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【音闇クルフィ】  作者: たくひあい
氷の少年
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アイスの居場所


けれど。

(……それって、とても、孤独じゃないか)


 なんだか寂しい、とコトは思う。互いにわかり合わないことこそが、わかり合うことで、適度な距離だなんて。

 でも確かに誰にも打ち明けられず、抱えるしかない孤独も、たくさん存在する。

なんとなく、あの学校を卒業する前のことを、思い出した。



『うわー、きんちゃん、卒業!? 凄いね! エリートになったら、結婚してよ。あははっ』

『……お前なあ。そんな簡単に決めるなってのー』

『いいよな、コトは卒業かー。俺、どうしようかな』

『おれもまだ、これからどうするか、考えてるよ』


『コトは俺らに構わず卒業すればいいだろ。あー、これから先輩とか呼ばなきゃなんないのか?』

『いきなり、なに怒ってんだよ……?』



「へーぇ。そのとき、『死んじゃおうかな……』なんて思ったんだ? 可哀想に」


やや長めの、金髪少年がそういきなり話しかけてきて、コトはひっくり返りそうになった。

カラフルなちっちゃい星の髪飾りがあちこちに付けられている。彼なりの、おしゃれなのかもしれない。


「……うわっ! なっ!」


「『なんで気持ちがわかるんだ』それと『お前誰?』か。いやいやー。大丈夫大丈夫! こんくらいは、記憶操作の一部に過ぎない。記憶力悪いからさ、挨拶代わりに今日見たけど、忘れるさ。俺さんは、キャンディってゆーの。よろしく。ここに所属してて、あとさっき視察から帰ったんだぜ」


 さっき紹介してたのに、自分の世界に入ってんじゃねーよ、と言われて、返す言葉もない。



 それにしても、魔族は美しい人が多いのかもしれない。つい、見とれてしまった。


少年(たぶん)もその類いで、色白で、目鼻立ちがはっきりしていて、まるで精巧な人形のようだった。彼の付けている茶色の口紅も不思議と違和感がない。その口から発せられる甘いハスキーな声は、なんだか、印象的だった。


「おっおっ、誉めてくれちゃってー、なんも出ないよ!」

「うるさいな……!」

「急に焦っちゃって、どうしたあ? ああ、そうか。リルたんのことか? やらかしたよなー。あーあー。きみは苦悩の少年」

「キャンディ!」


そばで見ていたキャノが、咄嗟に彼を睨み付けた。


それで、ようやく、意識が現実に戻ってくる。

そうだ、おれたちは、このビルに呼ばれていたんだった、とコトは実感する。最近いろんなことがありすぎて、なんだか、どう気持ちを整理すべきかわからない。

 代わり映えのしないビルの中に、知らない顔がある。しかし、彼女には知り合いらしい。


 そういえば、と、ちらっと、窓際を見ると、クルフィが、サイドテールを揺らしながら、大きく開けた窓に寄りかかって、一人ぼんやり、空を見ていた。

同じように、彼女に気付いたらしい。

「リルたーん!」


 キャンディと名乗る男が、ふざけた呼び方で、クルフィに抱き付こうとする。ぼんやり窓の外を見ていたクルフィは、あ? ととぼけた声をあげて、それから容赦なく彼の腕をかわした。

キャンディが床に寝そべるのを見下ろし、なにやってんだよ、と呟く。


「お前、相変わらずだな……」

「リルたんも相変わらず冷たーい」

「いや、別に冷たいも熱いもねぇし……──あ。おっさん」


クルフィが、会話を切り、ふと、先ほどから影が薄かった男に声をかけると、彼は聞かれたことがわかっているように頷いた。


「ここにも、確かに何人か居た。けれど今は、既に何人かが死亡している。何人かが失踪中。何人かは、視察中だ。連絡がとれる範囲の合計は、だいたい11人くらい」


「死亡に失踪たぁ、穏やかじゃないな。キャノも、そのことは知ってるんだろ?」

彼女は、そう言って、ハッ、と薄く笑いながら、窓から離れ、白銀の髪の少女の方に近づく。

少女──キャノも、曖昧に頷いて答えた。


「うん……その。言いづらかったのもあるし、聞かれなかったから、言うタイミングが、なくて」


「そうか」


「魔女狩りや魔術師狩りが盛んに行われた時代から、数年後──ここで、何があったか、知りたい?」


恐る恐る、と言ったように、キャノが口を開く。クルフィは首を横に振った。


「いいや。だいたい、予想は付くよ。あの大規模な魔力の均衡統制からするに──大方、あの日以降に、魔女や魔法使いがこの国に逃げ込んだことが『上』のお偉方に広まってしまい、しかし争いを起こさないようにと、魔族とそれ以外の人間との──表面的な、協定が結ばれたんだ」

「ああ。魔力の存在自体は認めるけれど、使っては駄目。そんな曖昧な決まりができたよ」


キャンディが口を挟む。

意外と真面目なしゃべり方もできるんだなと、コトが見ていると、なんだよと睨まれた。

「リミッターの存在の理由も、一般人はほとんど知らない。外国からきた魔族のためのもの、くらいの認識なはず。──けれど、本当に恐れているのは、この国に、こっそりと住んでいる魔族自体だろう。得体が知れないから、ある程度制限する必要があった。反逆を起こされたらたまらないからな」


「でも魔族は、魔力が無くなったら死ぬ。しかし適度には使えないとやっぱり死んでしまうから、ギリギリ生かせるくらいには、使えるように、と、ありがたい恩情措置なのさ」



「……フローって、誰ですか」

コトが首を傾げる。

「そっち!?」

キャンディが月並みなつっこみ。クルフィは、黙って、ぽかーんと『彼』を見ている。キャノは、平然として、聞いた。


「……アイスって、あの。狩られたって噂の?」


男が無表情のまま、頷く。「生きている、可能性がある」

「なんでわかるんだよ」

クルフィが、苦虫を噛み潰したような表情で聞いた。男は、やはり無表情だ。


「ああ、アイスって、確かアレだろ? 狩られたあとには魔力が無くなってたって噂じゃん」


キャンディが口を挟む。

フローは、自己紹介を始めていたが、アイスの話題のせいで、コトしかそれを聞いていなかった。


「ぼくは……坂下葉菜奈の、マネージャーでした。少し前まで。フローといいますよう」


「あ……よろしく、お願いします。キャノさんの、マネージャーさんですか」


「はいー、彼女の事件があってから、秘密裏に、これまであちこち放火の証拠を探してまして」


「……えっと」


 見た目は少年、だ。小さな身長につぶらな瞳。眼鏡。……他の魔族のように派手な特徴はこれといって、無いので、やや地味という気がするが、人間として見ると、目立つオーラがある方だろう。


。さらさらの、丸く、やや跳ねたフォルムの髪は、よく手入れされている。


「小学……」


「大人ですよおっ! 確認証を出しても、なかなかお酒が買えない気持ち、わかりますか」


「……あ、イエ、さっぱり」

「仕事中も、弟くんって言われて……!」

「……はあ」


「しまわないように、姿を無理矢理引き延ばしています」


そのセリフとともに、さっ、と霧が一瞬見えたかと思うと、そこには見たことの無い青年が立っていた。

俳優みたいにかっこいい。……さりげない脇役や、いつの間にか殺されている役をしてそうだ。


「おおー……」


コトが棒読みでリアクションしていると「やかましい」と、男がフローを、手でつまんだ。

 手といっても、ダンジョンの途中から入り口に連れ戻しにくる怖いやつみたいなのが、空からふってきたのだが。

つままれたままのフローは、すでに童顔に戻っており「えーと、はい……すみません」

と、ぶつぶつ謝っている。大人になる過程で、なにか屈折したトラウマを抱えていそうだった。

キャンディが、フローの目をじいっと見て、それからなるほどねぇ、と呟く。

そしてすぐにコトを見た。

「なに」

「お前、アイスと同じ魔力つったな?」


「言ってはない」


「同じだ、んなもん」


「つまり……お前は、波形を、覚えてんだな。お前は寒天で、そこに植え込んだ魔力が、その形になるに違いねぇ」


やけに決め付けた言い方だった。


「はあ、おれ、寒天なのか……」

「おま……たっ、と、え、だよ! おいおい、しっかりしてくれよー? 仮にもエリートが、こんな、闇に落ちちゃって、大丈夫?」

この人は、いじると面白そうだ、とコトは考える。

細かくリアクションする。

「……つまり、だ。今、なにか凍らせてみろよ」


「えー」


「こいつ……!」


キャンディが、苛ついたように、空間からバケツを出してコトに水を浴びせた

……冷たい。

少し待てば凍る。誰もがそう思った。しかし今度は、なぜか、水から湯気が立っている。


「あちっ!」


驚いたコトが声をあげる。火傷するほどではないが、いきなりお湯を食らったので、驚いた。

……お湯?

その場にいた全員が、固まる。


「水だけが、熱せられた……まさか」


キャノが、びっくりしたようにクルフィを見る。彼女は、察しがついていたというように、ああ、と頷く。

「たぶんな。でも、すぐに燃え上がって蒸発しないあたり、力が弱い。私のは、あんまりコトの適性ではなかったようだ」



 再びコトは、混乱した。いろいろと思い出してしまったからだ。クルフィは平然としているから、そんなに気にすべきでないのかもしれないが、でも、しかし、意識してしまって、仕方がない。


「あわ……わ……」


 フローは、マイペースに、つまりその力を吸収できたときに、その場にアイスは居たのだなと考える。


「皆さん、聞いてください。数人の仲間との調査の結果、アイスは今、この景色から真正面に見える、高層マンションの20階に暮らしていると推測されています。特徴は、視力の感覚が、異様に優れること。我々の行動も、常に見張っている。遠隔操作をするには、広範囲に届く目印があるはず。だから」


 フローが説明している途中だが、キャンディが、タブレットで地元の地図を出し、素早くメモ機能で、線を書き入れる。


「あー、焼き肉屋、それから、最近あったコンサートの会場。それから、マンションのビル。地図を見るとタワーを中心にして、カーブを描くな」


「ううう……」


言うことを奪われたフローは、目を潤ませ、挫けそうだった。かわいそうな役回りだ。


「……もしかして、一周する気?」


「で、それでなんで、そのビルにいるってわかるんだ?」


クルフィが聞く。

フローは、今度こそと懸命に答えた。


「それは、広範囲にはそれなりに共通する目印で作る陣が必要ですよね。そこで、炎があちこちで起こるのはその目印のためではないかというですね……それで、すべてを同じ方角から結ぶときに、等しく──」


「いえ───闇は───好きではありません」


 コトが、急に、どこかと会話を始めた。隣にいたクルフィは、ぎょっとして彼を見る。フローも黙った。

男が、ぴくりと眉を動かす。

「……闇は……真っ暗で、見るべきものを、見えなくするから……」


「おい、コト?」


クルフィが聞く。彼は答えない。少しして、タワーの電気が一斉に消えた。

「うっ……暗いな」

 何も見えないってことも無いが、それでも、光が大きく遮断されてるんじゃないかというレベルに暗い。

「いや、嫌いじゃねぇのかよっ! なに暗くしてんだ」


驚いたキャンディがつっこむが、それには、場にいた誰もが反応しなかった。それどころではない。静寂のなかから、フフフフ、と、コトのものではない声が聞こえてきたのだ。


「……すみませんね。闇の中にしか、私は存在出来ない。だから、夜中に現れたり、ブレーカーを壊したりして、あなたがたに近づいていた。昼間は、誰かのなかにしか居られない──この身体は、思ったよりも私に合っていました。さっきテストしたんです《闇は好きかい?》ってきいて。闇が嫌いな人間は、光の中を、より良く歩けますね」


「お、まえ……」


クルフィが、途切れ途切れに、確認するような声をあげる。だが、暗くて彼の位置がよくわからない。キャノは、まさかと呟き、それから、やがて、闇の中で、何か倒れる音がした。


「……はははっ。そうか! 『音』には、目隠しが効かなかったのか。やれやれ、困ったな」


キャノがコトの場所を見つけて、なにかしたらしい。どうやら彼女には、闇のなかにいる彼の位置がわかっている。


「拘束、といてほしい?」

「……ふふふ、強気なお嬢さんだ」


「あなた、なんで、生きてるの」


「まさか。私は死んだ。身体は散り、今は意識だけが生きている」


「成仏出来なかったのか……」

クルフィが哀れんで呟く。

「アイス、俺さんを祟るなよ? いいな? 男に祟られたくない」

キャンディも合わせて呟く。

ナナカマド、と名乗った男が、ふっ、と笑った。思わず吹き出したらしい。咄嗟にこほん、と咳をして誤魔化すが、誤魔化せていない。

「違います! わ、私は、残った魔力で、魂を保護している。謂わば、それが身体──」


「……墓、どこだ? 今度みんなで訪れるよ」


クルフィは聞いていない。キャノだけは、真面目に彼に向き合っていた。


「そうなんだ。放火したのも、あなた? 魔力が、全く感じられなかったけれど──」


「ああ……放火。ああ。なるほど。人間どもが、そういえば、おかしな研究をしていましたね。過去に魔女狩りで得ていた魔女の肉体をどうとか、魔術がどうとか──人工魔法が、どうとか……作り物は、波が不自然なくらいに一定だ。感じ取れないのも、無理はないな」



「人工、魔法……それ、どこで聞いたの!?」


「……さあ?」


クルフィは、火を出そうとしたが、魔力の火は、闇に打ち消えてしまった。

どうやら、既に彼の結界が貼られているらしい。

舌打ちして、それから、その場で、キャノに割って入って話しかけた。その声は、淡々としていた。

どうやら、少し苛立っているようだ。


「なあ、アイス──」


「おや。懐かしいな。リル」


「お前、いつからそんなしゃべり方になったんだか知らないけど……なんで、死んだ?」



「ふふふ。死んだら、ダメですか」


「良い悪いじゃねぇよ──どうして、身体を失う必要があったかって、聞いてんだよ」


「リルは、昔みたいなしゃべり方が良いですか──しかし、残念ながら、もう忘れてしまいました。肉体と結び付かない私は、ただの意識。意識はやがて、薄れ行くもの故に、だんだんと──」


「うるせえ、とにかく答えろ! あれから急に、学校にも来なくなって、だから私──」


「学校……懐かしい。学校で飼っていた魔物の一匹。あいつは、人の形になることが出来た。生徒を騙し、檻を開けさせ、やがて、先生を食らい、誰にも気付かれずに、うまいこと、侵入した──私は、それを、刺し殺したよ。

……そう、先生の形をしていたなあ」


 魔物が危害をくわえる場合は、なるべくは眠らせて捕らえなければならない。ただし、どうしても、仕方のなかった場合、殺害か許可されている種類もあった。


──それが、そいつだ、と、アイスは呟いた。


「私は、見えたんだ。あいつが、人間の生体エネルギーとは違うことが、私にだけ見えた──後は、わかるな。生徒を救った代償として、異常者としての、処分が下る。後に、やつの死体のおかげで真実がわかったが、それが、表に出る日はなかったな。──頭を下げたくなかったという学校側の処置によってね。

──ま、昔から、運のない人が引かされている、ベタな展開ですよ。同じような話は、あちこちに、ごろごろと見つかるのに、未だに繰り返されている悲劇です」


「……狩られたって……それじゃあ、嘘なのか?」


「ええ。私は、魔女だ。男の魔術師なんかも狩られはしたが、どちらかといえば統計的に『魔女』の方が狩られているので、男だというふりをしなければならなかった。騙して悪かった、リル」


「そこも嘘だったのかよ!」

「ねぇ、アイス。人工魔法を研究している人の場所、教えて。私──行かなきゃ」

会話が途切れ、すぐにキャノが、アイスに話しかける。アイスは、やや考えて、答えた。


「ふむ……魔女が、わざわざ狩られにいく必要がありますか? あなたの騒ぎもいくらか耳にした。エセ魔法をばらまいて、魔族の信用をこれ以上に貶めるなら、あの方も黙っていないでしょうから、どうせ、私たちの出る幕はありませんよ」


 あの方、は恐らく、人間と協定を結んだ魔女のことだろう。キャノは考えた。


それは、もともと狩りから身を隠すために、人間に紛れた者たちを匿うようにと結ばれたはずだった。わざわざそれを崩すような真似をするのは、いわゆる、レジスタンスのようなものだろう。

、個人個人が秘密裏に研究するのは、全て見張りようがない。


「……狩られたわけでないなら、貴方の死の理由は?」

黙っていたキャンディが、ふと口を挟む。


「あれ、聞いた気がしてたが」


クルフィがとぼけた声で言ったので、キャノはあきれた目を向けた。どのみち、闇で見えないのだが。


 そのとき、空中で、バチ、と電流が弾けた音がした。コトの体が、床に崩れ落ちる。


「ちっ。時間切れかよ」


キャンディが呟いて、咄嗟のことに思考が固まっていた後の二人も、ようやく、アイスが帰ったことを理解した。


コトはしばらく倒れていたが、やがてゆっくりと起き上がり──そして、なんと笑いだした。


「ふ、ふふ、ふふふふふふ。あー、そう。なるほど。はははははっ! あはっ、あは。おれはっ、とうとう掴んだかもしれない!」


「大丈夫か……なんか、変なもんでも食ったか」


キャンディが引きぎみに聞く。クルフィは「意識が戻ったんだ、良かった」と安心していた。キャノはただきょとんとしている。フローは、結界による、場への影響を冷静に計算しているようだった。


「町全体に、規模の大きな結界を張ることで、リミッターに、その制御を一気に行わせる──するとその区域間でのリミッター動作は遅くなり、各エネルギー波形に対する処理が遅れてくる。それに制御自体の魔力は、制御に含まれていなかった! なぜなら、加害目的のある力ではないから」

「コトが、壊れた……」


クルフィがぶつぶつ言いながら、両手を広げ、ついには跳び跳ね始めたコトにびびる。キャノは少し考えて、なるほどと言った。


「だから、つまり──アイスは区域制御に手を貸していただけ。影響で、リミッターには狂いが生じたと、考えているのね……」

「既に機械が制御をしているんなら、なんでわざわざ?」

キャンディがつっこむ。フローが、後ろからおずおずと出てきて言った。


「……それは、リミッターが、あくまでも人間どもが作った機械であって、結局完全な制御をしきれていないからじゃないですか?  それか、リミッターを破壊する目的があったか……」


「制御をしきれていない魔力ってーと……あの暴走野郎は、ただ操られてたって感じだったが、ああいうのこそ、そもそも制御してないよな……」


「あっ、それだよ! たぶん人間、のエネルギーは、魔力とは違うから──だから」


キャノが口を挟む。

クルフィもピンときたのか、思わず大きな声で言った。

「人間は、魔力で生きているわけではないから、リミッターでの制御が完全には出来ないんだ」


「ええと。整理すると……ここ最近アイスが何かに対して結界を張っている。リミッターがその影響で狂って機能していなかった。男が暴走する──」


「詳しいこと自体はよくわかりませんが、エネルギーを読み取るなら、人間だろうがなんだろうが、関係ないんじゃないですか? 」

コトが聞いた。

クルフィが聞き返す。


「あの透明な玉から感じるのは、純粋な魔力では、なかったんだろう?」


「はい……」


はっと気付いたコトは、慎重に頷いてから、無意味に歩き回るのをやめた。そして、それと同時に、疲労をあらわにし始めた。



「……大丈夫か?」


思わずコトがしゃがみ込み、クルフィが不安そうにそれを見つめる。

コトは、不安そうに、呟いて、腕の中に完全に俯いた。顔を見られたくない。


「魔力に──慣れてきてしまったかも、しれません……おれ……こんな。つらいなんて、初めてで……なんか、だんだん、ひどくなっていくのが、わかる」


コトは人間として生きてきた。だから、不当に思える急な痛みに、言葉に出来ない妙な苛立ちと、悲しさを感じてどうしようもなかった。

「──クルフィさんは…………こんな、痛いのに、おれの前で、笑っていた。こんな、制限なんて、おかしいはずなのに……」


「そこまでおかしくないさ。コト。私はさ、制限がないと、駄目なんだ──私みたいな、やつも居る」


クルフィは悲しそうに、急に、そんなことを言った。キャノは何か察して、リル、とだけ呼んだが、止めなかった。


「……私は、自分の力の制御が出来なかった。そのせいで、沢山傷付けた。で、『業火の魔女』なんて呼ばれかたをしたよ。もちろん嫌味でな。私はよく、ちょっと薪を燃やそうとしただけのつもりで、その下の地面までを深く燃やしていた。加減が出来なかった。ヤバいやつだろ? 周りは力が弱かったから、する必要もなかったのに、私は周りが必要にもしない加減を強いられた。その加減は、周りのやつらさえも、ほとんどまともに、経験したことのない類いの課題だった。だから、扱いにくいって、どこでも言われたっけな……」


「……業火。地獄で、罪人を、焼く、炎……」


「いやこの場合の罪人ってのは、『私の怒りを買った』くらいの、そういうからかいが入ってるだけさ。私には、正義なんかわからない」


「……でも、こんな、苦しいものを」


「周りの魔族には、辛いだろうな。私は有難いくらいに、思ってる。昔を思い出すくらいなら、ちょっと痛みを背負うくらい平気だ。無ければそりゃやりたい放題で、もっと有難いが。──まあそれだけの話だ。そこまで気にすんな」


「……あ。あと、痛み止めって、なんですか?」



コトが、しぶしぶ納得した顔をしながら、ふと、再び聞く。左後側に居たキャノが近づいてきて、そっと、小さな丸い粒を渡す。

丸薬らしい。


「薬品調合が女子の必須科目だったんだよー。はい。成分的には安全なやつだから。効果は、痛み止め。もうちょい詳しくいうなら、魔力の無理な制御で痛んだ患部の炎症を冷やす、みたいなものかな? でも他の人間に見られたらだめだよ」


「手作り……」


ぐい、とコトが1錠を口に放ると、グラスが手渡される。水で流し込むと、ふう、と息を吐いた。


「ありがとう、ございます」


 彼を見たまま、クルフィは黙って、考えていた。痛み止めの話をしたのは、コトの意識が、錯乱している状態でではなかったのか。 しかし「打っておけば」と言ったはずで、彼が話とは違う、錠剤で、納得すると思えないが……

考えていると、コトは立ち上がり、それから呟いた。冷たい声だ。


「──で。確かにこれでも、楽になったが、おれはな、痛み止めを『打って』いる、病院を聞いたんだよ」

「……コト、お前、やっぱり!」


クルフィが青い顔になっていると、コトは彼女に視線を向けた。射るような、冷たい目だ。


「……『ただの人間とは違う』本当に、そうみたいだな。ははっ。違法者か……ただ居るだけで、違反する存在か……ははっ。規律なんてのは、所詮どこかしらそんなものだ。AとBからBを排除しても、AとBの性質を両方持つものは存在する。なぜならそこに、AとBが居るからだよ。性質はやがて混ざるものだ。二つが異なるからこそな。そうして生まれる矛盾は、果たしてどこに行けばいいのやら」


 しばらく黙っていたキャンディが、どうしたんだお前、と恐る恐る近寄る。

コトは容赦なく、彼を振り払う。


「触るな」

「……お前、急に饒舌になって、気持ち悪いんだけど。なんかあったか」


「お前は、読める、と言ってただろ。わざわざ会話で教える必要はない」


少し、躊躇ったようにコトは言って、それから『男』の方へ歩き出す。


「──なぜ、《彼女》を呼んだんだ?」


「……上司への口の聞き方ではないな」


男は、ひとつだけある事務机の上に座って、ずっと5人を見ていたが、机から降りてきて、余裕の態度で彼に言った。


「おれは、雇われてはいないな」


彼も言い返す。

男は、可笑しそうに笑った。


「──ふっ、そうか。だがもう、表の人間に容易に混じることは出来ないと思うぞ。魔力がある人間は、排除されるのだ。ちょっとでも社会に怪しまれ、目を付けられると、生きてはいけない」


「──なぜ、ここまで『彼女』に結界が張られている。何重にも、『おれには』見えるんだ。──波形が、似ているらしい。何を封じている?」



「それを教えるのは、私ではない。まだ、時期も早いからな」


 男は、それだけ呟くと、クルフィを呼んだ。彼女は、奥の方で、キャノと話していたところだったが、すぐにやってきた。

彼らの会話が気になってもいたのだ。


「なんだよ」

「手紙をもらったはずだ」

「──あ、あの、焼き肉みたいなにおいのする手紙か」

「……焼き肉?」

男が不思議そうに方眉を動かす。クルフィはごそごそと上着を触って、一枚の封筒を取り出した。


「これの差出人、前に聞いても教えてくれなかったな……この手紙からは、炎の力のにおいがしていた。だから、私はここまで来たんだが。結局──」


「その方は、今、世界を司る、重要な役割がある。お前にも、その方について覚えがあると思うが──本当に、わからないのか?」


「──私が、何年生きていると思っている。記憶だって、薄れて、改変されてくんだよ」


苛立ちながらクルフィが言う。男は、なんだか釈然としないような顔をした。

そばに居るままだったコトは、じっと彼女を見た。

炎の魔力──まるで、彼女のようでもあるし、あちこちでニュースを連日騒がせていた放火に関わりがありそうでもあった。

「そうか──なら……」


男が言葉を濁して、出口のドアへ歩いていく。


「……そろそろ、これからの仕事だ。暴走者が逃走中だと、たった今、お前らが騒いでいた間に、警備の機関から連絡が入った──地図は渡しておく」


事務机に、メモ用紙に、雑に書かれた地図が置かれた。それは、誰が見ても、どこがどうなってるのか、判別しづらい簡素なものだったが、誰も──上司に口を出せなかったのだった。

キャンディが、黙って紙を掴む。たて線が数本に、横線──最後に『ここ!』 とお花の絵と一緒に目的地が示してある、その地図をしばらく見つめると、バチバチと紙上に電気を走らせた。


「読み取れた意識からするに──あー、まず『この地点から逃走した』って場所の地図らしい。そんで、××町の、4の7番地。近いな……」


「それ、そもそも必要?」

キャノが不思議そうに言う。クルフィはなんだよあのおっさん、とずっとぶつぶつ言っていた。コトは、冷たい目をしたままだ。

誰も聞いていないらしいとキャノもまた、自分の考えごとをしようとして、コトを見る。

「ねぇ、コトちゃん」

「……なんだ」

「キャンディから、勝手に聞いたよ。ごめん──」

「どこまで、何を」

「……『助けてくれ』『感情の基準になっていたものが、揺らいでいく』『人間だと思って生きて、人間じゃないなんて、今さらそんな話があるか』『この感情のまま、人格のまま生きていくのには、きっと耐えられない』」

「──ああ。そうだな」

「コトちゃんは……どう、生きたいの?」


「……降りよう」


 いつの間にか、三人は降りていたらしい。その場から居なくなっている。コトは言い逃れるように彼女を促して、先に歩いていく。彼の叫びは、いつでも彼を支配していたのだと、キャノは思った。

























ずきずき、心が、響く。いたい。




「死神っ! お前の行く先々で、人が死ぬ。

殺してるんだろう!  死神!」





 あの声がいつも、俺を責め立てる。

俺に、返す言葉は無く、ただ、その悲痛な声を聞く。


どうせ人間扱いされないのなら最初からそんな目で見ないでくれ。

なにもわかろうとしないでくれ。

わかろうとされるたびに、異端の実感を突き付けられる。


――――違う。俺は悪くないよ。


――――彼らは罪を犯した。ルールを破った。

入ってはいけない場所に入り、やってはいけないことをした。

だから死んだんだ。 自らの罪で。

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