうにか退院してきた数人も居た」
わかるような、わからないような話だった。そこまでして、魔法を使う必要があるのだろうか。人間は人間、それで素晴らしいし、コトだって謂われない差別を体感したばかりだ。
「彼らは今も心に傷を負っていて……だから
『やれって言われたから、やろうとしたんだ』って口癖にして思い込むことで心を守っている。彼もその類いでしょう」
あぁ、やっとわかった。コトは納得した。
(……だから、上位互換は消さなくちゃならないなんて言ってたのか。
自分がなれなかった魔法使いを上位互換なんて言って、システムの違いだけだって言うことで、弱い自分を守っている……それでも、
目の前にすれば、許せなかった)
「嫌なら嫌って言えばいいのに。そんなの逆恨みじゃないですか」
「そうね」
彼女は苦笑する。
「心の弱い子は珍しくない。けれど、それは私たちだって……」
彼女の表情が曇るのを見て、コトは話題をふった。
「そういえば、クルフィさんを見ていないですが」
コトが話題を変えると、彼女はパッと明るくなって顔をあげた。
「──ノブタンは倒したよ。今はたぶん部屋で寝てる」
「そうですか」
「しばらく起きてこないと思う。ほら、こういう町、ゲームでいうとHPとMPが直結したようなものだから」
「なんでみんなゲームで例えるんですか」
「え? 暇なとき、イメトレ用にやってる。タワーにも視聴覚室にバーチャルなんとかがあるよ」
「なるほど……」
「ねえ、みんなって何?」
「え? あ、いや……あははは」
キャノがきょとんとする。
「ちょっと、変だよ。何か考え事?」
コトは口を開いた。
「辛くても強くあろうとする、そんな風な強さ……なにが、あなたたちをそうさせるのか」
キャノは当たり前のことのように答える。
「障がい、能力、他人と違う、だからって目の前のことから逃げても、誰も助けてくれないのよ。余計駄目な自分になるだけだから、そんなことで、勝手に学歴とか仕事とか人生を棒に振るのって馬鹿みたいじゃない」
2021/7/14 9:11─20:45─7/1513:25加筆




