規格コード
彼が去った後、キャノが何処かから頭上にウインドウを取り出し始めた。
透明なパネルが空間に現れ、指で触れるようになっている。
(ゲームか異世界転生ものでしか見ない奴だと思ってた)
「あ、ほんとだ、買えるね」
キャノは慣れた手つきでパネルを操作している。
どうやら此処のコンピューターに繋がっているみたいだった。
コトは順応を選んで訊ねる。
「何を、買うんですか」
彼女は、んー?とあまり聞いてなかった様子で、パネル下の完了キーみたいなのを押している。(横から覗いてみたが、ほとんど魔法文字で書いてあって、コトには辛うじて値段くらいしか判別出来なかった)
程なくして、コトのすぐ足元に小さな陣が出来ると、レジ袋に包まれた何らかが召喚された。
(袋付くんだ……)
拾い上げて中を覗く。
同じ種類の小さな瓶が二つある。
「それは、コトちゃんとミライちゃん用ね」
キャノが画面を見たまま言って、二人に瓶を渡してきた。
なんだろう……
コトはラベルを見てみる。
(何か、毒、とか危険!という感じのフォントが踊っているような……
)リルに教わったとは言え、コトもまだ部分的にしか魔法文字を読めないので細部はわからない。
「それは細胞組織の強度を組み換えて、強制的に電気を通さなくする薬だよ」
キャノは当然の説明のように言った。
人体でそれをやるとなると、なかなかヤバそうな内容である。
「肉体改造ですか」
ミライちゃんがきょとんと溢すと、彼女はそうだよと明るく言った。
「まぁ、二人は半分魔族みたいなもんだし、ヨユーヨユー! 非伝導体になった人間も居るって言う話もあるから、不可能じゃないんじゃない?」
うーん。そうかもしれないけど、でも、細胞の強度が勝手に変わってしまうのはちょっと怖い。
「タワーの内側は、あのときのワープとは違ってまずセキュリティ用の高圧電流があるらしいの。 私たちは魔法耐性があるからバリアやシールドだけである程度防げるとしても、人体はちょっと難しいだろうからね」
「点検で人が出入りしてるっていうのは」
「あぁ、電流が流れないエリアもあるのよ。そちらを普段は点検していると思う。……だけど帰って来れないとなると最深部まで行ってるでしょう」
キャノが冷静に話しているのを見ていると、まぁ死ぬよりマシな気がしてきた。人間と言っても半分魔族みたいなもの、か……
すぐ横に控えていたキャンディが、「俺が先に行く」と言った。
「先頭が一番被弾するだろうからな」
キャノは、そのつもりだったと答える。それからいくつか必要そうな物を、テネも入れて三人で話し合い始める。
コトは妙な胸騒ぎがした。
リル……さんが居ない。
こういうときに、いつも、不安を察して寄り添った言葉をかけてくれた。
初めて会ったときからいろいろと振り回されたけど、それでも……
人の社会に馴染めず同時に魔力の兆候に悩んでいるコトを勇気付けてくれた。
こういうときだってきっと真っ先に、
「まっ、大丈夫だろ。私は強いからな」とそう言ってくれるのに。
って、いやいや。
なんだよ……彼女が何をしてたって、俺には関係ないじゃないか。
居なくたって、別に。
コトは言い様のない苛立ちに見舞われた。
まるで、自分がただ、何も知らずに周囲に甘えていただけだと突き付けられたような──
やがてしばらく、成り行きを見守っていたミライちゃんが「なんか、すごいことになっちゃったね」と言った。
「──えっと、ミコも行くんだ」
コトには、急に現れたようにしか見えない得たいの知れない彼女だったが、彼女は平然と首肯く。
「え? うん。行くよ、私」
「あのさ、魔女とか、マモノとか……大丈夫なの? 俺が言うのもなんだけど……電車でクラスターが起きてからまだ、力とか、周りのこととかって調査が出来てないんじゃ」
彼女は彼の心配に、困ったように笑いながらも率直に述べる。
「うーん、私も、みんなのこと、よくわかんないんだけど、でもなんでかな、なんだか、怖くないの。早く、向こうに行きたいって思ってしまう」
「そっか」
そう言われてしまうと、コトも同じように感じる部分があった。
認識出来てしまう彼女たちの言語であるとか、魔法の事だとか、自分でもわからないうちに身体が勝手に動き出す。それは理屈では無かった。
ミライにも何か特別な事情があるのかもしれないと『アレ』を見た後では確信している。……のはしているんだけど。
などと、思って
いたときだ。
「ねぇ、コト」
彼女はふと、彼を見た。
「何?」
じっと、じぃっと、注意深く見つめる。
まっすぐ、彼に向き合って。
「な、何」
そんな風に観られるのは、慣れていない。
どうしたのだろう。少し、コトもたじろぎ、焦った。真ん丸な目が、彼を見据えている。
捕らわれてしまうような錯覚に陥る。
「コト、ちゃん、私を、ミコって呼ぶよね。クラスメイトが呼んでたみたいにさ」
「……それが」
「それって、どうして?」
「どうして、って」
「コトちゃんっていっつも、教室で、独りでいたんだよね。事情は知らないけど。殆ど友達より、ぼーっと、教科書読んでるか、寝てるって感じで」
どくん、と心臓が高鳴る。
何故なのだろう、何故、今そんな事を言うのだ。学生時代なんてどうだっていい。
「……今する話、なのか」
「私の事は、ミコって、呼ぶの、どうして? 話しかけるまで、ちゃんとは覚えてない私の事を」
「それ……は、ミコって、霊感あるって言われてたし、占いとかやって、当たるって、クラスの子も言ってて、ミライって名前だから……ミコって」
「うんうん。それで、どうして、コトは、それを、覚えてて、私をそう呼んだのかな? 言っちゃなんだけど、まだあのクラスの女子と男子って、意識し合うトコがあったじゃん」
「何が……言いたい」
何を、俺に言わせようとしてる?
彼女は、何を、俺に求めている?
「ね、コトは、自分の見ている景色、信じてる? あのメモ帳の外が、私達の景色だとしても」
彼女の曇りなき目が、逃れようがないほどに、コトを真っ直ぐに射貫いた。
「な……に」
を、俺に。
うふふ、と彼女は笑う。
どくん、どくん、と、コトの心臓の高鳴りが激しくなっていく。
冷や汗が背筋を伝っている。緊張している。恐怖している。
(なんだ、なんで、俺は……こんなに、怯えているんだ)
頭を抱えたときだ。
――『お前には 何が、見えている?』
脳裏に、いつか聞いたあの言葉がよぎった。
――『どこまで、視えている?』
(なん、で……今、思い出すんだ!)
「おーい、そこ、注もーく!!」
と、急に緊張が解れるように、陽気な声が掛かった。
キャンディが二人に呼びかけたのだ。
「はいはーい!」
ミライちゃん、がいつもの天真爛漫な笑顔に戻り、そちらに向かっていく。
コトも身体を傾けてそちらを向いた。
「これからの、探索についてですが! まず、俺が最初に入るところは良いな!」
キャンディがハキハキと喋る。
三人の様子からして、どうやら、キャノ達がこれからのプランについて幾らか要点を纏めた、それを聞く流れらしい。
「えー、続いて! 内部は規格コードが違う箇所が出てきます! これはですね、普段こちら側で使っている魔法文字は大魔女様が統一規格を敷いていました。しかし、ゲシュタルトのような特殊な領域では、大魔女様の関与しない領域が生れます。要するに、これまでの呪文で指定していたものが、いわゆる文字化けする現象が起きるという事です。……まぁ、大抵の物は、この世界と共通の文字、概念認識を持っているので大丈夫なんですが」
ミライちゃんが、挙手する。
「で、キャンディ先生! 具体的には何が起こるんですか?」
「端的に言えば、此処で使っている通貨が、石になります。念のために銀行でセーブしておきましょう」
「石!?」
今更、魔法に突っ込むのは虚しいと分かっているけど、一応コトは突っ込んだ。小人のことを思い出す。普通の通貨が物質変換で石になってしまうとしても、架空通貨は別なのだろうか?
「何か質問はー!」
キャンディ先生が言うので、コトも挙手した。
「はい」
指名され、コトは質問する。
「あの、どうして、詳しいんですか? 行ってないはずのタワーの内部事情に」
キャンディや、テネは、驚いたような、呆れているような、はたまた憐れんでいるような顔をした。
そんな顔をされるだなんて。
――何か、まずいことを言っただろうか?
「今更言う?」
テネが驚いている。
キャンディが、やれやれ、とため息交じりに答えた。
「お前さ、緊急招集が掛かったとき、俺さんたちが『一体何処から帰って来たか』聞いてたか?」
聞いてなかった、と思う。
確かあのときは他の、いろいろに気を取られていて、自分の魔法の話とかで、いっぱいいっぱいで……だけど、『彼女』だって、普通に空港から来たって聞いた気がする。国から、この町まで。タワーからじゃない。
「だって、それは……」
キャンディは首を横に振った。
「リルがどっか経由して空港から来たとしても。俺さんたちは、確か、マモノと戦った話、してたよな。お前は、こっちではそうそうマモノなんか見ないと言った。何故かわかるか?」
――言われてみればそうだ。変だとは思ったんだ。
この町には鬼なんかいないし、マモノなんかいない、居なかった。最近までは。テネたちが狩っているからだと言っていたけど、それにしても、他の人達からもマモノの話題など聞いたことが無いじゃないか。
「……ゲシュタルトに、居た、んですか!?」
「いいや。ゲシュタルトじゃ無いし、タワーからではないけど。でも、別の世界だよ。規格が違うところも沢山あった。そこで、ずっと、戦争してたんだ」
8月1日22:00‐2023年8月8日3時15分




