水星の魔女
「誰と話してるの?」
――――気持ち悪い……気持ち、悪い……
「怖いよね!」
「恐怖! 誰も居ない筈の……に向かって喋る女! トレンド入りさせようぜ!」
「いや、案外あの壁に人が埋まってるとかじゃね?」
「絶対そうだよ!怖っ!」
「いやーーっ! こわああい!!えーっ、在り得ないんだけどー!」
――――やめてよ。
どうして私に注目するの?
どうして、怖いなんて言うの?
怖いなら、出てけばいいじゃない。わざわざ……みんなの前で、言わなくたって。
「気持ち、悪い……」
30階程まで来てミライ、ちゃんは頭を抑えた。
歩いて居る、とわざわざ意識をしていないと、地面から足が浮き上がってそのまま倒れてしまいそうだった。
幻聴のような耳鳴りのような音がずっと脳裏にこびりついている。
(いつだったか、どこだったかで聞いた音……)
それらに耐えながらさっきからずっと、どうにか歩いて居たけれど、途中、進行方向に誰かが立って居るのに気づくと足を止めた。
薄っすらと開いた視界にぼんやりと黒いローブのような姿が映る。
そういえばさっきそんな人が居たような。
「どんなに気持ち悪かろうと、公表しちゃえば、お気持ちだよ。皆の前で、何度でもこの水星の魔女が使ってやるから、そういう設定はどんどん出すといい」
自分の『気持ち悪い』にわざわざ被せるように耳障りな声が響いてくる。
設定だなんて、失礼な人だ。
まるで周りの全ての感情が自分の素材にしていいものとでもいうようで。
「星が名前なんて、随分と偉そうでちが。それとも、地域で呼び合う地方出身でちか」
背後で、メテト様を探して付いて来た、キメラ?の、でちが興味深そうに感想を述べる。
「それに比べれば『便槽の魔女』のなんと慎ましいことでち」
ふぅ、とため息をつくでち。
対する水星の魔女の、ローブの奥の表情は窺えない。
っていうかそんな不名誉な名前の魔女が居るのか。
「いるでちよ。メタンというでち。奴は便槽の中で自殺し、魔女になるにも便槽の魔女自身の自殺が必要、更に指を振ることで転生するしか出来ないでちが」
「うわ、嫌」
ミライちゃん、と、でちが話し合う中、
一際大きな音で地面が揺れた。
何事かと思いきや水星の魔女の持っている背丈ほどの杖が床を突いた音だった。先ほどはなかった気がするが、何処から出てきたのだろう。
「ふん、水星の魔女が考察するところ、お前たちはこれから異変のあったタワーの内部に行こうとしているな」
「正確には、メテト様を探しているでち」
でちが律儀に返している中、ミライちゃんはコトが気になった。先ほどから一言も話さない。
「メテト? ほう。水星の魔女の考察するところ、お前たちもただの人間では無いようだが……両親もそれを隠している、か、私と重なるところがあるな……」
この人、なんでいちいち考察を挟んでいるのだろう。と誰も突っ込む空気じゃない。
でも逐一考察を声に出されていても、なんだか頭が悪そうに見えるし、その中身からしてもあまりいい気分はしなかった。
人の嫌なことをわざわざ全地域にこの人ってね、と噂をばらまくのと変わらない。
「勝手な考察を大声でべらべら喋られて、悪趣味だよ」
「私は、『彼女』が好きなんだ。だから彼女の子どもは全部私のものにする……私に内緒で作られた子どもは許さない。私と重なるお前たちでも。お前たちを構成する成分を考察していく」
彼女とは誰の、誰なんだろう。
親、ということか……聞き流しそうだったけど『彼女』の子どもは全部私のものにする、って気持ち悪っ。
「水星の魔女、だかなんだか知らないけど、いちいち考察と重ねないで!」
此処に何しに来てるのか、とかいろいろ気になったけど、構っているのも時間の無駄だ。
さっさと行こう、とこの階の階段かエレベーターを探していると、(鉢合わせたときのリスクもあるが、どちらが良いんだろう)
「メテト……キメラ……異界の住民か」
背後でやけによく通る声で、彼女はぶつぶつと呟く。
そういえば、さっきからコトが黙ったままだ。
後ろに居ると思うのだけど。
「あの国は今、長年の独裁政権によるワンオペが祟って、苦労しているんだったか。国民にはうまく隠して居るようだが
大方、財政が傾いてレアメタルだか架空通貨に縋りに来たんだろうな」
「……」
でちが押し黙った。彼は羽根くらいしか特徴のない、丸っこい人型だったが、それでもなんだかやけに悲痛そうな表情だった。
「テール様は……国民の期待を背負っている。一人で、一手に責任を引き受けて……お前みたいなごろつきとは違うでち」
「しかしそれで、末端の組織とも分裂が起き、国が傾きかけ、供給源にしてしのごうと思っていた隣国からも逃げられているでは無いか。そろそろ民主化すればいいものを」
「違う、隣国が、あいつらが、裏切るからいけないんでち」
「いいや、独裁政権で、運営が回っていないのがそもそもの原因だ、
管理が行き届いて居ない。
だからあんなバケモノまでぞろぞろ引き入れてしまった。その大きな負債を他の小国に補える訳が無いのに、板挟みになったか。つくづく、能の無い王に仕えて、憐れだな!」
「違う。テール様は立派な王様だった。それをあんな風にしてしまったのは……」
水星の魔女は聞いて居なかった。
さっきから持っていた杖で、どこか壁に穴を開けると、さっさと何処かに消えてしまった。
「……」
メテトのときにも見たけれど、タワー内をこんなに自由に行き来出来て良いのだろうか。
ミライちゃんはぼんやりとしか『この会社』のことも知らない。込神町には魔女伝説が残っているので、魔女や他種族が居るくらいでは特に思う事もなかったけれど、それでもこうも立て続けにいろんな人に会うとなんだか奇妙な気分だった。
「でちは……テール様の力になってあげたいでち。でも、テール様は王様だから、一個人のどうこう出来る存在じゃない。
権力が集中することによる責任も、重圧も、でちには背負えない。せめて、末端組織の一員として細々と務めをこなすことしか。今は、メテト様を……」
「そっかぁ、でちは偉いなぁ」
ミライちゃんは、横に居るでちに目線を合わせた。
意外と円らな眼をしている。
「王様って、責任重大だけど、その分自分でいろいろ決めないといけないもんね」
架空通貨は、取引禁止とかのものもあったんじゃなかったか、とぼんやり思ったけれど具体的に思い出せていない。
……そういえば、と振り向いてみる。
なんだか黒いオーラを纏ったコトが、いつも以上に無口になっていた。
「って、コト、大丈夫!?」
「……また……」
「え? なぁに?」
「また、記憶が無かった……また……俺ってどうしていつもこうなんだろう……いつも醜態をさらしているような……」
「あぁあ!!元気出して!!」
そのとき、でちが何処かから端末を取り出した。
無線のようだった。何処かからの通信が入ったのだろう、なんだか不安そうな表情で耳に当てている。
「はい……、え? 部下、……が射殺された? ……メテト様は、こちらに来ております……え、えぇ……でちは、国の為に……も、勿論でございます……我々は、量産された使い捨ての駒。命がいくつあろうと、また量産されるだけなのですから、いくら使っても」
でちの声が微かに震えている。
誰と話しているのかわからないが、自らを量産された駒と言い、いくら使っても平気だと思っている、と言わせているのは明らかに異常だった。
程なくして通話が切れる。しかし切れたのは通話だけではない。
「そんなの違法だよ!」
ミライちゃん、が突然強く言い放った。
「ちょっ。ミコ……」
少しだけ気を取りなおしたコトが思わず目を丸くする。
普段、明るく元気な彼女が此処まで強気に出るとは思ってもみなかった。
「自分の意思も無いのに、どうして、国の為なんて言えるの? なんのために国に尽くすの? いくら使っても関係無いのは使う側の話でしょ!? 貴方はそれで何か貰ったの!? 違法労働だよ!どうして使われる側が許さなくちゃいけないの」
一体彼女に何があったのだろうか。
「貴方が言わなくても、私、違法だって言ってやるんだからね! そのベツセカイとかに行って、直訴してくる」
「ミコ……」
コトも何か言おうとしたけれど、どう言葉にすればいいのか即座に浮かばなかった。けれど、怒るのをやめろと言うつもりもない。
ひとまず、下の階の騒ぎが結局どうなっているのか、メテト様は何をしてるのか未だわからないままだ。
「……」
でちは何も答えなかった。彼?も、どういえば良いのかわからなかったのだろうか。
「この国は、平和で、いい国でちね」
掠れた声で、一言零しただけだ。
一方で、コトは「ベツセカイや日本で起きようとする事態がこのまま『天安門事件』にならなきゃいいけど……」とひそかに思っていた。
(2023年5月21日17時59分‐2023年5月31日19時50分)




