レーズン、ドゥルルルルルルルルルルル
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キャノが東成に続いて中に入ると、彼女の目の前にだけ光の輪のような物が現れた。透明感のあるそれは、ちょっと結界に似ている。
「……?」
なんだろう、と思っている間に、それは彼女の身体を包み込み、スキャンし始めたので、彼女はそっと輪に触れて解析呪文を唱えた。
――――これによってコトの目のようにはいかないが、構成要素が一部だけ表示される。
「これ……タワーの……?」
出てきたのは、タワーの座標やタワーに関する記述式。
(私がスキャンされてるということ、私の情報が確認されてるということ……)
タワーの異変と関係があるのかもしれない。
(だって、あそこには……)
一方で、東成は腕時計を確認している。何かしら待っているのだろうか。
10秒、20秒……
と、
「ウワアアアアアアアアアアアアアアアアアーーーー」
突如咆哮のようなものが響き渡った、
「えっ、な、何!?」
キャノは思わず飛びあがる。
上階からだ。
「始まったか」
東成が言いながら上階の方、つまり天井を見上げた。一体何が!?
もしかしたら、恐ろしい怪物でも出て来たのかもしれない。
どしん、どしん、と何かの音が響く。
同時にフロアも揺れる。
何が起きているかも東成が何をしているかもわからずにぽかんと見ていると、急に天井に穴が開いた。
ワープホールという類のもので、物理的なものとは違って居たけれど、そこから、『彼女』は現れた。
「レーズン、私がもらっていい?」
と、言葉を吐きながら、一体、二体、十体、二十体と。
灰色のヒトのような何か。
女性の声で、レーズンを貰って良いか聞いているそれがわらわらと降って来る。
見た目でいうと特に特徴は無いのだが、女性型の灰色の像……のような……何だ? あのカオスのときと言い、今日は言語化しきるのが難しい存在によく会う。
「待って、理解が追い付かない!!」
――――レーズン、私が貰っていい?
彼女が喋るのはひたすらそれだった。
この人(?)最初にインプットされる言葉がそれで良いんだろうか……
とぼんやりする間に、一体、二体、三体、四体、と増えていく。
「レーズン、私がもらっていい?」「レーズン私がもらっていい?」「レーズン私が貰っていい?」「レーズン、私がもらっていい?」「レーズン私がもらっていい?」「レーズン私が貰っていい?」「レーズン」「レーズン、私がもらっていい?」「レーズン私がもらっていい?」「レーズン私が貰っていい?」「レーズン、私がもらっていい?」「レーズン私がもらっていい?」「レーズン私が貰っていい?」
天井ではまだ、どしん、どしんと怪獣か何かが暴れている。
「上何やってんの!?」
それに、こんな短時間でこんな人数が溢れてくるなんて……
「レーズン、私が貰っていい??」
一番先頭に居た灰色の女性の一人がぐにゃりと歪んだ。
笑顔が引きのばされ、不気味に映ったと思った途端、鋭い巨大な棘へと姿を変える。
そして圧し潰すように勢いよく向かってきた。
キャノは咄嗟に下がってかわしたものの、なんだか悲しくなってきた。
「なんなのよぉ。誰がこんな……」
それにレーズンって何の事? なぜそんな言葉を覚えてる?
そうだ、東成は無事なんだろうか。
振り向いてみると、彼はさっさと出口に向かっていた。
「俺の役目は此処までなんでね! また会おう!」
「えー!?」
逃げられてしまった。
もともと何か目的があって来ていた様子はあったけど、ベヨネッタ関連は囮だったのかもしれない。と思っている場合でも無かった。
ぞろぞろと、足音をばらけさせながら、『それ』がやってくる。
「レーズン、私がもらっていい?」「レーズン私がもらっていい?」「レーズン私が貰っていい?」「レーズン、私がもらっていい?」「レーズン私がもらっていい?」「レーズン私が貰っていい?」「レーズン」「レーズン、私がもらっていい?」「レーズン私がもらっていい?」「レーズン私が貰っていい?」「レーズン、私がもらっていい?」「レーズン私がもらっていい?」「レーズン私が貰っていい?」
灰色の人型のナニカは不定期に棘になったり、人になったりを繰り返しながらこちらに近づいてくる。
「ひぃぃ、増えないで!!」
今のところは大丈夫だけど、此処にしばらく居るとゲシュタルトが崩壊しそうだった。
「レーズン、私がもらっていい?」「レーズン私がもらっていい?」「レーズン私が貰っていい?」「レーズン、私がもらっていい?」「レーズン私がもらっていい?」「レーズン私が貰っていい?」「レーズン」「レーズン、私がもらっていい?」「レーズン私がもらっていい?」「レーズン私が貰っていい?」「レーズン、私がもらっていい?」「レーズン私がもらっていい?」「レーズン私が貰っていい?」
ゲシュタルトが崩壊すると魔法文字を読む速度に影響が出る。
そうなると、認識が形成されなおすまで素早く動くことが難しくなる……
そうでなくても、あまり『こいつら』が増殖すると、圧死しそうだ。
あまり時間の猶予が無い。
再び巨大な棘が再び現れ、他の灰色を差し置いてこちらに転がって来たとき、キャノはブーツに付けていたホルスターの留め具を外していた。
マイクを取り出し――――
「此処に、レーズンはありません!!」
ハウリングを起こした。
熱をはらんだ風圧となって、灰色の女性たちが溶けていく。
と、同時に背後から女性が現れた。
ぱち、ぱち、ぱち、ぱち、と手を叩いてくれる。
「魔法を使わないとは、へぇ。僕も、驚いちゃったよ」
真っ赤な髪はドリルのような巻髪。血のような目。蝙蝠のような翼。
なんだろう、不思議な感覚。彼女?には、さっきのレーズンの人と違って明確な意思を感じられた。
「あいつらはまだ、試作品さ。
魔法を飲み込み、同じ魔力値を与えて殺し合わせようと思ったのだけど、考えが甘かったようだね。魔女って、そういえば魔法以外も使うんだっけ」
ぺらぺらと、聞いても居ないのに説明をしてくれる。実はいい人なのかもしれない。
「あなたは――――ヴァンパイア?」
「いいや、僕はキメラだよ?」
「キメラがどうしてこの町に」
「僕に聞く前に自分のことを言うんだな。魔女はどうして此処に居る?」
じっ、と真っ赤な眼が此方を射抜く。びしっと、腕を伸ばして指さされる。
キャノも向かい合って相手を見つめた。
そして。
「ふむ……凍傷、擦り傷、切り傷、刺し傷」
「は?」
キャノは掌に消毒液と、炎症を抑える薬を取り出すと、伸ばされた腕に消毒し始めた。
「ひゃっ、つめたっ」
意外と動かないらしい。
キメラはびくびくと怯えるだけで、腕を引っ込めたりはしなかった。
「ねぇ、上の階、何が起きてる?」
キャノはとりあえず聞いてみる。言葉は通じそうだ。
「おい! どうして僕に構う!」
キメラは彼女を睨みつけた。
どしん、どしん、と再び天井が揺れる。
フロアが揺れる。
「あなた、もしかして、このタワーの何処かから来たの?」
「――――」
キメラは何も答えなかった。
「私、前にあなたのような種族を見たことがある。あちら側から来たのよね。タワーの不具合で、ゲートが開きやすくなっているんだ……」
キャノは彼女(?)が迷子だと思ったのだが、
キメラの方はそうではなかった。
「君は実に馬鹿だな! 不具合なんかじゃないね。これがゲシュタルトの、僕たちの意思だ」
ゲシュタルトの意思?
キャノがポカンとしている間に、キメラは立ち上がる。
「フ、フン! 僕を手当てしたって、無駄だね! 僕は魔法しか使えない弱小種族を倒して、のし上がるんだからな」
「はぁ」
キャノの方はあまり警戒心が無かった。
氷系の傷があったので、恐らく『彼』がまた暴れたのだろうと思った為だ。
『彼』が此処まで弱らせられるのなら、まぁ、そんなに心配ないかなという感じがしたから。
どしん、どしん、どしん、と。
ひと際大きく上階が揺れる。
そして、なんと今度は物理的に、天井が割れ始めた。
「!?」
軋むような激しい音。
ひび割れた場所から舞う砂煙。
そして、激しく何かが叩きつけられる音と――――
「ドゥルルルルルルルルルルル!!!!!!」
急にキメラのドリルのような巻髪が回転する。
それは『ナニカ』を勢いよく弾き、再び赤髪の頭部に装着されていった。
同時に、「かわしたか」
砂煙の向こうから黒いローブの誰かが現れ、赤髪のキメラと対峙する。
「何処に向かって投げてるんだ? 当たらないね」
キメラは小ばかにしたように笑う。
(ちなみに床に突き刺さっているのは銀のナイフのようだ)
「ヴァンパイアは駆除しようと思ったのだがな、メテト様」
「キメラだ!」
「……」
ぶっちゃけ、ドゥルルルルルルルルルルル!!!!!が気になって仕方ないが、ほかの皆の状態も気になって、キャノはそっとその場を動こうとしした。
黒いローブの誰かはクスクスと笑い、メテトを見つめている。
「それで、ゲシュタルトの民に『本』の在り処は解ったのか?」
――――本?
本ってなんだろう。思わず足を止めていると、メテトが悩まし気な表情になった。
「本は……」
と、そのとき。ピピピピ、とキャノの端末に通信が入る。
「はい」
出てみると、応答したのはコトだった。
「あ、キャノさん。繋がった」
なんだか安心したような言い方だったので、キャノは不審がって聞く。
「私ずっと電源入れてたけど」
「いえ、あの……もう間に合わない、とか時間が無いとか、言ってましたか?」
「え? 何の話?」
「あの。その……今、何処ですか」
「タワーの、1Fだけど。コトちゃんは?」
「えーと……30階付近ですね。俺、タワーの中で、キャノさんを見たんです」
どうにも要領を得ない電話だ。
けれど、先程来ていたリルのメッセージが思い起こされる。
古の魔女が居たって言うし――――
少なくとも中で何か起きては居るようだ。
「あ、上、どうなってんの!?すごい音したけど」
キャノはハッと思い出して尋ねる。
コトは、それなんですよ!と語気を荒げた。
「フレンチトースト、頼みました?」
「は?」
「フレンチトーストと、大量のウインナー」
意味がわからない。さっきから意味が分からない事ばっかりだが、
レーズン、私が貰っていい? の次は、フレンチトーストと大量のウインナーとは。朝食でも作ってるんだろうか。
「いえ、違うなら良いんですけど、さっき母さんのメールの着信音だと思ったら、キャノさんのメールが来てて、うーん。壊れてるんですかね……やっぱり、母さんなのかな」
「はぁ」
「どちらにしても、『フレンチトーストと大量のウインナーある?』って日常生活でそう無いメールですね。あはは」
「ねぇ」
キャノはふと思い立って聞いてみた。
「はい」
「カメラに、私、映ってる?」
「え? ――――……あ、今は映ってますけど、って、うわあああああ!!!」
どしん! とまた凄い音がした。
だから、上で何が!?
――――お茶漬け!!!
振動に紛れて、変な声もする。
お茶漬け!?
キャノは改めて壁を見てみた。
最近雨が続いたからか、壁はところどころかびている。
「擦っておくの、面倒そうだな……」
その間も通話はまだ繋がっていたので、騒がしいことだけ伝わって来る。
――――親子丼!!!!親子丼!!!!親子丼!!!
冷奴!!!!
親子丼と、冷奴ー!!!
「……」
朝ごはんじゃ無いのだろうか。
やけに親子丼の圧だけ強い。
「コト、さっきから何が……」
――――うわあああぁあ!!! 火がついた!!!
「……あのぉ」
6月2日AM11:13‐2023年6月3日




