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【音闇クルフィ】  作者: たくひあい
ミライとめぐめぐ
135/241

世界書










 ビルに戻り、センサーの前に立って静かにドアを開ける。

内側から話し声が聞こえて来た。




・・・

「だからぁ――『東京に行く』を、この世界で言う人のほとんどは詐欺なの。此処はそもそも込神町であって、もう東京という都市は存在していない……未だに、東京、東京、って言うでしょぉ? たぶん、あっちの半島の人ね」

「………が、……ますが」

「自力で横にならなくて良いから、って健康食品みたいに、今出回ってるのは増産しようとしてるってだけの事で……そもそもそのときから逃げ続けて居るだけのように思えるけれど」

「横に、とは、どういった意味で……」



 話がよくわからないが、聞き覚えのある声だなと思いつつ中に入る。




 既にエントランスには深刻な表情のナナカマドと、大魔女が立っていた。

「!?」

まるでタイミングを計っていたかのような登場に、コトは半分悲鳴のような声を上げる。

  それに、大魔女――エニアグラムが平常時にこっちに来て居ることも珍しい。珍しいだけ、嫌な予感がする。


「貴方たちにはいづれ伝えようと思って居たのだけどぉ……はぁ、まさか、こんな事になるなんて。一足遅かったようね」

気怠そうな、彼女にしてはやけに悲しそうな声。

「あの……こんなこと、って」


言いかけたとき、

「竹馬バニラが、居なくなった事の報告に来たのだろう」

ナナカマドが平然と宣う。

「ずっと目を付けていたが。まさか、あんなところで、彼女が攫われるとは」

「何で知って……!?」

 コトは、驚いてみたものの、すぐに思い当たった。

監視してるんだ。

コトたちだけじゃない。会社は、竹馬ばにらのことも……?


「そうだ。君たちを管理会社に送り込んだときには既に、魔力値を計測していたんだ。人間の魔力波形は電化製品のような一定の波ではない、大きく揺らぎのある形を持っている」


 コトの後ろにいるミライちゃんは、話がよく分かって居なさそうだったが、空気を読んで静かにしてくれていた。

コトは、後で話すから、と彼女に小声で付けくわえながら言う。


「じゃあ、彼女の正体って……」

本当に、魔法を使って居たっていうのか!?


「あぁ、元々計測値や、レイメア――キャノたちの話からもその可能性はあった。だが、彼女は精神的に未熟だ。

思い込みが激しく、高い承認欲求を持っている。

下手に刺激しては危険だと判断し、計測と監視だけを続けていた。まさか、向こうも同じだったとは」




 魔法を制御するには、ある程度の物事に動じない精神力が必要となる。

それは、コトも身をもって経験してきた。

厨二病タイプが魔法を自覚すると、場合によっては『あのときの火災』のようになってしまうかもしれない。彼らはそうなると面倒だと判断したのだろう。


「……やっぱり、戦闘用の司書を導入した方がいいわね」

はぁ、と、幻影の大魔女がため息を吐く。




「あの、えっと、よく、わかんないけど、彼女が誘拐されたのはなんでですか?」

ミライちゃんが、ひょこっとコトの背後から挙手した。


「簡単に言えば、恐らくは企業間の対立によるものだろう」


すごく簡単にナナカマドが言う。

大魔女が付け加えた。


「あれ。監視カメラで見ていたけれど……鳥籠に大鎌を抱えていた。古の魔女狩りの格好だわぁ」

意味が分からず、コトは更に質問する。

「企業間って」

じと、と彼女の真っ赤な眼がコトに向けられる。

コトは思わず目を逸らした。

彼女はそれすら見通しているかのように妖艶に微笑んで答える。


「そう。そぉなの。貴方には前に、話した気もするんだけど……幻影の大魔女が、込神町に結界を張っているのは覚えているわね」

じっ、とコトに目が向けられる。コトは視線を合わせずに頷いた。

「えぇ。それが国との契約でしたね」


「それで、今回も何年ぶりかに地上の結界を張り替えることになっていた。

そのときに、『社長』の邪魔が入ったことがある。

  えぇと、そうね、あまり魔法学的難しい話をしてもわからないでしょうから……何から、伝えようかしらぁ。

なぜ竹馬バニラが連れ去られたのか」



  何処からがいいかしら、としばらく彼女は唸る。

それから続けた。


「まず、私も、タワーに入る前にお渡ししようと思ってたのだけど」


はい、とコトの前に両手が伸ばされる。

その手には分厚い本があった。

  皮の表紙に宝石が付いている。

鍵がかかっていて、高そうな装飾が施されていた。

「これは……」

「世界書。と私たちが呼んでいる、世界の構成要素の概念をまとめ上げた本」

「構成要素?」

「ゲシュタルトと同じような、あるいは、リルも使っていた、ネーミングライツを操る大部分、基礎になる文字ね。ネーミングライツはその構成要素の一部分ってわけ。これを、タワーの内部に置いてきて貰おうと思っていたの。

内側なら、概念が流出しにくいし結界をよりしっかりを張ることができる」

「……えっと」

「世界書は、凄く重要なものだった。『この世界の概念』を記録してある本。逆に言えば、本を直接書き換えたりすると世界に乱れが生じる」


 ――元々は本自体が問題ってわけでは無かった。

魔力の強すぎる子たちが、吸収した魔力を分けて保管しておく為にいくつかの呪文を中に封じる、その程度の意味合いだった。


「で。此処からの説明がちょっと複雑なのよね。

……詳しくは省くけど、つまり持ち主の魔力の影響を受ける純正の本なわけ。中でもより強力で、世界に影響を及ぼす神的な力を持ってしまうのが、神族の本」




なんとなく、薄っすらだけど、話が読めて来た気がする。

神族が関わっているんだ。





「そして、その神族の管理するこういった世界書の一つが、込神大図書館にある、いや、元々、其処にあった……んだけれど、帯禁にしてからも、

個人の文庫ファイルに寄る持ち出しとか、いろいろと堪えなくて。

一応原本が動いたときの対策もしていたの。それが――天使を民間人に紛れさせ、その中に鍵を預ける事だった」


「天使……」


いつだったか、キャノが言っていたような気がする。

天使は風を操るから、自由に飛ぶことが出来るとか。


「だが、常に警戒心を持って居たら、すぐに勘づかれるから、記憶は消去してある」

ナナカマドが平然と言う。

コトはなんだか無性に腹が立った。


「酷すぎる! それって何も知らない一般人を……! 勝手に鍵にしてるのと一緒じゃないですか!」


 バニラちゃんは、何も知らないんだ。

知らないように過ごさせておいて、今度はこんなところに隠していたのかなんて突然言われて、あんなふうに攫われた……


「どうしてっ……」


「そうだな、話を纏めると、何も知らない民間の人間を世界書の認証キーそのものにしていた。私たちと政府が決めた。彼女が拉致されたのはそのせいだ」



 国同士で、政府間で、市民の意思なんか関係なく密かにあらゆる施策が動いているのだろうか。

自分たちも、その一部……?

 虹に作り替えて、表向きの自給率を上げる。

上層が助かるだけで、子どもたちは何処からも居なくなる――



自分の責任が、国や政府の責任とすり替わっている。

そんなの理不尽だ!


「嘆いていても仕方がない。重要なのは今後どうするかだよ」


ナナカマドは淡々と言い放った。

無表情で、感情のわからない声だ。


「あんたが、それを、言うんですか!」


 何処にぶつけたら良いのかわからない怒り。悲しみ。

彼は冷静なまま頷いた。

「そうだ、私が言うしかない。私は、そうする他無いのだから。君も、私も、みんなそうだ」

コトはなんだか黙ってしまった。彼の言う意味が分かった訳ではない。

だけど、確かになんにしたところで此処で嘆いていても時間が過ぎるだけだと思った。


「確かに、俺も何も知らない一般人だったけど、政府の干渉はあったわけで……運よく、まだ拉致されていない……珍しいことじゃないんだ……」


ひとまず、冷静になろう。


「そうだね、報道されないだけで、よくあることなんだよ」


ミライちゃんも雑に同意してくれる。

「大事なのは、私達が、これからどうするか」


2023年9月2日6時26分

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