ヘンゼルとグレーテル
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キャンディたちが、キャノの後を追いかけてしばらく階段を上がり、そろそろ最上階に着くという頃だった。
突然、辺りのモニターやプロジェクションマッピングが消え、代わりに「BAYONETTA」が映し出された。
空間の雰囲気が一気に危険なムードになり、なんだか不安をあおっている。
「な、なななななななになになに!?」
動揺したミライちゃんのツインテールがぴょこんと跳ねた。
「銃剣? って、なんだ? マオちゃんが居るんじゃないのか!?」
キャンディが目を丸くする。
モニター内ではくるくるとフォントが回ってBAYONETTAを表示し続けている。
「べよねった?」
リルは不思議そうにその文字を眺めている。
マオちゃんが消え、表示されるベヨネッタ。
「これって、乗っ取られてる!?」
テネが数秒遅れて突っ込む。
「マオちゃん」
キャンディが小さく呟いた。……ときだった。
――――キャハハハハハハ!!!
何処かから甲高い笑い声。そして、何者かがフロアに降り立ったと同時に、ナイフのようなものが彼らに勢いよく突っ込んできた。
「わっ」
ミライちゃん、は、思わず目を瞑る。即座にこういった事態に慣れているキャンディが武器で受け止めていた。
「お前、誰だ」
攻撃を防いだ態勢で、じっと相手を見る。
目の前に居たのは白銀の髪に、真っ赤な眼の、少女だった。楽しそうににっこりと笑う。
「──キャノ、じゃ、ない、のか」
キャンディが動揺を見せる。
向けられているのは、銃剣。
「ベヨネッタ……?」
なんだ、これは。
彼女はキャンディに返事をしたりはせず唐突に「あまぁい。あまぁい、お菓子を、あげよう、ねぇ」と言った。
「なんの真似だ?」
リルが前へ出て彼女に問う。
キャノと同じ姿の白銀の髪の少女はにっこりと微笑むと、
モニターに指を翳して絵を表示した。
森の絵だ。白銀の髪の少女が、掠れた声で呟く。
「さぁ、森、の夜は長いよぉ……」
聞こえて無さそうだ。リルはしばらくなにか考えて居た。
「あまい──お菓子?」
それも
いつもの彼女の声じゃなく
ココロが吸い込まれそうな
歪な声。彼女から出ているのだろうか?
(……何故だろう、聞くたびになんだか胸の奥が切なくなる)
ミライはそれに奇妙な感覚にとらわれた。
「さぁ、おもてなしの時間だ。
ケーキを焼こう。クッキーもあるよぉ……子どもがだぁい好きな、あまぁいお菓子」
歌うように言いながら、白銀の髪の少女は何処かから銀のステッキを取り出す。
「おもてなしは、どんどん出すからねぇ」
一見ただの指揮棒だが、古くて年期が入っている……とリルは悟る。
「今晩は此処で、泊まってお行き。森の夜は恐ろしいからねぇ」
「!!」
リルが、何か思いだしたように目を見開く。
夜道の行灯のような真っ赤な眼が、彼女たちを見ていた。
「――――キャハハハハハハ!!!!」
彼女は笑う。
ステッキの先から次々お菓子を出したが――――
ミライちゃんと視線が合った瞬間だけ、豹変した。
ステッキから鋭い牙を見せながら蛇が現れ、ミライちゃんに向かって飛ぶ
「きゃっ!?」
飛び掛かろうとしたところを、テネが咄嗟に持っていたナイフで動きを封じる。
「なんで、っ、蛇」
ミライちゃんは、どうしよう、とおろおろしている。
その間に、モニターからわらわらとお菓子があふれ出てくる。しかしどれもグラフィックのようで、実際に食べられはしない。
「お前さんの、好きなお菓子はなんだったかねぇ。いっぱいあげるから、いいこでいようねぇ」
鈴のような猫撫で声が、優しく誘う。
みんなは、お菓子は好きだが、それぞれ今そこまで空腹じゃなかった為
ただ子ども扱いされているだけのようにしか見えなかった。
「ほぅれ、好きなの選んでね? 此処から選んだものを、呼んであげるから」
「まるでお菓子の家だ」
ミライちゃんが何か、思いながら呟く。
「――――チッ」
しばらく、考えて、リルが呟いたのはそれだけだった。
「おい、なんだ、これは」
キャンディがリルに聞く。
彼女は「恐らくだけど」と嫌そうに推論を口にした。
「いっつもタワーを攪乱してる何かだよ」
同時に「ミライちゃん!」とテネが叫んだ。ミライちゃんに投げられた銃剣が弾かれ、床に突き刺さる。
「おい!なんで、この子ばっかり狙ってる!」
キャンディが語気を強めて言う。
「キャハハハハハハ!」
白銀の髪の少女は、何か面白かったのか大笑いしている。
──けど、なんだか様子が変だ。実際のお菓子の家の主人というよりも、どこか虚ろで、焦点が定まらない。
オートマタのような──
人形屋敷の主人というか……不完全な部分を感じるというか。
ミライちゃんのポケットに入っていたメモ用紙の絵がひらりと舞った。隅の方に描かれた林檎?のようなもの、以外真っ白で、何も書かれて居ない。
モニターにはベヨネッタしか居なくなってるし……
拾い上げ、ポケットにいれている間に、白銀の髪の少女がしわがれた声で呟く。
「ヒッヒッヒッ。本当の事を言っても、いいけれど――――
言わなくたっていいけれど――――
けれど、けれど、パパとママには内緒だよ。
なぁ、ボウヤ。お菓子は好きかい? 好きだろう? おもてなしはたぁんとあるからねェ」
「おもてなしって……言われても……あはは」
ミライちゃんは苦笑いする。キャノのような、少女の見た目で突如始まった状況に頭が追い付かない。
困っている間に彼女は、弱々しく悲しげに語る。
「パパとママはねぇ、私を仲間に入れてくれないんだ……
パパと知り合ったのは、私なのに――――可愛いあんたたち、私も頼んでくれないかい?」
だ、誰の話?
さぁ?
パパママ?
嫌われてるんじゃないかな?
テネ、リル、キャンディ、ミライちゃんがそれぞれ困惑する。
「大体、メイジーは、もう居ないんだ、何故あいつが私に指図する? あいつはあんたもだまくらかしているんだよ」
メイジーとは何者なのだろうか。
──いつの、何処の世界のなんの話なのか。それは誰にもわからなかった。
「す、すごい邪気だ」
テネがぼそっと呟く。
「あぁ、リンギニルドは出てこないみたいだから、完全体じゃなさそうだけど──恐ろしく強い執念だな」
テネは、じっと画面を見ていたが、やがて、ミライちゃんの足元に伸びている蛇に話しかけた。
「ねぇねぇ。君、何処から来たの?」
蛇はぐったり倒れている。
「刺したりして、ごめんね」
眉を寄せ、うるうると目を潤ませた。
しかし蛇は嫌そうに無視して地面を見ている。泣き落としは無理か切り替えた彼はぼそっと低い声で「ところで、蛇の肉って食えるらしいんだ」と囁いた。そのとき、
――――おれがクッテイイカ?
唐突に、テネの鞄から出て来たかばんちゃん(異界砂漠フェネック)が、
フロアに降り立つ。
「かばんちゃん! もう、寝てなくていいの?」
「あぁ、栄養摂取の時間ダ」
むしゃむしゃ、とかばんちゃんの咀嚼音がし始める。
「この蛇、ドこかから呪いをかけられたようだが、それのせいで念が取りついたのかもしれない」
「蛇に呪い? さっきのメイジーがどうとかってのと関係あるのかな」
テネがのんびり話している。
──メイジー……可能性の……ちょうせ……ん……
「え?」
ミライちゃんは瞬きした。
何処かから、声がする。
何故か、さっきは目の前にいる白銀の少女から軸がぶれて、
空間自体から聞こえたような……不思議な感覚だ。
ミライちゃんはどうしたものかと考えて居た。
なんでだか、自分が狙われているような感じはしていた。けどそれを言葉でどういえばいいのかわからなくて、黙ったまま、
傍観者みたいに、こうして廊下に立って居る。
それがなんだかいけないことのようで、自分も何か知らなくてはならないかのような焦燥感がある。
(メイジー……可能性の挑戦……)
何故かわからないが、
気になる言葉だった。
日本人ではなさそうに見えるが、
込神町は日本にある。
「――――」
キャンディが何か言っている。
ミライちゃんはその場に立ち竦んだまま何か、思いだしていた。
なんだっただろう、大事なことだった気がするのに。
フェネックが大体蛇を食い終わろうという頃。
同時に不安定に立って居た彼女が呻きだす。
「みら…い……」
どこかから、声がする。
「ミライ……ミライを……手に入れる…………あ……ァ」
――――強い邪気、強い思念。
――――感じる程、気持ち悪くなってくる。
「ミライを……ミライを……」
ミライちゃんが、彼女を見据えて問いかける。
「ねぇ、どうして、私を知ってるの? 未来は他人から手に入れるものじゃない、自分たちの手で創るもの、貴方は、間違ってる」
やがて、彼女は何かを恐れるように目を見開きながら、
床に溶けるように消えていった。
「な、なんなんだ、一体?」
キャンディがポカンとする。
「びっくりしたねぇ」
テネがのほほんと呟く。
「道に迷わせた子どもをお菓子で誘惑する、森の魔女……」
ミライちゃんがぽつりと呟く。
小さい頃読んだ魔女の絵本のひとつに、そのようなものがある。
ただの物語だと思っていたけれど、真っ赤な眼が、まるでそのお婆さんのようだった。
見た目は若いけど。
「お菓子の家……ヘンゼルとグレーテルでしたっけ? あれがお菓子の呪詛で洗脳していくっていう」
「両親が森に子どもを捨てる話だよ。ヘンゼルとグレーテルは」
リルは冷静に答えた。
「まぁ、細部は違えど、各地に似たような話は残っている。
どうやらタワーが出来る前に森が在った此処も、その一つらしい。ミライが読んだのはどんな話だ?」
ミライは、前に読んだ絵本の話をした。
両親から恨まれていたきょうだいが、人を食べてくれると言う森に入ると、途中に大きな家があり、看板があった。
看板には、「遠いところから、ご足労様。いいことを言うと、お菓子をあげる」
彼らが何かひとこと、夢や理想、いい事を言うと
そのたびにいいことに見合ったお菓子が生れる。魔法でどんどん出てくるお菓子に魅了され、きょうだいは『お菓子の家』と呼んだ家に毎日訪れるようになる。
お菓子の中身は、家への記憶の欠片が書かれた文字だった。
道に迷ったまま、すっかり両親のことを忘れて来た頃、家のドアが開き、
お菓子の家の魔女が現れる。
しかし、うっかり手が滑り、貰ったお菓子を叩き割るとお菓子の家は消えてしまう。
「何度か改訂されているので細部は曖昧ですが、その本の裏話で、
孤独な魔女が、両親から引きはがす為に、少しずつ二人のことを拒絶する情報を食べ物に刷り込んでいく話……ってあって」
ちなみに、呪詛のかけられた食べ物を体内に取り込むと、本当に身体が操られてしまうと言われている。
キャンディがおいおい、と突っ込みを入れる。
「キャノは海の魔女だろ? なんで、森の魔女なんかに」
「タワーの異変、あるいはシステムの意思かもしれない。それか、ずっと前に、柱になった魔女が――――なんかのきっかけで、古の血に惹かれてこの姿で現れたか……」
テネがほのぼのと呟く。
「えーっ、じゃあ、結局マオちゃんは? キャノは? 俺たちは何に呼ばれてる?」
キャンディが動揺する。
リルはげんなりしながら呟いた。
「さぁな。森の魔女のような何かが憑りついてるだけかもしれないし。
前にも、ここの幻影には惑わされた。まったく、頭が痛くなってくる。
――――とにかく、部屋だけでも確かめに行こう」
そしてシステムのある部屋に向かって行っていく。
ミライちゃん、も、それに付いていこうと歩き出した。
のだが、途端に
ズキっと強い頭痛を覚えた。
「痛っ……」
頭痛と言うか……心の奥底がずしりと重たくなるような妙な感じ。
ぐるぐる、回転している。
体は動いてないのに、自分の世界が、回転している。
頭の中、平衡感覚。ぐるぐる、廻っている。
目が回って、即座に立つことが出来ない。
(あの部屋……に……)
何がかわからないけれど、あの部屋を見るのがこわい。
2023年4月14日20時01分




