チョコミントと虹
コトが首肯くと、彼はそれ以上は聞かなかった。そしてさっさと何処かに戻っていく。
怖くなるような一瞬の静寂の後「やっぱりチョコミントだよねー!」とミライちゃんの声がした。
エレベーターに向かいながら楽しげに跳び跳ねる。
「ね、コトも食べてく?」
「え……」
コトが彼女を見やると、彼女は幸せそうな表情で言った。
「だーかーら、チョコミント。景気付けに」
「チョコミントって……なんの話?」
「あのね、今、タワーの下に移動販売のアイスクリーム車が停まってるの!ほら」
指を指されてそちらを見る。
そちらを……地下なので、天井に吊り下げてある監視カメラのモニターである。
タワー付近のビルの前にあるのは、確かに、人気アイスクリーム店の移動販売車だった。
何人かが列を作って並んでいる。
「さっき来たみたい。今日から開店なのかなぁ? もうお客さんが並んでるよ」
「ほんとだ……いつの間に」
チョコミントってこれのことか。
「準備と言ったら景気づけ! 気分は上げていかなきゃね!」
どやっとそう言うミライちゃん。
それは、コトには無い観点だった。
彼女にとって一番重要なのは何かに挑む状況に合わせた気分なのだろう。
まぁ、一理あるかもしれない。
(根暗が更に暗くなっても仕方ないよな……)
なんでこんな目に! とか、工作員達への許せない気持ちもあるし、
生活の事だって、どんな妨害があったところで貯金を切り崩し続けるわけにはいかない。今すべき事もある。
「チョコミントっていうとよく、歯みがき粉の味っていうけどさ、あれみんなどんな気持ちで言ってるんだろう」
彼が黙っている間もミライちゃんは、勝手に喋っている。
「っていうか、ミントの味なんだよ。加工された味っていう意味では歯みがき粉の味とも言えなくないと思うけど、私はそれはチョコミントに相応しくないと思うの。
文法上チョコの味っていうのもその中に含むわけで、正確にいえばチョコを食べながら歯をみが……おえっ、じゃなくって」
「だ、大丈夫?吐きそう?」
もう!とミライちゃんは、ひとりでにジタバタしている。
「コトちゃんが何も喋らないから私がチョコミント談義をする羽目になるじゃないか!」
「別にチョコミント談義をしなくてもいいんだけど」
もしかして、彼女なりに気を遣われているのだろうか?
それともただ、適当にアイスを食べに行く人が他に居るか聞いただけなのだろうか。
「いいえ! 言わせてもらいます」
謎にむきになるミライちゃん。
コトは、別に暇だしいいかと付き合ってみる。
「早朝に用があって科学実験室に入ったときに窓際で育ててたハーブだとか、夏場に友達の彼氏を見る為に無理やり応援に行かされる運動部の練習試合の制汗剤を感じながら休憩時間にちょっとだらけるとか、そういう味なんだよ」
「……複雑でわかんないよ」
「わかんないかなぁ」
「リア充みたいなこと言われても、俺、そういうの知らないし」
「コトちゃん、学校で何してたの?」
学校で────
「……わからない。なにも、見えないんだ。なのに、虹っていう言葉だけ、何度も思い出す」
「虹」
彼女が何か言いかけたとき、壁際のエレベーターが開く。
迷わず乗り込みながらも、ふと、居なくなった『彼女』のことを思い出した。
ミライちゃんも一緒に乗りながら言う。
「そういえば、先生たちもよく言ってたよね、良い虹が出来そうな子がいるかとか。虹に相応しい素質がとか」
「えっ」
思わずミライちゃんの方を向くと、彼女は不思議そうに目を瞬かせた。
「ミコは、虹の事知ってるのか?」
「うーん……」
彼女は複雑そうに眉を寄せる。
「なんか、ネットワーク金庫を介さずに文庫として分けて、虹を運ぶとか? 話し合いしてるのは観たけど」
「えっと……」
いまいち要領を得なくて何の話かわからない。
戸惑っていると、彼女は何度か唸りながら改めて説明を考え、やがて要約してくれた。
「あのね、私夏休み入る辺りの中間?テストのときに、たまたま職員室寄ったのね」
「あぁ」
「そしたら会議中だった。会議中の札忘れてたみたいで、それでこっちに背を向けてたんだけど中で先生達が成績の話してて……その時に私も『虹』って言葉を聞いた」
「どんな話してたの?」
「確か、ネットワーク金庫に預けてある通知表の管理の話、それに、虹になりそうな生徒が居るかって話。
それで、教室戻って、まだ放課後残ってたゴロちゃんとかに話したんだ。
そしたら、後ろで暗ーく本読んでたメガネが『あぁ、聞いたことがありますね』って言うのよ。『学校は補助金の為に、虹を作るプロジェクトに押印済みだ』とか」
ズキッ、と頭が痛くなった。
覚えて……無いと思っているはずなのに、聞いた途端にその景色を『知っている』ような気がした。
――俺たちは、どうせ虹にされるんだから。
どうして、そんな事を言うんだよ!
まだ虹になるって決まったわけじゃない。大体、どうして俺たちが先生達にそんな風に審査されているんだ。
「『聞いたことがあるだろう! この国に純血は残っていない。
大戦の戦火を免れた今居る子どもたちを除いては、この国の象徴で在る者は既に存在しない』」
コトの脳裏に朧げな教室の景色が浮かび上がってきた。
同級生の悲痛な声。
大戦後、日本はいつしか人口すら輸入するようになり、純血、あるいは幼少から日本で生まれ育ったという純日本人が居なくなった。
席から勢いよく立ち上がり、一人がそう言うと、誰かがか細い声でたずねた。
「象徴って、なんだよ」
すると、もう一人は見下したように鼻で笑って答える。
「決まっているだろう、魔法使いだ。
戦時中に戦いで大半を失った、純粋な国力としての魔術師だ。
爺さんが言っていた『秘密の宝石』の話が本当なら、
それは虹のような輝きを持っていたとされる。
大方、国が『量産する基盤となる人間』を選んで虹の塊に仕立て上げ、
都合のいい大人たちで国民自給率を底上げする算段だろう。虹さえ使えば、自分たちの安全だけは確保されるからな」
歪んだ笑顔。
別に歪んで無い筈だが、自身の恐怖心のせいでそう見えるのだろう。
ズキ、ズキ、と頭が割れそうに痛い。
冷や汗が伝う。
「虹……」
量産する基盤となる人間、柱、国民自給率の底上げ、純粋な国力としての魔術師。
――子どもたちの未来は、どうなっても良いって言うのか!
――なぁ、それって俺たちは、虹にされるまでの間しか、自分の存在を残せないのか?
「コトちゃん?」
ミライちゃん、の不安そうな声があがる。
「……あぁ、少し、考え事」
そう言って、コトは微かに微笑んでみた。
エレベーターが再び開く。
1Fに着いたようだ。
8月19日PM3:56




