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【音闇クルフィ】  作者: たくひあい
氷の少年
13/240

クリニック/結晶とコト




     □


「……魔力の気配を察知しましたぁー、と!」


女子高生に、襲われている。女子高生に。コトは、咄嗟に状況を理解出来なかった。


「なんだよ、コイツ」


キャンディが、怪訝そうに、彼女を見つめる。

コトにもわからない。わかるのは、数分前、彼女に見つかり、そしてなんかでかい縄跳びを振り回されていることくらいだった。


「魔女ハンタァーです、と」

「反抗勢力か。おもしれぇ!」


こういうときに、おもしれぇ! とか言い出す人物を、根が真面目なコトは、信用していない。

面倒なことになりそうだなあと、ただ、ため息を吐く。

「レジスタンスが何の用ですか? 魔族も、リミットされて守られてる、立派な国民で、立派に市民です。あと、魔女じゃないよ」


「うるさぁーい。この魔力追跡くんは、あちこちにリミッターがあってもなお、平均以上の魔力を発揮したお前らの存在こそを、危険と見なしたのだっ。と」


「へー」


コトは話をろくに聞かずにさっさと道を進む。変なのに巻き込まれるのはたくさんだ。


「リミッターを無視するなど、高速違反と一緒なのだ!」


キャンディは、話を聞かされたまま、どうしようかと考えている。コトはどんどん先に進むが、途中で、戻ってきてしまった。

……確かに進んだのに、まるでループしている。

うーん……


「魔力があると、魔力に影響されるって言いますね、やっぱりそーなんだあ。この縄跳び! 人からの借り物なんだけどね、と」



「人、って?」


仕方ない、諦めたコトは、女子高生の方に向き直りながら聞く。

やたら目立つ風貌の魔族たちに囲まれていると、どうしても地味に見えてしまうのだが、そういうのを抜きに考えると、なかなか素朴で可愛らしい。

短いツインテールの、活発そうな子だ。

服装は、どこかの制服、だろうか。

この辺りじゃ見たことがない紫色のブレザーだ。


「幻影の大魔女様を知らないのかっ!」


「知らないな」


「じゃあ、こー言えば解るな? 魔女殺しの魔女──かつての再来魔女狩りの生き残り、最強の一人」


「……キャンディ」


「──ああ」


キャンディは、何か考えるような顔をして、そして、動揺で目を泳がせる。


「──大魔女様が、何の……」


「ん?」


どうかしたのだろうか。心なしか、キャンディの顔が青い。


「はっ、いけない。ある、あ、ある、《あるお方》が、お呼びしろと言うから、来いっと!──あぶねええ」

セーフ、と女子高生は大きく手を広げて、安心したように息を吐く。


「……そうなんだ」


 依頼人は、喋っちゃだめだろう。この子、本当に危ないんじゃないか……

コトは考える。

しかしあえて、つっこむ必要は無いだろう。つっこむと負けた気がする。


「どうしますか」


「行くしか、無い。選択肢は無い──」


キャンディが怯えたままガクガクと頷くので、コトも先に歩いていく女子高生の後ろに続く。


「特殊な通路を使うので私から離れると、魔力で遮られて迷子になりますよ! 電車ごっこしていきましょう、しゅっしゅっぽっぽー、と!」


「……幻影、の……?」


 なんだか、どこかでその力に、触れたような気がする。何故だろう。

知っている気がする。


(いや、あれは、アイス、さんか…………?)


「……どうかしたかぁ?」

キャンディが、振り向いて聞いてくるので、コトは首を横に振った。


その後。

キャンディとコトが呼び出されたのは、どうみても廃城だった。

女子高生みたいな子は、途中から、急用があるとのことで、門の前まで案内してどこかに帰った。


白かったであろう壁は、塗料か、別の何かが溶けたのか、中途半端に赤い染みが流れるようにかかっている。まるで血のようだ。


 入った瞬間門の向こうに広がる、きっと立派だったのであろう、広い庭は、何年も手入れされていないようで周りにある木々も、すっかり枯れているし、ところどころで、何かの骨が転がっており、ふとしたときに、風でからから音を立てて転がっていって、キャンディを怯えさせていた。


「うわあ……すごい、ですね」


コトは、思わずそう呟いた。人間が好みそうではないが、確かに、魔女が住んでいそうではある。

大釜やら錬金術やら出てきたらどうしようかと、コトは、昔みた漫画を思い出す。部屋の主人は、いかにもといった感じの、乾いた声の老人かもしれない。



 錆び付いた階段を恐る恐る上り、廊下をしばらく進んだ後、軋んだ音を立てる重厚なドアをノックする。


やがて、どうぞ、と女性のか細い声。


「失礼します……」


キャンディが、少し震える手で押し開いた部屋には、女性と、一人、男性が居た。

「うっふふ。ナナカマドは私直属の部下なのよ──驚いた?」


そう言いながら、にこりと笑う、真っ赤な目の女性と、そして、男──ナナカマドと対面する。


大魔女はコトが考えていたよりずっと若く、美しく見えた。


 そしてどうやら、彼女は骨を集めては、すりつぶして薬かなにかを作っているようだった。


耐性のないコトにとっては、生臭い、妙な匂いが立ち込めており、吐き気をもよおした。キャンディはそうでもないらしい。


そういえば、確かクルフィやキャノが言っていた気がするが、魔族の何人かは、きっとこういう物の扱いも慣れているのだろう。


「あらぁ、そんなに、怯えないで? ねっ? あなた、新入りさんでしょう。話は聞いているわ」


 彼女の声は、どこか、自分を不安にさせるな、と思った。不安定なトーンの、不安定な声。弱々しくて、甘く、か細い、ねっとりと絡み付くような声だ。


「私たちに何の用件でしょうか……」


キャンディが、震え気味な声で、コトの右側から恐る恐る口に出すと、途端に彼女は不機嫌そうになる。


「もう、そんなそっけないこと、おっしゃらないでよぉ……ねっ、ねっ? キャンディさんも、遊びましょう」


「──用が、あると、お聞きしたのですが……」


肩に腕を絡めてくる彼女を押しやりながら、キャンディが聞くと、彼女は唇を尖らせた。


「……これから、ちゃんと言うわよー。だからまず、ちょっと、調べさせて?」

そう言い、今度はコトを手招きすると、頬に勝手に口づけた。


「んー、カワイイ」


 コトは、何も答えられない。ただ、先程から何か異様な力を感じている。

怖い。逆らえない。

圧倒的な恐怖。

格の違いを、全身に感じる。キャンディが震える理由も、少しわかってきた気がした。

……いや、でも。


「そ……それ以上は、やめてください…………」


コトは、さらに露骨に絡んできた腕を、咄嗟に押しのける。

彼女は、ニタニタ笑って、何かを待っているようだ。何を────?


「……さあ、見せて。私に。あなたを」



彼女が言う。

(何を、だって────?)

「あれ……なんだ?」


 コトは急に、目の前がまぶしいと思い始めた。

そして、急に、別の世界にいるような、奇妙な感覚にとらわれる。

光の中で、女性の声と、幼い少女の声を聞いた。



『お婆ちゃん』


『あのね、ジエリア姉さんは……』


(誰だ? ……ジエリア?)


『お婆ちゃん、目を開けて……お婆ちゃん、このくらいの傷、お婆ちゃんなら簡単に──っ』


『ああ、リル。失ってしまったものは、直らないの。ジエリアはあなたに教えなかった?』


『わかんないよ。私、誰より強い魔女になる。そしたら、絶対お婆ちゃんだって──』


『リル、やめなさい──!』


『私の名前は、リルじゃないよ。私の、名前は────』


「……中断! 」


ぱん、と手を鳴らして、大魔女が打ち切る。

コトは、しばらく意識を夢幻と現の間にさ迷わせていたが、気が付くと「今のはなんですか」と聞いた。


「今のは。あなたが今望むもの──の幻影」


「……知りません、あんな少女も、ジエリア、って人も!」


コトはなんとなく苛立った。自分が、なにを、望んだって?

さっきの映像が、本当にそれについての内容なのか、全く理解出来ない。


「……本当に? リルって名前、身近で聞いたことない?」


リル。

あの少女──クルフィと呼んでいたあの少女の愛称もそうだったと思う。


「……業火の」


「あなた、『アレ』が、見えたんですってね?」


「アレ、ですか」


「彼女が、本当はどうしてこの世界に呼ばれたか、興味無い?」


不安定な声。ルビーのような真っ赤な瞳。

なんだか魅せられそうになり、コトは目を逸らす。

この人は、危険だ。

そばに居るだけで、圧倒される。


「……それは」


「はい、終了終了ー」


 見かねたキャンディが、間に入ってコトを引き離した。


「なにするのよぉ」


大魔女は、じろりとキャンディをにらんだが、怯えているコトを見て、あきらめたように息を吐く。


「ありがと」


「あの方を、あまり直視するな。魅せられたら、魂を持ってかれる」


「ええ……」



嘘か本当かはわからないが、確かにあり得るだろうと、思えたので、コトも用心を決めて頷く。




リルという名前。ジエリアは、亡くなられたお婆さん? 彼女は、蘇生を試みて……


そういえば、初めて会ったときも、名乗るとまずいと言っていた。

彼女の本当の名前はなんなのだろう。


そもそも、どうしてそんな名前が付いてしまうようなことになっていて、誰も変えようとしなかったのだろうか。風習かなにかか?


「あら……ここから東に、ある医院に──もうすぐ、現れる」


急に、何かに気付いたように、大魔女が窓を指差した。

「え──」


「あらあら。あらあら。だから、無理矢理な制限をあちこちで強いるのは──ダメだと、申しましたのに。人間どもは、リミッターを規定より作り過ぎた。条約を無視し、個人で付けている。──しばらくは黙認していたけれど、近年、どんどん過激になってきた。人間みたいな体ですが──それでも私たちは、魔法が無いと、生きられない。頭の固い方々には、理解出来てなかったみたいね。ねぇ、早く、ナナカマド」


「承知しました」



 しばらく気配を消していた男が、頭を下げ、それから、彼女の前に立つ。


「ふふ。騙してごめんなさい。本当はね、あなたたちの顔が見ておきたかっただけなの。さああなたたちも、ぼさっとしていないで──私が送ってあげます」


少年、男たちの真下に、それぞれ陣が描かれる。


「転送は、空間を無視する高度なものです。あなたの負担が──」


キャンディが言いかけると、彼女はにこっと笑う。


「大丈夫よ。『ここ』には、そんな無粋なものは、無いから」



 陣が大きくなり、それぞれを包み込んだ。

どういう意味か聞く暇はなく、彼らは力に飲み込まれて屋敷から消えた。





 コトが降ってきたのは、少女の上だった。少女──クルフィと呼んでいた彼女の上。


彼女も彼女で、避ければいいのに、わざわざ両腕や身体全体で、衝撃から庇うように受け止めてくれたものだから、コトは恥ずかしくてたまらなかった。

このときばかりは立場が、逆であれば良かったのに、と思ってしまう。


「あー。何があったか知らないが、大丈夫か?」


「はい……ありがとうございます」


「そうか、怪我はなさそうだな」


ふっと笑って、彼女はすぐに、コトから離れる。まさに当たり前のことをしたという、自然な動作。

いや、彼女の方が男前でどうするっていうのだろう。一人悶々としていると、隣に居たキャンディが、キャノと喧嘩していた。

二人とも、うるさい小学生みたいなレベルで張り合っている。


「美しい俺が怪我したらどうすんだよ! お前賠償出来んのか!」

「はぁ? 私みたいなか弱い子が、あんたなんか支えられるわけないでしょ? こっちに怪我がなかったのが幸いよ!」


「んだと! ばーか!ばーか! 本当は怪力女だろ! 事務所に嘘つきやがって」


「あんたこそどさくさに紛れて変なことしたかったんでしょうが変態! いつまでもガキなんだから!」


「あー、うるせぇ……これだから、両方ガキなんだ」

 クルフィが、頭が痛そうに押さえて、ため息をつく。コトは奇妙な動悸を押さえようと、さりげなく必死になっていた。


 そのときナナカマド、と自身を呼んでいる男が、四人の前を横切る。


それを見て、四人も、その場所を見た。


 どうやらここは町中のようで、背後に──どこかの、小さな病院らしき建物があった。


そしてその中から、異様に冷たい 空気が感じとれる。

ピリピリした、気が圧迫される、嫌なものだ。

「──な、なにが……」

コトが、状況を確認しようと中に入りかけたところで、クルフィが後ろに押し返す。

ガラスが割れ、咄嗟に誰もが結界を貼らなければ、危なかった。


 瞬時に、そして一番広範囲に結界を貼っていたのは、キャノで、咄嗟でも周りをよく見ていることがうかがえる。


クルフィやキャンディは、自分の保護出来るサイズが、咄嗟に出せる精一杯だったようだ。

 コトは、クルフィの背後に回っていたので、彼女の結界内に入っていた。

彼には、彼女と密着しているということが、今日はやけに意識されて、冷静になれず、逃げ帰りたい気分になってきた。


 先に中に入ったらしい、ナナカマド、という男は、やがてひとりの少女を連れてくる。


 ボブヘアーの、緑色の目の、10歳ほどに見える、小柄な少女。


 彼女は優しい微笑みと裏腹に、背後に、意思を持つらしい緑色の生物たちを携えており、そして、その形は、明らかに人間を取り込んだものだった。

その緑色は、増殖を続けている。


「アハハハハハッ! アハハハハハッ! アハハハハ、アハハハ!」


高い声で笑い、彼女は両腕から出る触手のようなものを、入り口で、反応出来ずに固まっている、コトたちにも伸ばしてきた。


「……彼女の、源のコアが、見つからない────」

男が、そう言いつつも、少女を外に引きずり出す。


「なんで、外に! 閉じ込めた方がまだ──」


キャノが慌てて言う。

彼は答えない代わりに呟く。

「……あれらも、人間だ。魔族ではあるが」


「……ですが、彼らは」


キャンディがなにかを言おうとすると、男がコトを見た。

「コト」


「はい」


「やれ」





やれ。

その短い言葉の意味を、考える暇はほとんど残されていなかった。

 しかし、やれと言われたら、なんとかするしかないのだろうか。


「そ、んなことを言われても……」


どうする、どうする、どうする、どうする、どうする。

クルフィは、じっとコトの反応を見ているし、キャノは、心配そうだった。キャンディは、何か怖がっている。


ああ、もう!!

やってやればいいんだろ。 コトはやけになって、少女の前に出た。なにがどうなるかなんて知るか。

……そう思ってはいたが、しかし、いざとなり「やれ」の意味が、急にわかった。


そうか──そういうこと。

「源は──拡散されています。ひとりの人間につき、数ミリ単位で、分裂して、現在の数までが強度を持つ分身を作れる範囲の、最大値だ」


だから、力が分散されているから、うまく的が絞れなかったんだ。コトの視力を、彼は当てにした。


コトが答えた瞬間、男が動いた。すべての人間を光が飲み込み、ひとつの形にまとめたのだ。


そして巨大な光の塊を作りあげると、改めて人間のみを、それぞれの個人に戻した。塊だけが、宙に浮いている。


「なんだ、その技……」


クルフィが驚き、キャンディが呟く。


「彼はどうも、エネルギーのみを抽出出来るって体質らしいぜ。使い方によっては生命を奪ったり、逆に、身体を回復に特化させられる。ただし、高いエネルギーは、さすがにじかに触るとこちらも被害を受けるから、回収自体は別の技術が必要だな」


「なんで知ってるんだ……」

クルフィが彼に聞くと、キャンディはこそっとささやいた。

「あいつの記憶を、ちょっとだけ、見たことあるんだ。秘密だぞ」


「ふうん……」


「ただ、体質的に、他人からも魔力を吸いとることが出来たせいで、魔族にはあまり、その……馴染める能力ではなかったらしい」


──だとすれば、この業務こそが、彼の見つけた道だったのだろうか。

クルフィは考えた。

天職といえば聞こえがいいが、何かに特化すると言うことは、それだけ他のものに馴染むのが難しいはずだ。才能とは、その体質に自分なりの折り合いをつけて、壁を乗り越えた人間が呼ぶものなのかもしれない。




 回収された大きな虹色の結晶はとても目映く、コトは初めて間近で、自覚的に、それを『見た』と思った。


(そうだ、あの男のときは──確か、俺が……)


 自分の中に、怖いくらいに冷えきった感情が、流れ込んでいた。

あれは思えば、何かの前兆だった気がする。


「────確かに、役に立ちそうだ」


ふっ、と鼻で笑いながら男に言われて、コトは微妙な気分になった。

……素直に、褒めてくれないのだろうか、この人は。

「だろ?」


クルフィが得意気に肩を掴んでくる。いやいや、そうではない。なんだか、ムッとした。


「……おれは、道具にされる気はありません。さっきのも騒がしい事態を避けたいという自分の意思です」

はっきり言ったが……しかし、誰も聞いていなかった。みんな、それどころではなく、これはどういう事態なのかと、聞き込みをしている。

コトはがくりと項垂れつつ、仕方がないので、聞き込みに加わる。


「……心を惑わせる魔法がある?」

クルフィの声が、背後でやけに大きく聞こえた気がして、びくっと肩を強張らせつつ、コトは振り向く。そんな大声ではなかったはずだが、どうも、彼女に対して過敏になっているようだ。


「ええ、そう。そして、その隙間に、言葉を捩じ込み、操る……まあ、噂、ですけれど」

「噂ね……」


彼女のそばに行こうと、頭では思う。

のに、足が動かない。


(あれ……なんで、だろう)


なんだろう、妙に意識してしまい、彼女に近寄れなかった。

(今日のおれ、変だな……)


クルフィが、誰か、真っ白い肌に緑の髪の少女と、そんな話をしているのを、なるべく見ないようにして、今度は、キャノの姿を探してみた。



「あ……」

彼女は、奥の方で紫色のベリーショートの髪の少女と話をしていた。

「魔力を解き放てば、魔力を無くすことが出来るって、信じていたみたいで、そういう処置をしてくれって、ドクターに頼んでいたの。聞こえたわ。私彼女と待つ順番が、近かったから。大切な誰かを、傷つけて、自分を責めていたみたい」


はきはきした、低めの声が、やけに印象的な少女だった。

実際、魔力をなくしたところで、魔族の身体は、死ぬだけだ。人間になど、なれはしない。それは、最初から誰にでも明らかだったはずだが、あの緑の少女は、それさえも、忘れてしまっていたのだろうか。

外的要因は、あくまでもきっかけで、根本的には、内側の精神的な不安から、魔力の制御が効かなくなるのかもしれない、とコトは密かに考える。


「そうなの。それで、ドクターは処置を?」

「わからない、あの子が診察室から戻ったら、こうなって」

「ドクターは、無事か、わかる?」


彼女が、首を振ると、キャノは、近くに立っていたコトを呼んだ。

「は、はい?」

「どうか、したの?」

目が虚ろだよ、とキャノが不思議そうに気にかけてくれるが、コトは別に平気ですとしか、答えられない。

だって、なんと言えっていうんだ。急に、クルフィが、気になるなんて彼女に言えば、あらぬ勘違いに繋がるのは確実だ。

「ドクターを探そう」






 それから二人で奥へと進み、やがて診察室の札がかかっている部屋を見つけた。

なんというか、中は古い診療所のような感じで、薬棚、器具やポスター、簡易なベッドの配置が、どこか保健室を彷彿とさせるところもあった。


ただ、違っていたのが、壁際に人骨の模型は飾られておらず、

代わりに、拳大の、紫の水晶の欠片ようなものが、紐で吊るされて、揺れていたり、石の標本のようなものがあったり、よくわからない、干からびた生き物の剥製? が置かれたりしていたことだった。何に使うのだろう。

 コトは、占いか何かの道具で、いくらかの道具を見たような覚えがある。それから、薬用の葉の図鑑が棚の隅に見えている。


「都市の病院と言えども、設備はやっぱり古いね。人間のが多く、そういう予算をせしめてるし、そもそも人間の土地だから、予算が降りないのかも……」

キャノがしみじみと呟く。

コトは「あれは設備と呼ぶものなのか?」と聞いてみたくなったが、魔女の世界に詳しいわけでもないし、ややこしくなったら面倒だし、言わなかった。

集めてるのが、ただの人間だったら、確実にいくらかの道具が、骨董屋から買ったマニアックなコレクションと見なされているだろう。


「あの、すみませぇーん」


キャノが気を取り直して、辺りに呼び掛ける。

そう、ドクターが、まだ見つからない。見つからないからこそ、さっきまで、まじまじと室内を見ていられたわけだ。

なんだか嫌な予感がする。


「あの……」


コトも、きょろきょろと、人影らしいものを探して歩いた。

ベッドで寝ているわけでも、机の下で怯えているわけでもなさそうである。そもそも、気配がない。


「そういえばコトちゃん」

「は、はい」


キャノがいきなり、そういえばなんて言ってきたので、コトはびっくりしてしまう。

そういえばで語られる心当たりは、ひとつしかなかった。


「リルのこと、さっきからずっと意識しているよね?」


「…………」


やっぱりだ、と思った。

彼女は、表情をにこやかに保ったままなので、考えが読みにくいが、もしかすると、釘をさしたいのだろうか。

父さんが言うには、女性の嫉妬は怖いらしいし、おっとりしている母さんは、あれでいて浮気かどうかいつも目を光らせているらしい。


「……あの、おれは」


おれは。

別に。

別に、なんだと言うのだろう?

「ごめんね」


「え?」


予想外に謝られて、拍子抜けしてしまう。


「彼女はさ。強くなることと、食事くらいしか、眼中になくて。昔からそうなんだけどね、なんていうのか、そういう気持ちを、考える配慮が、足りないっていうか」


その必要すら、なかった。

考える手間はいらなかった。

もし何かあれば。


「彼女は殺さずに世界から消すくらい、簡単に出来てしまう。普通、出来ない。魔族でも、自殺とか他殺とか、証拠は残るものなの、でも彼女は」


何かあれば、いつだって、どうにでも出来るから。

他のことは、些細なこと────

殺すとか殺さないとかじゃない、業そのものを、根本から飲み込んでしまう、次元そのものを歪める、深い深い、闇のような────


「わかる? あの子が無防備なのは、それだけ今まで、どうにでもなってきたから。だから他人に、あんなに────鈍感」


「……何となく、わかります」


「でもね、それってつまり、自分より頼れる人が居ないってことだと思うんだよ」


「……」


卒業おめでとう。

そう言った同級生の顔を思い出す。

飛び級できた生徒は少ない。

順当にクラスを上がって卒業する先輩の横に並んだコトを、クラスメイトだった彼らは、春頃には、既にろくに見もしていなかった。


決まった頃にはもう「あいつは自分と違う世界の人間なんだ」と、各自で決め付けて、悟りきっていた。

コトは実感した。

一人だったんだと、感じた。


同じクラスで、似たレベルの人間だという認識こそが、『仲間』という信頼協定を築いており、だからこそ、優しくしてくれていたのだろう。


ただ、足を引っ張り合う仲間が欲しかっただけ。

友情なんて言って、結局それだけ。

友達とか言って、結局、周りにはなにも残らなかった。

寂しい、と言えば、嫌味だと言われそうだ。大人なら「名誉だと思え」と言うだろう。だけど、実際、この立場になれば、そんなのんきなことは言えないに決まっている。

それを──彼女の何かに、重ねてしまう。


「あなたは──優しいですね。だから、そばに居るんですか?」


「ううん。優しさじゃなくて、エゴかな。彼女には、よく助けられて来たから」


「そうですか」


少し、うらやましいと思った。コトにはそれほど想える相手が居なかった。


「……あの」


コトは、彼女に思いきって言ってみようかと思った。大魔女に会ったこと。そこで見た、不思議な幻のこと。

それはもしかしたら──

「何?」


「あ、いえ、その……」


言葉が、重い。

まるで舌が鉛になったみたいだ。

「……だ」

大魔女に。


「大丈夫でしょうか? 他の、人たちは、もう回復しているのかって」


違うことを口走る。

どうしてだろう。ただ幻を見たと、それだけの話じゃないか。

でも、あんなことを、聞いたら、どうしてだが、言葉が、出てこない。


「そっか、コトちゃんは、知らないよね」


 心に空いた穴を、さらにキャノの言葉が、広げた。予想外だった。


「え?」

大丈夫だと思うよ。

そんな明るい言葉が、聞きたかったのに。


「あの女の子が、人間を取り込んだ生物を作ってたとして、もうそれは、戻らない」


「どうして……」




「魔族がエネルギーを使いやすいということは、体がエネルギーを通しやすく出来ているという事なのよ。だからね──他のエネルギーに、自らを取り込まれた際には」


その先を、彼女は言わなかった。コトはその意味を、受け入れられない。嘘だろ。なんで。どうしても?


「私たちもそうだよ。人間ならまだ、エネルギーを通しにくかっただろうけど、純粋な魔族はあそこまで姿を支配されたら、もうほとんど望みがないわ。力と自分との間にあった、支配っていう契約が、他人の力の支配にねじ曲げられたとき、私たちは、終わる」


だからこそ、魔力にそこそこ耐えられて、その上で、力を支配出来る存在が、もし居るとしたなら、自分のような、中途半端な人間なのかもしれない。


「……あの人たちは、戻らないってことですか」


「そう。死んだの」


 キャノは、淡々とこぼす。慣れているとでも言うように。実際に、何度も見てきただろう。


魔族が、あんな最期をとげるなんて、知りたくなかった。考えたくなかった。急に、足元がぐらついた気がして、コトは不安になった。


「……」


ドクターが犯人?

いや、それとも、彼(彼女かもしれない)を操った人間がいたということか。だから、彼女は、ドクターを探そうと言ったのだ。

それは《救おう》という意味ではなかったのだ。

彼女たちは、強い。

残酷な世界に目をそむけず、前を見ている。

自分のやるべきことだけを、考え、ひたむきに信じている。


これまでの自分があまりに未熟で、なにも知らない、幸せな人間だったと、嫌でも自覚させられる。砕けてしまいそうだ。 彼女たちは、どうして前を見ていられるのだろう。


「私の住む辺りの魔女って、主に女系一族なんだけど、家族がほとんど女性なの。それって不思議よね」


「え?」


診察室を出て、廊下を進み始めながら、キャノが急に、話題を変えてきた。

「人間の身体に似ているのだし、もちろん男性もいるのよ」


「はあ……」


いきなり、なんなのだ。コトは困惑する。


「でも、家族は女性ばかり。この謎の答えがあるのだけど、私たちは、クマノミみたいな仕組みなの」

「……魚?」


「家系がずっと辿ると、セイレーンの祖先って話だけど、実際はわからないわ。歌は好き。まあとにかく、私は海のそばで暮らしてて、家族もそう。 ところで、クマノミとかについて、知ってるかな?」


「……群の中で、一番力があったり、キレイな個体のみが性転換し、ハーレムを形成するっていう、いくらかの魚にみられる生態の──雄性先熟を持つ魚ですね」


確か、雄性先熟と雌性先熟があり、男から女か、女から男になるかの違いである。

子孫を残す上で、広い海のなか、そのような小さな魚が互いに食べられたりせずに生き残り、異性を見つける過程は、はなかなか大変なことだったのかもしれない。

異性に成り変わることが出来れば同じ魚に会った際、必然的に結ばれるだろう。


「うふふ、まあ、そんな感じだね」


「はあ……」


それで、どうだと言うのだろう。

力の強い魔族は、力の強さで生き残る必要があり、性差とか考えるどころではなく、生き残るためにそのように進化した、とか────?

うーん。


「じゃ、コトちゃん」


「は、はいっ!?」


「……ちょっと試してみる?」




なにをだ、と思っているうちに、キャノがコトに手を重ねてきた。

「……、……、……」


呪文らしき何かを呟いて(魔女らしいところを初めて見た)、やがて、コトから手を離す。


「な、何を」


「おまじない。完了だよ」

「あ、ありがとうございます」


よくわからないが礼を言い、再び廊下を進む。そう広くない場所だったので、目の前は、既に、受付を過ぎ、入ってきた玄関だった。


小さな待ち合い室の椅子のそばで、緑の物体たちは、微動だにせず、固まっている。


「……」


可哀想に。

自分に出来ることはないだろう。けれど、少し寄り添うくらいはしよう。コトはそのものの近くまで寄った。生き物みたいに動いていたはずなのに、もう動いていない。


「……」


コトは、そっと、その塊に手をかざす。


途端に、パキパキとヒビが入り、緑の物が剥がれ落ちる。それはとてもあっけなかったので、コトも、最初は錯覚かと思った。


「えっ?」


人間が、転がり出てくる。息をしない人間。

同じように、いくらかに手をかざすと、また人間が出てきた。

みんな、亡くなっていた。


「ああ……やっぱりそうだね。コトちゃんは、エネルギーとして燃えている力を、凍らせてはがすことができたのね。失われたものは戻らないけど──せめて」


ヒトとしての、尊厳を────


「ありがとうございます……!」


誰かが駆け寄ってきて、コトのそばで、遺体の前に膝をついた。

つらいはずなのに、ありがとうございますと、コトに言った。


「この姿だけでも、せめて、取り戻してもらえて、良かった」


「…………」


 何人かが、同じように駆け込んできては、泣いていた。なのに、こちらに礼を言っていた。コトは、ひたすら辛かった。犯人に、心当たりがあるような気さえしたのだった。



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