ゲシュタルト~赤い髪の女
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「え?」
ミライちゃん、は呆然と、彼を見上げ、戸惑った。
「――ククッ…………なぁにが、………最後まで、それまでは、だ…」
コトが笑ってる。
雰囲気がいつもと違う。
薄ら笑いを浮かべ、けれど、不気味な眼光を湛えている。
「……オレタチが終わるまで、物語の最後なんかない。奴も、死刑を免れたいなら、もっとマシな言い訳を考えるんだった」
ふらふらと、立ち上がって、何処かに歩いている。
淀んだ目。
引き結んだ唇。
虚ろな横顔。
「お前が死ぬのを待って居たら、いつまでも終わりそうにない、いつ最期を見れるか、って考えて、最後を待たれているのは、お笑いというかなんというか」
でも、何の話をしているのかよくわからない。
ミライちゃん、の話をしているのだろうか。
東成の話? それとも――――
「なぁ、ミライ、ちゃん?オレタチの命は、ある意味あのメモと一緒」
「……!」
「偉そうに観測する奴らはずっと、笑って、何を考えてたんだろうな。
そんなものの最期を望み、高みの見物を決めて、何もかもに点数を付けて、」
コトは空間に向かって腕を伸ばす。何処かから陣が出現し、
彼の前に鎖に繋がれた巨大な鳥籠が現れた。
その周囲を、文字が回転しながら覆っている。
「let em leus taws ien de luia oesa eni eaolous――――」
彼が唱えるのと同時に鳥籠が変形し、ひとつひとつがいくつもの棘になる。
そしてそれぞれが空中を漂うと、
ひとつが『彼女』に振り下ろされた。
轟音、衝撃波、
振動で舞う埃や壁材の欠片。
咄嗟の事で悲鳴すら上がらなかったが、どうにかかわす。
「……っ」
あるいは、狙いを外したのだろうか。
「コト……」
ミライちゃん、は床を横目で確認する。
腕を少し擦りむいたが、どうにか無事だ。
でも、いつまで持つだろう。
足元には床に深々と貫通した穴があり、その威力を知るのは容易い。
なによりもそこからの冷気がフロアの一部を凍らせている。
「コト……ごめんなさい……ごめん、ね」
怖いとは思わなかった。
よく、わからない。
殺されても良かった。
自分でもわからない感情だ。
「こんなものを見るの、私、だけで、充分、だったのに」
詳しく確認する暇も無く、同時に複数の氷の刃が降り注いだ。
地面が揺れ、壁材が更に彼女の周囲に落ちてくる。
パラパラ、パラパラ、と、軽快な音と、噎せ返るような砂埃のにおい。
ミライちゃんは空気を吸い込まないように口を覆って伏せた。
(なんて威力、速さ……)
何が起きているかはわからないけど、
――――逃げるのでは既に間に合わない。
(それにまだ、視界が回復していない)
正直、メロちゃんが数メートル離れただけでも何処に居るかわからなくなりそうだ。ミライちゃん、が何かを覚悟したときだった。
「なんだって、こんなとこに、リンギニルドが……」
柱の影から真っ赤な髪の、女性?が現れる。コトの目は、真っ直ぐに彼女を射抜いていた。
足元にいくつも開けられた穴も、よく見ると、彼女の退路を断つかのように左右後と存在している。
隠れておくつもりだったようだが、フロアが急に凍結したり、振動しているので隠れても居られなくなったらしい。
「まぁ、待てよ、僕はハンターじゃない」
コトは話を聞かずに、何処かから長剣を取り出すと、視線のように真っ直ぐに振りかざす。
彼女も何処かから蝙蝠の群れを召喚し、羽ばたかせた。
「…………」
彼はそれらが向かって来ても表情を全く動かすことなかった。
女性の首元に剣を向ける体勢を保ったまま、横から降らせた氷の槍で串刺しにした。
ズシャッ、ザスッ、と、残酷な刺し音が反響する。
足元に、真っ赤な血が沁みていき、断末魔の弱弱しい叫びがか細く聞こえてくる――
そのグロテスクな光景を、やはり無表情で流しながら、
「わぁ、ひどい」
赤髪の女性は淡々と呟いた。
彼女の関心はそこにはなかった。
「僕を、信じてくれないみたいだね」
「…………」
コトは何も言わなかったが、赤髪の女性が、へへへっ、と謎の苦笑いをすると
「旧時代の魔女狩りの道具をなぜ知っている」と尋ねた。
「僕は知らない。ゲシュタルトが勝手にやったんだ」
「…………」
「ゲシュタルトはもう、呪い、やめられないからな? 必ず危険人物と断定される! さらに、これから、裏金が表沙汰になる。恨みを買うぜ~! 国民から!」
「ふん、一度ひとまず終わらせれば奴らもすぐ死ぬのか。すぐ死んで欲しいとこだが」
鳥籠が一旦集合し、再び文字で何やら覆われる。それは即座に分裂、
更に鋭い棘となって赤髪の女性に降り注ぐ。
そしてそれらは避ける隙も与えないまま、彼女の腹部、肩を掠めていた。
「ぐぁああああぁあ」
赤髪の彼女は床に強く叩きつけられ、衝撃にフロアが揺れる。
――――何が起こっているんだろう?
ミライちゃん、はどうせ此処に居ても今出来る事がなさそうだ、とそーっと二人の死角を歩く。
ガンッ、ガン、ガン、ガンッ、と何度も蹴り上げるような音。
楽しそうに響いてくるコトの声。
「…………」
頭上のモニターからも、声がしている。どうやら、東成?達は一旦撤収したらしく、カメラには映って居ない。代わりに、捜査員?らしい集団が入口を取り囲んでいる。
「コト」
やめておけばいいのに、ミライちゃん、はコトに呼びかけた。
「ねぇ、コト、落ち着いて?」
「ゲシュタルトは概念崩壊を起こす。良い悪いは存在しない」
どうせ聞こえていないとは思ったけど、コトはそれだけ答えた。
概念崩壊──意味はよくわからなかったけれど、なぜか理解は出来た。概念をただ侵食する──特定攻撃意思とは違った概念を定義付けられる存在。
今のコトは感情を排していて、善悪などではなく、ただ目的として赤髪の彼女を仕留めているらしい。
「でも、このままじゃ、彼女……」
髪以外も真っ赤に染まってしまいそうだ。
――――なんて、思った瞬間だった。
彼女はスッと、まるで、陰に溶け込むように消えてしまった。
「消えた……」
(2023年4月30日0時33分)
呆然と立って居ると、隣から、ドサッ。と、
呆気ない音がした。
──彼女を見失った途端、コトも意識を失って倒れていた。
慌ててニワトリさんとメロちゃんが歩いてきて、コトを観察していて……ミライちゃんも彼を見つめる。
観察する限り、どうやら眠っているだけのようだ。
「よ、よかったぁ」
座り込んでいる場合じゃないが、ちょっと安心して座り込む。
「雰囲気が違ったのは、心が、急激になくなったから、なのかな……それでも、動こうとして……」
彼は最初からずっと周りを捉えていた。
ほとんど本能だけになっても、ミライちゃんを傷付けなかった。驚くべき忍耐力だ。あんな大きなものを振り回していて、コントロールを見失わないのは至難の技だというのは見ていてもわかる。
「──いまのミライに守る価値があるかは、自信ないけど……」
こんな状況で、嬉しいなんて思っちゃ不謹慎だよね。
かなり体力を消耗したのだろう、足元からは荒い呼吸が聞こえている。
「魔女狩り時代の檻……か」
あの鳥篭が何を表すのか、そして何故此処で使用したのか。
リンギニルド……誰かもそのような単語を言っていた気がする。
「メロ?」
――――メロちゃんがきょとんと、ミライちゃん、を見つめた。
「ううん、大丈夫だよ……私は、大丈夫」
(不思議なのは、なぜか自分が、きっと彼が疲弊しているだろうと感じとれていることなのだけれど、まあ、それは一旦置いておこう……)
「みんなが、この世界が、ただのシナリオとしか思っていない間に……やること、いっぱい、あるし。
それに……痛いって感じられるってことは、まだ、ギリギリ、心が残ってるんだ」
端末を開く。
受信フォルダに一件。
『何度も送らなくても、わかってるんですけどね!』
という棘のある一文が表示されていた。
4月30日23:20




