AIとヒアソビ(了)~キャノとキャンディ~
(それとも――――)
やがて、パリン、と乾いた音がして結界が破られる。
こんなにあっさりと破壊されるものなのか。
コトは思わず固まってしまった。強度が足りない。だけど逃げるのも間に合わない。
あんな炎で焼かれたら人間の細胞組織が壊れてしまう。だけど、動けない。
『破滅の時に気付かないとは、なんと弱く、愚かなものだ!』
いつか言われた言葉を思い出す。
――――強さの定義がエスパーとは、驚いたな。
強く目を瞑ったものの、火の粉が降って来ることはなかった。
キャンディがコトを抱えて、機械の後方側に瞬間移動したからだ。
「キャンディさん……」
「危ねぇ。此処で死んだら、タワーの調査どころじゃねぇだろ」
真っ青な眼と、人形のような無表情。
こういうときに真近で見ると尚更迫力が増して怖い。彼も何か怒っているのだろうか。俺を……?
「ありがとうございます」
脇に丸太みたいに抱えられているので頭に血が上りそうだったが、やがてコトを床に下ろすと彼は立ち上がり、ハンマーを構えなおした。
「とりあえず別の階に移動してくれ」
そう言ってコトやミライちゃんを見る。
同時に上着から何かがひらりと舞った。
写真だ。
……それも、白銀の髪に真っ赤な眼をした幼い少女の。
「――――あぁ」
じっと床を見ていることに気が付いたようで、彼はやや気恥ずかしそうに目を逸らし、それを回収する。
噂にはあったけど本当に好きなんだろうな、と思ったが、コトは何も言わなかった。二人の関係はよくわからない。
ちなみにミライちゃんはというと、未だに何やら怖い表情で佇んだままだったが、連れて行っていいのだろうか。
「炎の出所はわからないな」
ミライちゃんはポツリと呟く。
「おかしいな、メインとなる人格は、あの母親からなのに」
何がどうなっているのだろう。
自分だけが浮いていて仲間外れなような気がする。
炎、といえばキャノが巻き込まれた事件も炎が絡んでいた。まぁ、今関係あるかは知らないけど。
目の前で、AIが再び蠢く。
しばらく無言でAI生成を切っていたテネがやや息を切らしながら
「動力源を絶とうよ」と言う。
「どうやって」
キャンディが言うと、彼は、じっとコトを見た。
「君の母親が術に利用されているなら、何者かが君の母親の知り合いと通じている可能性が高い」
「え、だって、これ」
機械の後ろで改めてキャノに電話を掛けてみる。
返って来た返事は、コトに連絡したのはキャノじゃないというものだった。
そういえばニーアもどこかに行ってしまっている。
「このAIは『ネーミングライツ』が更新されたことを気にしていた。いわばネーミングライツの支配下なんだ。この町でネーミングライツを更新出来るのは限られた人しかいない」
「……キャンディさん」
コトはすっと立ち上がって金髪の彼を見た。
「何」
「AIの断片から父さんの記憶記述の痕跡を探せないか」
「やってみる」
テネに後は頼んだ、と一方的に言うなりキャンディはすぐさま機械に手を翳す。解析中、暇だったのか彼はコトに話しかけた。
「あのさ」
「はい?」
「キャノのこと、どう思う?」
「え、良い子だと思いますよ。その、優しくて、強くて、ちょっと変わってますけど、慣れれば」
彼は、じっとコトを見ている。何が言いたいんだろう。なんだか気まずい。
「……えっと。その」
「俺、自分で言うのもなんだけど、女の子に好かれる事が多くてさ」
「でしょうね」
「でも、実際みんな騒ぎたいだけで、本当は俺自身のことなんか興味ないって感じだった。
寂しかったんだ。ハーフの子が欲しいから付き合ってくれとか、あんな女よりとかって勝手に貶めあったりするの見るだけでも、俺ってなんなのかなぁって、こっちの話なんか誰も聞いてくれない、選ぶのは俺なのにな」
「はぁ」
コトにはあまり関わりのない世界の話だ……
「キャノは俺があの街に引っ越して来たときに、その人だかりの輪に加わらなかった子でさ」
「はぁ」
コトが知らない世界の話だ……
「ひとしきり王子様って騒がれて、みんなが去っていったあと、小馬鹿にしたように笑った。『せめて王様になりなさいよね』って」
――彼女自身が見た目や能力で一方的に言われる経験を何度もしていて、
だから俺を見ているのも辛かったらしい。
「それで続けて『馬鹿にされてるだけだよ。もっと自分の意思を表さないと! だからあんなのが寄って来るんだ』って逆に怒られて。あんなこと言われたの、初めてだったんだ」
瞳に輝きが灯っている。いつもより笑顔が柔らかい。
「良い話ですね」
「まっ、でも、あいつ自身が、『その陰湿な女共』に絡まれることになるんだが」
「…………」
さすが、歩く修羅場発生器。嫌われても仕方ない気がする。
「『でも、あんたのせいでしょ~!!なんとかしなさいよ!!』 って言うのを眺めてるのも悪くない☆」
「助けろよ!!」
ウインクしてる場合じゃねぇ。
思わず突っ込んでしまった間に「解析出来た」とキャンディが言った。
手を横にスライドするように空間に伸ばすと、光の文字列が表示される。
「これは……恋愛感情のようだな」
コトにはよくわからないが、彼は文字列に手を翳したまま何やら呟いている。
すぐ横で、ナイフの音がした。
テネが何かと戦っているようだが……
そういえば、と周りを見るとコトの周囲に誰かの結界が張ってあった。
専念しろと言う事か。
「……父、」
コトはところどころ自分でも読める魔法文字の文字列を読み上げる。
「父、弁護士、裁判……慰謝料……女……」
コトの口をついて出たのはあっさりとした言葉だった。
「やっぱり、父さんの不倫相手のこと、片付いて無かったんだ」
「父さんの!?」
キャンディがやや驚く。話の流れ的には母親の、だと思いそうだが……
「不倫のことで裁判をするという脅迫を受けている? だから母さんは従って」
脳裏に浮かぶのは、『東さん』と、『リカちゃん』という単語。
何故彼女たちが母に絡むのかわからないけど。
もしかしたら関係があるのかもしれない。
結界が解除される。
少し心配したのだが、景色はところどころ焼け焦げているものの、テネもミライちゃんも元気そうだった。
「此処には居ない、遠隔操作だ」
キャンディが端的に述べる。
「そっか」
テネもこちらに背を向けたまま端的に返した。
カキン、と刃物に硬い腕が触れる音がする。
母さんのようなものは案外硬い材質らしい。
コトが思っているうちに、キャンディが『父、裁判、慰謝料、』を、呪文としてAIの中に投げ込んだ。
(正しい術式ではないが、機械は自身でどのような効力や意味があるか考えたりせず、作者の呪文をそっくりそのまま読むので反抗不能、問題は無い。)
会話の間も忙しなくテネと対峙していたAI母さんが突如うめき声をあげた。
「グ……う、う、ぅう……う、ああぁああぁああ、あ、アアアアアアアアア……!」
何処かの指示と、呪文が拮抗しあっているので身動きが出来ないのだ。
召喚呪文も少しずつ効力が弱まる。
それが頭を抱えて呻くうちに、やがてAIが一回り、二回りと小さくなっていく。
母の姿だったものもだんだんとメッキが剥がれ落ちていく。
「よし、このまま!」
コトがなんだか勇気が湧いて来た、と思った瞬間だった。
――――それは、口からぼたぼたと血を流した。
やけにリアルな血。
「……っ」
どくんと、心臓が高鳴る。
「どうかしたか?」
キャンディが聞いてきて、コトはなんでもありませんとそっけなく答えた。
敵を倒せるのに一瞬だけ戸惑った自分に戸惑う。
やがて母の姿のAIは、奇妙な唸り声と共に消滅した。
(2023年6月19日22時55分‐2023年6月24日11時04分)




