天使の討伐依頼
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地下に着くと、キャノとテネが「おかえりー」と言って出迎えた。
しかしすぐに、コトたちの表情が芳しくないことに気が付いたようだ。
「どうかした?」
キャノに聞かれるが、言いたい事があり過ぎて咄嗟に答えられない。
「あの……」
コトはひとまず俯いた。その横でテネが重たい空気をものともせずに明るく言う。
「そういえば今ね、天使の討伐依頼なんてのが回ってるらしいんだ。この忙しいときに、神も天使も……って、すっごい事になってるね」
「天使のですか」
天使はともかく、
――神とは神族の事なのだろうか?
コトはやや焦りながら言う。
「それって、どこで聞いたんですか」
テネは不思議そうに首を傾げながら、ちょっと前に、上の階で鳥たちから聞いたと言う。
キャノは、まるで儀式が始まるみたいだと溢した。
コトは言うか迷った挙げ句口にする。
「あ……その、天使というのはバニラちゃんなんです」
そして、そのバニラちゃんは目の前で連れ去られてしまった。
自分が何者かも知らないまま、組織間の身勝手な策略に利用されて……
一瞬、心の奥底がズキン、と疼く。
(俺だって、俺の事を何も知らない、母さんも父さんも、何も、信じられない)
僅かに出来た静寂の隙間で、先程キャンディから受け取ったニワトリとメロちゃんが、『リンゴ♪ リンゴ♪』と歌いながら足元を歩いている。流行っているのだろうか。
「そっか」
と、キャノは頷く。
元々、勘づいていたのだ。
「バニラちゃん、彼女からは何か、不思議な力を感じていたけどやはりそうだったのね」
彼女もまた、確実な事が分かるまでは何も言わないようにしていたらしい。
力を持つ人間……特に制御の難しい人間が暴走すると手に負えないからだ。
テネは『誰それ?』という反応だったが、後で説明することにしようと思う。
「……でもなんで討伐なんて話に?」
「いえ、討伐なんて話は初めて聞きました」
コトはキャノとテネの目の前に、持っている本を向けた。
「ただ、彼女はこの本の――」
何か言いかけるのを遮るように、
「これ、世界書じゃないか!」とテネが叫んだ。
驚いているらしく、目を見開いている。
「神の意思に基づいて書かれた、この世界の概念を記した書――大魔女の自動筆記で描かれている筈だ、こんな貴重な物を、君が何故」
あれって、そういえば大魔女の自動筆記だったのか……
以前述べたが自動筆記というのは、憑依させた力に任せて筆記を行う方法だ。
魔女は成人になる為に少なくとも大体300ページくらいの一冊を完成させるらしい。彼女の力を使って描かれた本。
「その大魔女から託されたんです。内部に概念を保管しておく場所があって、結界を張りなおす為に重要な物だと」
「ちなみに一応魔法だから、鍵があればこれを開いて、俺さんたちが中の呪文を唱える事も出来るってわけだな」
キャンディがニヤニヤと笑いながら言う。
「やめろ」
テネは嫌そうだった。
「それで――世界書を渡せという事でしょ」
コトが何か言う前にキャノが言う。
「え?」
「さっきの、天使が狙われてるって話、そう言う事なんでしょう」
――何も知らない民間の人間を世界書の認証キーそのものにしていた。
私たちと政府が決めた。彼女が拉致されたのはそのせいだ
ナナカマドの言葉を思い出す。
「恐らく……そうだと思います」
コトは改めて、バニラちゃんが浚われた経緯を話した。
「――けれどどうするの? 連れ去ったのが何処の誰かもわからないのに、探しようが無い」
「いえ、行きましょう」
コトは言った。
「その……なんとなくですけど、鍵も、世界書を開ける為だというのなら、……恐らく生体認証でしょうから。簡単に殺しはしない筈。
今の、俺たちが探されて脅迫を受けたりしていないうちに」
天使は、世界書の鍵だった。
――その言葉は、表面的な情報程単純なものじゃない。
恐らくは一市民に過ぎない自分たちに背負えるのか分からない程の重みがある。
あちら側も天使を狙って動いていたというのは、政府で独断で決まった筈のキーの在り処自体が既に筒抜けだったという事――
つまり会社側、政府側に既にスパイが入り込んで居る可能性を示唆している。
政府側だけでは保持しきれないから市民を利用したのだとしても、
そのルートまで筒抜けになっているのだから、ただ危険にさらしただけだ。
(――俺たちが、世界書の所在がまだ探されていないうちに手を打つ必要がある)
しばらく黙っていたキャンディが「そういえば、あの子は?」と言う。
ふと、振り向いてみると一緒にエレベーターに乗り込んだと思っていたミライちゃんは居なかった。
「あれ……? ミコ……」
「私は、居るよ」
声がして、ふと横を見るとミライちゃんがいつの間にか来ていた。
そして、
「行きましょう」
無表情のまま壁に空いた穴に歩いて行く。
いつの間に、と聞いても良いのだろうか。
どうやって、というのは複数の手段が考えられた。
魔法が使える街での手段なんて数えきれない。
とりあえず、置いて行ってすまなかったと言うべきだろうか。
等と考えて居る間に彼女は振り向いて「あ、そういえば」という。
「アレ。持ってたよね」
「アレ?」
なんだっけ。
いろいろ持たされているから、何の事だったのかすぐに出てこない。
「電気を通さなくする薬」
「……あぁ」
確かに、ポケットに入っている。
「そう。無くさないでね」
コトの返事を受け取って、彼女はすぐに背を向けた。
壁の奥を見つめている。
(なんだか――)
いや、変なのは最初からずっとだけど……それでも彼女の得体が知れない。
――その一冊の重みを知らなかったようだな。
国や世界を相手に、お前ら個人がどこまでやれるか見せて貰おう。
「え?」
ふと、何処かから男の声が気がして天井を見上げる。
誰も居なかった。
キャンディが壁に歩いて行って手を翳す。
「今のところ、数メートル先までは安全なようだな、行くぞ」
10月9日19:06
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「魔族側は神が選んだ土地だから、って言ってるのよね」
「でも、人間側はどうしてその土地を欲しがっているのかな」
「神なんていないでしょ(笑)そんなことに拘ってるなんて」
「居るか居ないかじゃなくて、信念とか、そういうのの問題だと思う」
「なぁにそれぇ」
「この土地は、人間が持っていた土地じゃないの?」
「太古まで遡ると地球は誰のものでも無かったけどね」
「魔族と人間は寿命が違うんだし、魔族の土地だったのかも」
「でもどうして今になって争っているの」
「神様は居るよ」




