自動筆記の書
「今話してたのは母が……呪文返しにあった。って、話です」
コトは端的に述べた。
「ふむふむ、呪文返し、呪文返しねー……」
キャノは、不思議そうにぱちくりと瞬きして、オウム返しして、それから重大さに気が付いたように驚いて見せた。
「――な、なんで!? どうして!?」
コトはそこで改めて、ナナカマドに話したような話を繰り返す。
彼女は頷きながら聞いていた。
「なるほど。呪文生成AI、か。連中も卑怯な手を使うようになったよね。洪水も政府が執拗に幻術で誤魔化したがるし……」
――――だけど、何年も前から続くコードがある以上それが『此処数日の目先の情報』のみで触れただけの、間違いだというのは既に解っている。偶然で何年も前、生まれるより以前にまで遡れるわけが無い。
コトは『あの部屋』でその真実を知ってしまった。ずっと続いているのだという真実。
仕組みや理由はなんにせよ、洪水や、他の出来事だって少なくともすくなくともただの幻術なんかじゃない。
だって実際に、死傷者が出ているのだから……
何処かに、この事を執拗に強調して否定する理由があるのだろうか?
そもそも何も気にしないのなら、何も言わなきゃ、触れなければいいのだから。
コトが、バイトの事を思い出しかけたとき、キャノが彼に呼びかけた。
「……ねぇ、もしかしてお母さんも、呪いの影響を受けやすかったりする?」
立ち話もなんだし、ドアを開け地下室に入りつつ「どうでしょうね」とコトは続けた。
「霊感はあるみたいです。昔から、橋とかお墓とかで、幽霊を見たって話してましたから」
そのときに思い出すのが、墓や地蔵や心霊スポットの前では、あまり同情的になってはいけないという話だ。
極力目を合わせず、素通りしなさいと母はよく言っていた。
よくわからないけど、うちの家系は、異端に好かれやすいようだ。
「なぜその事を?」
聞いてみると、彼女はふふん、と得意げに答えた。
「血筋って同じような例えば生命的な危機が三代に渡って続くと、その情報が遺伝子情報に書き込まれるんだって。そうやって、生き残る遺伝子が組み替えられていくわけなのかなぁ。だから、もしかしたら効力が聞きやすいのかなって思って」
それで行くと、自分の家系の先祖は三代以上、呪いと戦ってるんだろうか?
そんな風に考えつつ、コトは自分の気持ちを落ち着かせようとしてみた。
……落ち着かない。
「だけど、ラッキー。火だるまになる呪文とかじゃなくて良かったよね!」
コトが落ち込んでいるよりは軽いノリで、彼女は肩を竦めたり笑ったりしている。
「ただ食べ物だけだったから、指示語が無駄につかなかったのが救いだったのかも!」
「……ラッキーって。まぁ、別条は無さそうでしたけど」
コトは少し怪訝な顔になりつつ、もっと酷い場合がどうなるのかを想像してみた。
……あまり想像が付かなかった。
でも、確かに、早々落ち込みすぎるものでもないのかもしれない。
「魔女狩り大戦のときは、火だるまとかあったんですか?」
彼女は、そりゃあ勿論、と謎に胸を張った。
「戦時中は酷いもんだったよ! 魔法使いの町では、呪文返しは割とあるんだけど……それこそ火だるまになったり、氷漬けになったり、刺殺されたり――――」
「されたり?」
コトが聞き返す。彼女はそこまでで言葉を区切ると、彼女はどこか寂しそうに言った。
「大規模に、シンクロして町中皆殺ししたりね」
どくん、と鼓動が跳ねる。のを誤魔化すように目を逸らす。
「皆殺し……」
人殺し。そう、あちこちで『彼女』が呼ばれているのを聞いている。
彼女自身、あまり自分に他人が寄り付かないようにしているところがあった。自分が傍に居ると迷惑がかかるからというように。
いつも、どこか距離を保ちたがっていた。
あるいは自分の痕跡を常に消そうとしているようだった。
たまに見せるあの、思い詰めたような目も、何かそう言った事情が絡んでいるのだろうか。
「リルは人より、魔力が大きいからね……一度発動すると取り消せないんだよ。――――それで、いつも無理に他人を遠ざけようとしちゃうの」
キャノは、彼女なりになにか思ったのだろう。
続けて言った。
「でも、あれも、どっちかっていうとみんながいけないんだよね」
「どういう意味ですか」
コトも、少し気圧されながら問う。
「あの子の家、実家で権力闘争があって、本当なら魔力の強い順に当主が決まるところとかを、家族全員で嘘ついちゃったの。
それで、使うなっていつも言われてた力を持て余した結果の事故なんだ。こればかりは、みんなが共犯なんだから」
「……」
コトも洪水を起こしているのだろうか。
使わないようにしているだけでは、力が溢れてしまうのだろうか。
みんなが共犯なら、なぜ彼女にだけ責めるような言葉を浴びせているのか。
「――――そういえば、東成くつおが、『戦力応援隊』になる事にしたって、言ってたな、『お母さんも取り込んで』って」
「え、あ、会ったんですか!?」
「うん。それに、キメラの子にもね。タワービルの入り口で会ったんだ。確かもう一人居て戦ってたっけ……ゲシュタルトの民に『本』の在り処は解ったのか? とか言って……」
――――じ、情報量が多い。
コトは一旦脳内を整理しながら考えてみた。
戦力応援隊? 指名手配犯のグループが一体なんの用で母を取り込んでいるんだ。
正体を隠して定期的に連絡を取っていると思われるとこからも、怪しさが、作戦染みた根回しの意図が伝わって来る。
戦うって、ニーアか? あの場に居て消えたのはニーアと、メテトくらいだし……ベヨネッタの辺りは知らないけど。
それと、本……?
「そうそう。本。たぶん、神族の関係の本だと思う」
「神族の」
「自動筆記って知ってる? あれだよあれ」
「自動筆記――――確か憑依されるような自動作用に任せて筆記を行う事ですよね」
「おっ、謎に詳しいね」
キャノが楽し気にそう言ったとき、
ふと、振り向いてみた。他の人達はまだ来ていない。
何故だろうか、緊張故なのか、繊細な話故なのか、思わず背後を確認してしまう。
どうしたんだろう、遅れる理由でもあるんだろうか……
改めて、彼女に向き直る。彼女は本の説明をしてくれていた。
「私達は、成人するときに一冊は自動筆記で本を書くんだ……、300ページくらい」
「300ページ!?」
「自分の中に有る言葉を確認する意味と、自分の中の力と対話する意味があるんだ」
「へぇー」
「凄い魔力を秘めているものもあるんだけど、そりゃ自動筆記の書だから、制御無し、リミッター無しの言語が溢れかえってて、他人が引用するだけでも大災害になったりするんだよ」
「ひぇっ」
文字通りの魔法書が、こんな誕生をしていたなんて。
「そういう本を管理してるのが、テネたちの神族なのだけど……」
「ゲシュタルトの民、達がなにをしたいのかはわからないけど、
留めて置きたい言語を何処かに隠しているって事はありそうなんだよね……それが、『本』って事なら有り得るかも」
「それって、危険な呪文とかを封じて置いた本を兵器に組み込もうとしてるって話でしょうか」
「そうそう。それそれ」
うーん……
呪文生成AIに組み込まれた指示言語無しでも一応動く魔法。
自動筆記の本。災害を執拗に隠蔽する政府。
無意識下からでも呪文を生成したり内側の力と対話するというのを魔法使いも伝統的に?行って居る。
(……これが魔法の基礎なのか)
「コトちゃんも、もしかしたら持っているんじゃないかなぁ。自動筆記の魔法書」
唐突に言われて、何故だか酷く動揺する。
別に焦るような事は無い筈だが、いきなり言われたのでちょっと驚いてしまったのだ
「俺は、そんなの……」
何か言いかけていると、彼女はエレベーターのある、外へと歩いて行った。
「あ、誰か来るかも」
そう言って廊下に出ると、彼女は戻って来なくなった。
不思議に思って様子を見に行くと外には既に人だかりが出来ていて、ミライちゃんたちが集まっているようだった。
(……壁の前に集まって、みんな何してるんだ?)
そう思って、同じことを考えて居たらしいナナカマドと一緒にエレベーター付近の壁まで近づいてみる。
そしてそこで見てしまったのは、壁にぽっかりと開いた大きな穴だった。
「あれ、リルは!?」
キャノは『輪』の中で、疑問を呈している。
「みんなと居るんじゃないの!?」
キャンディが首を横に振る。
「いや、こっちには居なかった。お前といるんだと思ってたけど」
「私も知らないよ!」
どうも、リル、さんが居ないらしい。
コトは壁に大きく開けられた穴を『視』てみた。
――――深くてよくわからない。
「これって、あの子が開けたのかな」
「さぁ」
二人が話し合っていると、テネが横から言った。
「ねぇさんなら、あり得るかも……本のこと、探してたし」
ミライちゃんが、目をまんまるにして驚いている。
「本……! こんなところに本が!?」
ゆっくりと歩いて来たナナカマドが難しそうな顔をした。
「単独行動は関心しないな」
キャンディが「でも、あいつ、そう簡単にやられるタイプじゃ無いし大丈夫じゃないか?」と呑気に言っている。
キャノは、困ったような顔をしていた。
「だけど、……中、暗いよ!? オバケ居るかもよ!?」
はっ! とテネが口を手で覆っている。
「オバケがなんか問題なんですか?」
コトが背後から口を挟むと「びっくりしたぁ!」と言いながらキャンディが彼を見て、身体を微かに動かすと輪を広げた。
「なんでもねぇんだ。オバケってちょっと怖いよな。俺さんもちょっと怖い」
明かにニヤニヤしながら言うので、コトはどうとらえて良いかわからなかった。
「ウラヤマシー!」
ミライちゃんが楽しそうに片手を上げて言う。
「恨めしや!」
コトは反射的に突っ込んでみた。
その後、すぐ横を振り返ってナナカマドに聞いてみた。
「ナナカマドさん。この穴って、何か知らないですか?」
彼は首を横に振った。
「私たちは、何も知らないが……ふむ」
「此処の調査許可をくれ。リルが危ないかもしれない」
彼が言いかける間に、キャンディがいつになく真面目な顔で懇願する。
待って、とキャノが、持っていた端末で連絡をとってみるが、繋がない。
「……出ないや」
彼女はがっくりと肩を落とした後、私からもお願いします、と頼む。
コトはそーっと穴まで手のひらを翳してみた。ほとんど、掻き消されようとしているけど、微かに、魔力を使って開けたような感じがある。
そうこうしているうちに、ナナカマドは「いいだろう」と頷く。
「でも、何も持ってきて無いよ?」
キャノがちょっと不安そうに言う。中は制限装置の影響をもろに受けるはずだが……
コトたちは出発までまだあると思っていたので特に買い出しにも行っていない。
せっかくある程度旅費を貯めたというのに。
お店に戻る? とナナカマドがやれやれとため息を吐いた。
「中に入るとき、ある程度は、料金制で転送してやる」
――と。そのときだった。
彼の端末に電話が掛かって来た。
「……香典返し? 香典は送ってないが……叔父さんが死んだ?」
少しして通話を切ると、彼はなんだか複雑そうに顔をゆがめる。
「まったく、意味がわからん」
「あの、なにか」
コトは恐る恐る聞いてみる。
「このタイミングで……香典を送ったのか!と電話が来たんだ」
と彼は端的に答えた。
「わからない……呪文返しの話題をしていたタイミングで、
お前に香典返しを送ってやると、勝手に叔父が住所を聞きだしているらしい。香典など送っていないのに!」
苛立たし気だ。
話を聞いても、どういう意味なのかわからないが、彼自身も分かっていないようなので、コトたちが詳細を訪ねるのも難しそうだ。
――おじさんが死んだ……
叔父が勝手に香典返しを送り付けようとしている…?
雰囲気からして、叔父とおじさんは別の人物なのだろうけど、呪文返しの話をしたタイミングで香典返しを送ってくるだなんて確かに不気味だ。
偶然と片づけたい気持ちもあるだろうけど、でも住所を聞きだしていきなり送り付けたい叔父さんって……しかも香典なんか送ってない。
妙だな。前にも、このような事が在った気がする。
『彼等は、何処にでも潜んでいて、黄身と白身のどちらが好きかを聞く』
『詐欺じゃ無いですか』
その、おじさんって、まさか――(山本たちのような、工作を?)
コトが何か思いかけたとき、
彼は「もう出発するんだろう?」とみんなに向かって言い放った。
そして、「時間はない。準備をしておけ」
と言い残すと、踵を返して歩いて行った。
2023年7月25日6時14分‐2023年7月27日17時00分




