最強の魔女
<font size="5">最強の魔女と、狂った彼女</font>
──昔から、気味が悪かった。
自分が居るだけで、周囲の人間に変な影響を及ぼすからだ。
好かれる、ではなくて、とらわれる、という感じだった。彼らにその自覚はないだろう。
──だからこそ、彼女は、悩んでいる。
このままでは、みんなを傷つける。
なにより、自分が傷付くだろう。
おとぎ話で聞くように、いくらかの、呪われた魔女には、他人を操る力がある。いや、力というより、他人の中の心、を掻き乱すのだ。
それは、だから、磁力のようなもの。相手の意思とは関係がないし、こちらが何か、したわけではなかった。
そして、残酷にも、自分の意思とも、関係ない。エネルギーが、引き寄せてしまうだけに他ならない。
魔力そのものを棄てなければ、彼らは、自分に囚われてしまうのかも、しれない。それは、死よりも最悪だった。
おとぎ話の勇敢な王子は、惑わされずに鏡を割って、彼女を殺した。
彼には、操られる自覚があった。
コトには、無いだろう。
あいつには──いや、あいつは、狂ってるから。クルフィは、銀髪の少女を思い浮かべると、苦笑する。
「……っ」
私が悪いのだろうか。
(私が、悪いのだろう)
クルフィ、と呼ばれた少女は、悩んでいた。
わりと、深刻に悩んでいる。
「……だんだん、影響が、出はじめている」
力が強いということが、どれだけ、影響を与えるか。彼女は、何度も知ってきたはずだった。
が、魔力均衡制度があるから、少しは平気だろうと思っていた。
「油断、していたな」
彼らと一緒にいるのが楽しくて、ずっと、ぬるま湯に浸かって、安心していたけれど、そろそろ、潮時なのかもしれない。
──外出後、帰宅して、キャノが用事があるからとどこかに出ていったので、彼女は高級ホテルの一室で、一人、頭を抱えている。
「キャノ……私」
銀髪の少女を、思い出す。
「あのとき、死にたかったんだよ。お前を、助けたんじゃ、なくて──」
笑顔を、思い出す。
照れたような、笑顔。
眩しい。
「でも、死ねなかった」
いつもは、あまり悩まないようにしていた彼女にしては、珍しく、今日は、そんな気分だった。
「お前が、どう思っているかは知らないけど──私は、お前を──ただ利用したんだろうな」
拭いきれない後悔。
そのときは後悔をしなかったのに。
随分と後になってから、悔やんでいる。
最低だ。
「それでも」
それでも。
好きだった。
以前どこかでも、この話に触れた気がするが、学生時代、彼女の居た学校には、魔物が飼われていて、キャノはその飼育係になるほどの優秀な人物だった。魔物は扱いが難しいから優秀でなければならないのだ。
それに彼女は、催眠を得意としていた。殺さずに、保護指定魔物を操ることが上手く、重宝されたのだった。
多少抜けているところはあるものの、明るく優しく、誰からも好かれている彼女は、クルフィとは違って、魔力による暴走など全く起こさない非の打ち所などないような生徒だ。それに、美人揃いな中でも、彼女は可愛かった。
高貴な生まれの魔族には、キリッとした顔立ちが多いのだが、違う生まれ──例えば人間との間の子、例えば、魔物との間の子、例えば、高貴とはいかないが、決まった城を持たず、どこか山奥海の奥の辺りに住み着いて暮らしてきた種族には、可愛らしい、幼い感じがある。
学生時代、授業で習ったことによれば、自然は人間の土地に通じるので、人間に見つかりやすく、狩られそうになった際に、媚びて見逃してもらうために、彼女らの祖先はそうなっていったのだという。優秀生と言えば、だいたい、良い家の──あのキリッとした顔立ちが並ぶ中で、彼女は目立っていた。
そんな彼女がある日の放課後、檻から逃げ出した魔物を捕まえようとしている場面に、クルフィは遭遇する。
……細部は、忘れた。
とにかく、魔物が強かったのと、彼女は優しくて、魔物を殺せなかったので、手を出せずに怯えるだけだった。
先生たちも、職員会議でほとんど出払っていたために、誰も助けに来られないという状況。
他の生徒は、キャノよりも強いとは言えないので怯えたまま助けない。
──そこに、現れたのが、彼女である。
「あの魔物──焼いて食うか」と、食欲に満ちたクルフィはまず思い、ついでに助けるか、と、思った。
□
前々から予想がつかない、突拍子もない人と思っていたが、話が急すぎるだろ、とコトは思う。予定のない休日、彼は自宅の自室で、ぼんやりしていた。
決めかねている進路。今後のことはまだ頭の中では、ほぼ不確定であり、それが漠然と不安になる。
「大学、か……」
高校は卒業できても、受け入れてもらえる大学はまだ少ない。なんでだろう。
しかも、当然のように、ハイレベルな進学先を期待されるのが、プレッシャーでもある。入ったら入ったで、それなりな嫌がらせを受けるかもしれない。
いや、受けなくても。
と、コトは考える。
とっつきにくいと思われるだろうことは、容易に想像できる。
自分だって頭の固そうな、賢いだけみたいなやつは苦手だ。そいつらと同類に思われるんだろうか。明るく振る舞うとか、ルックスがどうとか、そういうアピールが苦手な性格だから、ますます、誰かを不快にするかもしれない……
本当は、あの人みたいな。
難問が解けるかよりも、知識がどうとかよりも、頭がどうよりも、ただやりたいことを貫いていて、自信があって、笑っている、そういう友人が、欲しかった。
彼の根暗い外観からは、周囲には想像がつきにくいらしいが、愉快で天真爛漫な人が好きだ。
これは馬鹿にしたいとか見下したいというわけじゃない。
本を読むことでしか世界を知らない、知識にしか頼ることのできない、というのは結局「他人から聞いた話を覚えましたー」
みたいな中身の無い情報の塊の中に、自信の根拠を求めているようで、たまに、なんだか、虚しくなる。
だから。
その虚しさを砕いて欲しかった。
でも。
「……あの人に付いていきたいって、それは、理由じゃないよな」
よくよく考えるとなんだかわからない。
自分の中に理由が無いとだめだという気がする。――と、考えたときだった。
ふっと部屋が停電した。真っ暗、とはいえ窓からの光も差し込んでいて、完全に見えないわけではないが。
「……ストーブとか、付けてるわけ無いし」
なんだろう。
ブレーカーが落ちたのかな。立ち上がり、一階に向かおうと、ドアノブに手をかける。
そのとき、首に、ひやりと何かが当たった。
「……っ」
気配を感じて振り向く。居たのは、白銀髪の――
「キ、ャノ、さ――」
「静かに、して?」
なぜ彼女が?
なぜ、ここに。
どうして、俺を。
いろんな疑問が頭を埋め尽くすが、どれも言葉にはならない。
ただ、頷くと、彼女はゆっくり、彼の拘束を解いた。
「どうして、ここに」
彼女は、長い銀髪を、今日は結んでいなかった。 すごい毛量だ。
ひとつひとつが、作り物より綺麗。
「いなくなった」
彼女は、淡々とこぼす。いなくなった?
「リル、居なくなっちゃった!」
涙で潤んだ赤い目。
それは、悲しみ故だろうか。なんとなく、違う何かを隠しているみたいで、コトはうまくいえない気分になる。
「……なんで、かなぁ」
と。
ぐっ、と肩を引き寄せられた。
「え?」
「いないのよ、どこにも……」
耳元でささやかれる。
「あ、あの」
何かしなければならないような気分になってくる。まるで、囚われてしまいそうな、声。
「あの――キャノさ、ん」
催眠だ。
□
「さてと、どうしようかなーと」
クルフィは町を歩いていた。
昨夜、ホテルから黙って消えたので、同室にいたキャノが心配しているかもしれなかったが、まあ、仕方ない。
ここを出て、どこかに行きたいと、思う。行く宛などないけれど。
道路を渡り、自販機を横目に、歩道を進む。
今では見慣れた町並みが懐かしい。
普段は苦手な人混みも、なんだか、今日は恋しかった。
信号を待ちながらいろんなことを思い出す。
コトに会って、道を聞いた。コトと、タワーを走り回った。
キャノにも再会した。
全然変わってなくて、そして相変わらずうるさかったけど、面倒見が良い部分はわりと好きだった。
それから、ここに来るきっかけだった、手紙のことを、思い出す。
差出人には見当がついたから、そいつに挨拶してから消えるのも悪くはない。
彼女をリルと呼んだのは、同級生と、身内の知り合いだけだ。普通、名前自体教えていないから。
その中で強かったのは、おばさんと、母、ばあちゃんを除くと────
「どこ、行くの? リライトフェイブル――」
キャリーバッグを片手に町中を歩いていると、急に、後ろを振り向かなくてもわかる、その声がした。
――今、会おうと思っていた人だ。向こうから、来てくれたらしい。
振り向かずに、クルフィは言う。
「それ以上、言うなよ、カノン」
ぴたり、と背後から来ていた足音が止まる。
「カノン・アールグレイ=メアリー」
ひきつった笑い声。
振り向くと、白銀の髪の、キャノと呼ばれていた少女は、今、これまでにないくらい楽しそうに、クルフィを見上げていた。
「ご名答っ、よくわかったね」
ぱちぱち、拍手をされる。いつもと変わらない天真爛漫さが、今日はどこか不気味だった。
「薄々、勘づいてたよ。お前は、強い。私が知るなかで、私の次に強いから」
好きだったよ。
強いお前が、大好きだった。
クルフィはそれは言わなかった。
「どうしてあんな手紙を?」
「――男の子の覚醒をね、手助けして欲しかったのよ」
「へぇ……それで、そいつは?」
「うまく、行ったみたい」
「お前、知ってたのか」
「リル……リル。好き。誰より。私と同じくらい強いから、好き」
彼女は、何かにとらわれたように、うっとりと、クルフィに寄りかかってくる。転ばないように支えて、クルフィは白銀の頭を撫でた。
「ん、私も、嫌いじゃなかった。お前のことは。うるさいけどな」
「うるさく、ないもん……」
子どもに戻ってしまったように、べったりと、甘えて抱きつくキャノに、クルフィは、戸惑った。
「コトは、誰なんだ」
「私も、しーらない」
「……なんで、私の居場所がわかった?」
言わなかった。
気配を消すために、結界も張っていた。なのに、少なくとも二日はかかるはずなのに。
――こんなに、早く。
「コトちゃんの力に、探させたよ?」
「ははっ。そいつは、有望じゃねえか」
適当なことを言いながら、クルフィは混乱する。彼を操ると、こんなに早く、私の居場所を割り出せるのか。
キャノが言っていることは、よくわからない。
「私、魔力は低かったけど――魔力が高い生き物を操るの、得意なんだよ」
「知ってるよ」
キャノは、相手が強いほど、それを利用できる。だから、彼女も以前はなにかと手こずったのだ。強いから。
「……コトは、無事か」
「ん、無事だよ。家で寝てるから。あのときも、やったのは増幅じゃなくて、精神を刺激することだった」
「精神を」
どういう意味だろう。
「今のところあまり意識はしてなくても、動揺するほどに、身を守ろうと、力を発現しているみたいだからね――診療所で見たくらいの、あそこまでの力を制御できるようになっているなら、もう、ほぼ、実験は終えたようなものね」
「さっき、コトが誰かは知らないと言ったな」
クルフィは、どこか漠然とした不安を覚えながら、キャノの言葉を思い出す。
「うん」
彼女は、クルフィの聞きたいことを知っている、という風に微笑む。
「お前は――何を知っている?」
恐る恐る口に出す。
なぜだか、怖い。
キャノは、ぐっと、涙を堪える目で、クルフィを見た。
「私、世界を破壊したいの」
一呼吸置いて、吐き出された、本音。
「せかい、を?」
彼女は、本気らしい。
頷いて、ばかみたいだと笑いながら、続ける。
「こんな、抑制された世界、本当は、いや。苦しい!」
ほら、と彼女の着ていたブラウスの袖がまくられる。
青白く浮き出た血管。
エネルギーを内側から絞りとるように、不自然な収縮を繰り返している皮膚が、痛々しい。
そう、痛みを押さえても、制御の負担は、何も変わっていないのだ。
「交わって生きるために、こんな、思いをする私たちって――何? なんで、魔女狩りなんか、起きたの? 人間は、どうして……」
「話を逸らすなよ」
クルフィが言うと、キャノは、首を横に振った。
「変わらないのよ! 空にある、マザーリミッターを破壊して、その反動でも生き残るとしたら、それは――――!」
人間。
人間の力が支配する世界。魔族がほとんど滅んだ世界。
マザーリミッターは、核になる制御装置で、空にあった。噂では、飛行船として、漂っているという。機械制御だけでなく、大魔女5人が支えているリミッターだ。
彼女たちを敵に回すも同然だった。
その力の反動は、計り知れない。
「中間に生まれた子ども、ね。エネルギー耐性が、確かに高いかもな」
クルフィは、薄く笑う。笑いたいわけではない。彼女が、実は追い詰められていたことに、気づいていなかった自分が、不愉快だった。




