リンゴッ LP! キムラさん!
えーっと……
此処は、タワーの……25階……
「これで、よし」
メモを取りながら、ミライちゃん、は満足そうに頷いた。
これから下の階を目指……せば良いんだろうか?
下に侵入者が来てるとして、自分はどこに向かうべきなのだろう。
皆とはぐれてしまったし……
「うーん、あまり考えてなかったけれど、これって本当に効くんだなぁ……」
蹲ってメモをしていると、
数秒後にちょっとだけ、認識に余裕が出来る。『あの日』に検査を受け、病院で教わった事だった。
「知らなかった──心って、こんなに、いろんな認識を受容する器官だったんだ……」
自分の、昔のこと……
電車に乗る前を思い出してみようとしたけれど、よくわからなかった。誰かがずっと自分を呼んでいた気がする。
「心の無い私たちは、もう、行動直後の自身のイメージさえ、メモ帳が無いとイメージ出来ない身体ってことなんだよね」
あまり深く考えたことなかったけど……
これはこれでちょっとだけ、不安定だ。
いつからか、歩く、聞く、見る、思考する、心をベースにすべきそれらが、
ときどき上手く情報として処理できなくなる事が起きるようになった。
ズキズキと刺激だけが残り、どんな好意も言葉もただ刺激物質として突き刺さる痛みに変貌する。嬉しいとか、楽しいよりも、
痛い! 痛い! としか思えないのだ。
呼吸が苦しくなり、視界が眩しくて、ただ真っ白な世界だけが見えて――――そうなると、どこにも娯楽なんて存在しなかった。
医者によると、アファンタジア状態が随分進行しているらしい。
「そうだよ! 今後は、小まめに受容器官を対外的に作りながら、生活することになるね!」
メロちゃんがやけに饒舌に話してくる。
「……。これで、皆の傍にいるなんて。難しいよね……」
「すぐによくなるって! 強い力を使ったときは、しばらく距離を取った方が良いかもしれない」
メロちゃんの声がよく聞こえるようになるとき、同時にヒトとしての脳内の意識レベルは下がっているので、行動、指示系統の意識と、最低限の反射神経との処理の間に齟齬が生じ始める。
イメージが潤滑剤となっていた部分が欠損しているからだ。
だからこれからは、メロちゃんの視野と、メモ帳が頼りになる。
「私、メロちゃんに引っ付いてくから、安全そうな経路に案内して」
「安全? うーん、普段ナナカマドさんの歩くルートからイメージしてみるね」
ぴょん、ぴょん、ぴょん、ぴょん。
小さな歩幅で跳ねるように先に歩き出すメロちゃんを感じながら、
後を追って歩く。
「リンゴ、リンゴ、リンゴ、リンゴッ♪」
メロちゃんが歌っている。
(林檎……?)
ミライ、ちゃんも重ねて歌ってみた。
「リンゴ、リンゴ、リンゴ、リンゴ……?」
二人で一緒に歌ってみる。
「リンゴ、リンゴ、リンゴ、リンゴッ♪」
「リンゴ、リンゴ、リンゴ、リンゴッ♪」
ちょっと楽しい。
「きーむらさーんのー! かじゅえんのー」
「誰だよっ!」
その歌詞は知らなかった。
「メロ?」
メロちゃんは首を傾げる。
――――と。
「健康診断受けたら?って、いきなり今日言うのか」
廊下から、ふいに声が響いて来た。
「お?」
「だから! 健康診断は受けたって言ってるだろ!」
あれは……
反対側のエレベーターがある廊下から、コトが歩いてくるのがわかる。
「あ、ミライ、なのか?」
コトと向かい合う。
投げかけられた質問は、目の前に居るのに、なんだか、曖昧だった。
「う、うん……きむらさん」
「誰?」
「じゃなかった、もう! メロちゃんの歌詞が気になって!!」
「えっと……」
なんだそれ、と困惑気味なコトと、恥ずかしくて両手で顔を覆っているミライちゃん。
「メロ―」
メロちゃんは不思議そうにコトたちを見ている。
「えっ。そいつって、歌うのか?」
コトが突如聞いて来た質問は、ミライちゃんには意外だった。
「え? うん」
それが、どうかしたんだろうか。
……でも、それより、コトの足元にも、謎のにわとりさんが歩いて居るのが気になる。ミライちゃんはさっそく近い目線にしゃがんで話しかけた。
「うわーっ! ニワトリさんだ!!こんにちは!」
ニワトリさんは、キリッとした表情で敬礼する。
「こちー」
「うふふふ。この子も、なんだか、不思議な力を感じるね。ナナカマドさんの子?」
ミライちゃんが言い、コトは、なんて言えばいいのか、上手く気持ちが纏まらないまま、とりあえず頷く。
「うん……」
やがて、言うに事を欠いて「あの、木村さんって、結局なんだったの」と聞いた。
案内パンフレットの傍にある、市政便りにも同じ名前が載っていた気がするけど……知り合いか何かだろうか。
しかしミライちゃんもよく知るわけではなかった。
「私もわかんない。きぶんにムラがあるっていう、大昔の用語をお母さんが言ってたのは知ってるけど」
「……?」
コトはしばらく不思議そうにミライちゃんを見ていたが、やがて諦めたように
「それより、侵入者が来てるんだ」
と言った。
「でも、ナナカマドさんが足止めしてる。俺は、とりあえず皆を呼ぼうと思って、で、エレベーターがこの階で止まった」
「そっか」
「で、つまり、ミライちゃんはキムラさんだと?」
ミライちゃんは勢いよく飛びあがった。
「ちっがーう!!! 私の気分はいつでもハイ!! じゃなくてっ!!!
ああー!果樹園の話!!」
「果樹園どっから来たんだよ?」
ぜー、はー、と謎に疲れて呼吸を繰り返す二人。
「……で、みんなは、たぶん、もう少し降りてるとかじゃないかな。報告行ったと思うし」
「俺、今、見かけなかったんだけど、すれ違ったか」
項垂れるコト。
まぁ、あの人たちは実は瞬間移動も出来るので、いつでもどこからでも本当は出てこられるわけだが。
「電話するか」
コトはポケットから端末を出して開いた。
「メール来てる……えっと……魔法電子調理器・超テガールをご購入いただき……配達の日時……――――あの金髪ーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!」
「……コト?」
しばらく読んでいたコトの顔が一瞬険しいものになるが、
「なんでもない」
すぐに、電話番号を押し、通話をかけた。
「……繋がらない」
しかし、通話にならない。
どうしたんだろう。
「下の様子、見に行っちゃ駄目かな」
ミライちゃんは相談してみる。
「どうせみんなそっちに行くんだと思うし……」
コトは、少し考えて、「そうだな」と頷く。
「でも、モニター経由で雰囲気だけ確認しよう」
頭上にあるモニターには、監視カメラの映像が映されている。
さっきから、特には異変は映って居なかったけれど。
「あ――――!」
ミライちゃんが唐突に声を上げた。
ちょうど、チラっと、入口から男が入って来るのが映ったのだ。
「この人、駅前に貼ってあったポスターの人に似てる!」
「え……」
「ほらっ、東成くつおの」
東成くつお……
戦後、魔法が人間社会に携わる中で起きた『天国運動』の一任者。
つまり社会活動家系・革命隊組織である『ⅬP』の指名手配犯。
今目の前に居る彼は、タワーに堂々と乗り込んできているので、顔は見えてるわけだが、駅前のポスターを思い出して比べてみると、するどい目付きや、骨格の良い体格、凛々しい眉、顔のエラ等は確かにちょっと似ていた。
でも写真より痩せている。
「偶然じゃないかなぁ、こんなところに、大昔騒いでた、LPの人が居るわけが無いって……」
それに、胸にイルカの刺青があったはずだ。
と、言おうとした途端、急激にコトの視界が揺れた。
――――なんだか、眩暈がする。
身体の中が、ふわふわして、まともに立って居られない。
(またあのときの風邪がぶり返したんだろうか……)
普段考えて居るような事を、今は何も考えられな、
「……?」
遠くで誰かが呼ぶ声がする。
あぁ、そうだ、電話、電話しなくちゃいけない、
電――――
(2023年4月28日14時52分‐2023年4月30日0時33分)




