ノブタン
コトが再び機械を蹴り上げ、機械が暫く沈黙したとき──ふと背後で縛られて寝ているゴリラ様たちが気になった。彼らはお腹をつきだして、不気味に大口を開けて眠っている。
(ちゃんと、眠ってるよな……)
そういえばそのすぐそばに、切れ味はわからないが刀が転がっている。危ないから後で回収しておこう、と再び前を向きなおしたとき、再びやかましい声が響き渡った。
「ブルンブルンブルンブルンブルンブルン車を言わせたいのに!?唸るは自分の贅肉。お前らと気持ちは一緒! 痛~~~いほどわかる!」
「?」
「コト、伏せろ!」
さらに聞こえた声に、思わず頭をかばって踞る。ゴォォォ、と炎が頭上を抜けていった後、すぐ横に、あのミニゴリラが横たわるのを見つける。壊れているようだ。
「倒した、のか──?」
というか一体何が?
コトが身体を起こそうとしたタイミングで、目の前からアチィィ!と騒ぐ声がした。恐る恐る顔を上げる。またしても、腹の突き出た……贅肉そのもの、というかおっさんが立って居た。
「残念だが、贅肉が唸るのは聞いたことが無い」
自分以外の声がして、少女がすぐ横に立っているのに気が付く。って、いうか何が起きているんだ。誰だあのおっさん。
「いっ……てて……火力を上げると、結構クるな……」
「あの──」
腕をおさえてちょっと痛そうにしている少女にとりあえず状況を確認してみる。
「なんですか、あの人」
「見ての通り、暴走したノブタンだ」
何もわからん。
「────いや、あの、え?」
「私にもわからん。適当にミニゴリラ……追跡君?を締めたあと、帰ろっかなーとやってたら、こいつが出てきたわけだが」
「でも人間相手に炎なんて!」
コトが何か言おうとしたタイミングでノブタンが走って来る。
「仕方ないだろ、だって──」
「なんの話? おばちゃんも仲間に入れて~~~!」
ト、トランスジェンダー!?
「ねぇ、お・願・い」
ノブタンがくね、と腰を曲げたと同時に近くの空気が一瞬熱せられた。追跡君、だったものが炎を纏い、ノブタンの指示に従ってこちらに向かって来る。
「……!」
慌てて避けると、向かって来ていたそれは、慣性に従って落下、後ろの方で小さく爆発して花火のように空中に散った。
「ひぇっ……」
「な?」
少女が苦笑する。
「──おばちゃんは目覚めたの! 宇宙を抱く王に、おばちゃんはなる!」
「なんでみんな、能力を手にするとこんなこと言うんですかね……」
コトは、そっとぼやく。
「若気の至りだ、ほっといてやろうぜ」
少女は憐れんでいる。
「……」
彼女の出てきた側──ビル越しに制限装置が見える。どうやら一台、ちょっと壊されていた。(かろうじて稼働はしているみたいだけど)
「ブルンブルンブルンブルンブルンブルン!」
ノブタンが手にしている刀を振るった。
剣先から激しい炎が放たれ、咄嗟に結界を張る。
「おばちゃん、やります!」
ノブタンは飛びあがり、こちらを目掛けて何度も刀を叩きつける。
(い、意外に強い……?)
結界は便利だが、定期的に解除しなければ動けないわけで、コトは一旦身を引いて下がる。
少女はその間に「これじゃゴリラが焼き肉になっちまうな」なんて言って屋上に居る方の少女に声をかけていた。
(にしても、また炎か──バニラちゃんのときとは違う。暴走には規則性か何かがあるのか?)
「おばちゃん・アルコール!!」
おばちゃんが唱えると、ポケットから取り出した瓶の蓋を開ける。(そこは物理)
地面になみなみと注がれた液体は、そのままおばちゃんの近くの炎の勢いを増幅し、激しく燃え始めた。
「ブルンブルンブルンブルンブルンブルン!」
魔力を纏うそれを巻き付けるように刀に絡めとると、ノブタンはこちらに向かって放つ。
(字面だけ見ると頭がバグりそうだが、ノブタン……、おばちゃんは見かけとしては男性そのもの。トランスジェンダーかもしれない)
炎が来る。
──このままじゃ燃える。数秒しか猶予がない。
「な、なにか、術、氷とか……」
コトは焦ってみるが、何にも浮かばないし、かろうじて結界が張れるくらいだったのでそれにした。
「うーん……」
攻撃に移れない。
けれど、こんなの迂闊に物理攻撃なんか出来ない。なにか、魔法じゃないと……
──風呂、壊さないでよ!?
「まただ……」目眩が、する。
母さんの言葉が過る。指先が、凍える。
あんなに怖いのに。
魔法なんか使ったら、また……
────こわい……
小さい頃、学校で流行った魔法使いの話の主人公は、怒ったりすると魔法で相手を豚に変えてしまった。やがてそれを駆使してはイタズラっぽく笑った。
笑って、居られるものなのか。
───怖かったんだから!!
どうして笑う。なぜ笑える。
こんな……こんなものが……
「おい──起きてるか?」
目の前に、少女が立っていた。
炎が飛んできていたのを刀で凪ぎ払う。
「あ……」
戻って、来ていたのか。
「無理するな、魔法は、不安定な状態で無理矢理使うものじゃない」
「はい……その刀?」
刀。なぜか彼女はそんなものを構えて居る。
「さっき、ゴリラ様から借りてきた。たまには気分転換に良いかなって」
──き、気分転換?
「いうよりは、形が定まらない武器は、やっぱり固形物がある方が返しやすいからな」
「キンキンキンキンキン!」
ノブタンは謎の奇声を上げて火の玉を連続で繰り出した。
「……」
少女は総て跳ね返しながらも何も言わなかった。これからどうしようかな、と考えている感じだ。やがて、ちらっとビルの間の歩道を見つめてから、コト、と呼んだ。無表情だ。
「はい」
「こっちは無難に時間を稼ぐんで、お前はキャノに会って来てくれ」
というわけで──慌てて裏道を走って回った。 背後でキンキンキンキンキン!が聞こえているが、あの奇声はわざとやってるんだろうか。わずかな足場を頼りに屋根に上る。
屋根から見おろして見ると、空にもいくらか『追跡君』(そういや、そんな名前あったっけ。でも彼女はいつその名前を?)が見える。
「うわ──」
っていうか街中に配備されているみたいだった。なんてこった。制限装置だけでも苦労するのに。
「キャノさん……」
よろよろと力無く、そこに居る白銀の髪の少女に声をかける。彼女は「あ、やっと来たー」といつものほんわかした雰囲気のままで応えた。
「っ──た、たかい……」
「あんまり下見ない方が良いよ!」
キャノは手慣れた様子で言いつつも、空を眺めている。
「しかし、あの数、本格的だねー」
どうやら、追跡君、を観測中だったらしい。
「イタズラグッズとかいう規模じゃありませんよね」
「……コトちゃん、また暗い顔してる」
唇を尖らせてそんなことを言われて、思わず謝る。
「す──すみません」
「なんで謝るの?」
「──俺、普通に生きたいだけだったのに……隠して、必死に守って来たのに、それが逆に……こんな」
何を隠して居る、と詰め寄り、怪しい、と追われ、ときに埋められそうになって──
俺は何も言わなかった。何も表に出さなかった。学校だって、どこだって、周りを避けて、うまくやってきた。何かから逃げていた。そのつもりで、そのつもりのためだけに人一倍努力してきた。
それなのに……まるで、最初から監視しているみたいに、誰かが、俺を引っ張り出そうとするみたいに。意地悪に、世界が動き出す。
「つきまとわないでくれ、って、言える範囲には何度も言ってたんですけど……」
──それでも、限界がある。どんなに避けていても、ときに明確な亀裂やはっきりした拒絶理由が必要な別れもある。強引にでも、その別れを演出しなくてはならないような。
「コトちゃんのせいじゃないよ」
彼女はどこか、遠い景色を見ながら頬笑む。
「そういう察しの悪い人、何処にでも居るからさ……運が、たまたま悪かったんだよ」
「──あの……」
「さて、リルに言われて来たんでしょ? コトちゃんは制限装置の修理に向かってくれる? 今キャンディがやってるやつ」
「制限装置──どうせ邪魔だし、壊しておいても良いんじゃないですか?」
「まあ、念のため」
「わかりました、キャノさんは……」
「しばらくは、あの空の機械を見張っておこうかな。ちょっと疲れさせてノブタンを黙らせないと声が届かないから」
地上では少女が刀を振り、また構え直している。あまり楽しそうではなく、無表情のままだ。
「───なんか、懐かしいな……昔も、武器持って、戦ったっけ」
少し寂しそうにキャノは呟いた。
2021/7/1111:56
・・・・・・・・・・・・・・・・
『会社ぐるみで、そんな風に……! たった一人、個人を──計測して、舞台に引きずり込むなんてやり方! あいつは、なんなんだよ……どうしてお前らはそこまでするんだ』
思い出す。
心の痛み。
自分の痛みと、彼女の痛みと、彼の痛みが、混ざりあっているみたいな奇妙な錯覚にとらわれる。なんて冷酷なのだろうと、自分でも思うのに、どこか、解離的で、他人事みたい。私だって、その一部のはずなのに。
「──大魔女の命令。彼女たちの力は街どころか星そのものに影響力を持つ。逆らうわけ、ないじゃない」
「……コトからは、確かにただならない魔力を感じた。体内の待機魔力だけでも、私たちと張り合えると思う、でも、だからこそ──あんな風に怯えて、周りをうかがうみたいにして──あいつなりに、逃げていたんだろ?」
「……うん」
「身体を兵器にされるんだぞ。それが、どういうことかお前だって、わかってるはずだ。あの大戦だって、人々が大きな力を求めたせいじゃないか」
「わかってる。さっきも言った。わかってても、逆らえないものってある」
「……逃がして、やることは」
「会社は最初から、遅かれ早かれ、実行するつもりだったよ。
そこから逃げることくらいは、私やリルが手を貸せば簡単に行くかもね。
だけど彼が身を置いてる人間の中でだって所詮は会社と似たようなもんよ。むしろあちらの方が残酷」
「──それは……」
「魔女に好意的でない彼らは、不審に思えばなんでも強引に聞き出し、怪しんだものは徹底的に殺す。今でも魔女狩りで人間の預言者や占い師を殺害しているんだから。思想だけでよ?
『何を知っている?』なんて、口外されてもないのに。この前だって占い師と弁護士が死んだわ」
人間は、力がないぶん、疑い深い。
それは私たちもよく聞かされてきた。
「口外されてもないのに」は私たちの魔法の町ではよく聞く常套句。居酒屋かなんかで、他人に浮気かなにか当てられて揉めても、
この言葉で「そいつは失礼しました」と返して纏まったりするのだ。
預言や占いなんてありふれたものは当然で、ただ言うか言わないか。けれど、人間は、思想だけで殺害を起こしたり、社会的に晒し者にして身を守ろうとする。
「魔力があるなら、いつかはそいつらに見つかる。あいつらは理屈に無いことを信じない。どんな拷問にさらすかわかったものじゃない。
誘拐されて売られなかっただけマシよ。幸運だったとでも」
「──マシ……か」
目の前の『彼女』は複雑そうに顔を歪めた。
「それ、結構つらいけれど──そうなんだろうな……逃げ場なんて、本当に、いつかはなくなって……」
彼女はなにか、思い出していたみたいだった
。どうせあの獣種の彼のことだろう。
付き合いが長くなった今では、なんとなく考えていることがわかることもある。
彼女自身は何も話さないが「動物と結ばれるなんて恥ずかしい」と当時は酷い言われかたをしたと聞いている。魔女の中でもその差別はあった。特に彼女の家は名門だったし。
私はといえば、一族の先祖に人間(魔力を持たない猿とか蔑称で呼ぶものも居る)も居たので、差別なんか興味もなかった。
(それに、悔しいけれど──確かに、アイツは強かった。もしも『あのとき』リルに燃やされることなく生きていたなら、今でも倒せるかわからないくらいには)
「居場所は、変えていくしかない。それが
私が、こうやって歌うことにした理由」
屋根に腰掛けながら、屋根の上から少女とノブタンを見下ろす。
ノブタンは、オネエ店長の友だちだったはずなんだけど……なんで暴走しちゃってるんだろう。彼女にはホテルで会話したときにそれとなくオネエ店長のことを話したことがある。
──なんて考えながら見ていると、ちょうど、炎をかわした少女が刀で足払いをかけたところだった。
ノブタンが盛大にひっくり返る。
「そろそろ、かな?」
2021/7/1123:06
・・・・・・・・・・・・・・・・
「……ふう、ちょっと飛ばし過ぎたな」
少女は倒れたノブタンを見下ろす。
刀を首に突きつける。
切れ味はあまり良くなさそうだな、なんて思ったりした。威嚇用のおもちゃだろう。
ノブタンは怯えてガタガタ震えている。
「…………」
──かつて、こんな風に、刀や剣を引きずったことがある。
随分昔のことだ。まだ遊びたい盛りの少女たちは戦場に放られ、大人たちの見よう見まねで武器を手にした。
あの特有の空気。悲しい責任感と、重く痛々しい連帯感。ひりついた心、機械のように黙って構えた武器の重み、何処に居ても互いに疑い合い見張り合った感覚。
総て大人になった今でもそう簡単には消えるものじゃない。武器を手にすると、すぐに思い出してしまうし、杖を手に取ると、すぐに思い出してしまうのは、すっかり馴染んでいたあの地獄の景色。土の色、血の赤、黴みたいに汚れた緑。
だが、あの記憶もまだ、少なからずこうして役に立ったようだった。
(久しぶり過ぎて、うっかり力加減を間違えるところだったけれど)
こうやっていると、なんだか、保身を絶対に諦めない、魔女たちを絶対に消しにかかるという敵対勢力の中にある殺意を改めて確信してしまった気がした。嫌いな確信だ。
「おい……終わったぜ」
呟いたと同時に、頭上から降り注ぐように歌が聴こえてくる。優しい歌だ、と思った。
ノブタンがスッと眠りに入っていく。同時に口から、透明な欠片が出てきて転がった。
「……また、これか」
拾いながら、ふと、少し前にコトが男性を蹴りあげて居たのを思い出す。なかなか止まらなかった。あの憂鬱な気分はまさにこれなのだろうか。なんだか──確かに、憂鬱な気分。
刀を鞘に仕舞い、じっとノブタンを見下ろす。
「『神様は一人でもたくさんの人を笑顔にする者に微笑む……自分に都合がよい解釈で悪用すれば必ず、不幸が起こる』とは、よく言ったものだ」
あとは、ひとまず、報告かな……と、キャノが居る方へ向かう。足場を伝い、建物の屋根に上っていく。
そこでは、彼女が屋根に座ったままなにやらじっと耳をすませていた。何だろう?
と見ているとイヤリングを片方渡される。
(前に通信用とかなんとか言ってた気もしなくはない)
『迫害……? いえ、存じて居ませんでした、まだ迫害行為をしている?
なんと、今知りました!すぐに当該職員の処罰にあたります!はい、私に過失はありません──、で押し切ろうとする上役に対抗するためにはどうする』
『謝罪の意がありましたが、引退会見を強制、隠ぺい行為を強制されたのです!』
『そうだ、戦局は上役に有利だぞ!
上役は逮捕状を手配した!このままいくと極刑!永久隔離! 具体的な謝罪内容で逮捕強行を回避せよ!』
『はっ!』
えっ──なんの通信?
キャノがなぜか小声で『ほら、あのバニラちゃんのときの管理会社。ちょっと仕掛けてきたの』と言う。彼女はそのとき、外に居たのでよく知らなかった。けれどこの会話──管理会社っていうよりは、もっと私的な──まるでハンター(魔女狩り組織)だ。
2021/7/123:16




