表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【音闇クルフィ】  作者: たくひあい
番外編1
18/241

バニラ


 誰かが歌っている。

 石の敷き詰められた道が、まだ舗装されていない道に代わっていく、境目から。

 店が連なるあの一角から。


心の奥をつんと突き刺すような、明るくて、悲しい、子どもの声。

 


――馬車が来るぞ 道を 開けて跪け


ほんのひとときさ ご機嫌如何?




「ほんのひとときって、なぁに? おかあさん」


おかあさんの、嫌そうなかお。


――さぁ、店を開けて 支度を始めるよ。



「え? なぁに、よく、聞こえない」



――……よね? 



「え――なぁに、もう一度言って」


(馬車の歌 https://nico.ms/sm39913828?ref=twitter #sm39913828 #より)

  



21:56 2019/10/14



なにか懐かしい夢を見た気がする。


 クルフィと呼ばれる少女は、ベッドでぼんやりと目を覚ますと、蛇口を捻って水を飲んだ。

口をぬぐい、息を吐き出す。

「……もう、夕方か」

窓から差し込んでいる光は淡くて、でも、強いので、眩しい。


カーテンを開けっぱなしだったせいで、光が枕元まで届いている。


「ばあちゃん」


彼女の祖母が亡くなったのは、ずいぶん前だ。

いつも厳しくしつけられたものだが、全然身に付いていない。

けれど彼女は見棄てないでくれていた。

たまには墓に参ろうか、考えながらも、唯一の親友に電話をかける。


「あ、リル! どうしたの」

すぐに、きゃっきゃっと、楽しそうな声が通話口から聞こえてきた。


「いや、なんか声が聞きたくてさ」








………


Episode:?_1



『筋肉って呼ばないで!』



――『女』は羽ペンを握ったまま苦悩していた。


 魔女というと、トンガリ帽子に黒いマント……それから箒という感じだろうか。


現代だと田舎者感を演出されている感じなので、私にしてみれば嫌なのものだった。


魔法少女というビジネス魔女も存在するみたいだけど、ただ、私とは一緒にされたくないのだ。

 故郷まで追われ苦労している私たちと、あの、日本の魔法少女は別物なのだから。


ファッションとして、ある種のリスペクトもなく売り出すようなものが、財を築いているような気さえもしていた。


――こんな文化で大丈夫か。


魔女たちの未来はあるのだろうか。一抹の不安を覚えながらもリミッターの吐き出す数字を辿る。

『0…019071219…090…7770……468…1……』


この数字は魔法の波の計測値。波線グラフとなり手元にあるロール状の紙に記されていて、それを女はまた別の紙へメモしていた。


「仕事、やんなっちゃう」

ハァ、とため息を吐く。思えばずいぶんと、外出出来ていない。



テレビに映るのは、子ども向けの魔法少女の番組。白銀の髪をしたアイドルの子が出ている。



「どうせ、枕で役をつかんだんでしょ?」



 彼女は蝶を愛していたし、かつては自らも夜の蝶だった。

その職業の頃の癖が抜けないのかもしれない。

女を見ると、みんな枕営業に見えるというのが抜けない癖なのだった。


「えーっと……どこまで写したかしら……」



 近年はコンピュータにまだまだ課題の残る欠陥があることから、アナログも再びもてはやされ始めていた。

 彼女は、計測されたそれを写して改めてある場所……つまり勤め先の会社へと提出する、といった仕事をしている。


「……ふー、終わるかなぁ」

辺りは真っ暗で、時計を見るととっくに日付が変わっている。

 仕事がなかなか片付かずに缶詰状態だった。

付けっ放しているテレビの中では、シルフィード だかなんだかって魔女が、遣い魔のフェネックと共に戦っている。


「こんな可愛い顔で、実はすごくやり手だったりしてね!」


 女は下世話な妄想をするのが好きで、とにかく大好きだった。


 ……呑気に筆を動かしながら鼻唄を歌いはじめたときだ。


突然ビルのガラスが砕け残業のプリントもろとも、机を吹っ飛ばした。




「え、な、なに!? バニラちゃん困っちゃうんだけど……」


 バニラちゃんは困っちゃっていた。

彼女はこの可愛らしい名前を気に入っているが、東洋風の顔立ちだとかもろもろがバニラっぽくないんじゃないかと気にしても居たりした。

 まあ安い月給ではあるが、大事な職場だったのに。

シルフィードがせめて来たんだろうか?

頭の中が疑問符でいっぱいになる。

享年35歳 バニラ とか書かれるの?

ニュースでうちの会社話題になるの?


えっ、ちょ、ま、SNS。

 SNSが重く、開くのを待ちながらもとりあえず、今来てない同僚に電話しようかと携帯の電話帳を呼び出す。

 仲間が居ないと愚痴すら言えない。

この重大なバニラ・ニュースを誰かに言いたい。バニラちゃんの解決手段は誰かに愚痴ることだけなのだ。

しかし、時間は深夜なので誰も出てくれない……

「使えないわね!」


ガラスは割れるわ、外から風が吹いてくるわで、彼女は自分の居る五階を呪った。一旦携帯をケースに戻して鞄に詰める。

「エレベーターは作動するかしら……バニラちゃん、もうちょい長生きしてぇ、おいちーもの食べてぇ……ぶりゃんどバッグをですねぇ!!!」


パニクって謎のテンションになる深夜。


「ぜーたくしたぁい! いやぁあん」


 割れたガラスの向こうには、眠りそうな町並みと星ひとつない真っ暗な空があった。











――すたっ、と何かがフロアに降り立つ気配がした。

思わずそちらを見たら、同僚じゃなくて……でも《知っている》子だった。

え、嘘、この子どっから来たの?


「あたしの名前は、永海(ながみ)・マオ・シルフィードッ!」

 すらっとした容姿にふわふわした背中まである白銀の髪に……

ぱっちりした目元。

紛れもない魔法少女が、目の前に居た。


「此処は危ないわ。早く逃げて!」


永海(ながみ)……サン、あなた本当に」


本当に存在したの!?


「早くっ! 敵が来てしまうわよ」


ガラスが割れた方を一瞥しながら永海・なんとかシルフィードが強い口調で言った。


「そんなことより、イケメン男優紹介してよ!」


「あ? なんだこのアマ。逃げろつったんだよ。今の台詞のどこにイケメンだなんのの羅列が登場した?」


ん……?


「もう! あたしが吹き飛ばしちゃうよっ!!」


錯覚かな?

永海さんは何か宝石がついた可愛らしいステッキを持った手を、私に向けて拗ねた顔になる。


「わ、わかった、逃げる、逃げるから……!」


慌てて鞄を肩にかけなおして永海さんのいうことに頷く私。


 なんてこったい!

今日はなんかそういう撮影だったのを私だけ聞いてなかったんだろうか。

「あんたもね、避妊はしなさいよ!!」


 なんか妬ましい。可愛いし、悠々と降りたってるし。若いし。

捨て台詞を叫んでドアノブを掴むと廊下に駆け出した。

 永海は、ふー、と息を吐き出してステッキを口元に当てた。


「まったく……」


 彼女が魔法少女辞めたいと思ってしまうのは、『こういう』ときだ。


「おばさんって考えることが、みんなああなのかしら?」


全世界のおばさんがアレだったらと考えたら、なんだか世も末だったけれど、考えてみたら、クラスに一人はいた、ウワサや恋の話題が大好きなマセた子どもがそのまま大人になっただけ。


そうそう、もとから図太いだけなのよ。

クラスでもあの手の子は、陰口を叩かれていたし。


なんだか動揺する永海。ため息を吐く。


「あたし、あーいうのには、なりたくない」


 着ていたスカートのポケットから携帯電話を取り出すと、その向こうに連絡する。


「ターゲットが下に向かったわよ……」






「りょーかい」


 やれやれ、というように落ち着いた女性の声がした。


「お前、あのノリでよくやってられんな……私なんか1分も持たないぞ」


「リルはそれでいいよー! むしろそこが良いん」


ブチ、と通話が切られる。

「んもう!!」


魔法少女、永海(ながみ)はむきー! としばらく怒ってみた、が……すぐに、むなしいのでやめた。

彼女の職業は、小さい頃は魔法少女であり今は主にアイドル、それから――――


すぐに電話がかかってきた。


「おいナガミなにしてんだよ! あの女の力の暴発、早いところ止めないと」


「もう!! ナガミは役だけで充分なの!」




 永海(ながみ)シルフィードは、単なる役であって、魔法少女としての仮の姿。

 彼女は本物の魔女の家系の子なのだから。

現在は人間が取り込んでしまった魔力を回収する仕事をしている。


「行きます、わかってるわよーっ!」


リルというのは彼女の同僚であり、ある土地の魔女だった。

 えーっと、と頭の中で、昼間に読んだ資料を思い出す。


竹馬 ばにら。

中卒の元キャバ嬢、枕営業で稼いでいた。女嫌いが激しい。

愛情に飢えており、ちやほやされるのが好きだがそういう人を目の当たりにすると嫉妬深く、様々なトラブルに――――


「プロフィールから激しくどうでもいい……」


「私この手の娘、どーもだめなのよ……」


うなだれながらぶつぶつ言う彼女の名はカノン・アールグレイ=メアリー(以下略)。キャノと呼ばれている。


好きなタイプは、さきほど登場したリルのような、さっぱりした人の様子。(これもどうでも良いが)なので『ああいう』人とは素では気が合わないのが彼女のようだった。


「なんか腹立ってきたなもうー!」



……。

ちら、と先ほどバニラが破壊したビルの窓を見上げる。

バニラが、此処を壊す前に見ていたのは、彼女が主演していた魔法少女ものの番組。


「まあ、派手にやっちゃって……

私の役がそんなに気にいらないわけ!?」





 通常は魔力がない人間は魔法を持たない。

 だが、人間でも、強いストレスや憎悪があれば魔力に準じるような『呪い』を得る場合があった。



「直前に私の映像を見て発動って!」

と、いうのが永海……いやキャノの、バニラちゃんへの気にくわなさのひとつである。


 『それ』は大抵が無意識に行われるし、依代がろくなものじゃなかったり、不完全な形で発動している場合が主なので、こうして、ただの災害みたいになってしまう。

しかもそれまで現存する魔女たちのせいにされる始末。


 世間の異端差別は根強く、


今の異能力者たちは肩身を狭くして暮らしている。

かつては魔女狩りも起きたほどで、下手に逆らうと立場が危ういのだ。

そのため『彼女ら』は、秘密裏に

この《異常災害》のとばっちり回避のために動いている。わけなのだけど……


「あーぁっ、なんかむしゃくしゃする……」


































☆☆

 

 深夜。進むわけでもない課題に疲れてシャープペンシルを投げ出した。

 まぁいい、明日学校があるだとかいう訳ではないんだし。


 そろそろ寝ようかとベッドに腰掛けてみたが、何も辺りに無いはずなのに見えない視線を感じるような居心地の悪さで眠れそうに無かった。

LEDライトがぎょろりと部屋を見下ろす目玉のように見える。


「…………」


 盗撮をされるわけでもないはずなのに、なぜかこの部屋で服を着替えるのを躊躇ってしまった。部屋で着替えられずに、なにが家なのかという感じだけれどなんとなく気分が重たい。


「はぁ……」

最近は考える事が増えた。増え過ぎてしまった気もするし、もとからそんなものだった気もする。

眠れない。少し困ってしまった。

明日も困っているだろう。

いろいろと脳裏を過ぎる。

自分の体質のこと。

 

中途半端に関わったあの人たち。

世界の裏側に近い場所。

人間と、人間同士の争いと、それ以外の彼女らの対立。

裏にも表にもいない。どちらにも居る存在。

一言であらわすならこれからの未来。

将来のこと。

 自分自身の変化と、折り合いを付けねばならない。



  少年が課題をしているのは成績のためと言うよりは、人間としての習慣を自分の中に残しておくためだった。

そう、人間。


「俺は、人間……」


人間。

黙って部屋を出て、風呂場に向かうと洗面器に水を入れる。そっと手を入れる。

パキパキ、と小さな音がし始めて、慌てて手を離す。水の温度が急速に変化して冷たくなっていた。


「……はぁ……」

 

あの日から、変わってしまった。


「こんなんで、社会に、出れるのか」


 家族や友人には言うわけが無い。

こんな重大なプライベートを絶対に知られたくは無かった。

たとえ、差別されないとしてもだ。

同列にはなりえないのだから。

これは銃器のようなものだ。

二度と、これまでの仲間と関わるわけに行かなかった。以前「彼女」の言った、魔力の制限に少しありがたみもあるというのはこういうことなのかもしれない。

けれど、別の彼女の言った、あんな痛い思いをしてまで、生きなくてはならないのも真実だ。


「困ったなぁ」


これからどうしようかなぁと、眠れるわけでもなく暇をもてあます。

問いの答えはわかる。

出られない。

はっきりしていた。


少なくとも普通の企業に存在するほうがもはや彼にとってはハードルが高かった。

「なるようになんのかなー」

風呂場に洗面器を戻し、部屋から小さな小銭入れを持って来るとパーカーを羽織った。


見た目はどこにでも居るこどもだ。

だけど、だからこそ、行き場も無いのだった。

 外に出る。さすがに寒い。

コートにすれば良かっただろうか。 

 力だけあるなら、どこかで使いたい。

というのは誰しも抱くだろう正直な感情である。たとえそれが上手く的を狙えなくても、疲弊してみたかった。


焼肉屋とかあの辺りなら、規制がゆるかったはず……



202003081727



1820




 目的地を決めて歩き出すとなんだかわくわくした。

特に代わり映えのない街の風景がロマンチックに見えるかもしれなかった。

スイッチを押して信号を待ち、横断歩道に向かう。歩き慣れた道なのになんだか知らない街みたいだった。


軽く疲れるだけでも良い。

何で発散出来る?少しでも、楽になるだろう。

あとで身体に返って来る痛みも怖いとは思わない。

車の群れを抜けて、歩いている人の目を避けて……夜中でも賑やかな店がある方を向く。


 何か壊すって訳じゃない。

ちょっと試すだけだ。

だって『加減』を知らないと、俺は『どちらにも』存在できない。こんな街で、取り残されて

……

普通の存在で居られないなら、異常で居るしかない。

異常なものを持って、普通と言われても、それも、傷がうずくだけだ。

肩を並べる度に、殺意に変わるだろう。

だから。



「…………水」


 水、水、いや、水じゃなくてもいい。

辺りを探す。

緑を守ろう! のポスターが何を思ってか壁やガードレールのあちこちに貼られている。

いや、そんなことはいい。

水、水……


「…………」


ポケットのケースから小銭を取り出して、手のひらに載せる。

 近くにあった自販機に向かうと、適当に炭酸を購入した。

飲み物としての少しずしっとした重みが、手のひらに伝わる。


「これを振って………と、その前に、人気のないところを探さなきゃな」


例えばビルの裏側とか――


「そんなもん振ってどうするんだ?」


どこかから女性の声。


びくっとして、缶を落としそうになった。


「っ! いつから!」



「家出たとこから」


横の道路を通りぬける車の風に長い髪を揺らして、少女が真っ直ぐに彼を見つめていた。


「迎えに来たぜ」





☆☆




「みなさん、こんな夜中に、大変ですね」

「あぁ、寝てた、マジで寝てた」

少年がじっと彼女を見ていると。「ん?」と

不思議そうな反応をされた。なんだか気恥ずかしくて慌てる。

「あぁ、えっと……その」

缶を手にしたまま、言うか迷う。結局俯いたままか細い声で呟いた。

「俺、この力のこと、まだ、よくわかんなくて……少し、水を触っただけでも凍ったりそうでなかったり……だから、家に居ても、その……客観的になれないっていうか」

「ほう」

「……この缶、開けるんで少し離れてください」

彼女は黙って脇に下がった。缶を開ける。勢いよく泡が溢れて宙を舞う。

次の瞬間には僅かな風に混じってギザギザとした形の氷の破片が降り注いですぐに止んだ。

……うーん。


「思ったよりしょぼいな」


彼女はあははははと軽快に笑う。


「そりゃそうだろうよ。そういうのは、こう、するんだ」


彼女は近付いてくると、缶を指の動きだけで宙に浮かせる。それからすぐに逆さにし、零れてくる中身を弾丸のような形に変えた。

それらが一気にこちらに飛んできたので

「うわっ」

と短い悲鳴をあげながら即座に腕を伸ばした。4つのうちの3つは凍りついたと同時に液体に変化し、地面を伝っていったがひとつだけは彼の頬を掠める。

「いた……」


「あ、わりぃ」


「いえ。ありがとうございます」


「どういたしまして。



さて、用も済んだし本題だ」


涼しい顔をして、彼女は言った。





20200310034




20200310057


(本題って……俺の、用が分かっているのだろうか)


 なんとなく考えたが彼女は特に気にした風でもなさそうで、本題、を語りだした。

最近そこらじゅうに貼られている、緑を守ろう!とかのポスターのひとつを指差して彼女は言う。


「緑化推進委員会って知ってるか?」

「はぁ。緑や自然を守るための会ですよね」

「………表向きはな」

「?」

彼女に連絡が来たとき、彼は携帯の電源を切っていたのだが、とにかく連絡によると……

「まぁいまはいいや。そこと、環境系の会社、大きく言うと、制限装置の管理も含むわけだが……

最近、その制限装置の会社に出入りするようになった女から不自然な数値が出ているらしい」


業務内容。

力の、回収。

なんだか動悸がしてきた。

以前のことを思い出してしまったからだ。

だけど、ここで帰りたくは無い。

関わると決めたのだから。


「今日は、そいつが一人で残業になるらしいから、ビルを出るところを……つかまえりゃいいのかな?」


「俺に聞かれても」


「ったく、制限だけ設けても、仕方ないのにな」


「だからこうして、頑張っているじゃないですか」


「…………まぁ、そうだが、こうやって、漂う力は結局、いくらかの強い術者が吸収してれば他の人間にも害はなかったと思うのさ。穿った見方をすれば人間にもあつかえるようにすべく、弄繰り回した結果かもしれない」


「戦力を、持たせたくなかったんでしょう」


歩きながら、そのビルとやらを目指す。

今度はちゃんとした地図を持たされていたようで、この前のよくわからないものとは段違いに行き先がわかった。


「戦うって前提だな」


「かもしれませんね」


彼女が言いたいのは、そんな事ではないというのは分かっている。けれど、他の誰かにこの業務がこなせるわけでもないだろう。

だから返せる言葉がない。


「お前も他人事じゃないぞ。分かり合うとかそういう綺麗ごとは、結局無いも同然で、厄介者だ。これから先はずっとな」


「……そう、ですね」


こんな風に、こんな会話をしている今が、なんだかとても悲しく、重く、でも、それだけではない怒りのような、変な感じだ。

これから先ずっと、この力と向き合わなくてはならない。誰に渡す事も出来ない。誰に運ぶ事も許さない。誰も、俺ではない。


 分かり合おうとするから争い、戦うのかもしれない。

表通りに出て、そろそろと歩く。地図によるとタワーのある方にまずは向かうようだ。


「あの。俺が何に悩んでいるか、って、わかりますか」


「大体はな。私もお前のような時期があった。

力が大きすぎるやつが誰でも一度は考えることだ」


今や落ち着いていることも多い彼女が言うので、なんだか驚くような気もしたがそういえばそうかもしれない。そういう片鱗なら、少し会っただけでもいくらか見えたはずだ。


「こんな人とビルばかりの街じゃ……まぁ戦えないわけでもないんだが、制御が難しいうちだと苦労するよな」


「…………ですね」


「もう分かって来ているだろうが身体が兵器みたいなものだ。使いかた次第では簡単に、人も、街も滅びる」


「…………ですね」


「大事な事だから言っておく」


ぎらりと、彼女の瞳が輝いた。

夜の薄暗い中でも、なぜかそれは美しく目に映る。


「他人に易々と自分を使わせるんじゃないぜ。意思を制御するのは、術者だ」



制御できない力は、暴走を生み、災害を起こし、街を、人を、壊し続けていく。

人々はそれに目を瞑って力を利用し続け、発展を遂げてきた。


「……だから。だから、あなたたちは、戦うんですか」


「さて、戦っているのかな。守っているのかもしれないな。

ひとつだけ確かなのは、大きな力なんてのは人間が持つとろくなことにならない」


 少女は苦く笑いながらも先を歩く。

なんだかどこか寂しげだった。

じゃり、と靴底が土を踏む音がした。

彼女の仲間。かつての魔女狩りで狩られた人たちの多くは、裏に流されたのだという。

そのあと、どうなったのかというと、多くが死んだり壊れてしまったとだけ聞いている。

他人に自分を使われて、それが、ただでさえあんな大きな力を生むのだから、それが力のないものの手にある以上は幸せな生きかたなど望めないだろう。


「人格を持つ武器。イキモノである武器。これが、どこまで非道なものか、あいつらは何もわかってないみたいでな。狩りがいつまでも終わらんのさ」


だとすれば。規制の目を誤魔化したほうがむしろ都合が良い人間も居るだろう。


「武器が、泣いても、血を流しても、

戦争を望まれ、引き金を引く。嫌と言うほど見て来たがありゃ、いいもんじゃないな。無感情な鉄の方がまだマシかもしれない。


まぁ感情的な鉄や鋼もあるかもしれないけど、少なくとも大声で喚かないからな」


 武器は、使う相手の所有物。

自分の意思に逆らった力を使わせられる彼女らは、とてつもない負担のなかで生きて、殺していたのだろう。


「何度でも、しつこいくらいにでも、自分に言い聞かせることだな。自分の力は自分のもの」


目を閉じて、ゆっくりと繰り返す。

自分の靴と、彼女の靴の音。

二人分の気配を感じる。


「俺の力は、俺のもの」


「そ。他の者が力を術者の意に関わらずに用いれば、その家の末代まで保証は出来ない」



「俺の力は、俺のもの」



「私の力は、私のものだ」


さっきまで寂しげだった彼女は、少し楽しそうに笑った。



「他の者が力に関わることは本当はとても危ない。

特に、私らを「呪い」だと表してるやつなんかが簡単に死ぬかな。

返ってくるものが、自分が利用したものだとも知らないで」


タワーが見えてくると、少年はきょろりと辺りを見渡した。相変わらず見張りがしげみだとかビルの陰だとか、道端の車だとかあちこちに居る。目立たないといっても自分にとっては目立ってしまう。

ときどきこの地下に集まるのだが、今日はそんな暇は無いのだった。なんだか少し寂しいような物足りないような。



「えーっと。ここから、右に曲がるようですね」

地図を思い出しながら確認する。




202003132200



「これはなんて読む?」


彼女はきょとんとして、少し先の自動車販売店と携帯ショップの辺りを指差した。そういえば、字を読むのは苦手なのだろうか? 


「ミッシェル……?」


店の名前なのか、人の名前なのか、どちらもかもしれないけど雑に書きなぐられていた。


「ミッシェル、ハワードさんの、お店、でしょうか?」


「私に聞くなっていうか誰だよ」


「さぁ」


 口数がほぼないような上司からはいつも特に説明が無い。たぶん今も地図を受け取っただけだろうと思った。

少年はふと、もう一人、を思い出した。


「あの、そういえば……キャノさんは居ないんですか?」


「あー、あいつは別行動だってさ」


「そうですか」


少し、物足りないのはそのせいだろうか。

静かだ。喧騒も人ごみもあるのにそう思った。


「なぁ、あの男が、異様に喋らないのってさ、なんでだと思う?」


「自分がわかっていることを、俺に聞いてどうするんですか」


「だよな」


「困ったものですね」


「困ったものだよな、さすがに、どんな作品よりも喋ってないなあいつ」


それでも、いつもどうにかなっているんだから、恐ろしいものだった。

(いつぞやも、俺が言われたのは「やれ」だけだ……)


なんだか落ち込みそうになる。

おっさんと以心伝心でもさほど嬉しくない。



 ミッシェルハワードは、ビルとビルの間の壁の落書きだった。駐車場に紫のスプレーで描かれている。


「誰なんだか」


「誰なんでしょうね。こういうところには、大抵、マイケルとか書いてるもんだけどな」


「どういうところなんだよ」


誰か分からない人が川辺で燃えていた火事を思い出す。今思うと、いや、やはり誰だったんだろう。あのときも、確か何か落書きみたいなものを見た気がする。

(なんだっけ……)

何か思い出しそうなのに、うまく出てこない。

「私も、最初にこっち来たときに落書きは映画で見たことあるぜ。確か、えっと『骨でもしゃぶるか?』だったか『ばあちゃんに卵のすいかたを教えてもらえ』だったか。卵って飲まないよな」


「どの道ろくなもんじゃないですね」


どうでもいい話をしながら、考える。

なんか、気が抜けてきた……


「緑化推進委員の、なんですっけ。まず、俺は何をさせられるんでしょう」


駐車場に居たって仕方ない。


「制限装置に関わる会社だ、うまく行けば楽しいこともあるかもな」


ぱりん、とすぐ目の前のビルのガラスが盛大に弾けた。


「お。割れた」


「割れましたね。バックドラフトってこんな感じでしょうか」


「あれ、歩行者居ない時間でよかったよなぁ。誰が掃除するんだ」


ボランティアじゃないですかね、それか地元の学生、と言おうとしている間に、彼女は携帯を耳に当てていた。業務連絡。


「ターゲットが降りてくるかもってさ。自分の力に驚いて」


真顔。携帯を折りたたんでポケットにしまいながら彼女は呟いた。


「そりゃ驚きますって、ガラス割れてるんですし」


「あはは、でもな。狙ってないんだから、本当なら喜ぶよりは怯えなくちゃいけないんだ。あの火事のときの、男も見ただろう?

『俺にも力が使えるんだ』とか言っちゃってさ。

あいつも言うだろう。

そのまま!飛ばして飛ばして、とかな」


人は、力に憧れる。


誰も持たない力に憧れる。


どんな優しい人でも、強さに憧れる。






「お前は反省したのか?


信じかけてた気持ちを、裏切って。



上層部の、信じる気持ちを、裏切って」


(え……?)


 何か聞こえた気がして、ビルの方を注視する。漏れている明かりと、割れたガラスが見えるだけだった。女性は、降りたのだろうか。




202003160143





202003192149



 私はふと、ドアを開けてすぐの廊下に置いてある鮭をくわえた「熊」の置物を目にする。

「くま、くま!」


ぽんぽんと、熊の背を叩いてみた。コツコツとかたい音がする。

 周りに同僚の居るいつもなら出来ないことだがなんか心のヨユー?ってか、ちょい癒し系求め系? 少し萎えているのでくまさんちーっすって感じで少しバイブス的なものをアゲて行こうと思ったのだ。



っていうか。



「お。なんか警察居るんだけど」


ふと熊の後ろの、奥にある小さな窓から、制服が見える。廊下の電気は小さくて、暗いけど外はほかのビルや外灯などがあり此処よりは明るいのでそれなりに景色を判別できた。


……警備?



いやそうか、まぁ、そりゃあそうか。

ガラス割れてるもんね。バァリィィンつってわれちゃったもんね。バァアリィインつってね。いやもう、ウケんだけど。なにこれ。

いやウケてる場合じゃないんだけどさ。

 バニラちゃんは今日起こった様々なことを改めて回想してみた。

あの女、ちゃんと避妊するんだろうか。

はーぁ。私も若さが欲しい…………

「かえろ……またあの女に怒鳴られる。年下の癖に、礼儀も挨拶もないし生意気だわ」



 くるっと、進行方向へと向きを変えると足を踏み外さないように階段を降りる。

ある程度まで階段が続くだけなのでしばらく降りて、やっと地上にでた辺りで、声がかかった。

「会議に出ませんか?」

警察の制服の男が、帽子で顔を隠したまま聞いた。低い声が、ぼそぼそと話す。

「会議ぃ?」

意味わかんないんだけど。

バニラちゃんは唇を尖らせた。

「えぇ、会議です。私は山本と言います」

「あっ! 山本って、あんたあれでしょ! 泥棒の!」

バニラちゃんは、家の近所の交番に貼ってあった指名手配ポスターを思い出した。

そういえば、背格好が似ているような……

学がないといわれることもある彼女だがこういうことだけは、覚えているバニラちゃんである。


「え? なんのことでしょう。人違いです」

 慌てだす警察っぽい人。


「そーんなこと、無いもの。会議って? 警察になんでそんなこと言われなくちゃなんないわけ?」


「いい、一応町民ですし。町内会もありますし」


ふーん、とじろじろ男を見るバニラちゃん。

その男は手にバインダーみたいなのを持っている。メモでもするんだろう。


「泥棒に会議? 私もそこに出ろってこと?

 泥棒会議なんか絶対出ないから」


バニラちゃんがはっきりと言うと、横から来た通行人の女が「あぁーっ!」と男を指差し叫んだ。

「山本!?」


「ち、ちがうっ、山本じゃない!」


「ちょっと、おい、山本、会議のための打ち合わせあんのに、なんのコスプレしてるんだ?」


「今、仕事中ですんで」


「誰このおばさん」


金髪の女だった。お洒落ジャージによくわからないリボンやら目玉がついている。


「え? あ、あぁ! うそ、お前、えっ?」


男がなにやら焦った。

バニラちゃんは、不満そうにその女に言う。


「なんか泥棒会議の話されたんですけど」


「はぁ? 会議? 警察コスのおっさんと? ウケる」


「ウケる」


 意気投合したので彼女たちは手を叩いて笑った。ちなみに警察のコスプレで民を騙してはいけない。



「いやごめ。これダチなんだわ、な、山本」


女が山本?を引っ張って夜の闇へ消えていく……


「駐車場に車停めてあるから、とりまき」


「あ、あぁ……そっち駐車場無いって聞いてたけど」


「あんだよ」



「……なんだったんだ」


バニラちゃんは、ポカーンと見送った。





☆☆☆


ビルは盗聴されている。



「……失敗、ミスったわ。会議嫌ってる感じで声送ろうと思ったんだけど」

れている。

ビルだけじゃない。あらゆる建物が、データを取られている。男の職業は『工作員』だ。

その価値は『言わせる』ことにあった。

普段の業務は電話をかけ、意味の無い質問をするものなのだが、最近は収穫に乏しい。

『言わせる』のはテクニックが必要で、まだまだコツを掴む必要がありそうだ。


「黄身と白身、どちらが好きか?」などが代表的なテクニックである。

今回のこの格好はわざと怪しまれるためのものであり、依頼者からの依頼は「会議なんか嫌!」みたいなことを社員の肉声で採ってくることだった。細かい事情は知らないが、これを使って会社に恨みがあるという記事でも書いて女を始末しやすくするのにでも使う予定だったんだろう。


 女は、何も言わずに駐車場があるという方向へ向かっていく。

「本当にあるのか」


少し前まで此処にそんなもの無いと聞いていたのだが……

確かにそこには駐車場が出現していた。


「おい、あの……」


ダチ、らしいのだが、男は彼女の名前が出てこなかった。

なんだ? どこかの店のやつか。軽そうだし。

まちがえたら、どんな反応をされるだろう。


何か、何か言わねば。何を、何を言おう。

男は口を開こうとした。

けれど、身体が硬直している。口はだらしなくあんぐりと開いたままで、足も動かせない。

 なにが、起きた? 俺は……どうなって……




 駐車場の近く、の人気のないビルの隙間。



制服を剥ぎ取って、道に捨てながら、少女は白けたような目で動かないまま立っている男を見ていた。


「はぁ、肩が凝る」

だるそうだった。

少年は、その横で寝ている女を見た。


「……これ、生きてますよね」


「こいつらは殺せといわれてない」


「……言われたらやるんですか」


「さぁな」



軽く背伸びをしながら少女は本当に面倒そうである。


「他人を動かすのって、結構、だるいな、人間もやってたんだっけ? 書物で見たけど、死体とかを、歩かせる技術があったんだろ」




 駐車場に居たところ、途中からそこでなにやらビルを気にしながら連絡を待ち始めた女が現れたので探りでも入れに来たのかと二人は少し眺めていた。

 ちょうどそのタイミングで少女の電話が鳴って『ビルに来る警備を見ろ』で通話を切った。ちょうど警備も現れた。やがて女に接触することになるのは明白だった。


以上の流れを総合して考えた結果である。



「あぁ、そんな文献もありましたね……俺は知らないです。


えっと、これから、どうします」



202003202358


「あいつがビルに先に潜入してるらしいから、待っとけばいいんじゃねぇのか」


「この人たちは」


 駐車場には車など無かったので、ドアを開けられたとしても車に投げ込むわけにもいかない。ただ置いていっても目立ってしまうだろう。


「しゃあないから、ビルに投げ……おい?」


少女が何か言おうとしたとき、少年は、意識を無くしている男をじっと見ていた。


「……警察や、警備じゃ、ない。もっと、違う、そういうものとは違う感じがある。最初に見たときに思った通りだ、近付くとはっきりしました」



「んー。少なくとも手帳とかは持ってなさそうだけど、単なるコスプレ野郎だろ、大して気にすることでもないんじゃ」


少女はしゃがんでいる少年と、男を横目で見ながら、腕を回してストレッチを続けた。

肩が凝る……


「警備、この辺りの警備員なんて、初めて見た……なんか、変だ」


少年は自分が何に違和感があるのか考え始めた。こんなに仕事熱心だとは聞いてないし、そんなに車が来ないしネズミ捕りにも向かない気がするがこれについては例外もある。

……違う、もっと根本的なところだ。


「懐中電灯がないとか、手帳がないとかそんなことじゃない、なんていうんだ……」


 少女は女の方を見た。

勝手に鞄から携帯電話を取り出す。通話待機状態だったので相手の番号を確認した。

「おい、コト見ろよ。社長、だとさ」


少年は彼女の声に振り向く。

手にしている携帯の画面には社長、の文字が浮かんでいた。


「社長……」


「なんの会社か知らんがとりあえず送っとくか」


彼女は操作になれているのか、どこかで覚えたのかさっさと番号を打ち込んだメールを会社の方に送信した。


「何かの工作員でしょうね」


 さてと、とビルの方に足を向けようと二人が表に出てきたとき、バニラちゃんはおろおろと立ち尽くしていた。

終電を逃すわ同僚は電話に出ないわでいっそ中で泊まるほうが早くないかという思いに揺れているところだった。さっき出てきたとは言っても……


202003261939


「どぉしよぉ」

バニラちゃんは再び困ってしまった。


「近くのホテルとかは距離あるしぃ」


 どぉしよぉと思ったのは、バニラちゃんだけではなかった。

バニラちゃんが家に帰ったりしていたらよかったのだが……




「コト、こいつは帰らないのか」

少女はふと、疑問を覚えた、


「どうも近所に住んでいないとかみたいですね」

少年は無表情のまま呟いた。


「あぁ、飛んだりするわけじゃないもんな」


なるほど、人間は少し遠いだけで、帰りにくくなるのか。少女は納得した。


「飛ぶと早いんだが」


とにかくだからこんな夜遅くなので途方に暮れているようだと察してそれから二人は顔を見合わせた。

山本?や謎の女をどうするかという問題もあった。奥の方に置いてきているがそのままにしておけないし……


「ひとまずはこの場を切り抜けてから、通報しましょう」


 コトと呼ばれた少年は少しぽけーっと考えていた少女の腕を掴む。ときどき感性が違うのでこうなる。


「そうだな、名案があるか?」


はっ、としたように少女は言う。


「無いです」


「そうだな、あっちとこっちならどちらが好みだ?」

後ろをくいっと親指でさしながら少女は言う。


「好みなんかないですが、後ろに進むよりは前に進む方が楽ですね」


コトは言った。


「そういうこと、だな」


少女がぱちん、と指を鳴らすと、後ろの二人は黒い二匹の猫の姿になった。

バニラちゃんはまだ気付いていない。


「おぉ、久々だけどうまく行った」


「かわいい猫ちゃんですね」


「猫にちゃんづけするなよ」


使い魔的な発想なのか、それとも彼の言い方の問題なのか少女は少しつまらなさそうだった。背後の問題が猫になったので、改めて二人はバニラちゃんを見据えた。

とりあえず、コトだけが先にビルに向かう。

 バニラちゃんの瞳が輝いた。


「おーぃ!」


「…………えっ」


「今帰り?」


「まぁ、はい、そうですね」


「こっちに何か用事?」


バニラちゃんに聞かれて、少し悩んだ。

あるといえばあるけれど、普段、散歩にしてもこちらまでわざわざ通らないし……


「ガラスが派手に割れたので気になって、さっきそこから出てきましたよね?」


「私じゃないよ!?」



バニラちゃんは強調した。


「私じゃないからね! え? 私あそこから出てきましたけど?」

202003262320


「私って証拠あんの? 見せてみな?」



「あ……いや、疑ってるとかじゃなくて」



「わざわざガラス割れたの見に来たんだよね? 私がやったってことだよね?」


 少年はやや困ってしまった。確かにそうだけどそうじゃない、何かが違う。強引過ぎるので押し切られそうになったが、やっぱり違う。


「落ち着いて、ください、別に割れたの見ただけで……」


「いっとくけど、あそこに、女が居たから! 

 

永海シルフィードだったよ!? ねぇやばくない?」


「……はぁ」


そりゃ居るだろうとは言えない。

永海シルフィードは先に中に入った『彼女』の役名。しかも魔法少女である。



「あれ、本物なのかな」


「そうかもしれないですね」


「マ?」


「魔ですか? さぁ」


「いや、だからあいつが犯人!」


「それは流石に断定できないですよ」





 いつまで茶番を繰り広げてるんだろうと、

少女は路地裏からビルをうかがった。足元の猫は仲良くふたりで遊んでいる。

少年はどうやら変な絡まれかたをしているらしい。ガラスを割ってるのはバニラちゃんだが、本人には自覚がないのだ。


「ツイターとかに上げる気でしょっ! 信じないからね!」


「ハァ……」


「覚悟して通報しなさい!? 私も利用させてもらうから! 友達呼んでくるし! 

 プレッシャー作戦をさせてもらう」


 なんの覚悟だ。

しばらく見ていると、ガラスの破片が浮き上がった。足元にあるガラスの破片は背後から彼に標準を定めてゆっくりと近付こうとしていた。

 少女は咄嗟に壁に凭れていた体を起こす。

彼も様子に気付いたらしい。

気取られないようにそっとガラスを避ける方法を考える。何よりもこの錯乱状態のバニラちゃんが気になった。

《あの男》のようになってしまうのだろうか。けれど、少年は自分自身は冷静だということに安堵もしていた。

(ガラスが飛んでくるのに合わせて氷を作るのは非効率だ、しかも厚さもある)


こういうときは……

って、こういう状況普段遭遇しないだろう。

大きな技を使えばそれはそれで怪しまれる。

脳裏で真っ先に浮かんだ案を消した。

バニラちゃんも余計な疑いをかけるだろうし。

 人間だと思われていても「あんた、呪いヤッてない?」とか聞かれるとそれも困る。

などと述べている場合ではなく咄嗟に小さな氷の破片を作ろうとしてみたところでガラスに囲まれていた。

 思わず目を瞑るがそれが降ってくることはなかった。


「あ……」


一瞬の出来事で、バニラちゃんは何がなんだか分かっていなかったけれど、コトには目視できた。


(透明な薄い壁……)


それに弾き落とされたガラスが再び地面にある。

(そうか。結界は、魔力がないと、目視出来ないんだった)

力と聞いて思わず氷に思考がとらわれていたけれどこれも力だった。


「えっ? えっ? もぉ、今日、なんなの? 風強すぎない?」


 バニラちゃんは涙目になる。

コトは辺りを見た。路地裏の方で少女が目を伏せてため息をついていた。

此処に居ても仕方がないが、バニラちゃんを逃がすわけにも行かない。

火事とは状況が違ってこれはこれで悩むところでつまりはどうやって暴走を止めるかだ。


「わけわかんないー! えーん!」


バニラちゃんは本格的に嘆きだした。


「まだ帰ってないの!?」


 声がした。

高くて幼さのある、女の声。

ふと気付くとビルの屋上に魔法少女シルフィードが立っていた。夜なので暗く、スポットライトもないので地味だ。

バニラちゃんはというと、彼女を見た瞬間に気持ちが高ぶった。強風とともに隣のビルや電灯のガラスが砕ける。


「若さなんてねぇ! いまに、老いていくんだから! あんたこそなんでまだ居るの?  割ったガラスどうにかしなさいよ!この子に疑われてるんだけどー」



(えぇー!!)

 

「あ、コトちゃん、やっほー!」



屋上から元気な声。


「……はぁ」


202003311818


















「こんばんは」


コトは帰ろうかなと思いつつも挨拶する。

「それ似合いますね」

「本当!? 嬉しい! わーい!」


頭上にいる魔法少女ははしゃいだ。

そしてすぐにバニラちゃんを見据えた。

「私は知らない。ガラスを割ったのは貴女じゃないの?」

バニラちゃんは意味わかんない! と叫ぶ。

ぶわっと風が巻き上がり、ガラスの破片が……

「あぁ! ストップ!ひぃ!」

コトは怯えながら思った。結界ってどうやって使うんだろう……

目の前に一瞬だけ張られたそれを思い返して

考える。

 一方で、ビルの裏側に佇んだままの少女はため息を吐いた。素早さは体力とはまた別の問題だ。

「今日は疲れるぜ……」



 ガラスの破片は浮いた後で改めて地面に落下した。


「でもあんたを見るたびに、ガラスが動いてない!?」

バニラちゃんはビルの屋上にいる魔法少女を指差した。魔法少女の方はもう飽きていた。

「あーっめんどい。早く止めなさいよ!」

いまいち状況を理解しないバニラちゃんの元に降り立つと、襟首を掴みあげる。

「は、や、く! 止めなさーい!」

「おいおい……」

ビルの裏に居た少女が少し引き気味に二人を見る。コトは、こうなった以上は、と冷静に考えた。それからバニラちゃんに問いかけた。

「あの、シルフィードは嫌いですか?」


 子供向けの魔法少女の番組。

確かそれの名前だとコトは改めて思い返す。

彼女の、役だ。


「ふんっ! 大嫌いよ、ああいう禍々しい波動は」


バニラちゃんはふいっと顔を背けた。

けれどコトは何か感じた。

何か……なんというか。

彼女はまだ気付いていないのだろうか。


「止めるって何? 意味わかんないんだけどー!」


バニラちゃんが騒ぐ。向いていた方の近くの木が大きく揺れた。

葉っぱがわさわさと道路に落下してくる。


「え……」




「あ」「お」「ん?」

バニラちゃん以外の三人がそれぞれリアクションする。

(これは……どうなるの?)

(なんだか、あの火事を思い出しますね)

(結構凄い威力だな)


バニラちゃんは俯いた。

そして震えた。

これは、どう転ぶだろう。

三人が見守っていると、バニラちゃんぱっと顔を上げて目を輝かせるとぶつぶつなにか言い出した。


「ふっふっふ……厨二病は自覚してしまえば

……ごほっ、ごほん、ついに目覚めたのね、この堕天使セキエル! 今宵、漆黒に巣食う蜘蛛たちの意図のもとに」

「セキエル?」

目の前のシルフィードが、きょとんとする。コトは無表情だった。

「もともと彼女自身堕天していたようです」

「だてん? 天がどうしたの? 天使?」

「堕天使は神に仕える天使のなかでも、神を裏切って悪魔のようになった者らしいです、ほらルシフェルとか」

「なにそれ? あと厨二病ってなに」 

 コトは魔法少女に耳打ちする。天使はよく知らないらしい。もちろん彼もよく知らない。

セキエルは、わーっはっはと楽しそうに笑っていた。

「自我の発達する過程においてまだ未熟である思春期辺りで、その、自分のアイデンティティについて想いを巡らせた結果に陥る場合のある深刻な病です……その一例として、堕天使や魔術に憧れたり自身もそうであるという思い込みにとらわれてしまうんですよ」

「よくわかんないけど、可哀想」

哀れまれているバニラちゃんは、やはり愉快そうだった。

「うぉお! なんて禍々しいの……! くっ……我が力が、怖い!」

夜の闇に吠えるバニラちゃん。

「楽しそうで、いいな!」

ビルの裏では少女が思い切り笑っていた。

「でもどうします?」

「もしやシルフィード! お前は我に神の元へ還れと」

ハッ! と振り向くバニラちゃん。


「いや、普通に、家に帰って。その蜘蛛だかなんだかの家」


シルフィードは真顔だった。

「赦さん!」

「とりあえずガラス、片付けませんか」

 コトはビニールか何かないかなと辺りを探す。またガラス片でなにかあると困る。

(力に、憧れる人、生まれや成り立ちまで変えたいと、むしろ自分から築いてしまう人も……居るんだなぁ)

それはあの男に感じたものとは別の感情だった。呆れるほどの未熟とそれに対するためだけの熱意。

「勝負よ!」

 バニラちゃんは上機嫌でシルフィードを指差す。シルフィードは仕方ないわね、と彼女に向かい合った。それから、足のホルスターからマイクを取り出す。


「そんなもので闇の力が打ち破れると思っているのかっ!」

「あら、それはどうかしら」

すぅ、と息を吸うと彼女はマイクに声を乗せた。



202004050109












































 眠ってしまったバニラちゃんを見ていると、なんだか懐かしい気持ちになる。

まるで幼稚園くらいのときの自分のようだと少年は思った。

「厨二病、かぁ」

シルフィードがマイクを定位置に戻しながら呟く。「力に、憧れね……私にとっての。たとえば魔法少女は、隠れ蓑。ただたまたま魔力があったなかで此処で生きるのに適した役だった」


彼女の白銀の髪が、俯いたのと同時に揺れる。



「役が、ちょうどいいって思ったわ。馬鹿にされても、ちょうどいい、誰も信じないからちょうど良い。だけど同時に誰も出来ないから。きぐるみのなかで誰かを楽しませればいい……そう思うの。そしてそれを剥がされることを望まれることもない。夢をこわしたくないといえば美談になるし、本当にそう。これが私。これが私でしかないから。人間なんて居ない。人間味なんて要らない。これこそがむしろそうかもしれないけど」


「そう、ですね」

コトはバニラちゃんを眺めた。

ビルに連れてきたけれど、今のところは起きそうにない。

「だから、もしも、このまま、この女みたいなのが……ううん、力に憧れるだけの存在はどうしたって、敵かもしれないわね」

「敵だろ」

しばらく待機させられていた少女が入り口から歩いてくる。運び込んだり見張りだったり、地味な作業が続いたがようやく終わった。肩も凝るし、早く終わるのを待っていた。

「リル……」

「同時にその残酷な好奇心が娯楽を作っているんだ、何も知らない間だけは、互いを利用するしかない。前にもそういっていたじゃないか」


 正体を隠したままちょうどよく外と関われる。正体は自意識だけの問題ではなく、彼女たちにはさらに重く実感のある鎖だ。だからこそ、自分に無いものと在るものの差をなるべく口にしないようにしていた。そうすることで、生き様から、生物としての存在そのものから否定されるような思いがするのだ。


「うん。わかってるよ。あいつらなんてみんな殺しちゃいたいって思うことも正直あるけど、でも、私は、ずっときぐるみでいいの。

この姿で居られれば、此処で生きていける」



「あぁ。でも今日のところは、シルフィードの時間は終わりだぜ、キャノ」


 瞳から雫が零れた。

魔法少女が、一人の少女に戻る瞬間だった。

殺したいと思ってしまうほど差別は根深い。

憧れが煽るだけのように聞こえたりもする。

けれど、それでも耐えていけるのは、この辛い気持ちも解ってくれる、同じような者も居るから。

何かいやなことがあっても『そこ』に行けば、同じようにきぐるみでしかない人たちの存在に触れられるから。


(これが、自分たちの、普通でいいんだ。

普通って一人じゃないってこと)





 コトは事務所の内部を見渡した。

なかなか来られないので興味深々だ。


「おぉ、これが、リミッターの区域ごとの計測をするところですね!」


けれどずっと計測されているので一部ずつ切り取ってもと思うのだが、そういうわけでもないらしい。恐らくは頼まれた日付のデータをどこかに送っている。



































202004050208


「ねぇリル、あのさ、この2人は?」


部屋に連れてきた、寝ている二人を見てキャノが苦笑いする。

「ヤマモトと、誰かだよ」

「だれよ!」

「さぁーな。『社長』に電話するところだったらしいんだが

二人が会話しているのを背にしてコトは違和感に気付いた。慌ててビルの中をあさるのをやめる。

「やっぱりそうだ。この違和感……」

「え?」

警備の服のときから思っていたんだ。

「コトも思うか」

少女に言われて、コトは頷く。

「ですね。とても『守ろう、戦おう』という意識を持っている感じには見受けられなかった。一切の注意がそんなところに向いていなかった」

「あぁ、あいつらは、『構え』なかった。体でも、心でも」

だとしたら、どこに向いている?

「そんなの、決まってる」

社長だ。

 例えば警備ではなく、社長に忠実であることに意識が向いている。目の前ではなく……

少女から、メールの打ち込み画面になった携帯電話が回ってくる。


「それに此処に目を付けるのが、私たちだけとは限らないな」



 声に出しての会話は危険だと判断したのだろう。


「例えばですが、彼女を狙って居たとして、先に≪張り込ませて≫おく、なんてことも出来たりして」


書いて、回す。


「有り得るわね。それに、この制限装置自体に反感を持つ者も居るのだから、そう、人間が嫌いな、人たちのなかの過激派だとかが、見張っておくことも考えられる」


「となると、此処は此処でまずくないか」


「見張りの意味では、もうどこにいても同じですよ」


「工作はもしかしなくても、彼女が狙いでしょうね……社長、が誰かは知らないけど、とりあえず、」



 カメラがあるかもしれないので人間らしくない動きは出来ないけれど、と、キャノはもう一度マイクを取り出す。

自然な人間の仕草でしかない。


「杖を振るよりも馴染んでいるでしょ?」

とウインクしつつ、ヤマモトの隣にいる女を眠ったまま起き上がらせる。


「どこ、此処! すっかり寝てた!」


などと適当にしゃべらせつつ下に向かわせる。目がほぼ寝たままの状態だ。


(あれって、やられるほうも疲れるんだよなぁ)

 コトはふと、ドーナツを買いに行かされたときを思い出していた。



「もしもし社長。すみませんなんか、寝てたみたいでーえっと、ヤマモトさんを待っとくんでしたよね」


 女は下に向かいながらも慌てたふうに携帯電話に話しかける。



20200422059


「ヤマモトは待たなくていい、帰れ」


受話器の向こうから社長らしき男の声が伝わってきた。なんだかうっとうしそうな、そして有無を言わせないような声だ。


(もう、いい?)


「はい、わかりました」


 あっけないものだった。

通話を終え、バッグに電話を戻した後、一旦女を動かすのをやめて、三人は話しあった。


「社長、どっかから見てる感じだったね」


「見てるだろ」


工作に気付いたことも気付いたかもしれない。ただそれだけでは何の為のものかまで普通は察しないので、そこまで警戒はしないはず……

いや、それよりも、


「問題は、この女たちも社長の深い交友関係までは知らないだろうってことだな」


少年がちらっと窓の外を見やった。

微かに車のエンジンのような音がする……


「ちょうど、来たみたいですね」


 それから未だに眠り続けているバニラちゃんに手を翳す。

……手を、翳せばいいのだろうか。よくわからない。自分の力が魔力も凍らせることが出来るというのは知ったばかりだがよく使いかたがわからないのだった。


「何か、呪文とか無いんですか」


「呪文自体はあるが、私らは一々持たないからな」


「そうそう、古い文献にあるにはあるけど……普段は、使わないわね。ほら、いちいち詠唱したら時間がかかってしょうがないから」


がく、と項垂れる。

ファンタジー小説のような呪文だとか、杖だとかはこの世界においては古い文明なのだ。

 前にやった、あのときは無意識だった。 やはり意識しすぎないことが重要なのだろうか。


「魔法使いハリネズミの大冒険の見過ぎじゃないか?」


「俺そんな見てませんよ……流行ものって手が出しづらくて、いや何で知ってるんですか」



「いいから、早く出ようよ。要は魔力の元になっていたものを回収したら適当に帰れる、んだけどっ」


 先ほどの話だが、催眠でバニラちゃんが意識を失えばいいと思ったもののそれだけでは、何も見つからなかった。


「えーっと、永海、じゃなくてキャノさん、もう一度、起こします?」


「そこまで強い催眠じゃないから、じきに目覚めるわ」



どたどたと、階下で音がし始める。


「まー目立つか、ガラス割れてるしな、ただでさえ」


 私は行くぜ、とぼんやり外を見ていた少女が下へ意識を向ける。


「ただでさえ記録されるんだから、派手なことはしないでね」


「わーってるよ」



 二人のうちの少女が一人、外へ向かったのでビルの中は

二人になった。

部屋になぜか静寂が訪れる。和ませようとしてくれるのかキャノと呼ばれた少女が、少し照れたようにはにかんで呟いた。

 残された少年たちはいつでも外に出られるように、ビルのドア付近に待機する。


「はぁ、にしても、夜中の呼び出しって、久々かも!」


「そうなんですか?」


「コトちゃんもびっくりしたでしょ」


「そうですね……」


「なんか、浮かない顔だね」


「俺も、少し思うところがあって。力を、恵まれてるって前向きに考えたいんです、それだけです……ここで眠る堕天使さんのように

かっこいいという感性とは違うんです、だから、その。自分でも、どうしたらいいのかというか」


「あー、わかる、前向きに考えるまでの過程を含めて輝けると思うんだよね、なかなか、自分の身に起きてみると、一気に喜べる方が、すごいと思うよ」


「家に居ても『神様か悪魔様でも居るんですか?』みたいなことを、冗談で言われるだけで胸がずきずきして」


 ふと、数日前のことを思い出す。

顔を洗おうとして氷を生み出しかけて、慌ててその場を去ったとき、近くに居た母がいきなり笑い出した。その笑い声だけで傷つくようになっていた。


「割と、家に居るだけでも、辛くて、けどこんな話をする方がもっと辛い、何も触れないで欲しくても、家族ってそういうの敏感じゃないですか……」


例えば浮くか何かして『うちには生き神様がいる』とか『足のある幽霊がいる』とか、当人は軽い気持ちで言ってきたつもりでも、


「俺は、知っている人がそんなことを言うのを聞くくらいならその場で死んでしまいたくなるような気がして」


「うわー、それって、私たちの中ではあまり突かないのが常識なんだけど……

辛いね。私もリルも小さいときにそんなこと言ってたな」


 コトはふと泣きたくなった。

誰かとこんな会話が出来る日が来るとは思わなくて、寂しい、辛いはずなのに、この感情を理解してくれる人がいるというだけで、なんだか救われる思いがした。


(これが、俺たちの、普通……)


「常識、なんですか」

「魔法使いがいるぞーって言うのは、物語の悪い魔女と必ず比べられるからね。

古典的に蛙とか虫とかで嫌がらせされたり、あと必ず、魔女狩りの話になったっけ。スタジオとか控え室とかでも、わざと魔よけの木を持ってこられたりするのね。

『燃やしても大丈夫だよね』って、火をつけられそうになったりもしたかな、そういうことが、沢山待ってる……


痛みがわかるから、私たちはそういういじりはしないのが常識、ううん、マナーというか、とにかく最低なこと」


 彼女は慣れきっているかのように淡々と話しているが、想像を絶すると思った。

同時に、いじめに繋がりかねないいじりを受けていく自分を想像する。胸が痛んだ。


「かっこいいのは、力のせいでいじめられる図と必ずしもセットではないから、輝いているところだけをみるからなのよ」


「そうかもしれないですね」


「ちなみにリルのときは、私が知る中では一番大荒れで大変だったわね、まぁ、そういう非礼な連中が一番悪いんだけど」



 さて、と彼女は前方を見た。椅子に座らせているバニラちゃんが少し、むにゃむにゃと言い出した。やや意識が戻っているらしい。

「あの……」


コトは少女に耳打ちする。彼女はわかった、とそっと目の前のテレビへ向けて指を振った。












05262216

♪♪♪♪


 薄暗いアジトの内部で、チビは目をうるませる。

まただ……またしても、シルフィードに追い返された。

上層部の『ボス』への報告は、こんなときでも絶対。せめてもの申し訳なさを込めて、ボスの玉座の前に向かうチビは必死に弁明した。


「予測不能なハプニングにあいまして! 呪いで死にませんですぅう! 怖くて怖くて! 実際、今もチビってます!!!」


「チビ、生意気なんだよ、下級生のくせに。そんなことで、悪の組織が勤まるか?ヘタに粋がるんじゃない。

お前の力なんか、付け焼き刃、形だけなんだよ。中身空っぽな癖に……しゃしゃりでた罰があたったな、そろそろ引退したらどうだ?」


……いつか必ず僕はトップに立つ。


「いえ、みんなの役にたてます……コイヨ、相手してやる……

シルフィード、売られた喧嘩は買うけど? 待ってろ!!」 


そろそろ、本気出そうか?

 チビは決意した。

今までも勿論、本気だった。だからこそこんなに悔しい。けど、本気なんていうのがダサいような気がして、言葉を飲み込んだ。


 同じやり方、同じ相手に固執すると、狂っていき飽きられてしまうかもしれない。クールダウンし、理性のある行いをしなくては。自分自身をコントロールできないやつが、他人をコントロールできるわけがないのである。

「期待、してるぞ?」


ボスは大きなワイングラスにそそがれた野菜ジュースを飲み干しながら、

玉座の上でニタリと笑う。


 空ではカアカァとカラスが飛び、チビを見下ろしていた。


「まだまだ諦めない! 意地でも、見つけたるー!!! nextチャレンジゴー!!」




「私、永海かのん!

少しおてんばな女の子。人間年齢でいえば中学生くらいかな? 高校生かな、そのくらーい! 魔女の家系なんだけど、魔女狩りも落ち着いたし、普通に人間の街で暮らしてるよ。

大好物はヤモリの黒焼き。それから、蛙の南蛮漬け。蛙って鶏肉みたいな味がして美味しいのよね」


»»»»


「あれ? 魔法の本が開かない!」


「その本なら、俺がトオィに渡した」

「!!」


「お前は、危ない目に合わず結婚して、幸せになるんだ。魔法少女なんかになる必要はない!」


 「人間は脆いものよ。この男は、既に分け前をもらう約束もしている 。ちょっと拾った本を売ってきてくれとね」


チビが立ちはだかる。地面から大量の青竹が生えて来たかと思うと全てが槍のように彼女に向かった。


「おい、危ないだろ! もうやめろよ!」


「カキュタ……」


「最初は、知らなかったよ、まさか、永海がそんな危ないことをさせられていたなんて知らないで、その本を持ち出した……知ってたら」


「知らなかったら……知らない誰かなら、どんな目にあってもよかったんだ!!!  知ってるかどうかも、危ないかどうかも!! 貴方には関係ないのに……」


「関係無いことはないだろ? 俺は永海が心配で……そもそも、戦いは男のものだ」


 格闘技に、ある意味偏った熱狂をしている悠くんたちとつるんでいる彼なら『戦いは男のものだ』くらい言うと思ってた……

これが、彼の美学。


でも、いざ聞いてみると、否定されているような気がする。


「お前には、戦いなんてできる筈がない。家に帰るんだ」


「ひどいよ!! 何から何まで余すところなくひどいよ!!」


 そもそも飛び入りで参加したなんの力もない一般人では、戦いにならない。できる筈がないのは、彼の方だった。

けれど、正体、の本質を明かすわけにもいかない。

 それに、いつでも駆けつけられるようにしているのに勝手についてきて、目を離した隙にトォイに渡してたなんて……身勝手すぎる。その覚悟ややらかしたことに対する軽さが余計に苛立たせた。遊んでいるようにしか見ていないのだ。


 こうしていても、戦いだの、危ないだのに生きざまを奪われるだけだ。

けど、あれがないと……

シルフィードはあわてて思考をやめる。

「いつもの本じゃなくても、戦わなきゃ……」


チビは、男の背後を出たり入ったり彷徨いている。盾にしているらしい。


「俺はお前を止める!!!!」


「だ、そうだ~!」

チビは得意気に彼女を見た。

そして再び青竹を生やした。



「そういうことは、私を倒す覚悟で

言うのよね」


 チビのボスは世界征服を企んでいる

そのチビの仲間たちに力を貸すということは、どんな理由でも恐ろしいことである。何よりもカキュタは自覚的だ。知るか知らないかに関わらず自ら、参加している。


カキュタは驚いた。まさか自分が、という思いがあったのだろう。

けれど、やっていることは離反していた。トオィに渡った本から沢山のモンスターが生み出され、犠牲者を広げることだろう。



「私が強ければ、問題ないわけで、そしたら貴方も、チビも用無しということ。チビの仲間だっていうので充分、次に 私を戦わせないこと、私を阻止するのもチビたちと同罪」


シルフィードは決めた。

二人ども倒して、先に行く。


「ちっ……揺さぶりが効かなかったか!」

チビはメラメラと黒いオーラを際立たせる。

「こいつは既に多くを知りすぎた! 俺の仲間だ 同時に、お前を心配、している!」


「ばっかみたい」


背後で爆発音がした。

トオィが召喚した狸が暴れているらしい。


 戦うってことは、ときに、なにかを犠牲にしなきゃいけない。それは今までの経験でよくわかっていた。

だからこそ、裏切りを何とも感じず心配のフリだけはやめようとしない彼がどうしたところで、未練は薄かった。


「計画してた時点で既に犯罪だよ。その点は、知らないわけないよね」


何もかも嫌気がさしそうだった。

計画していた時点で、誰か知らずとも報酬は受けとるつもりだった時点で、彼はこちらがわではない。

それに、チビ……どちらも、

既に救いようのない悪党。


2259


 シルフィードは代わりの本を呼んで呪文を唱えた。

空から隕石が降り注ぐ。

チビは石に埋もれながらも、ゆっくりと起き上がる。砂埃が舞い、煙たい空気がたちこめた。


「カキュタは聞いたほど悪いやつではなかった。仲良くしないのか? 心配も、している」


「うるさい!」


起き上がるチビに、針を降らせる。 

 いつもの本じゃないから、少し安定しなくて体がぐらついた。

もっと強い呪文は載ってないだろうか。

「どちらにしても『この姿』で

会ったのなら、戦う意識の中で会ったのなら、それは殺さなくちゃいけない!あなたに何がわかるの!」


それは魔女として、まじないのための掟だ。

 

 この異空間は、本による呪文と思い出の意識で作られた場所。だからこそ、意識のなかに誰も近づけないよう、守ってきた。


「今のカキュタはね、近すぎて私に接触することで核を得ようとするだけ


この呪文の核は私だから」


 だから……もう、カキュタは本当には生きてない。生きてないのに実体があるフリをしてる。

シルフィードは感情に飲み込まれないように、唇を噛み締めて言った。


「チビ、あなたが気に入っていた、

 私が殺したイケガミ ツジさんのときも、捕らわれたように私を追うゾンビになったからなの」


「貴様ァ!!!!」


チビは激昂する。

カキュタも、泣き喚いた。


「わぁあー! その通りだ!

俺はもう俺じゃない!

トオィによって、本当は、俺は死んでるんだああー! 本当はこんな自分になって生きていたくないんだ!


殺してくれー! 殺してくれー!」


「私は私の掟がある。

あなたと、トオィ、沢山の構成員が彼女らを殺したようなものよ!」


 ふと、本に触れたことで精神科に入院しているマイという中学生を思った。

思っただけだった。何か感じるような想いは無い。



「許さねえ!」


チビは、カキュタを庇うように手からレーザーを放った。

 シルフィードはどうにかバリアを張ったが、少し疲れていた。


「チビ。

私を嫌いだと言いなさい、私から離れなさい、私を、自分から嫌いなさい」


「そんなことはしない!

そんなことをしたらお前だけ得じゃないか!」


「それでも私は、あなたに私を嫌って立ち去ってほしいの、見るのも聞くのも嫌なほどにあなたには嫌って欲しい」



チビは気付いていた。

嫌いなだけでない感情。


 いつも、何だか寂しいなと思うとき、ついつい町に出てモンスターを呼び出した。


 するとすぐにやってくるシルフィードに、いつしか母の温もりのような安心を得ていたのだと。



「他人から、嫌われて嫌じゃないのかよ! 」


震える声で、チビは問う。


「嫌うのは、自分を守ろうとするからでしょう?  素晴らしいことよ。


自分が嫌うものに、自信を持って」




202006032311






 バニラちゃんは、ふと目を覚ました。

テレビには魔法使いが映っている。

バニラちゃんはつまらなそうに目をこすり、画面をぼんやり見つめる。

「少し見た目がいいからって。

どうせ整形に決まってるのに」


「嫌いになることを恐れないで」と

彼女は敵を説得していた。

変な主人公。


「…………あれ」


なんでかわからないけど、

バニラちゃんの目から雫が溢れる。

(あれ……?)


「私……なんで」


シルフィードに会ったことがある、

そんなわけないのに、そう思った。

 懐かしい。

懐かしいなんて感覚、久しぶり。

 堕天使だった頃が、画面の中と重なる。

嫌われることに理由を求めた。

違うことに、意味を探した。

だから堕天使だった。

力が、特別が欲しかった。

 その為になら嫌われてもいいと思っていた。思っているつもりでいた。


だから。



 だから、シルフィードにはなれなかった。


キラキラした世界から目を逸らした。



「……貴女は、私に……嫌うことを恐れないで欲しいの?」


胸が、痛い。心が割れそうだ。

バニラちゃんは椅子に座ったまま、

膝をかかえた。涙が溢れてくる。苦しい。息が出来なくなりそうだ。

ただの、アイドルを売り込むための子ども向けの番組じゃないか……


「なんで? なんでこんなに、胸が痛いの? 私マジ、ガキみたいなこと言ってるじゃん、立派にオバサンしてんのに、チョーダサイ……」


本当はわかっていた。


 いくら嫌われるのが辛いと泣いても、誰からも嫌われない特別な道は存在しないってこと。

だから、特別な自分は存在しない。

 そしてそこから逃げるだけでは、力なんか得られない。

嫌われたくないから、嫌われる。



 嫌われることを、嫌うことを恐れているかどうか。

 あんなに輝こうとしていても、嫌われるのに。





「バニラちゃんも……いつか、なれるかな……」



小さい頃、自分は特別だって、信じてきた。今も信じている。

本物は昔、キラキラした世界に憧れた。

魔女になりたくて、なってるかもと思って沢山本を読んだ日もあった。

本物に会いさえしなければ、特別な自分のままだと、心の奥ではそう思っていた。


『同じだ』と、必死になって見下すのが癖になっていた。





やがて、堕天使になっていた。



けど。


「同じなら、そんなこと、しない」



もうじき朝が来る。



 窓の外のガラスが大きく割れている。

けど、既にその場には、バニラちゃん以外の誰もいなかった。



202006040439






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ