1
私はクリスマスが大嫌いだ。バレンタインもそう。考えるだけで憂鬱になる。
「そんなの洋菓子店の娘なら仕方ないでしょ。手伝いは当たり前じゃないの」
母は軽くそう言うけれど、冬の洋菓子店で人手不足なのは深刻な問題だ。そのうえお給料も出してくれないくせに、膨大な量の仕事を私に押しつけてくるのだからたまったものではない。
我が家は昭和の時代から洋菓子店「カンフリエ」を営んでいる。ロッジを模した建物で、小さな階段を上がるとウッドデッキがあり、この季節は雪だるまのお人形がお客様を出迎えている。出窓や店内のあちこちにも小さなツリーやリースを飾って、クリスマスムードを演出してみた。これも当然、私の仕事だ。
母が言うには歴史あるお店らしいのだが、ケーキ作りに疲れ果てた私にはそんなことはどうでもよい。だいたい、つい最近建物を丸ごとリフォームしたばかりなので、昭和の香りなどほとんど残っていないし。
最後の一個のデコレーションを終え、小さく一息。
窓の外に目をやれば、さらさらと粉雪が舞っている。
そういえば予報では東京も雪になるらしい。このままいけばホワイトクリスマスだ。だけどやっぱり、私はロマンティックなホワイトクリスマスであろうとなんであろうと、クリスマスは嫌いだ。
カップルで入店してきたお客様に愛想よく接客をするけれど、どうしても羨望の眼差しを向けてしまう。
言ってしまえば、私は家業のケーキ作りが嫌だというだけではなく、一緒にクリスマスを祝ってくれる人がいない現状が不満なのだ。
ホワイトクリスマスなのに、私には素敵な彼もサンタさんもやってきそうにない。それが気分を憂鬱にさせ、私をクリスマス嫌いにさせている。
「ありがとうございました」
お客様を見送った足で扉を開け、札をくるりとひっくり返して「クローズ」にしてから店内に戻った。
「どうにか今日もケーキは足りたけど。正直ヤバかったよ。クリスマス前なのにケーキの在庫が少なすぎるよ」
私は口を尖らせる。
母はそうねえとしばし考えた後、両手を合わせた。
「バイト募集の張り紙を出しましょうか」
いかにも名案を思いついたかの様子である。しかし、この人手不足の折、ただの張り紙ひとつでバイトが来てくれるとは到底思えない。
それでも母はA4のコピー用紙に「アルバイト募集。楽しい職場ですよ」と手書きでシンプルに記していた。もう止める気も起こらない私はざっと後片付けをし、自室へと戻った。
私の心と同様に、部屋は冷え切っていた。窓についた結露が視界を遮っている。灯油ファンヒーターのスイッチをオンにして、その前に屈み込む。そうして温風に十分ほどあたり、身体を温めてから窓際へと行く。
少し温まった指先で窓の結露をそっと拭き取ると、しんしんと降り続く粉雪が見えた。
しんしんと、しんしんと私の心にも雪が舞い降りていた。冬の夜の静寂は、どこかもの悲しくもあるが、美しい景色でもあった。寂寥感が募っていくが、それは決して荒涼としているだけではなく、どことなく心を落ち着かせるような静寂感もまとっていた。
こうした冬の空気は嫌いじゃない。
嫌いじゃないけど、やっぱり孤独は嫌だ。せめて想いを共有できる誰かが隣にいてくれればいいな、と願った。