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【音闇クルフィ】  作者: たくひあい
ミライとめぐめぐ
134/241

バニラちゃん誘拐事件・アポカリプス



その後。

「じゃあタワーに戻ろっか」「そうだな」という短い会話のあとで、ふらふらと歩き出した二人だったが、唐突に抽選会のベルのような音が響き渡った。

(あのベルってやたらうるさいけど、アンプかなんかに繋いであるんだろうか?)


 鳴らして居たのは先程のアイスクリーム屋さんのすぐ隣だ。

「おめでとうございます! また、お花が伸びましたね!」

どっかで聞き覚えのある声のお姉さんがそんなことを言いながら、何やらカードと商品を手渡している。

「なんだあれ」

呆然としていると、ミライちゃんが「アポカリプスだよ!」と言った。

「黙示録?」

ほら、と彼女は持っていた端末の画面をコトに見せる。

 なんだか森の中のようなファンシーな背景に、巨大なお花が揺れている。


「クーポンとかのアプリで、ついでに、スタンプの数とかでお花が成長してね、伸びるんだって。それで、たまに景品がもらえるみたい」

「ふーん」

コトがあまり関心なさげに相槌を打っていると、エプロン姿のお姉さんが近付いて来た。

「……はい、そうですねぇ! ティッシュボックスから、旅行券まで、様々な商品をご用意しています。今はスウィーツフェア期間でしてぇぇって! あぁ!アンタ!」

指差されて、コトも同時に彼女を見る。

「バニラちゃん!!?!」



 バニラちゃん。

以前、ある会社で暴風を引き起こしていた社員だ。

派手に染めた髪に、重ねられた付けまつげ。独特の言葉を喋っている。アラサーとかだったと思う。

昔はキャバ嬢をしていたらしい。今は職を転々としていた。



「あーっ!あんた! こんなところでリア充しちゃって! は? マジで何!?センシティブパーソンのセンシティブなマインドが今超ゴリゴリ逝ってんだけど!」

「この人だれ?」

ミライちゃんはきょとんとコトに訊ねる。

「あー」

コトはあははは、と苦笑いした。

「センシティブバニラちゃんは、それで、今は何屋さんですか?」

「今はアポカリプス担当ですよーっと。はぁ、イケメン居ないかなぁー。今日は見てないの? カレどこに落ちてるんだろう」

「知らないですね」



  コトは雑に答えた。知っていたところで案内など面倒そうだし、それにこれからそれどころじゃない事情に対処しなくてはならないので無駄に危険に巻き込む必要はないだろう。

(次々仕事を変えてるとは言え、ちゃんと次が決められるのは凄いよな……)



 再び人が来て、あっ、いらっしゃいませー! とアポカリプス担当に戻り始めたバニラちゃんを見ながらコトは少し考える。

自分はちゃんと生きて行けるだろうか?

いくら工作員が常に張り付いていて、情報が横流しされ続ける立場とはいえ、

そんなことを紹介所で話せるメンタルも無いし。

いや、そもそも死んだら関係ないのかな。


 ぼーっとしていると、しばらく成り行きを見ていたミライちゃんが苦笑いした。

「しかし物騒な名前だよね。黙示録なんてさ」

そう言って、端末の花を見せてくる。アイスを買うときのクーポンで更にお花が伸びたらしい。

あと30ポイントでたいやきくんのぬいぐるみが貰えるとか。

ナナカマドさんにカオスを入れて貰ったらどんな性格になるのだろう……

「そうだね」

 コトも頷きながら、改めて、帰り路を急ぐ。

黙示録――隠されていたものが明らかになる……

今、まさにそんな状況だ。

乾いた笑いしか出てこない。

とりあえず、少しは気分転換になったかな。

なんて。

思ったところだったのに。


急に周囲に、噎せ返るような暴力的な油の臭いが散った。

 言葉を発する間もなく辺り一面に何か液体が舞った。

赤い血。

赤い雨。

パラパラと、音だけ聞いて居ればチャーハンか何かにも思える程滑稽な雨。

理解が追い付かず、他の語彙が見当たらない。


――数秒、経ってようやく、コトは悲鳴らしいものを上げる事が出来た。

「えぇ!?」

バニラちゃんが居た場所が、真っ赤なインクで覆われて大洪水になっている。

ミライちゃんは、あまりに驚いているのか、目を見開いたまま硬直していた。

「な、何……バニラちゃん!?」

 アポカリプスとか、お花を育てよう、と書かれた紙が一面に散らばる。

赤く汚れて足元に浮いている。

 気持ちの悪い、日常生活でそう嗅いだことのない変なにおいがする。 

 こってりと脂ぎっていて、だけどどこか甘くて……吐きそうなくらいに胃の奥がせりあがって来る。

「バニラちゃん!!」

バニラちゃんは居なかった。居たはずなのに。見当たらない。

代わりに黒いローブを着た何者かが血だまりの中央に立っていた。

 何故か鳥籠を担いでいて、巨大な鎌を持っているのだが、そんなことよりも……その身体は数センチ浮いている。

それは、此方に気が付くと、にやりと薄ら笑いを浮かべた。


「自分が何者であるのか。考える時間はいくらでもあったからな。

知らなかった、教えてくれなかったなどは、なんの言い訳にもならん……まさかこんなところで、こそこそと隠れて居たとは」

「誰だ」


 コトは咄嗟に、ミライちゃんより前に躍り出た。

それ、はコトの呼びかけに気付くとどこか嬉しそうに浮いたまま近づいてくる。

「誰? 誰だっていいじゃないか。ボクタチハ、名前を持たない。持っていたところで、魔女はそう明かさない。お前も名乗らないだろう?」

「彼女に何をした!」

「さっきのセンシティブパーソンか? 安心してほしい、ちょっと眠らせて、依頼者に送っただけだから」

 ちょっと眠らせた、程度の出血量だろうか。

少なくとも軽く手足がどうにかなっていそうだけど……

たぶんさっきから背負っている鎌を使ったのだろう。

「魔女……何処かの魔女の依頼か」

それから、その人物は黒いローブ越しにミライちゃんを見た。

「そこの女」

無機質な声で、呼びかける。

「はい?」

ミライちゃんはやや怯えた表情で、相手を見上げる。

「『なぜ泣いている? あのとき、なぜ泣いていた』」

「え……」

彼女の目が見開かれる。

 コトはどこかで聞き覚えのある質問だと感じた。けれど何処かわからなかった。

少なくとも今は泣いていないし、それにしたところで何故そんな質問をするのだろう。

「なんか意味わかんないけど変態!乙女の涙に触れるなんて、変態だよ!!デリカシー無さ過ぎ!!」

数秒経って、ミライちゃんが牙を剝く。

コトは間からローブに質問してみた。

「おい、魔女っていったが……何処かの魔女の依頼か」

何か聞きだせたら、と思ったのだが。


そのとき辺りに煙が充満し始めた。

彼?が投げた煙幕らしい。周囲が見えない。

「しまった――」

 煙が薄れて来たときには、既に姿が見えなくなっていた。




気が付くと血だまりと、二人だけが其処に居る。

アイス屋さんは避難しているらしい。

 


 なんだったんだろう……

悲鳴さえ上がらなかった。

一瞬の出来事で、少し目を離した瞬間にバニラちゃんが消えた。

底知れない不気味さと、何処かで何かが始まっている気配を感じる。

けれど……今出来る事はそれを報告する事くらいだ。

「行こう。今度こそ」

コトはとりあえず、硬直したままのミライちゃんの手を引いて歩き出した。


2023年8月28日19時54分

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