土とピラミッド
水色に変わる空。
味気ないビルの群でさえ、光に色付いて見えるだけで変わった世界に感じてしまう。
少しひんやりした空気とともに、辺りでは朝をむかえか始めていた。
じゃんけんで負けたキャノがジュースを買いに行ったのを見届けて、コトは口を開く。
「ありがとうございました」
隣で、ぼんやりと飛ぶ鳥を眺めていた少女はゆっくりと少年を見た。
「何の話だ?」
「強い風が吹いて、俺が身動きできなかったとき、俺のこと、守ってくれたでしょう」
少女はしばらくぽかんと彼を見ていたが、すぐに笑った。
「何だ、気付いてたのか」
「当たり前じゃないですか!」
「……。当たり前では、ないと思うぞ」
そうだろうか。コトはきょとんとした。少女は少し照れたように目を逸らして、彼と反対に顔を向けた。
まさか、わざわざそれを伝えにくるなんて。動揺している少女の一方、コトは自分に言い聞かせるように呟く。
「まだ、力の使い方も、よくわからないけど……それでも、俺に備わったなら。
もっと、どうにかして、強くなりたい」
はっと我に返ると、少女は呟いた。
「お前は、強いさ。今も充分にな」
「え……」
「だから、力に、飲まれるなよ」
コトは、力によって暴力思想を得てしまう人々のことを思い出した。
特別感、万能感。思い上がり。
彼らを否定する、彼らを正気にする答えのひとつが『嫌わせ、放棄させる』こと。
『現実という痛みを背負わせる』こと。
特別でも、万能でも、苦しみが無い世界は存在しない。
だからこそ、それを持てない者は、力を持てない。
「はい。痛くても、辛くても、俺は生きます。飲まれたりしない。
今、やっと、生きてるって、思うから」
今になってやってきた痛みに、
コトは思わずうずくまる。
「いたっ……、やっぱり、これ、魔法なんだ……」
制限が身体に向かってくる。
この痛みで改めて、自分が変質したことを実感した。
しばらく唇を噛み締めていたが、彼女が少し心配そうな目でこちらを見ていたのに気が付くと、彼は言った。
「あの。ひとつ、気になったことがあるんですが」
ちょうど、そのタイミングでキャノが戻ってくる。
「あ、おかえりなさい」
「ただいま! どうしたの?」
「『作られた火』とは、今回は微妙に違っていました、力の感じが」
クルフィの頭に浮かんだのは、社長だった。結局姿は現さなかったが、何か漠然と不気味なものを背後に感じてならない。
「……本物の力に似ていた、と?」
「はい、変なんです、バニラちゃんは、まるで、«力だけ、本人とは関係なく»本物として存在するかのような。力だけ見れば、本人に力がなくとも信じてしまったかもしれない」
キャノがいつになく真剣な顔つきになる。
「私の、声……そして、あのアパタイト………
『本人には力がないのに』
セルと一緒に取り込んだ?」
「もし、そうなら、あのビルに居たときのバニラちゃんのサンプリングレート値、リミッターの何処かに残ってると思います」
「私の声で、思考自体にも何らかの影響を受けているかもしれない……
さっきの催眠は眠らせたりしただけ。
もしかしたら、またバニラちゃんの厨二病が再発する日もあるかもね」
「でも、あいつの結晶はなくなったぞ?」
「スタイルよ、スタイル」
いつか本当に、バニラちゃんに、自分を嫌うように言うかもしれない。
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202006150156
朝になりだした町の片隅で、コーヒーとネクターとヨーグルトを飲みながらの会話となった。
人通りを避けるべく、相変わらずビルの裏側だ。
暗いし、ごみとかあるしとキャノは少し不快を示したが、示しただけのようで、そこに留まった。
「コトちゃんの力が安定して制御できないのって、やっぱりリルのときと似てるよね」
「あの話はするなって!」
「何か、あったんですか?」
コトが缶を片手に、二人をうかがう。
同時に、ビルの裏側は漫画やドラマで見るほどに格好いいものじゃないな、と思った。
クルフィが思い出したように彼に問う。
「あっ、コト、お前さ、家族やきょうだいに、親しい友人とか、クラスメイトとかでもいいけど……この話をしたか?」
「いえ……それが、何か」
「そうか。キャノの催眠を見てもわかると思うが、あれは聴いただけで意識を同調させる。
そういう風に、意識が同調しやすいのは普通は近親者や同等に親しい友人くらいなんだが……
まああいつの場合は、人間そのものに波長を合わせる。ただの他人にすらそれをしてしまうから恐ろしいんだがあれは例外だ。だから、その……」
うまくまとまらないらしく、頭を抱える彼女。
しばらく答えを待って聞いていたが、コトにもなんとなく彼女が言いたいことが察せられていた。
「あ……だから、近親者や打ち解けた友人とは、意識が同調しやすいことが魔力の制御と関係するんですよね」
「そう、前回私がやって、今回リルがやった、人を操るのも意識の同調の影響で出来ることなの。本当は危ないんだけどね」
キャノがちびちびと缶に口をつけながらいう。
「リルのときは、そりゃもう、力が強すぎてね……いい例だと思ったけど、駄目?」
彼女は途中からクルフィに耳打ちする。諦めたような溜め息が聞こえた。
「…………はぁ」
少女の目が、冷たく光る。
「……かいつまんで言うとだが、
同時多発でシンクロしたんだ」
「え?」
「これは残念なことに、ジョークでもネタを入れた訳でもない。
私個人が例えば敵を殺すことを考えていたときに、隣にいたクラスメイトが 別の場所で同じように」
淡々と発せられた言葉に、背筋が凍えるよりも、どうしてか、ただ、自分のことのように辛く、胸が痛んだ。
(同時多発と言っていた……)
根は優しい人だし、彼女も元々は友達か仲間が大勢居たのだろう。
力に引っ張られ、意識のままに動かされた人々がわけのわからないまま、
彼女の周りに居た。
「幼い頃の話さ。私も物心つかないときは力ってのは火を起こしたり、雨を降らせるだけなんだと、思ってた。
けど力ってのは何かに対する、指示や圧、空間、認識、あらゆる存在の意味する要素だ。
現代でいうと、赤外線とかああいうのと似てるかな。
意識が近いやつが指示の近くに居るだけで同じように体ごと操る場合がある。
まあつまり……見えないだけだってこと。扱うとなると必要なこともあるんだよ」
「…………なるほど」
「知りあいには、クラスのやつらとかには絶対知らせるな。そいつらが死んでも構わないと言ったって、駄目だ。そいつが良くても周りが迷惑する」
彼女の目はいつもの優しい目に戻っていた。けれどそれは、今まで乗り越えてきたものに依るものだった。
「大丈夫です。力のこと……言うつもりは、無いですから」
家族と対立している将来の話を思い出す。うっかりこのことがバレでもしたら……
自分がやることと同時に操ってしまうとしたら。
これから先、もしかすると誰かと戦うかもしれない。
意識が近いというのは、かなりスレスレらしい。
自分が倒す相手のことを考えている間に家族も敵を探して暴れる存在に変わるかもしれないという危険と常に隣り合わせということじゃないか。
「あ、別にただ動かすだけとかじゃないぜ、場合によっては喋るし……ええと」
キャノが間から言葉を付け足す。
「そうだな、ニュースの見出しが自分の周りに似てるとかじゃなくてね、もっと、こう……『身近過ぎる』っていうのかな。
たった今ジュースを飲んでて、隣に知人が居たとして、相手は飲んで無いのにいきなり蒸せたり……もちろん、敵と戦ってるときに、
敵が居ないのに天井を叩いたりしはじめるとか、近くで水の魔法を使ってたら、人が来て
『なんか水を撒きたくなって……』とかって室内だろうとやるの」
「意識を関係ない意識と混ぜられたらろくなもんじゃないですね……」
「基本的に私たちは広い磁場が必要だから、人気のない山奥とかに住んでるとそんなに関係ないんだけど……もう状勢は変わったからなあ。
人の居るところで生きるとなると、
『不用意に教えない』ことが何より大事かな、制御の上でも不安定な最初は特に、ね」
202006150210
もしも、それでも逆らえない何かがあって、どうしようもない流れがあってうっかり勘付かれたとき、うっかり誰かを巻き込んだとき。
一瞬脳裏によぎるそれを口に出して良いものか躊躇う。
どんな結末であってもそれは自分で抱えるしかないのだという気がする。
唾を飲み込み、動悸をどうにか落ち着かせようとする。
すぐに言葉が見つからない。
脳が電気信号で動いているということに関する研究は今でもある。
しかしそれにどのくらいの磁場が必要なのかは未だ未知数なところがある。
今までの研究はどちらかといえば体に対する刺激、つまり内的な働きについてのものが知られているが、過去には外的な働き、電化製品と相性の悪い体質なども報告されていたことは図書館で論文を読んだことがあった。
強い力を持つことで、同時に磁場の近くにある複数の意識を動かしたり破壊してしまうことがあり得ないとは彼にも思えない。
それはとっくに他人事で済む話ではなくなっている。
「だーから。そんなに考え込んでもしょうがないぞ、なるようにしかならん」
少女の手のひらが頬に添えられる。アイスクリームのように少しひんやりしていた。
「クルフィさん」
幼いころにそんな衝撃の体験をしている少女の心境が彼にはどう理解していいのかわからず、なんだかよくわからない戸惑いを覚えていた。
「…………えっと、もし、おれが……その」
小さく、息を吸って、吐いて、それから吐き出すように言う。
少女は無表情のまま、けれど落ち着いた様子で彼の姿を見つめていた。
「もしも、誰かを、そういう目に合わせたとしたら――
もしも、近くに居る誰かを」
「私が、お前を責めることはない。私にはその資格がない」
少女は間髪入れずに答えた。
「自分が変わっていくのは当たり前のことだ、それに、私たちは、そういうものなんだよ。ある日突然、自分が変わってしまう」
無表情のままだったのに、なんとなく、辛そうな目をしている、と思った。
なんでだろう、俺は結局何が、何を、求めようとしたのだろう。聞かなきゃよかったとは思えない。こんな表情をさせているのは自分自身なのに。
「みんなそうなんだ。こいつだって、似たようなもんだったぜ」
彼女はいきなり親指で隣にいる少女を指さした。
「あはは」
彼女は困ったように笑いながら言う。
「そう、私も小さいときはまさか自分にこんな力があるなんて知らなくて、あちこちで、いろいろとね……だから、他人のことを言っていられないのは私もなの」
「私が喋ったんだから、ちょっとくらい話しても良いんじゃないのか」
「うーん」
彼女はさっと話題を切り替えた。
「まぁとにかく、知るしかないのよ。自分がどういうときに力を使う状態になるのか、どこまでが限界なのか自分で、ひたすら理解するしかない。それは、そうとしか言えないわね」
あっ、ずるいと隣に居た少女が拗ねる。
タワーに向かって歩きながら、こうやってのんびり話す時間。
コトは今更ながら、どこか他人事のような不思議な感覚を覚えた。
――私が、お前を責めることはない。か。
「…………」
何が聞きたかったのか、何を問いたかったのか自分でも分からない。
けれど、なるようにしかならない、はその通りだと思った。
怒られないように立ち回るのは彼にはそれなりに得意なことだ。
そんな自分が怒られるかどうかで今更、不安になっているのだろうか。だとしたら、なんだかおかしい。
いや――それとも。
なんとなく、自分の手のひらを見る。何かを、思った。
(それとも……なんてな)
誰もが、もしかしたら一度は思うかもしれない。体力が続くなら、何もない広い場所を、何も考えずに思いっきり走り回ってみたい、と。
それがもしも、
「どうか、したの?」
二人が同時に問いかけてきて、コトは慌てて首を横に振る。
敵意とか害意とかじゃなく、純粋に振り下ろした腕が誰かにぶつかって、それが本来ならぶつかるはずのない透明な相手だったら。
きっと人は思いっきり走り回っただけのことを、理不尽に感じるだろう。
それでも、許されたいと思うのだろうか。
それでも、許せないと思うだろうか。
(……自分のことくらいは責めるかもしれないな)
「ちょっと、考え事をしていただけです」
二人の後ろを付いていきながら慌てて応える。
誰もあまりいちいち話題にしないけれど、まだ身体が少し痛い。
腕にじわじわとしびれるような透明な何かの膜が絶えず皮膚の外に張り付くような独特の感覚がある。まるで戒めみたいに、自分の体を縛り付けている。
この痛みを受け止め、自分を戒め、自身を律する。
それしかなかった。
(っていうか、二人は体力自体あるからな……自分で大半は回復しているのだろうけど)
「アパタイトが見つかった」という報告を持って行ったとき、いつもタワーの地下にいる人物はなぜか不在だった。
「あれ? 今から休みなのかな」
キャノが不思議そうに辺りを眺める。
クルフィはどうでもよさそうだった。
「夜中に呼んでおいてか。いや、なんか用事なんだろ」
もう朝だけど、とぼやきはしたがそれくらいだ。
コトはなんとなくどきどきしていた。なんでだろう。
何か……何かあったような!
「そうだ、今、誰も居ないし、ここでさっきみたいに何か使ってみてよ」
「それいいかもな。普通の人は実際にやらないから、街だと目立ったときに面倒だし」
二人が急に盛り上がり始めた。
「えぇ……」
「じゃあ、いっくよー!」
キャノが返事を待たずにマイクを構える。
「何も言ってな……」
キィィィィン!とハウリングした瞬間に場の空気がどこか変わった。
どこといわれると、どこなのだろう。
か、身体が、重い……
足が、かくっと地面につきそうになる。
少女たちは普通にしているので多分変化があるのはこちらだけだ。
「微妙にコトちゃんの付近の重力をいじったげましたー!」
「ぐっ……」
「ちょっとずつ負荷をかけた状態のほうが、変に暴れなくていいからね」
「暴れるって言ったって」
肩に外せないおもりを乗せられているかのようだ。
これで走り回るのは難しい。
というかこのまま床にへばりついて寝てしまいたい。いや。床、微妙に汚いな……先週掃除したのに。
「ほらほら、立ち上がらないと! 前回もドーナツ買いに行かされたりろくな思い出無いでしょ? 悔しくないの?」
「はたから言われると染み渡るものがありますね」
正確には、あれはなんだかさほど強く記憶に残っていない。
いいだろう、これも自分が望んだことだ。乗り越えてやる!
そう、ここで増えた重力に逆らっても痛い思いをするだけだ。
つまり――――
コトはすっと目を閉じて、思い出す。
自分の体。自分の外側にある膜。
自分の体重。自分の……
胸の中がじわりと広がるように熱くなり、外側が凍えるように冷えて行く。
両手を広げて周囲の空気をゆっくりと触る。
(透明なだけで、ここにある。ちゃんと、ここにある)
パリパリ、と何か表面に張り付くような音がして目を開けると、自分の周囲1メートルほどの空間が丸く花が開くような形に凍っていた。
その中にいる自分の体は、同時に驚くほど軽い。
そっと氷に触れると見る見るうちに溶けて行く。
「結構、なんとかなるもんですね」
そこから抜け出すと重力は元の重さに戻った。外側にかけられた力だけを凍らせて剥がしたのだ。
キャノはきょとんと彼を見ていた。驚きもせず、しかし戸惑いもしない。予想の範囲内だなという感じである。未だ指先から冷気が零れている。
もしかしたら、とそのまま氷を宙に放ったが、まっすぐ飛ばずに地面に埋まった。
「……あれ」
なぜだ、といいかけて、クルフィと炭酸ジュースを氷に変えたやり取りを思い出す。そうか、回転がないとまっすぐに飛ばないんだ。
回転、回転……回転って何回転?
氷に掛かる質量と、標的、人の重さを大体50キロとしたとき……50キロ×……
一瞬混乱したものの、とりあえず彼女たちのほうを見る。
「っていうか、これって、バトルですか?」
「そうしたいならしてもいいと思うよー」
出来るなら、という感じだ。
「出来るかなんてわからないけど、俺は俺の道を行く! ……ぁ」
コトはふと、手を止めた。
「何かあった?」
キャノが聞いてくる。
「いえ……あの感じが、近づいてきたから」
「あの感じ?」
あの感じ、といえばあの感じだ。
力自体を否定するような、大きな、あの力特有の感じ。
他にどう言ったらいいのかわからない。
「……そろそろ帰ってきます」
「楽しそうだな」
ドアを開けずに、男が空間から現れたので、コト以外の二人はややぎょっとした。
「察知を避けるために転送してもらったが、別空間からも意識を読み取れるとは」
「だめですよ。そんなの、俺には無意味です」
「そうか」
ふっ、と男が少しだけ笑ったように見えた。すぐ無表情に戻ったが、気のせいだろうか?
「少し狭いが、訓練くらいなら地下ですると良い」
途中はしゃいでいたのがばれているのに、彼もまたあまりに淡々としていた。
「……ありがとうございます?」
「あっ、そうだ。バニラちゃんからアパタイトが摘出されました」
202011120017
「そうか……」
男は極めて冷静に言うと、シンプルな形状の携帯電話を見せてきた。
「社長か」
口数が極めて少ないので、社長か、が何を思ってのものか彼女たちにはよくわからない。
「社長って誰か知ってるんですか?」
キャノが聞くと彼はちょっと嫌そうに呟く。
「中国の詩人らしい」
「ギャグが難しいです」
コトが慌てて突っ込みを入れた。
クルフィはきょとんとしている。
あまり聞いてなかったらしい。
彼は無表情なまま片手をあげて挨拶する。
「今日はご苦労だった。社長の番号も」
アパタイトを手に握りしめて、彼はさっさと部屋を出ていく。
窓の外はすっかり朝になりかけていた。コトはふいに、もう大分明るいのにつけっぱなしの蛍光灯が勿体なく感じてきた。電源切り替えのスイッチのある壁際まで歩いていくところまでで、ふと手を止める。
「どうかしたのか?」
クルフィが聞いて来たが、それどころ
ではない。
「いえ……電気のスイッチと別に…………なんかあるなと思って」
スイッチ類の隣になにも印の無いボタンがある。見たところ火災報知器やらのものには見えない。ちょっとなんか、不思議な力を感じるような気がする。
「えいっ!」
ぴっ、と人差し指がボタンを押した。
コトもクルフィも見ていただけなので、キャノが押したようだ。
二人が同時に慌てた。
「えぇ。聞いてから押しましょうよ!」
「そうだぞ、もし変な術とか仕掛けられていた、ら」
瞬間、景色が柔らかく歪む。
『彼』はわけもわからないまま呆然としている。この感じ────と『彼女』は思った。もう一人の彼女は楽しそうだ。部屋に光が溢れ、全身が光に包まれていく。
誰かが悲鳴をあげた。
目が覚めたとき、彼らはピラミッドの前に居た。
「……えぇ」
でもエジプトとかでは無さそう。
景色はピラミッドがある風景だが、気候は日本の込神町辺りそのものだし、奥の方には九類浜町のような穏やかな海、海の家、立ち並ぶ釣具店が見える。
コトは考えた。
「なんかわかりませんが、どうやら誰かの幻の中にいるみたいです……」
クルフィは現実と幻の区別がつかないの苦手だわとちょっと嫌そうにした。トラウマになっているらしい。
キャノははしゃいでいる。
「でも、なにこれ、すごーい! ピラミッド越しに向こうに込神川が見えるよ!!」
「避けろ!」
クルフィが言うが速いかキャノも慌て飛び退き、コトはえっ、と周りを見渡した。
空から大量の土が被さってくるのに気が付くと慌てて結界を張ろうとしたがそのまま押し潰されるように埋まる。
「大丈夫!?」
キャノやクルフィが叫んだ。
コトはどうにか呼吸ができる程度の結界を張るだけ出来たのでひとまずは生きている。
だが目の前は真っ暗だ。
現状はこう。
「……土の中に閉じ込められた」
幻とはいえ、なぜに?
これからどうしよう。道もわからないし、そもそも土の中。
もぐらではないので、うまく土をどかすのは大変で身動き出来ないため、辺りを確認する余裕もない。
「おれが死んだら、こんな風に暗いところで過ごすのかな……」
何か出来ないかとそれでもどうにか体を動かす。幸いにも結界があるため、多少の身動きは利くようになっている。
意識を集中して氷を……と思うが、氷
はすぐに精製されなかった。
体が拒否している。
(──土全体が水分を含んでいます)
知らない誰かの声が、彼に説明した、ような気がした。
「そうだったな……」
それじゃ自殺行為だ。落ち込みそう。だけどそういえば、上空から声だけは届くなと思い返した。
「あの、此処はどこですか?」
「どうやらピラミッドの中らしい! ピラミッドに閉じ込められている」
声が返ってきて少し安心した。
あのピラミッド……?
中身は普通に土の地面なのか。
「あのー、中に入れますか? おれには今、自分がどうなってるかわからなくて」
「お前の運が良すぎることにムカついた」
────え?
「入り口もふさいでやった」
近くから嘲笑うような高い声がして、
驚いて見渡す。
「………………?」
なにかが、今……
「幻とはいえ、ピラミッドなんて普通は入れないんだよ。どうしていきなりお前たちはそんなもんが出せるんだ」
知らない声。知らない何か。
「何の──話が……」
土の中だというのにその声は、ボソボソと話しかけてくる。
「もしかして──俺だけ地中に埋めたのは貴方ですか?」
「そうだよ。もういい、もう怒った、運が良いやつが俺より前に出るならこっちにも手段がある」
──何が、怒ったのだろう?
そう思っている間に、横にある土ががさっと掘られる。
体勢が不安定になり、斜めになった体が慣性にしたがって急降下していく。
つまり、更に地下に向かうらしい。
少しだけ結界越しに空気に触れた。まだ数分とはいえ地上を思い起こすようでなんだかうれしい。
うれしいと言おうとしたが、次第に土に埋まっているあらゆるゴミが目につくようになってくるにつれ気分は下がった。
右膝に何かチクチクしたものが当たるなと見ると針金がむき出しになったハンガーが足に刺さろうとしている。
少しズボンに穴が空いたような……それよりも……傷口からぬるぬるした液体が滴っていた。
土が染み渡る。痛い。
痛すぎて逆に真顔になるしかない。
「お前、土に埋められたのに、全く平然としてるな! 悲しい顔には見えない。腹が立つからあとで不発弾が埋まっている場所に連れていく」
「はぁ……」
地上に連れてって欲しいんですけどね……
うわ、痛い!というリアクションが出来なくてちょっと悔やむ。
二人は、無事なんだろうか。
とりあえず上空に叫んでみた。
「何か、運の良さに腹が立つから埋められたみたいですー!」
返事はない。
右足がじくじく痛む。血が流れるたびに、土が入って固まるので、土の塊を足につけているみたいになってきた。訳がわからない。
何が悲しくてこんな謎の怪我を負っているのだ。
そこで改めて知ったことだが、結界を足まで張るのは難しい。
なぜならそれにより動きが制限されるからだ。つまり歩く為にはある程度は……
「いや、とにかく、痛いな──」
どさ、と地面に叩きつけられて咳き込む。どうにか腹部への影響を最小限にしようと試みたのだが、それでも体を強く殴打されるのは痛かった。
「埋められただけでも死ぬはずなのに運が良いやつ」
頭上から声がかかる。目の前に居るのは頭にランタンを吊り下げた不思議な小人だった。
とんがり帽子を被り、ワインのコルクのような耳栓?を両耳につけている。
目がどこにあるのかわからない。
よだれかけのようなスカーフのようなものが首に巻かれており、長い髭が生えていた。
「──えーっと」
何か、会話しようにもうまく情報を処理出来ない。ぼーっとしていると向こうから声がかかった。
「よう! 外から来て疲れてるのか?」
「あなたがやったのでは」
「うーん、しかしながら見たところ俺より格下、俺より生きる価値を感じない面なんだよなぁ……
全然感じられない。なんで運が良いんだ? だから、まあ、そういう仕方ない出来心。許してやってくれよ」
「とりあえずどこから地上に出られますかね?」
はぁああ!?
と小人が大袈裟に叫ぶ。
「地上!? 入り口をふさいだって言っただろ? ここから爆弾と一緒に打ち上げてやるからまあ待てって」
それ死ぬやつ! コトの背中は足の痛みと疲れで、変な汗をかきはじめた。
「さっきも言った通り、お前が俺より良い人生を歩むほどの価値を感じないんだよなぁ。どうして地上なんかに居るのだろう?」
「あなたの価値が、俺に関係あ──」
「ないよ?」
小人はクスクス笑いながら持っているスコップを振り回す。
「だが、俺より良い生活をする価値は俺には無いように判断した」
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「はぁ……」
なんだか、こんなのばっかりだな、と思うけれどこれもまた運命なのかもしれない。
「その、生きてて、ごめんなさい」
どうして良いのかはわからないが、目の前に居ることで傷つけたということだけは分かった。それだけはまず謝っておかなくてはならないだろう。
「俺にも、よくわかんないけど……でも、悪気はなかったんだ。ピラミッドだって勝手に出てくるし。でも、運って見方次第だと思うよ」
小人は背を向ける。許してはもらえないらしい。
「俺にはお前に価値が無い。悪気があろうとなかろうと俺の前でそういうことをしたらコネと同じなんだ、わかるか。お前が少しでも恵まれればそれはコネなんだよ」
「はぁ……すみません」
「まったく、コネを使いやがって」
頭上を見上げる。まだまだ高い。風も……届かなさそうだ。
たぶん、氷とかを打ち込むにもまず風を操ることが基本なんだろうな。
ライフリングがないから自分でねじれを作らないといけない。
それから重量と用途に合わせた抽出方法を――あの一瞬で編み出すのか。
改めて少女が何気なくやっていることが凄いと思った。漫画やゲームの中とは違う。自由に扱えるということは、それだけ頭を使わなくてはならない。
物質に極力頼らないことの難しさも改めて考える必要がありそうだった。
(……打ち上げる、か)
例えば、ここから何か打ち上げるとしたら、氷が、どこまで届くんだろう。
氷じゃなくても良いけれど……単純な力学じゃない。
そこに、自らの意思で別の指示が加わる。
例えば彼女たちなら、こういうときにどうするのだろう。
そういえば夢か何かでは自在に操っていたような気がしたのだが、あれは願望が作り出したんだろうか? 冷静になって考えてみるとさっぱりわからない。
「何が見方次第だ!」
小人はやけに外から来た人間が気に入らないようだった。
っていうかいろいろとわからない。
「あの、あなたはピラミッドの中に住んでいるんですか? 仲間とか――」
「運がいいやつにはそんなことも分からないのか。
俺は掘っていただけだ。このあたりには『架空通貨』があちこちに埋まっている」
「通貨……? 円じゃなくて?」
小人は威張れることを見つけたことに喜んだのか、ふふん、と鼻をならした。
「魔力の欠片なんかもごみや化石に僅かに混ざっていることがある。共通の価値が集まれば、それが通貨としてやり取りされる。それを人間に売り渡すことも出来る」
「1リルが100円、とか」
「なんだその単位。だがそうだな! 買う人が集まるほどその1リルとかの価値も100円、200円と上がっていく」
それを、掘って居たと……
「ピラミッドの下なんてそうそう掘りにいけるものじゃない! 運がいいお前を此処についでに埋めて、俺が此処から宝を探して地上を乗っ取る」
「俺埋まる意味あるのかな?」
「ないよ」
「ですよね」
なんか此処にずっと居るとそのまま眠ってしまいそう。
改めて知ることだが、どうも土の中は、不思議とそういった危うい感覚を呼び起こすらしい。きっと深海でもそうなのだろう。いざとなると恐ろしいのに、こうやって結界越しだとかで安全に見る分にはまるで胎児のように安らかに眠れそう
な感覚になってしまいそうだ。はたからみると埋葬であるけれど。コトには昔から少しそういったものに引きずられそうになりやすい自覚があった。
――このまま世界の一部になってしまいそう、という危うい誘惑。
それを思い出すとなんだかどきどきして、少し気になって、それから我に返る。
なぜそんなことに惹かれるのかは自分でもわからない。
手に握り締めた針金むき出しのハンガーを持ってきてしまったのもその為だ。これをときどき見つめていたら、現代人の文化的な生活のある地上のことを忘れずに居られる気がした。ちょっと血がついてしまったけれど。
小人が再び探索を始める。闇のなかではあるけれど、ランタンが先を照らしているのが微かな救いのようだった。
「あのー」
……しかし、進みが速い速い。
掘り進めながらもどんどん先に行ってしまう。
放って置かれたコトは一応声をかけてみる。
「あのー」
ややあってから返事が返ってくる。
「お前はそこで埋まっていろ! 知らん、勝手に脱出すれば」
不機嫌そうに言い残してさっさと遠いところに向かっていってしまった。
お宝を見つけるらしい。
「……はぁ」
あたりが急に暗くなる。
孤独。孤独だ。暗闇。溶けてしまいそう。このまま、もう少し、随分下まで行くとマグマとかの一部になっていく自分をイメージしてしまいそうだ。
というかこのままこうしていると本当に、眠ってしまいそうだから困る。
幸いにも今のところは空腹でもないし、その他の体調の異変もない。
ないけれど、けれど、だめだ、ぼーっとする。
とにかく此処で埋まっていてはいけない。
地上に出なくてはと強く思わなくては……!
思い出したように右足の傷が痛みだす。こんなとき、俺がロボットだったら良かったのに。ハンガーとともにこぶしを握り締めて、傷の痛みを直接感じながら、
遠くの上空を見上げる。空も飛べない。魔法だって、きちんと使わなければ意味がない。『あの男』の放火のとき、二人が話していた理性的だとか安定した炎だとかが難しい理由がようやく実感としてわかった。
術者はそもそも、炎の前に他の指示の下準備をそもそも行っている。
ただ炎や氷を出すだけではまっすぐ相手に届きもしないのだ。
(けれどこんな閉ざされた土の中で出来ることなんて……)
外に出たい? 誰かが意識の中で問いかける。
「そりゃ外に出たいさ」
ぐっ、とどこかに手の中のものが引かれる感覚があった。
持っているハンガーの針金が風も無いのに回転しているらしい。
「………」
少し進むと、動いたり、止まったり、小さく揺れたり、回転したりする。
(これが、魔法……)
よくわからないけど、ハンガーがこのまま大きく回転しそうなところを探して歩き出す。まっすぐ歩くことは出来るけど、かといって、すぐに地上に出られはしないみたいだ。
202012100156
どのくらいたったのか、傷の痛みは相変わらず引かないが、ほかの感覚は麻痺し始めていた頃。ろくに灯りがなくなって方向すらよくわからなくなっていたが、だんだん足元の土が湿り気を帯びていることに気がつく。
それに少し、暖かい。ちょっとした洞窟のようになっている箇所から小さな池ほどの水溜まりを見つけ、そっとしゃがみこんでそれに触れる。
「暖かい……」
ピラミッドが何故こうなっているかさっぱりわからないが、しゃがみこんだ体勢で水の様子を見た限りでは特に汚染さとか異臭や刺激になる様子はなさそうだったのでそっと掬い傷口にかけて洗った。
土に混じって固まっている血が剥がれ落ちてもともとの切れた傷口がはっきりする。
「あ……凍ってない」
すぐに口をいて出た言葉。触れると何かと凍ってしまう為に最近では水に触れることすら恐がっていたが、今は、凍っていない。
(この、凍っていないのと、すぐに凍ってしまう水の違いはなんだ?)
「今は――水を受け入れようとした。傷口を洗おうとした、朝だって顔を洗おうとしたけど、それとは違う……」
(運のよさが見方しだいだったように、俺は水を憎まないように出来ていただろうか? 憎まない相手と、意識を意識的に同調させられていただろうか)
魔法が使えること、生まれつきこうだったことを、心のどこかで「運がいいから」「コネだ」と思っていなかったか?
自分の責任から逃げて、自分から切り離して批難したいがために……
運だけで誰でも魔法が使用できてしまうなら何のために、過去にも今にも多くの命が犠牲になった?誰にでも出来てしまうなら、誰でも狩られて迫害されてしまうということになる。
(これは運じゃない。そんなものじゃない。そんな風に思うのは彼女たちへの侮辱だ)
源泉。
水道から流れてくる物質を、普段の生活では水単体としてしか見ていなかった。けれど、水というものに従う要素はこんなにある。
こんな風に湧き出し、流れ、巡り続ける、そしてその集約された頂点が使役する水なのだ。
「俺は人間だ」
人間の中に巡る水をイメージする。
「俺は人間だ」
巡っているそれはときに血液のように溢れ、流れていくけれど、それも含めて、この体だからこそ使役できるものが少し分かった気がした。
「俺は人間だ、火を噴くとか、水が出るとか、コンロや蛇口じゃない」
人間の中に巡る水をイメージする。
力を使え。
詰め替え式の弾じゃない。
気流を、要素を、質量を、流れを、循環を、自分で指定するんだ。
単なる呪文の言葉以上の意味がこの体のほうにあったんだ。
呼吸を整えて、そっと水を触る。暖かい。
それから、意識を持って、手を高く上げた。
さぁ――――
「あがれえええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!!」
202012111544
土の中を切り裂くように濁流が押し寄せる。
腕が疲れても、ひたすら上を目指して、指定し続けた。
溢れる水が高く、高く、地上を目指して土を押し込めていく。
一瞬血液が沸騰するような、痛いような暑いような鋭い感覚が腕に広がった。
『この地下』には、制限されるものはないらしい。
まだ痛みが返ってきてはいない。
自分の一部になったかのように、水はどんどん上へ、上へ、上がって、溢れていく。今、この力を阻害するものは何もない。
その怒涛の勢いを、その真っ直ぐに伸びていく力強さを、『美しい』と思った。
(きれいだ……まるで神話の竜みたい)
「おっつかれー!」
上から明るい声が掛かったのは、コトはある程度の力を消費したため一旦休もうと思っていたそのときだった。
空がぽっかりと開け、頭上にはきれいな青空が見える。
あの竜が翔けていった空。
広く、大きく、美しい蒼さと、雲がちぎれて飛んでいく様子をぼんやり見つめたまま、コトは改めて呟いた。
自分がやったことの大きさ、力を使ったという疲弊感。
何よりも、あそこから抜け出すということを成し遂げた。
術を使うのは、誰にでも出来ることじゃない。
恐らく水の流れと同じだけの運動量か、その重さ、エネルギーに対する運動量に近いものが、痛みや何らかの形でコトの体の負担となり返ってくる。
銃身と、人体の違い。
(ライフリング、か)
個性、生命の、その人だけの為の歪み。刻まれた溝が、誰にでも、その人だけのためにある。
「キャノさん、どうしてここに」
「ここで最初から待ってたんだよ。ごめんね、音波で大体の居場所はすぐわかったんだけどさ、何を使って地面を掘るかとかで揉めちゃって」
「そうなんですか……」
腕が疲れて、微妙に微笑むだけで精一杯だ。
「リルは岩石をその土ん中落とそうとか言うし! 直撃したら死ぬでしょ!」
きょろきょろ、とコトは彼女を探す。
「『カノン・キャノン』も似たようなもんだろうが! 衝撃波であらゆるものが粉じゃねーか!」
リルと呼ばれた彼女は、勢いよく言い返してから、目の前に居る少年に気がついた。
「お。帰ってきたのか」
「た、ただいま……です」
カノン・キャノンって何!? とかいろいろ聞きたくなったが、とにかく今は帰って眠りたい、と思う。
「良かった、戻らなかったらさすがに寝覚めが悪いからな。転送魔法を使う手もあるんだが、そのためには正確な深さが無いといけないんで、あと、この辺昔不発弾埋まってたらしいし」
「え?」
コトは急に青ざめた。
あのハンガーによるダウジング?のおかげで多分助かったのだろうが、もし、何か間違えていたら……
「恐かったか?」
「あぁー、その……えっと、やばいなと思ったんですけど」
「そうか、やっぱりお前、凄いやつだな」
──
膨大な魔力を持つ彼女にそう言われると、なんだか照れるというか複雑な気持ちだなと思ったが、まぁ、悪い気はしない。
「初めて……怖いのに、凍らなかったんです、水が、俺の意思で」
「そう。今日の感覚は覚えておけよ。不運だったが荒療治にはなったかな」
彼女は何か納得したように頬笑む。
「あの……」
「水と氷魔法を別々に捉える学者もいるが、基本的には同じ系統だ。恐れが先に出ていて、水魔法特有の柔らかく流れるイメージが持てなかったんだろう」
「…………わかっていたんですか、俺が、水を凍らせる理由」
「まぁ、大体はな。こう見えても何年も魔法を使っているし。それに」
彼女は言葉を詰まらせた。何か考えたまま、何も言わない。いや、言おうとしているのか。
「それに?」
「いや──ちょっと、昔のことを、思い出して……」
「昔の──」
「アイスの場合は、水由来ではなく物質干渉によるものだったんだが──いや、今しても混乱するか」
「えっと……」
「力は、扱うものであっても、力自体が自分になるわけじゃない、術書にないことが頻繁に起きる、それだけは……忘れないでほしい」
2021/5/413:15
(土とピラミッドから。:構想自体は2019/09/21/1612より前です)




