ペルソナ/ジン
靴音が響く。
一人、二人、三人、四人、五人。
「……」
道はまだまだ伸びていて、しかも途中から灯りもなくなっている。
少しずつ雲行きが怪しくなっていくけれど、5分経っても10分経ってもみんな黙ったままだった。
しばらく続きそうな道中で、コトはまさか初っ端からこんなお通夜みたいな空気になるとは思わなかったなとこっそり思った。
彼女たちは幼馴染かもしれない。けれど少し静かになるだけで、自分たちは結局は他人なんだと痛感させられ、その壁をまざまざと見せつけられるようで寂しくなる。
それでも完全に凹んだりしなかったのは、此処に来る直前にミライちゃんと楽しく会話していた事や、一緒にアイスクリームを食べたという事を思い出せるから。
自分に笑いかけていたあれが夢では無かったから、所持金が僅かに減っているしアイスクリームを食べた感覚も覚えている。
誰かが自分を覚えていて、誰かが自分を認識していると、その記憶があるから自分は一人ではないのだと思い出している。
(……そうでないと、すぐに混ざって、失くしてしまうような気がするんだ)
これまで自分では思いもよらなかったけれど――景気づけは確かに知らないこういった経験の前には重要な事なのかもしれなかった。
なんて目の前のブロンドを眺めながら考えてみる。
彼は、でも、先頭だから……結局一人で景色を見ているようなもので、もしかしたら同じように不安を覚えているかもしれない。と思ったけれど、下手に話しかけるべきなのかもわからない。
(――の、ときも……柱……を見つけた。俺たちは、此処に居て――それは、)
「え?」
コトは思わず後ろを振り返った。
周りは相変わらず此方を見ていないし、黙ったままだった。
「……」
ときどき、これがある。
心が思っている声を、俺が知らないという現象。
コトは暴れ出す動悸を抑えながらゆっくりと深呼吸する。
二重人格――? いや違う。それなら記憶が無い筈だ。
(俺の思考は、誰の思考なんだ?)
(そりゃ、俺だよ)
(俺の記憶が、無いのか?)
(いいや、お前には記憶がある)
(お前は俺なのだ、だったら、俺は、俺なんだ、だとしたら、俺は柱を見つけた)
頭がぐらぐらする。
(意識は循環し流転し続けて居る……それは俺であり、俺は俺であり、それは……)
(あぁ、もう! わからない! わかったよ! つまり、ペルソナなんだろう!)
(まさか。どれも本当。偽りなど無い。仮面も無い。俺は俺だよ。俺でしかない。だってそうだろう? 俺。俺はどうしてあいつらと――ヒトと、マゾクが会話できる?知識が俺と共有されているし、お前は何一つ忘れちゃいない)
(なんで、俺は。俺は此処にいるのに。俺はお前なんか)
(俺も此処に居る)
「……っ」
一人で、わけのわからないことを思いながら、一人なのか?
それとも俺の方がペルソナだった?
――一瞬、脳裏に浮かんだのは『あのとき』使った檻。
氷のリンギニルド。
俺はごく普通にあれを使っていた。
何の疑問も持たなかった。
殺そうと思った。
(もういいや、とにかく、周囲に悟られないようになるべく平静を保とう)
と、している矢先で、今度は再び奇妙な場面に遭遇した。
他の4人もその異様さを感じたらしく、足を止める。
――そして。
「……肉だ」
キャンディがぼそりと呟いた。
「肉だ」
コトも同じくそう言った。
「肉?」
ミライちゃんが首を傾げる。
キャノが「肉ね」といい、テネが「いいにおい!」と言った。
壁に映っているホログラムのマオちゃんが口の動きだけでに、く、と言う。
肉。
こんな狭い洞穴の中で、帽子を目深にかぶった不審な長髪の人物が
キャンプで見かける携帯用のコンロ?で肉を焼いていた。
体格からすると男性のように見える。
――しかし意味がわからない。さっきからずっとわからないが、さらにわからない。
マオちゃんがあの画像を此処に隠していてもまだ理解出来る。
なんで、こんなとこで肉を焼いてるんだ。
あの穴は何処に通じているのか、ますますわからなくなってきた。
「俺もさ、見せたくないプリントとか壁の中にしまってたな」
混乱していると、目の前で唐突にキャンディがクスクスと笑う。
「埋まってた猫とか出てこなかった?」
それに応えるようにテネが言いだし、ニヤリと笑った。
「やめてくれよぉ!」
キャンディが怯えだしたので、みんなが笑う。
※彼らはこういうジョークが好きなようだ。和ませてくれたのかもしれない。
よかった、いつも通りだ……なんだか少し緊張の糸が解れた気がする。
それにしても。
『彼女』は、壁を壊してまで、何処に行くつもりだったんだ?
少なくとも、点検に向かってはいないだろうけど……
「そうね。勢いでこっちから来ちゃったけど、此処は正式な点検口ではないわ。たぶん、どっかから通じてるとは思うけどね」
キャノが苦笑いしながら言った。
みんなどこかで会話のきっかけを探していたのだろうか。
そうだと良いなと思う。
「で、どっちから行く?」
キャンディが冷静さを取り戻して訊ねる。
「どっちっていうか……」
ミライちゃんが、苦笑いしながら、前方を見据えた。
「なんだ? 肉が欲しいのか」
どうすればいいのかと話し合いかけたその時。酒で潰れたようなしわがれた声で、男が喋った。その言葉に、彼女を思い出して胸の奥が痛む。
何も言っていないうちに、彼は勝手に話し始めた。
「ワシはこの辺うろうろしている『ジン』だ。壁の裏側、こっちに迷い込んで出られんやつはよくおるっちゅうんで、こうやってそれらを焼いている」
……あまり知りたく無かったかもしれない情報だ。
(それにしたって、壁の裏側になぜ普通に通じてないんだよ、このタワー……)
スイッチのときは、そんなこともあるかもなーと流せたけど、さすがに、これは、
これはどうなんだ?
なんで壁の裏側に人が普通に住んでるんだ。
どっからでも人が出てくるんじゃない! 天井からも降って来なかったか。
この調子だと地下も危うい。いや、地底人が居たな……
(確か、俺がタワーの故障を直したときにも一部謎の空間になっていたし……)
何? 忍者?
深く考えてはいけないのかも。これも一種のワンダーランドなのかも、と、どうにかつじつまを合わせようとするコトの心境などいざ知らず、彼は「お前さんらは?」と聞いて来た。
「――え?」
コトがはっと意識を戻すと、運悪く彼と目が合う。
「知らないひとに、名前を教えちゃいけないって言われてるので」
「はーっ」
ジンは、呆れたようなキツいため息を吐いた。
「今時の若いもんは……すーぐ、コンプライアンスだの昆布の佃煮だのと言いおって」
「ジンさんはこの辺で髪の長い女の人を見かけませんでしたか?」
コトはビールを飲みだした彼に恐る恐る訪ねてみた。
彼は髭に泡を付けながら酔った様子で答える
「そう、ジン! 偉大なるジンよ、お前こそこの世界を創造している!ワシはそう世間に知らしめる為に。悲劇の舞台ともつかぬ、あの場所に居た少年少女どもを集めて――」
「行こうぜ」
キャンディが小さくコトに話しかけ、コトも頷いた。
ジンが創造主と思われる為に少年少女を集めてどうしたのか気になったけど、あの様子だとしばらく此処にいるだろう。
2023年10月29日1時52分




