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【音闇クルフィ】  作者: たくひあい
ミライとめぐめぐ
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生体仮想コード:Megumi



 ひたすらに石柱が並ぶだけのつまらないフロアをひたすら歩いていくうちに、段々と奥の方に分厚い扉が見えて来た。

 柱ではっきり見えないものの、複数人の気配がある。

 少々出遅れたが此処で待っていてくれたらしい。


「みんなー」

ミライちゃんが、歩きながら前方に手を振る。

コトも従って呼びかけようとしたが、奇妙な空気を感じてふと立ち止まった。


「待って」

「え?」

「何か変だ」

数メートル先の、彼らと思しき存在が、手を振り返す事も無く、

むしろ「来るな」と言っているかのように首を横に振っている。


「みんな、どうしちゃったの?」

ミライちゃんが引き攣った笑顔を浮かべる。





 そのときだった。

二人の背後で、シャラン、と何か硬いものが擦れるような音がした。

振り向く間も無く、その人は現れる。

耳に花札のような飾りを付けた、長い亜麻色の髪の女性―― 

 白い肌に、長い睫毛。凛々しい瞳。けれど、なんだか冷たい目をしている。


その姿はまるで。




「……リ、ル……?」





 普段耳飾りなんて鬱陶しがって付けない彼女が何故か付けている。

それと、青く波打つようなデザインのドレスを身に纏っていた。

――それもあって尚更に花札の耳飾りが浮いて見える。

正直、似合っていない。

手には杖を持って居るけれど、彼女は普段杖など使っていなかった。


「あの、貴方がリル、さん?」

ミライちゃんが訊ねる。


 彼女は質問には答えなかった。至極どうでもよさそうに

「おや――また毀滅キメツが来たのだろうか?」と言ってニヤリと笑う。それから手にしていた杖を振りかざした。




突風が吹き荒れる。

 花札の耳飾りが風に揺れると共に、近くにあった柱が崩れるように割れた。

体重を支えきれなくなったそれはこちらに向かって倒れてくる。




――キメツ?





「うわっ」


 考える暇もなく二人は柱の当たらない位置にそれぞれ逃げ出した。

間一髪でそれぞれがかわすと、ズドンと重たい音と共に柱が倒れ、砂ぼこりが巻き上がる。

危なかった、と内心で動揺を押し隠している間にも、

花札の彼女はふわふわと浮き上がって再び二人の数メートル前に現れた。


  表情ひとつ変えようとしない。余裕が窺える。

恐らく、わざと少しずれた場所に倒したのだろう。

まるで先に逃げ道を塞ぐ狩りのようだ。



「……あいつらが言うので数秒考えてみたけれど、やはり毀滅キメツは名前の通りにすべきだろう。サイコロステーキにするなら、やはりクジラの方が良いのだが」


  そう言うなり、彼女は柱に魔法を使った。

柱の破片が浮き上がってこちらに狙いを定め、即座に雪のように降り注いでくる。ガラガラガラガラ、と五月蠅い音がした。




「ねぇ――あの人、誰?」


コトが咄嗟に結界を張った横で、ミライちゃんが小さく呟いている。


わからない。





 ――だけど、どうする?

恐らく、このまま結界に隠れていてもそれを破壊しに来るだろう。

近接は無理そうだ。

そもそも、彼女にソックリな『彼女』と近くで戦えるだろうか。

前方が柱で塞がれてしまったので、助けはあまり期待できない。

魔法……杖を使うより威力が落ちるだろうけど、弱い魔法ならすぐに詠唱出来る。でも、何をすればいいんだ。




「さっきから、聞いている。サイコロステーキを食べた事はあるか?」

いつの間に居たのか

ぬ、と顔がすぐ真近に現れ、尋ねて来た。

「ヒッ!!」

あまりの恐怖と動揺に悲鳴すら出なかった。





「サイコロステーキ。知っているか? サイコロのように細切れにされたステーキの事だ。ステーキとは厚切りにされた肉を指す。それがサイコロのようになって――」

 結界の向こうから、ガラスの奥を覗き込むみたいに、彼女が此方を眺めている。

「ありますよ」

花札が、自分の顔の位置で揺れる。

結界越しなので触れる事は無かったけれど、それでも、近い。

「そうか」

彼女は目を細め――何処かから取り出した細身の剣で、結界を勢いよく突いた。

パリン、と軽い音と共に結界が砕け散る。





「しまった……!」


 完全に気をとられていた。




ぐい、と、頭を鷲掴みにされる。


逃げる余裕自体が存在しない。





 彼女はにっこりと微笑むと、囁くように何やら喋り始めた。

どうやら呪文のようだ。

辺りの空間に文字が踊り始め、それと同時に、頭が割れるように痛い。


「……ぐっ」



 不幸中の幸いなのか、爆発などで吹き飛ばしたらサイコロステーキに出来ないというやつなのだろう。

――だからこうやって身体の残る方法で意識をゆがめてくるんだ。


何処かから伸びて来た複数の腕が、首や腰に絡みついてくる。

後ろを確認したいが、とても振り向けそうになく、ミライちゃんがどうなっているのかすらわからない。

 段々と意識が薄れていく。


 「さっき、目覚めたばかりだってのに。もう、二度寝、かよ……」


 





 目を、閉じようとしたときだった。


ふと、ぼやけていく視界が彼女から伸ばされた腕の一本に、赤い液体が付いているのを捉えた。


(あれ……? あれは……俺の、後ろの……)




「ミコ!!!」


あんなに身体が動かなかった癖に。

我ながらに何処にそんな気力が残っていたのだろう。

 その瞬間、どうにか腕の隙間から微かに顔を動かしていて、後ろをうかがうことができた。

 彼女はめり込んだ腕によって脇腹を赤く染めながら、それでも腕を両手で抑えていた。


「ごめん、ちょっと、掠っちゃった」

でも軽く上の方が切れただけだから、と彼女は精一杯笑顔を浮かべている。

「……!」

半分ぼやけた意識の中でも、それなりに深い傷なのが分かる。

 そこをじりじりと抉るように爪が食い込んでいく。


「でも、良かった、コトちゃんは無事みたいだね」





 ずっと思っていた。けど、やっぱりそうだ。

彼女が笑っているのは好感の為なんかじゃない、自分に干渉させない為で――


「そうだ、見て。さっきの衝撃で、ちょっと柱に隙間が出来たから……今ならコトちゃんは向こうに走っていけるよ!」




 優しいのも、自分に干渉させない為。総ての自分をその為だけに否定して、総ての自分の感情をその為だけに利用して、自分と周囲との壁を築いている。


そこまでして、そうまでして、彼女が守りたいものは何だ?


 




 自分さえ誰からも存在しない世界で、

何も厭わず、躊躇う事すらせずに誰かの為に自分を捨てて――――


それでも君が守りたいものが、あるんだろう。


それって、君を、どうするの?


君は、




「私なら、大丈夫だから、早く!!」




2023年11月22日17時31分



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