架空通貨の民
やがて、今の灯りが届くギリギリの辺りまでたどり着く。
其処で、既に見慣れてきたタイルの上に場違いに置かれている四角い機械を発見した。
上部には銀行の名前が書いてある。
久しぶりに見た日常の断片のような人工物になんとなく安堵を覚える。
「……」
機械の前には日本語ではなさそうな言葉が書かれた立て札があり、先頭のキャンディが読み上げてくれた。
「えーと、これより先は規格が違う箇所があるらしい。通貨が石になっちまうってやつだな」
「あ。そういえば、そんな話でしたね」
「大変だー!」
コトやミライちゃんは慌てて財布を確認した。
ミライちゃんはわからないがコトは元々そんなに入れていなかったので半分諦めていた……のだが、まぁ、勿体ないからきちんと現金の形で貯金しておくに越したことはないだろう。
そんなわけで、ミライちゃんとコトは少し時間をもらって手続きをした。
……のだけど。
「あー!!架空通貨の民じゃないでちか!」
今度は機械の更に向こう、暗闇の向こうから以前聞いたような声が響いてくる。
蝙蝠のような羽根を持つ丸い頭の……キメラだったか。
「見失って、もう帰ったかと思ったらこんなところにいたでち」
「架空通貨ってあの1リル100円とかの」
コトが思わず呟くとキャンディが不思議そうに反応して来た。
「1リル100円ってなんだ?」
「……あ、いえ、あの」
ミライちゃんも「1リル100円って何?」と言っている。
テネも「ねぇさんがどうしたの?」と反応して来た。
コトは思わず苦笑いする。
そのときちょうど、でち、の背後から同じような風貌の円らな眼をした人が出て来た。彼らは手にカンテラのようなランプのようなものを持っている。
闇の向こうからこれを持って歩いて来たらしい。
「塾長! 架空通貨の民がどうしてこのようなところに」
その瞬間、でちが彼?を睨みながら小声で「塾長は!架空通貨の民に言うな!」と言っている。まずい呼称なんだろうか。
「そ、そうだ、でちはどうして此処に? メテト様は見つかったの?」
「塾長、どうなんだ?」
キャンディが聞くと、でちは顔を紅潮させながら押し黙った。
そして背を向けて歩いて行ってしまう。
やはり架空通貨の民と深く関りたくないのだろうか。
「ふぅ、それじゃ、改めて1リル100円の話しようぜ」
キャンディが彼らの背中を追うように歩いて行く。
コトも更に後を追いながら突っ込んだ。
「しませんよ!」
架空通貨リルの話は塾長に聞いて欲しい。
……で。
それから数分後。所変わって、というかさっきより数メートル先のフロアの中。
「あああああああああああああーーーー!!!」
キャノが歌う。
「ああああああああああああああああーーーー」
ミライちゃんが歌う。
コトは凄い音圧に思わずビクッと肩を震わせている。
辺りは本当に真っ暗で、互いの気配と、この甲高い声しかわからない。
そこに現れた塾長、でちが「うるさあああああああああああああああああああああああああああああああああああい!!!」
と、言ってから、二人は一瞬静かになった。
なぜ二人が急に叫……歌っていたかというと。
先ほど、キャンディたちがどうにか追い付いたでちによって聞かされたこんな言葉が理由である。
「実は。でちたちは、一旦帰ってから、外の世界の研究の為に架空通貨の民の住む場所と行き来するゲートの調査でこの辺に来たでち」
「そしたら急にこの辺の灯りが何者かによって壊され、此処に居たはずの出入り口のドアも真っ暗闇に驚いて何処かに逃げてしまったんでち」
――とのことで。
こんな暗闇の何処かにこの先に続くドアがあるらしい、その場所を音波で地形を推定する……ということだった。
推定はキャノが魔法でしてくれるらしいけど、今回は地形が複雑らしいので二人でやろうと彼女が提案した。
「酷い! こっちは二人とも一生懸命手伝ってるんですけど!!
ちゃんと測定出来るようにって協力してるのに、うるさいなんて言い方は無いんじゃない!?」
静かになったのもつかの間。
ミライちゃんが唇を尖らせる。
「蝙蝠みたいな見た目の癖に!超音波くらい持ってなさいよ! だからこんな事になってんでしょうが!!」
キャノもそうだそうだと言った。
そのまま、でちは胸倉?を掴まれて空中に浮いたままジタバタさせられている。
「ひぃーー! だだ、だってまるでモンスター」
「なんですって!?」
「もう一度言って貰えるかな?」
ま、まぁ、すごい迫力だけれど。今うるさいなんて言っても何も好転しないよな。
コトは黙って眺めているくらいしか出来なかった。
前方からは、未だに「ホラーみたいに……」
「ホラーって何よ!?」「ひぃぃ」
みたいな会話が続いている。
中身は実在の人間なんだからそんなに怖がることなんか無いのに。
(でも、超音波か……)
確かにキメラの背中のあの羽は蝙蝠を思わせる。暗闇が平気そうな気もしてしまうだろう。
すくなくともミライちゃんたちの声は超音波の類とは違いそうだけど……
(魔力波形……)
ミライちゃんの事は、よく、わからない。
ずっとわからないけど……
意識同調が出来るという点など、キャノと似ている体質があるようだった。
「あああああああああああああーーーー!!!」
キャノが歌う。
「ああああああああああああああああーーーー」
ミライちゃんが歌う。
マイクはないが、この洞窟内に声がよく反響し、木霊していて、すごく賑やかだ。
進むのに必要なのだからしばらく静かに見守るか、とコトは彼女らを眺めていた。
そのとき。
「う……」
ランプの薄っすらとした灯りで、キャンディが頭を抑えたのが見えた。
どうしたんだろう。コトは様子をうかがうようにそちらを見る。
「……な、ぜ」
彼の唇が、なにかに慄くように動く。
「なぜ、あいつの……、ミライちゃんが……」
「え?」
どういう意味だ、と聞こうとしたが、
同時に何処か闇の奥の方から、鈴の鳴るような高い音が響いてくる。
背を向けていて見て居なかったけどキャノが何かしらの魔法を発動したらしい。
「あっちに居るみたいね」
行きましょう、とキャノはキャンディを促した。
彼は数秒固まっていた。動揺しているようにも見える。
「どう、したの?」
彼女が不安そうに彼を覗き込む。
「お前、本当に、あいつなのか」
彼女が大好きだったはずの彼の口から、疑うような言葉が放たれる。
「俺は……、俺は、やっぱり、間違えてなんかいない……」
「なんの話?」
彼女にも、動揺が現れる。
コトたちはただ黙っていた。
キメラたちは「仲間割れですかねぇ」と言っている。
「ミライちゃんの声を聞いて、わかったんだ。音が……波形が違う。あいつの、あのときの波形と――」
キャノは、驚いたように目を丸くした。
「えぇ!? 何、言ってるの。私はずっとこの声だけど」
「ど、ど、どうして私の声?」
ミライちゃんが訝し気に彼を見つめた。
「俺にだってわからない、けど、今ならわかるんだ。そう思えてならない。あいつの波形はもっと――」
キャンディが悲しそうに俯く。
微かに震えた声で、彼は呟いた。
「なんて、こんなこと……一番大変なときに傍に居てやれなかった俺が、言うべきじゃ無いかもしれない。だけど……今後の為にハッキリさせたいんだ。
機械事故のときのこと、俺さんたちに何か隠してるんじゃないのか? 本当はまだ何か抱えているなら話して欲しい」
「……」
キャノは何も言わなかった。
同意だったのか、シカトだったのかはわからない。
けど、少なくとも即答しなかった。
そして何事も無かったかのように、「ドアは、向こうにあると思うわ」と微笑み、さっさと彼を通り過ぎて先に行ってしまう。
「あ! おい!」
キャンディやコトやテネも慌てて彼女を追いかける。
すいー、っと、キャノに似た壁の向こうの少女も闇の奥へと漂うように向かう。
コトはふと、小さい頃に読んだおとぎ話を思い出した。
虹にされた者たち。
それはきっと、生まれたときから大人の手により黒い歴史のように扱われ、存在を保証されることすらない彼女たち。
確かに産まれて、確かに新たな時代を生きているのに、
大人たちが払わなかった黒歴史のツケを払わされる理不尽な存在。
まるで、どこにも居なかったかのように。
機械事故もまた、そんな黒い歴史のひとつとして扱われているのだろうか……
世間で話を聞くことは無い。
だから、開発中の事故の話は本当に彼女たちくらいしか知らないのだ。
2023/11/1112:54




