AIとヒアソビ
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――――よし。検査は、一通り、異常は無いようだね。少し、内臓の働きと……コントラストが見づらいようだが……まぁ、気を付けて居れば然程支障無いだろう。
――――先生
――――ん? どうかしたか? 何か、身体におかしなこととか、そうでなくても、何か悩みとか、力になれる事があるかもしれないし……
――――……あの……これって、家族にも、見られて、聞かれるんですか?
――――いや。医者には守秘義務があるからね。手術とかは場合によるけど、
例え家族であっても、同意無しに秘密を公に喋ったりはしないよ。
――――本当は、こんな私、知られたく、無くて……
うまく言えないけど、『家族』には『他人』であって欲しいというか……
――――医者が家に行くわけでも無いからね。
《テレビでみんなに報道するわけでも》、《ドラマの脚本になってみんなが見るわけでも》無いから、家や学校での話題にもならないよ。
まぁ、そのときは医者っていうよりBPOになってしまうね。アハハハ。
――――あの、性別ってありますよね。
――――あぁ。
――――人間って、ありますよね。
――――君も、僕も人間だよ。
――――身体ってありますよね。
――――ジェンダーの話かい?
――――……
――――さっきも言っただろう、《テレビでみんなに報道するわけでも》、《ドラマの脚本になってみんなが見るわけでも》無い、
さっき上げたような『公の場』、を指すそこで出てくるわけではないんだから。
家や学校での話題にもならないし……
私は脚本家でも無いからね。私が喋らなければそう広がりはしないよ。
――――その……自分が複数居るって思う事があるんです。
――――多重人格の話かい?
――――そうでも、なく。私は私を記憶しています。
私は、私で、私は私達と私の中で、私を認識して私をしているんです。
多重人格って他の人格はメインの人格がいるそのとき意識に居ないんですよね? そうではなくて、トラウマとか、そういうんじゃなくて、ずっと。
生れたときから。
――――でも、それって、うまくやれているって事だろう?
全ての君と共存している限り、なんの問題も無い。
――――……それが怖いんです。私は私と共存しているけど、
他人には私は私にしか見えない。
例えば、誰かに好かれたとしてもそれは総合的な私の事だから。
――――誰かに想われているのかい?
良い事じゃないか、それならそれで。
――――……
『体が複数ある夢を、今も見るんです。忙しいときに、自分がもう一人欲しいと感じるようなものじゃなく、もっと、内面的な――――右手を見ているとその左手を探していて、左手を見て、右手をもう一つ探していて』
『整形出来ても性転換手術があっても、身体を増やす手術は存在しない。
心が苦しくて張り裂けそうになる』
――――私って、何を求めているのでしょうか?
何を求められているんだろう。
私は誰で、誰が私?
どれも私で、
『自分が自分じゃないみたい、……という自分はどの自分だろう?
いや、自分は自分しかいない。じゃあ自分じゃない誰かは』
――――愛されたい、のは、結局誰で、
私だと思われているのは誰で、
私は、総て私で、
・・・・・・・・・・・・・・・・・
ミライ、ちゃんは、クスクスと笑う。
「このタワーに、こんな些末な物を付けていたとは――――」
「……ミライ?」
思わず口を突いて出た名前。
「私は此処に居るよ、コト」
彼女に聞こえては居るらしい。淡々と、そう答えてくれた。
なんだか、少し怯えている彼を安心させようとしている感じだ。
それに……なんだか愉快な物でも見ているかのように、魔物を消していくテネやキャンディを遠目に眺めている。
「どうしたんだ?」
彼女は、それには答えない。
―――と、そのときちょうどAIによって生み出された分身がミライちゃん、に飛び掛かった。
口を開け、炎を吐き出す。
「……!」
咄嗟のことで、『彼』も誘導出来なかった。ほら、だから逃げないと、と呆れたように言う用意をするのがせいぜいだったのだが――――
なんと、彼女の目の前で炎は消えてしまった。結界で弾いたというより、魔法そのものが効力を奪われたかのように、彼女に近づいた瞬間に立ち消えている。
「いや、違う……」
よく見ると、そうではない、彼女は『それ』を手でわし掴んでおり、攻撃呪文がただの《記述に戻されて》いるのだ。
今まで、魔法をどう防ぐか、抗うかしか教わってこなかった、経験してこなかったコトにとって、それは衝撃的な場面だった。
すっと前に歩み出る彼女は、淀んだ目をして、静かに言う。
「火遊びとは、感心しない――――ねぇ?」
薄っすらと笑みを浮かべて笑っていた。
やがて、彼女は掌に残った記述を丸めて、伸ばし、粘土のように弄んだ。
その後、再び向かって来る存在に向けて、ぽい、と投げつけている。
それはさながら、食べた後のキャラメルの包み紙みたいな軽さだ。
「ヒアソビ……」
彼女は一体……
コトが圧倒されているうちに、機械から出て来た他の個体も動揺を示し始めていた。目の前で仲間の術がただの効力の無い記述に戻ってしまったのだから。
しかも投げつけられた個体は、命令と呪文の境界がわからなくなって自らも混乱していた。
「ァアアアアアアアアアアアアアアアアァアアアアアアアアアアアアア」
断末魔の叫びが上がると同時に個体の身体が、所々泡になっていき、他の個体にも動揺が伝わる。
「AIにはコアが無いから、所詮こんな物、なのだけれど――――」
寄って来る度にぐしゃぐしゃになった記述で遊んでいる
彼女の掌から、やがて大きな記述の塊が零れ落ちる。
それを彼女はひと撫でした。
「でも、不思議、このAIの中で、熱い炎は燃えている……この輝きは、誰のものかしら。ただの記述じゃ存在し得ない。中に、誰か居るのね」
2023年6月15日3時21分




