ニーア
・・・・
最上階を目指していたコトやミライちゃん、でちたちは、
途中のフロアで足を止める。
「どうしたの?」
フロアを突っ切るにはまだ数メートルある。
ミライちゃん、が首をかしげるとコトは腕を伸ばして彼女を止めながら「様子がおかしい」と言った。
「様子?」
ミライちゃんも、壁際に身体をくっつけて、フロアの奥を覗く。
遠くてよくわからないが、誰かいる。
黒いローブを纏った……
「リィン……ニーア……」
「え?」
コトが短く何かを言う。何を見ているのだろう。
「水星の……魔、女……――――?」
「ふん、Auto directly Installation――――AI、とは。この水星の魔女が考察するところ、《パワーゲーム》の申し子といったところか。
外殻層を破壊し、ベツセカイと繋げてしまおうと言う事だな。くだらない玩具だ。ゲシュタルトの民もつまらんことをする」
奥の方に見える誰かが、タワーに繋いである何やら禍々しい機械を触っている。
「しかし、この水星の魔女が考察するところ……確かに此処は何やら通常の建物とは違うようだな、此処になら、『本』があるかもしれん」
「なにあの鬱陶しい口癖……」
「しっ」
ミライちゃんが正直に言うので、コトは思わず窘める。
「誰かいるのか?」
水星の魔女(?)が、きょろきょろと辺りを見渡すので、コトたちはその場で固まる。彼女は、ヒールの音をさせながら、コトたちを探してフロアを歩き始めた。
「や、やばい、近づいてくるよー!」
ミライちゃんがあわわわ、と慌てる。コトも、背後を振り返ったり逃げ道を探したりしてみたが、今のタイミングで逃走するのは難しそうだ。
「ニーア! いちいちくだらない考察を混ぜるのをやめろ! お前らに渡すものは何もない!」
水星の魔女の背後からキャンディの声もする。
どうやら合流出来そうだ。
「ふん、水星の魔女が考察するところ――――そこの金髪も、中々面白いモノを持っているように見受けられる」
水星の魔女の意識がキャンディに向くと共に彼女が一瞬コトたちに背を向けた。「今だ!」
――――と 走り去ることは出来なかった。
コトの端末の着メロが盛大に流れたからだ。
しかも、いろんな情報量が多すぎてパニックになったコトは、思わず「はぁ!!!??? フレンチトースト、ウインナー!!!?」と叫んでしまった。
その端末にはメールが一件。キャノからだと思って開けたら、母の名前が書いてあり、『フレンチトーストと、あとウインナーを沢山買って来てください』と突拍子もない内容が書かれていた。
「こんなときに何言ってるんだよ!!」
同時に機械の轟音がして――――。
――――フレンチトーストと、ウインナー!!
無機質な咆哮となって、フロア中に響き渡る。
「え、喋っ……!」
AIが、母のメールの内容を取り込んでしまった。
と、同時に、わらわらと、灰色の女性型が生成される。
「フレンチトースト、ウインナー……」
じっ、と水星の魔女がコトを見た。
目が合った。
にやりと笑われた。
「やはりそこに居たか。逃げずとも、追い付くくらいその気になればいつでもできると言うのに」
でちが、水星の魔女を睨みつける。
「ニーアめ……」
「おかしいな、魔法記述のみを読み込むはずなのだが……日常会話を読み込んで起動するとは。所詮ポンコツだったと言う事か」
水星の魔女が呆れたように機械を見下ろす。
(違う、機械のせいじゃない……)
コトにはなんとなく現象がわかった。
記述言語自体が、コトと同期している。
「フレンチトーストと、ウインナー!」
「フレンチトーストと、ウインナー!」
「フレンチトーストと、ウインナー!」
「フレンチトーストと、ウインナー!」
「フレンチトーストと、ウインナー!」
「フレンチトーストと、ウインナー!」
ニーアの姿を真似たようで、灰色の女性型はみるみるうちに黒いローブを纏い、すごい速度で増殖を続ける。
――――それだけでは無かった。
ぞろぞろと歩きながら、口から炎を吐き出し始める。
「なんで! 炎の記述なんて含まれてないのに!」
さすがにおかしい。コトは、確かにフレンチトーストとウインナー、を刷り込んでしまっているだけで、火の概念を与えていない。
どうしよう……
一人一人の放射時間は短いので、かわせばフロアがちょっと焦げ付く程度だが、どこかに燃え移ると大変だ。
「おやおや。意外と火力が高い。亡霊でも吸い込んだかな。しかし、変だなぁ。過去に囚われる亡霊が、フレンチトーストとウインナーなんて言うだろうか?」
「フレンチトーストと、ウインナー!」
「フレンチトーストと、ウインナー」
現れた数人、4人ほどが、コトたちの方に呻きながら走って来る。
あのときのカオスの存在と似たようなものだとしても、こっちは本当に、個人んとしての心というよりは量産されただけ、という感じだった。
深海魚にも、確か居たような……
「コト!」
廊下の向かい側から、キャンディが現れる。
「なるべく魔法は使うな! AIに呪文生成されてしまう」
わかっては居たが、コトたちは魔法が使えないと、殆ど攻撃出来ない。
逃げるしか無さそうだ。
「キャンディさんたちはどうするんですか!?」
コトが言うと、別の声がした。
「僕たちは、慣れてるからね。なんとかするよ」
何処からともなく、テネが現れ、『それ』に短剣を向けた。
キャンディもハンマーを取り出している。
魔法武器……
コトは、なんだか胸が痛んだ。
何故なのか、自分でもよくわからない。
(『彼』なら、剣を使えるのに……)
――――車ー!
――――車、バッテリー切れかかってるみたいです
――――あらまぁ……!
外で誰かがしゃべっているのが聞こえる。なんだか無性にイラっとしながら、ミライちゃんの腕を引く。
「逃げるぞ」
しかし、彼女は動かなかった。
「……行こう、ほら」
気付かれていないのかと改めて手を引いてみるも、彼女は腕にメロちゃんを抱きかかえたまま退こうとしない。
コトはなぜこんなに自分が苛ついてるのかよくわからなかった。
母の事故、家庭を含めて大きくなる疑念。
自分が貰っていいですよねというようなあの言葉、
タワーの記述が自分と共鳴を起こす事。
駅前から町の中まで再び静かに侵食を始めている宗教団体。
海外から来た魔女狩り組織やレジスタンスのこと。
……それに今、ミライちゃんを、なぜか無性に守らなくてはならないような、そんな気がするのだ。
そうしないと世界すべてが崩れていってしまうような、恐怖にも近い強い衝動だった。
その想いの強さ自体が気持ち悪い、自分の心なのに感情がついていかない。
彼女は赤の他人で、自分には無関係な筈なのに
こんなに熱くなるなんて、自分らしくないじゃないか。
無気力で、無感動で、全部どうでもよくて、どう転んでもどっちでもこなして――――そうやって器用にやってきた。なのに。
「っ……、ミライ!!」
彼女が顔を上げコトを見る。
――――何を考えて居るのか読めない、深く淀んだ瞳。
まるで、別人みたいだ。
コトは圧倒され、黙ってしまった。
「ミライ……?」
2023年6月5日20時37分‐2023年6月13日16時00分加筆




