魔女殺しの魔女
3
音闇クルフィ
◆◆◆
高い場所が苦手だという『彼女』は、男を、ある廃墟に呼び出した。
「あれだけの制限を付けてこの数値──」
事前に受け取っていた、ダブルグリップで留まった紙類をひらりと振り、中の数字を読み上げる。
そのなかには名簿があり、いくらか『男』が知っている名前もある。
「ええ、その通りですね」
「──うふふふ、面白いじゃない!」
ケタケタと笑う「彼女」は、真っ黒な髪に、不安定に揺れる、真っ赤な目をしている。顔はとても白く、腕は折れてしまいそうに頼りない。
昔は豪邸だったのだろう、シャンデリアやテーブルがあちこちに倒された廃墟には、血とアルコールを混ぜたようなにおいが充満しており、男には正直、気分が悪いと思えた。
彼女のかかとの低い、ワインレッドの靴が、艶めきながらも踏み潰しているのは、何かの骨だ。
おそらく、鳥類の。
足元に、そんなものがばらまかれた部屋は、異様だった。
「ですが──」
男が何かを言おうかどうしようかと躊躇っている間に、彼女は、バラバラにした骨を拾い、背後で横倒しされたままの戸棚から小鉢を持ってきて、まるで胡麻のように、すりつぶす。
背中になぜか、大きなフォークとスプーンが羽のように交差して突き刺さっている彼女は、先ほど「昔の大戦で、刺されたまま抜けないのよぉー。シャワーのとき、ちょっと困るのよねぇー」となぜか大笑いしていた。
彼女の、その生々しい後ろ姿を呆然と見守りながら、男は言葉が出てこない。
「ねーぇ。『炎の魔女』さんは、美味しいのかしらぁー」
細く、鳥のような声で、彼女は言う。美味しいのか。わかるわけがない。
だが、彼女はきっと、それほど冗談のつもりではないのだろうと思う。
だって、彼女は────
「あら、やだ、そんな、昔の話よ? 真に受けないで。私、もう、美食家は引退したのだから」
青い顔をしていたらしい、彼女は慌てたようにフォローする。
「魔女殺しの魔女──誰が呼んだか、忘れたけど」
鉢のなかを熱心に掻き回して男の方を向き、彼女は、改めて儚く笑った。
「──私、食べただけなのよ?」
<font size="5">Episode5.違反の存在と、魔女殺しの魔女</font>
クルフィたちが『病院』に着くと、他の患者──つまり、魔女たちに会った。ここに来る人物の多くが、リミッターでの制限が、身体に負荷をかけてしまって、体調が狂った者たちらしい。
キャノは、前から自分で持っていた医学書で、関連する項目を読んでいる。
読み歩きは危ないのだが、彼女は熱中して注意が聞こえないので、仕方なく、クルフィは彼女のそばに、何かあったら支えられるように付いていた。
「んー、治療方法自体は、なさそうだねー」
「……おい、読むなら座って読めよ」
クルフィがあきれていると、正面の、木のドアが開いて、中から小さな子どもが出てきた。
「おねーちゃんたちも、なんか病気ー?」
髪の短い、活発そうな少女だ。つりスカートが似合っている。
クルフィはどう答えようかと思った。キャノは、そこでようやく少女に気付き、代わりに答える。
「うーん、院長さんに、お話があって来たんだぁ」
少女は、やや驚いたような目をして、面白そうに言う。
「ここの、前の院長の噂、知ってるー?」
「え……さあ」
「なら、いいや。今の院長さんは、あんまり、会った人はいないみたいだよー。クリニックの名前にもなってるのに」
「詳しいね、あなた」
「うんっ。私、魔力とは関係なく、もともとそういうの、見えるから。あ、おねーちゃんたちの過去は……」
「やめろ」
クルフィが唐突に言葉を挟んだので、二人とも黙ってしまう。やがて、フォローするように彼女は続ける。
「……あんまり、その、話したくないんだ。ごめん」
「そっか、わかった」
ただならぬ何かを感じたらしく、少女はすんなり諦め、去り際にポケットから出した飴を二つ投げてきた。
「じゃあね。また会えるといーね!」
咄嗟にクルフィが受け取ったのはイチゴ味の飴と、リンゴ味の飴だった。
「やるよ……私、甘いものは、ちょっと、控えてるっていうか……」
「うん」
キャノは二つとも開けて、口に放り込む。
そして、舐めながら言った。
「……そういえば、どうしてるかな。コトちゃん」




