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【音闇クルフィ】  作者: たくひあい
氷の少年
15/240

5人の大魔女





   □



 その少女のことは、ほとんど誰も知らない。

しかし、誰でも知っている。

彼女が異質だった理由は、誰にもわからない。

しかし、彼女は異質だった。


彼女自身としては、至って純粋で真面目な、普通の女の子でしかないのに。


だからこそ、誰もが不思議がった。

彼女自身が自分に課した鎖──名前。

それが、彼女にはあまりに大きな宿命を背負うものだったこと。


しかし、彼女は、本当は知っている。

生まれてすぐ、赤ん坊の聴覚が発達していることと同じように、胎内でずっと聞いていた呪文がある。


だからこそ、彼女は、それしか知らず、それだけを求め、それを選び、口にしたのだと。


他の魔族の者のように、自然への感謝や、元素への敬意よりも先に、選びとってしまった言葉。

ずっと、どこかで聞いていた言葉。

誰かが耳元で囁いていた言葉。


誰かを呪うこと。

誰かを、恨むこと。

誰かを────────



ガバッと、ベッドから飛び起きると、そこは、ホテルの一室だった。

クルフィは、ほどいて寝ていたために、視界を遮るように垂れてくる後ろ髪を振り払い、激しい動悸をおさえた。


「……はぁっ、は……──なんで、今さら……」


小刻みに腕が震えているし、体温が無いかのように、指先がひんやりしていた。


「ん……」


隣で寝ていたキャノは、何かむにゃむにゃ言いながら寝返りを打つ。

その平和な光景に、少しだけ、和みながら、彼女は立ち上がり、着ていたネグリジェを脱いだ。


「……なんつーか。苦手なんだよな。悩むの……はあ」



 そのまま適当に選んだ服を着ていると、背後でキャノが、うーん……と煩わしそうに唸った。


「起こしたか?」


一応、聞いてみるが、彼女は寝付きがいいので、寝ているようだった。

少し安堵して、一応、立て掛けてある鏡の前に立つ。

キャノは自分のセンスに合わない服を着ていると、気にくわないとかで勝手に着替えさせようとするので、一応、彼女も気を遣う癖がついてしまった。


『魔法少女』ものの話は、彼女もいくらか知っているが、一番羨ましかったのは、何よりも選んだ服を瞬時に、勝手に着替えられることだ。


あの技術があれば、遅刻せずに制服を着て学校に通えたかもしれないのにと、学生時代は思ったものだった。

魔族は魔法少女ではないから、着替えは着替えなのだ。


まあ実際、制服を着替える二、三分早めるくらいなら、もっと早く起きておくべきだろうが。


「んー……リル……私の想い……」


キャノが相変わらず、むにゃむにゃ言っているのを聞きながら、クルフィは靴を履く。


「悪いけど、私にはさっぱりわからねぇ。お前も、他の誰のことも」



──いつかわかるだろうか。

呟いて、室内から出る。朝が来ている。

どこかから入ってくる風を浴びながら、涼しくなってきたなと思った。



 今日はすることもないので、一人で出歩くことにした。別に行く場所はないが、なんとなく、ふらついていれば、気が紛れそうに思う。


「あー……でも、やっぱりまだ暑いな……」


一度、道端で見つけたお店で、ソフトクリームを購入し、彼女は再び歩く。

「あいつ、置いてったこと怒るかな……でも、もう恋人じゃない……気がする、し、いいか」


適当に思って、ペロリとクリームを舐めとる。この町のお菓子は、なかなか美味しい。


「あ、あの!」


──と。

途中の歩道で、男に声をかけられる。

「……」

反応しないでおこう、と彼女は黙って歩く。行く宛はないけれど。


目の前にいるのは、軽く日焼けした肌の、気弱そうな青年だったが、しかしコトよりもハキハキしていそうだった。

三人連れで、あとの二人は、派手な格好をしているがあまり見ていない。反応せずに歩いていると、一番手前の青年だけ、歩み寄ってきて言った。

「お姉さん、綺麗ですね……!」

「どーも?」

「あの! あの、付き合ってください」

「恋人がいます」


……わけがわからない。ただすれ違っただけで、何を言っているのだろう?

適当に断り、さっさと歩く。


それでも男たちがしつこいので、面倒だなとか、同性以外に声がかかったの、この国が初めてだぞ……どういうことだよ、とちょっと悲しくなってくる。


さっさと横断歩道を渡ってしまえば付いてこ無いだろうと思って、信号を待っていると、目の前、つまり向かい側に、知った顔が見えた。


「クルフィさん! 探しました」


目の前にコトがいる。


「おー! お前も早起きだな!」


なんだか気が抜けて、信号が青になってから、道路を渡り、彼の方へ行くと「何絡まれてんですか」と、呆れたように言われた。


「いやー、絡まれたいわけじゃないけど」


「通りかかって良かった。目立つの嫌いなおれが、わざわざ声をかけたの、なんでか、わかりますか?」


向かい側に、男たちが見えている。コトを露骨に睨んでいたが、コトは別に動じていなかった。

変なところで、意外とメンタルがタフらしい。


「ありがとう。穏便に済ませるのって、苦手でさ……本当に、力がないと、私はなんにも出来ない」


「らしくないですね。何かありましたか?」


「お前こそ、何か悩んでるんじゃないのか? 私、人の気持ちって、よくわからないから……何かしたのかな」


「それは…………」


コトが、頬を赤くする。今までにない対応だ。


「なんだ? 熱でもあるのか」

「ありませんよ。悩みも……ちょっと、進路のことで、悩んでるだけです」

「そうか? 私がなにかって、あいつが言ってたけど」

「……放って置いてくださ────ああ!!」


ん?

コトが突然叫んで、なにかと思ったら、彼の着ていたTシャツに、べっとりとソフトクリームが付いていた。


「あ……」


「わ、悪い」


慌てて持っていたハンカチで拭き取るが、中途半端に染みになりそうだった。


「はあ……まあ、いいですけど。にしても、朝早いですが、クルフィさんはどこかお出掛けですか? おれは、暇だから歩いてましたよ」


「私もだ。気分転換」


「そうですか……」



会話が終わる。

正しくは、話題が無くなった。二人はそのまま、ただ同じ方向へ歩く。


少しして、クルフィは、やっぱり彼の態度が気になってきた。キャノも、自分に問題があると言っていたが……


「なあ、本当に、なにか、私がしたとか、無いのか?」


沈黙さえ気づかないほど、考え込んでいたせいで、彼女は、自分の言葉が、それまで固まっていたはずの空気を動かしたことさえ、あとで気付いた。しばらく沈黙に甘えていたかったコトは気まずくなる。


高架下。河原の方まで来ていたらしい。

この辺は、確か、キャノと来たことがあると、コトは考える。


なんだっただろう。確か、彼女を追って、そばの駐車場? あたりまで来たような。

いや。それよりも。



「あ……アイスさんって、どういう、方なんですか?」


コトは、辛うじて、核心に触れない程度の話題を選んだ。クルフィの質問には答えない。

彼には、そんな直接的なこと、恥ずかしくて聞けるわけがなかった。


ましてや、キャノが、勝手に公認してしまったのもあり、妙に意識してしまうので尚更である。

クルフィが気にしていなくても、だからこそ困る。


「──もと同級生。そして、触ったものを凍らせる『呪い』にかかっていると、言ってたよ」

「呪い、ですか……」

「この辺りじゃ、みんなが『魔』の力と呼んでいるだけで、地域や部族によって、呼び方も受け止めかたも違う、そういう、強い力のことだよ」


「……はあ。なるほど」


「ああ、そういや、お前は、死んだはずの──アイスの結界に触れたと、言ってたな」


なんだ、とコトは思う。少し前、その話題が出たき、クルフィはあまり話を聞いている風ではなかったが、実はちゃんと覚えてくれていたらしい。

「力が、肉体と結び付いて支配による契約をしている、というようなことを、以前キャノさんから聞きました。持ち主がいなくなれば、普通結界だって、消えるはずですよね?」


クルフィは、少し考える顔をした。じっと、コトを見つめている。

な、なんだろう?

コトは、あまり人に見つめられるのに慣れておらず、やはり、まだ挙動不審になる。


「お──おれも、その、呪いの持ち主、なんでしょうか? 今朝も、洗面器の水が凍っちゃって──この前からどうも、そんな感じなんです」


コトは空気を誤魔化そうと、必死に話題を繋げてみる。


「は?」


クルフィが、予想外に目を丸くした。


「え……」


なにか、まずいことを言った?


「お前、つまり、自分の力のみで、水を凍らせたってこと、だよな」


「え、ええ。それが何か」

クルフィが黙る。

美人に黙られると、妙に怖かった。その、なんというか、迫力というか。

「……」

「あ、あの」


うろたえていると、彼女は急に、気が変わった、と言い出した。

気ってなんだと思ううちに、腕を引かれ、共に駆け出す。


「ちょっ……どこに、行くんですか!」


クルフィは答えない。

どんどんと、高級住宅街の方向に歩き出している。

(なんだ? なにか、気にさわるような何かをしたのか……?)


コトが混乱していると、しばらくして、きらびやかなホテルにたどり着いた。

「えーと……」

リアクション出来ずにいると、クルフィはそこで待っとけ、と言い、コトをホテルの前の道に置き去り、中に入っていった。

数分後、出てきたのは、キャノとクルフィの二人だった。


「おっまたせー。コトちゃんコトちゃん、聞いたよー」

キャノは、寝起きなのか、ちょっと寝癖が目立つ髪のまま、服装だけは、派手なスカートを着こなしており、気合いが入っていた。

というか。

「聞いたよ、とは?」

「私たちは、お前を直前の誰かの魔力の波形を吸収し、コピー出来る、という体質だと、理解していた」

クルフィが言う。


「でも、少し違うかもしれない。まだ明るい朝方、近くにアイスがいなくても、水が凍ったんなら、それは、お前の力──ということだよな?」


「ああ、そういうことですか。そういや、ちゃんと説明してなかった気がしますね。俺も、それで────しかも、アイスさんの結界が解けたから、だから、なおさら、ずっと気になってたんです……力っていうのがあるのかは、水が、たまに凍る程度だし、今のところコントロール出来なくて、よくわからない」


「ずっと思い悩んでたのか。そうか。それだったのか」

あれ? だとしたら、私になんの関係が?

とでも聞きたそうに頷くクルフィに、キャノは、肩を竦める。




「……キャノさん、これが新しい家ですか?」


気になったので、コトはとりあえず、聞いてみた。目の前の建物は、以前のホテルより格段に高そうだ。二つの意味で。


「そうそう! ちょっとグレードを上げてみたの。前回はすぐみつかっちゃったから」


「はあ……」



しかし、一泊何万するんだというホテルにちょっとグレードを上げてみた、感覚で泊まれる辺りが、元芸能人は言うことが違うのかもしれない。


「ここまでいくと二人でも、まだまだ余裕で広いんだ! コトちゃんも来る?」

「結構です。宿泊代払えませんよ、こんなとこ」


「そーお?」


「なあ、コト」


しばらく何か、考えていたクルフィが口を開く。

「なんですか」

「思ったんだけど、記憶をそのまま読めばいいんじゃねーか?」


「なっ……!」

コトが固まる。


キャノは「出来るの?

やってんの見たことないけど」と普通に聞き返す。

「キャンディが出来てたからなんか方法あるだろ」

クルフィは平然と言った。呪文はあとから付いてくるだろう、という考えらしい。


「……全く、感覚派なんだから。ちゃんと魔法書とか読めばいいのにー」

「あの文字、さっぱりわからん」

「よくまあ、卒業したよね……」

キャノが、呆れる。

昔からの仲を思わせるやりとりだ。


「そういえば」

コトが、前から気になっていたことを口にする。

「おれたちは、どうして言葉が通じるんですか?」


キャノは、ああ、それ、となんてことないように答える。


「私たちにも、わからない」

「え?」


「予想としては、5人の大魔女が、それぞれに────」


「待ってください、大魔女って、5人居るんですか!?」


そんなの初耳だ。

コトが驚きのあまり叫ぶと、キャノが、静かに!と注意する。


「住宅街はそういうのに過敏なのだから、気をつけて」

「すみません……でも」

「そう。5人だよ。昔は7人、その前は10人居たみたいだけどね。少数精鋭ってやつかな?」


キャノが、改めてそんなことを言う。



「今の日本で、上同士の交渉の際に、代表にされている大魔女が、幻影さんなのよ」


「はあ……なるほど」


「世界を包めるレベルの魔力を持つ魔女は、そう居ないからね。貴重だよ。上空にかかっている魔力制限も、各地に散らばる5人の大魔女の総力で補われているんじゃないかな。──その点で行くと、リルも、あの位置に付けるかもしれないのに」


「嫌だよ。堅苦しいの。あの人たち、ずっと働き詰めだろ?」


「そうだね。でも、もしかしてさ、あの手紙はそのスカウトだったりしないのかな? 彼女らは名乗らないから」


「いやいや……そんな……そんなまさか」


クルフィは、やけに気弱に否定した。どうかしたのだろうか?


「おおっと! 忘れてた、記憶を読み取る挑戦を────」


慌てたように、いきなり、話題をねじ曲げて、コトの方に向き直る。


「いいですよ……折り合いは付けましたから」


コトは、嘘をついて誤魔化す。そうか? と納得していないようだが、クルフィも、その日の追及を諦めたらしく、それから、その話題には、ふれなくなった。



 代わりに、三人で町中を歩きながら、別の話をする。

「──でも、コト。どうするんだ? 顔を洗いたくて水が凍るんじゃ、制御出来てないだろ」


「ですよね……」

..

――凍る、と聞いてはたと思い出すことがあった。

もしかすると、というよりも、ほぼ確実にそうなのではないかと思う。


「あの。俺この前、あの人にお会いしたとき、なんていうか凍りつくような力を感じました。なんだかまるで、自分を見ているみたいだった。ずっと側に居ると魂をもっていかれるとキャンディさんから注意を受けたんですが……その強い力を実際に肌に受けたのでわかるんです、それで、ずっと気になっていて」


「……なぁそういえば、あそこにはどうやってきたんだ? 恐らく強い結界があって、普通には来られない、と思うんだが」

立ち並ぶビルを見ながらクルフィがぼんやりとした口調で聞いてくる。

あのたい焼き屋さんは移動したらしく、見当たらない、と思ったようで探していた。


「ハンターの人が、なぜか、連れてきてくれました」


「ふむ」

 妙だな、と我ながら思うけれど、それでも実際そう言われたのは事実だった。

凍りつくような冷ややかな波動を持つ力、それはあの男の暖かい波動とは間逆の性質だ。けれどどちらも単純に良いとか悪いとか優劣のつけられるものではないと思う。この力を「視る」という行為は彼女たちにすら一般的でないようで、二人して少し不思議そうにしていた。


「そのときは、その人が縄跳び、みたいなのを持ってて『追跡君』と呼んでいましたが……その縄跳びの輪の内側に居ると、道に迷うことがないみたいで」


「なるほど、確かに縄で境界を分けるというのは昔からある手だ。

問題は、接点をどうやって作り出して、どのように力を分散しているかだが、そういったものが人間側に出回っているというのもなんだか違和感があるな」

真剣に考え出した彼女にもう一人も加わり、話し合いが熱を帯びる。

なんだかんだといってもやはり二人は自分よりも長いときを過ごしてきたのだ。


「…………あの、お願いがあります。俺、そのときの、力の感じをもう一度確かめたいんです、それで──」


「私は」


クルフィは少し険しい顔をした。


「あまり、関わらない方が、良いと思う。その縄だって、恐らく……もしかすると本当に昔から居るハンターのものかもしれない、たぶんそいつらは──」


「そのときの屋敷に、あの魔女のところに行きたいのね」


キャノは乗り気なようだった。


「おい」


「いいじゃないの、ちょっと手伝うくらい」


「お前、わかってて言っているのか?」



──二人がまた話し合い始めた。コトはどうしていいかわからず、とりあえず思考を続けた。たぶん古くから狩りをしている家系か、そういうことに詳しい人が背後についているところがあるのだろう。


「下手に勘づかれると、お前も……」


「コトちゃんがそうしたいって言うならその方が、良いと思わない?」


「なにを、企んでる? お前そういうタイプじゃないだろう」


「企むなんて、大げさだよ。

ちょっと出かけるだけ、ハンターに出会わなきゃいいでしょ?

私も手を回すしさ。もしかしたら、良いインスピレーションを得て、制御方法が見つかるかもしれないし」


「そ──れ、は」


 クルフィはまだ何か納得していなところがあるようだったが、それ以上何か言うことはなかった。

(202010131619加筆)






 制御出来てない、という言葉に、自分でなにか引っ掛かりを感じたのか、クルフィは、少し、寂しそうな顔をしたのをコトは見た。

「…………」

コトも、考えてしまう。アイスという人物の結界、それから────


「そうだ。そういえば、『主様か』と、聞かれました」


思い出して、そうこぼすと、クルフィは、恐る恐る、確かめるように聞いた。

「主様か、とそのときの結界に、聞かれて、そうだと答えたのか?」


「はい。それで、クルフィさんの結界が解除されました……あれ?」


これって、よく考えたら、いや、考えなくても、結界が『持ち主』を認識しているじゃないか。

アイスの結界なのに、コトを、主様と認めている。


「どういうことなんだよ……! そんなのって────」


クルフィはようやく、事の重大性に気付いたらしかった。頭を抱えている。


「だから、あのとき、もうちょっと真剣に考えてって、リルに、私言ったじゃない」


キャノが呆れたように言う。


「……肉を食べることしか、頭になかった」


それにそう返し、クルフィは少し申し訳なさそうにはにかんだ。


「……!」


コトは、そのあどけない表情に、思わず目をそらす。

なんで目をそらしたのかは、自分ではわからないが。

(うわ、びっくり、した……)

顔を押さえて、俯いていると、クルフィは不思議そうに、どうした? と聞いてきた。

別に、どうもしない。

どうもしていないのに、顔を上げられないから困る。

どうしよう。

どうしよう。

ただ、何気ない動作に過ぎないのに、こんなに意識してしまって、大丈夫だろうか。



「なんでも、ありません!」



■■



 それから、駅の方まで歩いてくると、何か、イベントをしていたらしく、近くに屋台を見つけたらしいクルフィは、焼き鳥を買いに走って行ってしまった。


 青い空に、誰かが放した黄色い風船が舞っている。子どもが走り回り、ヒーローの真似をしている。焼きそばのにおい。たこ焼きのにおい。

平和で、にぎやかな光景に見とれていると、そばにいたキャノが、話しかけた。


「で、本当は、折り合い付いたの?」


「……放っておいてください。付けようと頑張ってるので……」


この人、鋭いなとコトは苦笑いする。

そりゃそうか。彼女はわりと真面目に、クルフィを慕っているのだから、それに関連したことがらにも、興味があるのだろう。


ああ……もう、帰ろう。

ふとコトは、考えて、通りに背を向けて駆け出した。

彼女たちには、たまたま会っただけ。仕事でもなんでもない。約束もしていない。


「どこ行くの?」


キャノが、後ろから聞いてくるが、コトは、答える気力がない。

なんだろう。

変な、感じだ。

うまく言えないが、実は、彼女がしたことではなく、それにより、クルフィを「知っている」ような、気が強くするようになったから、なんだか、なんだか、いたたまれないのだった。

他人に対して「知っている」みたいで気まずい、なんてことが、あるだろうか。


(元カノと、クルフィさんを錯覚する──的な?)


いやいやいやいや。そういう経験自体が無いのに、俺は、何を言ってるんだよ。

コトは、頭を抱える。

彼女なんか居たことない。もちろん、彼氏も、それ以外の意味でも、恋愛対象と結ばれる経験はない。

だんだん、頭痛が酷くなるのを感じた。


「ああ、もう────! クルフィさんのせいだ……!」

「私がどうかしたか?」


声がかえってきた。

さあっと、顔が青くなる。

ふと気付くと、目の前に、本人が、焼き鳥(4本入り)を、3パック持って立っていた。

手にも、焼き鳥を持ち、口にもくわえている。あれは「もも」だろう。



「なあ、私がどうかしたのか?」

「そ……れ、は」


固まるコトをよそに、クルフィは、くわえていた焼き鳥を食べ終え、ふむ、と考える顔をした。


「ちょっと待って」


「え?」


「んー、と……キャンディは、脳波の電気信号にアクセスしたのかな……」


「あ、え、えと……」


やばい。本当に、彼女は、やる気だ。俺の記憶を読もうとしている。

そもそも、コトが背を向けた方向から来たということは、イベントの通りとは真逆の道から、彼女は来た。なぜだ。


「あ、あの……!」


包み隠さず記憶を読まれるくらいなら、まだ自分で話した方がマシだとコトは、思う。しかし、頭の半分で、このまま伝わってしまえば楽だと、思う。

「ちょっとこれ持ってて」

クルフィは有無を言わさない口調で焼き鳥をコトに押し付け、うーん、と首を傾げる。やがて、指先になにかを集中させて、コトの額に当てた。


「お……」


コトは、固まる。

顔が熱くなっていないか心配だ。


次第に頭に景色が浮かんできた。クルフィが何か、したらしい。キャンディのものとは違い、コトに、直接記憶を呼び覚まさせて、それを引き出している。


──って、何を冷静に考えているんだ!


「く、クルフィさ──」


しばらくぼうっとしていたが、慌てて名前を呼びかけ、彼女を見た。

彼女は、ぽかんと、している。

予想外な反応だ……



「コト」

「は、はひ……」


目が回る、目が回る、目が回る、目が回る、目が回る。


「お前──」

「はい……」


クルフィは口を開き、それからまた閉じる。

どう言葉にすればいいか、わからないという感じだ。


「……あの、ええと」

「すみません……記憶を、読んだんですよね」

「ああ、直接記憶にアクセスするのが、よくわからなかったからさ、コトの体感した時間──体の記憶、みたいなのを、辿ってみた」

「……あ、ええと……俺、別に、その──」


「なんか悪かったな、いろいろ」

クルフィは戸惑ったように、そう呟く。違う。

謝って欲しいわけではない。

「あの! クルフィさんに、こんな、こと言っていいかわからないけれど、その読み取り方だと、風景が見えるくらいで、俺の細かい感情はわからなかったと思うから──」


コトは、思いきって、彼女に打ち明けようと、決心した。


「ん? わかった、聞くから、ゆっくり言え」


クルフィが頷く。

ゆっくり、しかし、思いきってコトは、言った。


「あの、アイスって人の、魂の一部が、俺に入るって──有り得ると思いますか」




笑うだろう。

んなわけあるかと、笑って否定されるのだろうと、コトは予想した。

だが、彼女は、真顔だった。


「魂の、一部、ね」


「あ、あの、ほんの冗談っていうかなんていうか……!」


「心当たりがあるのか」


「……あの。もしかしてアイスさんが、彼氏だった、こと、とか」


「あるわけないだろ!?」


さらっと即答だった。


「……おれ、クルフィさんに触られても、そんな嫌じゃなくて……だから、その、えっと、もしかしてそういうのが、関係するんじゃないかって」


自分は、何を言ってるんだ。だんだん、また顔に熱が集まり始める。


「……それだけ、か?」


しばらく、言葉に詰まったような間が出来てから、クルフィが言う。


「いえ、結界も、おれが、アイスって人の何かを受け継いでいるから、解けたのかもしれない」


「面白そうな話してるね!」


突然、声が割って入ってきた。振り向くと、居たのは銀髪の少女──キャノだった。


「魂の一部なのか、アイスがコトちゃんに入り込めるのか、わからないけれど、そういうものが関わっているのは、僕ちゃんも考えていたよ!」


「うわっ、突然、わいてくるなよ」


クルフィが数秒遅れてリアクションする。


「なにそれー、虫かなんかみたいに言わないでよっ!」

「えぇ……だって、なぁ……」


クルフィが、いつの間にか新しい焼き鳥をかじりながらぼやくと、キャノは、ひどーい、と言いながら、クルフィから焼き鳥を奪い、食べ始める。

「あっ! お前、それ私の」




「いーっだ! ……美味しい! うふふ、リルと間接きっすってやつ!?」


「はぁ……中学生かよ」


呆れたように、諦めて、クルフィが新しい串をパックから取り出す。

そういえば、コトはクルフィからパックを持たされたままだったので、両手がふさがっていると、話に熱が入りすぎて今更のように気付いた。


「コトちゃんも食べる?」

「ああ、じゃあ、残してくれたら──」


キャノが聞いてきて、コトは咄嗟にそう言う。

口に新しい串を差し出された。


「んんー!?」


両手が使えない状態なコトは、口だけでどうにか肉を支える。

キャノはキャハハハと笑う。小悪魔だ。


「……食べにくそうだぞ」

やがて、クルフィが両手からパックを回収してくれて、ほっとしながら焼き鳥をほおばる。


「死ぬかと思った……」


少し冷めた焼き鳥は、それでもなんだかあたたかい。

ゆっくりと、咀嚼しながら味わっているうちに、頬へと生暖かい雫が流れてきて、驚く。

雨でも、降ってきたのだろうか。


「ちょっと脈絡なく泣かないでよ!?」


キャノがびっくりしたように目を丸くする。


「そんなに旨かったのか!?」

クルフィが見当違いな心配をする。


そうか、泣いている。

認めたくないほど急な涙で、視界がぼやけていく。クラスメイトの声が雑音となって反響する。

胸が苦しい。

苦しい。

痛い。


「──おれは、誰とも違わない、人間……ずっと、地味で目立たなくて、平凡で、ただの……そんな人間なんだよっ!」


拒絶が怖い。

怖い。

これが、フラッシュバックというやつだろうか。ぶつけようのない悔しさが、頭のなかを埋め尽くす。


「わからねぇよ、いきなり、そんなこと言われても、俺は、俺でしかないのに! 勝手に区別するんじゃねぇよ……! 勝手に線を引くなよっ! どっちにも入れないなら、どうしたらいいんだよ……勝手に、拒絶、しないで……」


止まらなかった。

止めたかった。

でも、止まらなかった。

あの「目」を、見たくない。自分と他人を見定めて、諦めて、絶望しきったようなあの目────


(そうか……)


あれは、あの男のときは、確かに俺の意思で、動いたんだ。だったら、アイスって人のせいにしているだけで、あれは、自分だったのではないか。

コトは、それをずっと認めたくなかったのだと気付いた。

     □


しかし、だとしたら。

コトの意思が、関わっているのなら。

コトの意思で力が操れるようになるはずである。

「……」


考えるほどに、なんだか変な気分になってきた。変な気分でもあるが────正直、しばらくして泣き止んでから。

だんだん、自分が取り乱したことが恥ずかしくなってきていた。


「…………二人から、記憶を操作出来ないかな」


「出来ないな」


クルフィが真顔で言う。

「してもいいけどー。私達にはプロテクトかけてあるからね」


キャノが楽しそうに言った。

「プロテクト!?」


コトが、羞恥心を忘れて飛び付くと、彼女はそうだよ、とにこやかに頷く。

「強い魔力を持つと、それだけ、エネルギーに対して受ける影響があるからね、他人に弄れないようにしておくの」


「なんでもありなんですか」

「なんでもありなんだよ! コトちゃんも、やればいいよ。簡単だから」


キャノがそう言うので、コトは少しわくわくしながら教えてくださいと言う。

さっきまでの状況は忘れて切り替えるべく、この態度なのかもしれない。

「自分の中で、そうだなー、一番、明確にイメージ出来る事象を、こう、内側に、貼り付ける感じ」


「ええと……」


「私なら、そうだな。

雑音をイメージして、それが、まとわりついて、大事なものを包み込む、みたいな」


「内側……」


よく、わからない。

コトは、少し眉を寄せた。キャノは、まあ、そのうち出来るよと励ます。




「れ、練習、してみます」

コトは、心からそう思いながら、頷く。

クルフィに知られただろう、あれやこれやが、脳裏を掠めた。

やっぱり、恥ずかしい。気まずく思っているコトとは違い、キャノは楽しそうに、クルフィに言う。


「ねーねー、結婚しよう! 三人で!」


「っ!?」


コトは驚きで硬直。


「お前なぁ。なんでそんな気楽なんだよ……どうして突然、その発想を持ち出すんだ」


クルフィは、呆れた目でキャノを見る。彼女は、えへへへ、と気楽な様子でクルフィに抱きつこうとするが、避けられた。

「だいたい、コトにも未来があるし、勝手にまとめるなよ」


な。と同意を求められ、パニックなコトは「あ、あう……」と、よくわからないなにかを呟く。


「ん? どした?」


「い、いえ……その」


「あー、この国は、一夫多妻とか重婚とか、だめなんだっけ?」


キャノが、ふと思い出したように言う。

何を考えているのかわからない。


「そ、そういう、話じゃ……!」


パクパクと口を動かずコトを見て、クルフィが「コトが混乱しちまったじゃないか」と、キャノを注意する。


「ちなみに……クルフィさんは、そういうの、どうなんですか」


キャノがそう? と彼を気にしていると、コトは、目が回ると思いながらも、うまく回らない呂律で聞いた。

パニックではあるが、この機会に、というやつだろう。

キャノは、これだから場を掻き乱すのは楽しいなと、思っていた。


「魔族の結婚は、その契約によって、家族になることで、力を共有化できるようになる、な確か」


「……つまり?」


キャノが聞く。


「強くなるなら、私はそれも悪くないけど。……でも、人間とは、文化が違うところもあるだろう」


どう受け止めればいいか、コトにはわからない意見だった。


とりあえず、結婚によって、繁栄し──魔力をさらに強める契約が出来るから、相手次第では悪くはないという話か。


「いや、あのっ! っていうか、そもそもおれは、まだ、そういうの、わかんないって言うか」



コトは慌てたように言う。

キャノとコトは盛り上がっていて、気付かなかったが、一瞬、クルフィの目は、なぜか、寂しそうな陰りを見せた。




............




二人が一通りそのネタで話した後、キャノはまた何か買いに走ってしまって、クルフィと二人になった。彼女も特に何か言うでもなく、黙って考え込んでいるので、コトも同じように自分のことを独り考えを巡らせて見る。

確かに、人間で居たいのはやまやまなのだ。

 しかしコトにも何となく、自分が普通に感じられない経験くらいはある。

落ち着いてから改めて考えてみても、このまま家に帰って良いのか少しためらっていた。

――人には誰だって、わざわざ知られたくないこと、誰にも触れられたくないことがある。ネタにされたくないこともある。

性的嗜好とか犯罪経歴とか少し特異な力や体質とか。


 こんな心の核心、秘部に触れるようなナイーブな話を少しでも、断片でも自分を知っている者に知られるようなことがあってはならない、と、コトにははっきりと思えてならなかったし、二人に合わせて笑っては見るものの内心はやはりまだ焦りを隠せない。知り合いにバレてみろ、きっと冗談と笑われたとしたって応援されたってこれまで通りの関係でいることができなくなるだろう。

何よりも自分自身が、彼らと自分を違う眼で見てしまう。

違いを嫌でも意識せざるを得なくなり、生活が送れなくなるのだ。 

 この街は、自宅は人間として育ち、周りにもそういう振る舞いを心がけて過ごしてきた場所。その、これまでの人生をかけて創り上げた地味な自分の認識を周囲から裏切る事自体、本当は考えるだけでも足元がぐらつき、全身の血液が凍りそうな根源的な恐怖を覚える。

 そのときには、すべての縁を切り、街を出て行かねばならないだろう。

引越し代金って結構かかるんだよな。今からでも貯めておかなくては。

 とにかく今日はいろいろとあって疲れたし……分からないことばかりだ。


「ね、聞いてる?」

 いつの間にか買ってきたらしいたこ焼きをほお張りながら(この界隈の人ってよく食べてるものなのか?)キャノが声をかけてきて、はっとする。

「何、でしょうか」

「だからー、アイスは、同級生だったけど、でも、リルと何か深い契約があったとかじゃないんだよって話なのよ」

 彼女は髪を結びなおしながら、一旦たこ焼きの入った容器をコトに持たせ、またすぐに自分で持つとそれなりな速さで食べている。

「あ……あぁ……」

 そういえば、そういう話をしていたような気がする。契約。契約に縛られることが多いとかなんとかって言ってた気もするし。

「リルはむしろ、そのとき彼氏がいたからね」

「えっ」

 驚くような声を上げてみたが言葉の内容に驚いたわけではなかった。

何となく、微妙に慣れているというか。誰かとそういう経験がありそうなところはあったし、何百年だか知らないけど生きていれば一人や二人居てもおかしくはないけれど、そもそも彼女のタイプが想像つかないのだ。

「あー……そうだな」

 彼女はどこか上の空のまま答える。何か悩みでもあるのだろうかと、声をかけようとしたが、今度は笑顔になって機嫌が良いかのように振舞った。


「さすがに学校には連れて行けなかったけど、帰ったときとかにしょっちゅう遊んだり狩りとかしてた」

「……へぇ、随分、アクティブな人なんですね」


「やっぱり?」

「いや、だって……みんな、目立つから」

彼女はハハハハ、と朗らかに笑った。

「私はどっちかっていうと、目立つのは嫌いだ。どこに居ても目立ちすぎちまって、それでトラブルになるからな」

「はぁ……」

そうなんだろうか。



「鷹狩りは貴族の遊び――とか言えば格式高い感じなんだけど、普通に食料調達。大昔、私が居た森の中に獣種族っていうのが住んでいたんだ」

 種族か、さすが恋愛感性が広い。たぶん神様くらい広い。いちいち驚いても仕方ないけれど、コトはちょっとだけ、彼女のタイプについて安心のような、変な感覚を覚えた。

「子どものときは人間として生まれて、だんだん姿が獣に変わっていく。

それで、夜にそいつと殺り合ったのが出会いだな。まだ幼かった私はあっという間に食われそうになったが何とか生き延びて相打ち、殺されるのかって思っていたらあっちから『街で暮らしていた頃の話が聞きたい』って誘われた」

「強かったんですね」

「強かったな」

 今でも大切に思っているのだろう、いつもよりどこか穏やかな、しおらしい雰囲気があって、なんだか……と、何か思いかけて、慌てて頭を振る。

冷静になれ!

「今はもう、そいつは居ないんだが――」

彼女がどこかうっとりと何かを言おうとしたものの、少し怒っているキャノが遮った。

「そこまでっ! その話おしまい!」

「何を怒っているんだよ」

「アイツの話は聞きたくないの! すっごく意地悪だし!」

「どうかしたんですか?」

コトが間からこっそり聞く。彼女もこっそり答えるには、どうやらなぜか『彼』は『いじりがいがある』とかで会うたびにキャノをからかっていたらしい。

「はぁ……」

 お前が振って来た話題だろとクルフィが一瞬突っ込むがすぐに切り替える。

「確かにそういう時期もあるんだが、あの種族は基本何の肉でも食べるんで人里に来ることが出来ない。だから……人里に行く私と別れたんだ」

  コトはなんだかちょっと見て見たい。もう少し知りたいという好奇心が沸いた。けれど、一瞬彼女が悲しそうな目をしたのが見え、結局言葉に出せなかった。





202001050153


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