長男の呪い
あぁ、別に、隠すほどのことじゃないから教えてあげる。
世界の、ほんの一部。
・・・・
エレベーターが揺れる。
コトはその動きに身を任せたまま、端末を耳に当てた。その向こうからは、『彼女』の声が聞こえてくる。
「数年前────それとも50年くらい前かしら?」
彼女は語る。
「戦争があってね……その戦争は、表向き終わったんだけれど」
まだ終わっていないもう一つの戦いのこと。
「でもね、代わりに地上を覆うようになって居たのが、いわゆる『長男の呪い』」
この呪い自体は随分昔からあって、戦国時代とかの念も混ざってるんだか、未だに祓えていない。
神と関わる者たちによって鎮められていた……んだけど、全部じゃなかった。
抑えきれない呪いの一部はやがて地表から顔を出し、人々に憑りついていた。
いわゆる、ある条件をもつ血筋の、妹に濃く現れたようね。
「妹、ですか」
「そう、妹」
妹。
「──妹、それも、兄に殺されるか奪われるか、その運命の天秤にかけられる妹」
妹。
「とりつく、って」
「えぇ──だから、兄が豹変して襲い掛かるようになる、だとか」
「それって、兄が呪われてるんじゃ」
「うーん、言葉で上手く表せないけど、
大抵は妹が居るときに起こる異変でね、やっぱり妹に何かあると思われるの。
彼女たちは祟りなんて呼ばれ、お前は祟り神だ、狸が憑りついてる、そういう解釈をして酷い扱いを受ける事もあった。
表沙汰にならないけど、死亡例もある」
口々に「め……ぐ……」と唸るように喋っていたとも言われるけれど、詳しく文献にあるわけじゃない。
第一何を意味する言葉かはわからないし……
「……」
「まあ、あまり此処では言えない事もあるけれど……暗に妹にしか通じないメッセージが、世界規模でメモリージングっていうのをされていたのもより強めた一因だと思う」
「?」
「ほら、情報操作。今もやってるやつ」
「なるほど……」
あの南瓜を思い出す。
呪文が効力を持つこの町では、情報操作によってアレコレ出来てしまう。呪いそのものを操ることも、ハリーヨウやタレントを利用して呪文を他人の口から唱えさせることも。
それは、些細で単純なことのようで、とても危険だった。
「ある程度の攻撃性、効力は私が一次元に封じ、抑えたつもりだったんだけど……他の次元はコードが違うから、封じ切れてないみたい。
情報操作や呪文の書き替えを阻止しても、生身の人間の生体内に残る記述は、我々でも書き替えるのが難しいから」
「……」
「その次の世代ごとに、生まれてくる子ども。そこに、概念が残り、遺伝子レベルで妹にだけ作用してもいた」
妹にだけ……
「作用って、その、暗示みたいなものですか?」
「えぇ。それであちこちで、妹に現れる症状として、兄や周囲が凶暴化する、というのがあった。
突然暴れ出し、『とっとと成仏しろ』、とか喚き回って、『妹はうちの妹じゃない』、と騒いだり、……『うちは渡さない』『こいつがなぜ死なないんだ』とかあちこち、どの長男も騒いだり――――最後に彼らは決まって『なにも覚えてない』と言う。特に長男が豹変する、長男の呪い」
「成仏って、まだ死んでも無いのに?」
「えぇ、そう。この事実はかつて加害に関わった人たちが『意味を持つ、作られた者』と言って喚いた事からもわかる。
彼女たちは生れたばかりで既に、亡霊だとかなんとか恐れられていた。その真意は、この長男の呪いにあったの」
あるとき、一人の『妹』が、生れる。
聡明な彼女は気付く。
『妹はうちの妹じゃない』『うちは渡さない』『こいつがなぜ死なないんだ』『とっとと成仏しろ』
過去に向けられた言葉を聞いて居るのが現在の自分だという事、周囲が何も覚えていないままに襲い掛かって来る事。
その起点が総て、長男から始まること。
「長男の呪いは、一番禁忌とされる、命をつかった呪いなの。……だから、払われることが無い。――――そして、同じ起点が揃えばまた陣になるでしょう。
「――――それって、いい事なんですか?」
「わからない。確かなのは、長男を偏って神聖視する集団が街に残ったように、そこまでして強引に根を張ったように、まだこれは続いてる」
まるで自分のことのように胸が痛んだ。
彼女は居て、何処にも居ない。生れた時から。
心が、オリジナルで居続ける事すら無かった……
「その余波、という言い方も変ね。機械事故のとき、魔力を吸収してるこのタワーは、『妹』を柱に据えた」
通話を切り、エレベーターの行く先を見上げる。
もうすぐ最上階のはずだ。
確か、ミコ……ミライちゃんが、いつだったかそのような事を言っていた気がする。
俺の起点が何処にあるのか。
俺が俺である為の。そこから俺が始まった場所。
俺が俺で居続けた事が、心が在っただろうか?
――――あの子はね、わかって欲しいんだよ。
まだ、伝わってない想いが此処にあるって。
誰からも否定された、本当に存在したかった想いを、存在に託したの。
私達の中に、
私達の繋がる先に、
「その想いを受け取れる、私達だから」
(4月25日AM9:30加筆)




