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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

八部戦争

作者: テンセカン

 ・街の入り口 8時30分

 霧の立ち込めた森を抜けると目の前に突然街があらわれる。


 殺し屋、八幡繁(やはたしげる)は恐る恐るその街に入る。


 街の中心には大きなドームがある。そこが彼の目的地である。


 ドームに入ると七人の殺し屋が集まっていた。


「主人公の登場だぜ。」

「そろそろ戦争の始まりかな。」

「うん、そうだね。」

「今年は負けねぇ。」

「今年こそ我が勝つゆえ。」

「俺が勝つに決まってるじゃん。」

「………ああ。私の台詞が見つからない。」

 毎回こんな調子なのだろうか、世代交代後初だから周りからの威圧感が凄すぎて怖い。試されているのだろうか。しかし、前回優勝の家として威風堂々としなければ。というか、最後の吉田さんは別になにも言わなくても良かった気もするが、ルールなのか?

「こんにちは。今回この場でルールの説明をさせられる……ではなくて、させていただきます八幡家の八幡繁と申します。知っての通り“八”です。よろしく。」


「えっと…私は“公”の吉田公治(よしだあきはる)と申します。よろしくお願いします。因みにこれが私の初台詞です。」

「俺、三沢具方(みさわともまさ)、“具”だよ、よろしくじゃん?」

「“共”の榊共和(さかきもとかず)です。よろしくお願いします。」

「僕は“典”の中村典夫(なかむらのりお)と申します。仲良くいきましょう。」

「俺は“六”の六浦秀(むつうらしゅう)。俺が勝つ。」

「“兼”の兼子雄貴(かねこゆうき)だぜ。よろしく‼」

「我は“兵”の彌生由兵衛(やよいよしべえ)なり。我は高齢であるが全力で勝つ所存である。しかし我は皆を殺すつもりはない。この戦争が終わったときの皆の息災を祈ろう。」

 

・今から始まるのは「八部戦争」と呼ばれる殺し屋の行事である。

・16年に一度行われ、毎回半分が死ぬ「八部戦争」は殺し屋の頂点の家系、「八部」と呼ばれる、名前に()()()()()()()()の一文字が入る八家が自分とその家系の地位を守るため、天性の異能力を駆使して殺し合うものである。

・開始地点は、このあとのくじによって決められる。

・審判と敗者の治療は医者の()の北里家、記録は隠密の家系である(けい)家、死体の処理等の後処理は情報屋の()其田(そのだ)家が、それぞれ執り行うものとする。

・降参は、拘束等により動けないときと瀕死、もしくは戦闘中でない時に限り認める。

・自分と自分の武器、服以外は持ち込めない。

・刃物や銃などは武器として登録しないと持ち込めないが、武器として登録した物は、自分が用意していれば壊れても予備を入手出来る。

・出来る限り全力でやってほしい。

+α 最近の医療の発達と北里家の異能力により、よほどのことがない限り死ぬことはない。

 

 そんな恒例の説明をしてくじを引いたのち、それぞれくじで出た家に移動する。

 30分後に戦いの開始となる。



 ・街の南端 9時29分(開始直前)

 八幡家は戦闘ではなく鍛冶の異能力を持つ家系であり、毎回この戦争に参加するときには、最も得意とする武器を自ら作り、それを使って戦う。


 繁は「(さばき)」 という大きな包丁を使う。これは刃渡り1メートルほどの包丁だが、使いたいときに自由に発現、対象を任意の薄さにスライスでき、間合いは見える限りのすべての範囲である。



 繁は指示された家に入る。そこにはタイマーがおいてあり、後五秒で戦争が始まることを示している。


 そのまま玄関で開始を待つ。


 開始のベルが鳴る。


 外に出る。



 ・街の北端 9時30分(開始直後)

 開始のベルが鳴っても由兵衛は家から出てこない。ただ、どこから現れたのか、足軽のような服装をした沢山の人がどこかへ走っていく。



 ・街の東端 9時30分

 開始と同時に家が塵となり崩れ落ち、そのまま広い範囲で建物が塵となって崩れて消えた。

 「私にも攻撃の出来る異能力があれば良かったのに……」

 そう呟き、吉田はその不毛の土地の中心に座り、遠くを眺める。と、遠くに人が見える。体格から見ると六浦秀だろうか。吉田の武器である狙撃銃を出して撃ち抜く。

 相手が倒れない。反動からすると固いものに弾かれたような感じだった。しかも、こちらに向かって走ってくるように見える。吉田はその場から逃げることにした。



 ・街の中心部 9時45分

 街の中心の公園で、なんとなく歩いていた兼子と三沢はばったりと出会った。

 三沢は戦うチャンスだと思い、背中に背負った紙を広げて端に一本の剣を書き、取り出す。具現化の異能力である。

 兼子はその動作をじっくり見たあとに、脱兎のごとく逃げ出した。

 

 三沢は兼子を追い、兼子は()()逃げた。



 街の西端に近くなってきたところで、走っている三沢の後ろからネットが被せられる。


 三沢は転び、後ろを振り返った。そこには自分と同じ服を着た長身の女性が立っていた。

「雄貴ぃ~、兼ねるときは相手の身長を見てから兼ねようぜ?」

「うるせぇ。ヒトミより背の高い奴なんてほとんどいねぇだろうが。」

「私だってだぼだぼの服、来てみたいンやぜ?」

いきなりなんなんだ?この二人はなんの話をしているんだ?それにこの女は誰だろう。集まった人のなかにはいなかったような気がするが??

「ていうか、こいつ多分めっちゃ混乱してるぜ?確か……三島とかいったっけ。」

「べっ、別に俺は混乱なんかしてねぇよ!あと、俺の名前は三沢だ!」

「完全に動揺してるぜ、おもにヒトミのせいで。」

「そうやな。私のせいで混乱しているなら私が説明してやる。」

「私らの能力は…」

「俺の能力だぜ?」

「うるせぇ、(うち)らの能力は『兼ねる』ってんだ。雄貴の近くに敵がいるとき、雄貴の呼び出しに応じて私が出現してあげてるってわけだ。相手の能力と服装をコピーしてな。」

「つまりヒトミは俺の女ってこと。」

「恥ずかしいこと言うなし‼」

「ヒトミ、俺いなきゃ駄目だもんな。」

「そんなことねぇ。雄貴が居なくたって私全然大丈夫なンやぜ」

「そうかもなw」

 1人で2人格を兼ねているということなのだろうか。意味がわからん。あ、なるほど、俺の能力を使って網を作ったのか。てか、そんな話を俺にしてどうするんだ。

「私が死ぬと、こいつ10分間律儀に逃げ回るんだぜ。ちょっとは自分でも攻撃すれば良いんに。」

 まっ、まさか口止めに、この若くて有能な殺し屋の卵を殺すっていうんじゃないだろうな。

「私、心読めるンやぜ」

「えっマジすか!」

「今ハンバーグのこと考えてただろ。分かるンやぜ?」

「考えてねぇよ!」

「ジョークだって。あぁ、死ぬか降参するか選ぶンやぜ?」

「……あなたがですか?」

「お前に決まってるンやぜ。まあ、実質一択だけどな‼降伏だよな?」

「…降参します。」

「まったく、若いやつは素直でいいぜ。なあ雄貴?」

「降伏じゃなくて降参ですよ?」

顎を蹴られた。あ、意識が…

「うるせぇ!そんなこと関係ねぇょぅ……………」


 目の前に、全然気配のない農民のような男がたっているのに気付く。北里家の人だろう。

 そして、俺の意識はフェードアウトした。


 ・街の中央部 10時05分

「え?審判って見て良いのか?」

「いや、見ちゃいけないってことはねえだろうけど。少なくとも、見られちゃいけないだろうな。」

「あ、すいません。間違えて……出てきてしまった。」

「あれ、もしかして雄貴、負け?」

「俺ら、こんなところで負けるとはな。」

「は?私、雄貴が死んでも別に問題ないけど?」

「それはそうだけどよ、ダメだろ。ルール的にというか。」

「いえ、……ルール的には問題ないです。」

「ほらやっぱ、雄貴だけ負けっぽいぜ。」

「マジかよ。」

「いえ、今回は僕の方のミスなので、敗けとか、そういうのは、ないです。」

「だってよ、命拾いしたな!」

「今、めっちゃほっとしてるぜ。」

「ただ、出来ればすぐにこの場から離れていただきたいのですが。」

「聞いたか雄貴、こいつたぶんひじゅちゅ(秘術)とかいうのやるんだぜ。」

「あ、ヒトミ今噛んだろ。」

「は?うっせぇ。行くぞ!西側!」

「西側?おい、いきなり走るのはズルいぞヒトミ!」


 ・街の南側 10時15分

 難なく吉田公治を殺した六浦(しゅう)はなんとなく気分が悪かった。

 吉田は無抵抗でただ殺された。勝負でもなく、蹂躙でもなく、ただ、無抵抗の相手を殺したという感覚だけが残る、嫌な感じだった。

 

 気づくと目の前に典の奴がいた。中村典夫だったか。こいつも弱々しそうで殺す気が湧かない。どうしようか。


「きっと、あっさりと“公”を殺してしまって気分が悪いのでしょうね。わかります。」

「すごいでしょ、僕、昔探偵に憧れていたんです。」

「まあ、僕の前で躊躇してしまったのがあなたの運の尽きといったところでしょうか。」

「あなたはもう勝てない。(^~^)ドヤッ」

「勘ですが近くにもう1人居ると思います。ちょうどいいですね。」

「祝典なり‼」

俺になにも説明しないまま、そう中村は叫んだ。異能力を発動したらしい。

「何をしたかまったくわからん、何をしたんだ?」

「すいません。僕としたことが、過剰に警戒してしまった。」

「は?」

「僕の異能力は相手の攻撃の意思をなくすことなんですよ。」

「ああ、近くにいたのは八幡さんでしたか。」

この人には人が返事をするという発想がないのか?

そんなことを思いつつ秀が後ろを振り返ると、包丁を持った八幡繁がいた。

「こんにちは。敵を一時間近く探していて。中村さんの声が聞こえてからなんかやる気が出ない感じで。やっと見つけたのにすでに疲れてやる気が出ない。と思ったらあなたの異能力でしたか。」

「聞いておりましたか。ところで、あなたの武器は大きな包丁ですかな?」

「その通りです。」

「僕の武器も調理器具でして。ひとつ、料理対決でも。」

「道具はあっても具材がありませんが。」

「私の能力では、今まで人が食べたことのある全ての物を発生させることもできます。」

「フグもですか?」

「もちろんです。しかし、僕は毒殺はしませんよ。副職が料理人なので毒殺は嫌いなのです。」

「よいですね。では、負けたら降参ということで。」

「ちょうど審判も1人いることですしね。あや、2人ですな。」

「「?」」

「もう1人入って来たみたいですねぇ。」



 ・街の西端 10時15分

 榊共和は開始地点の家のなかでなんとなくあやとりをしている。

 内心ではポケットに入っていたあやとりを間違って持ち込んでしまったことを悪いとは思っているが、やることもないので仕方がない。

 さっき一応北里家の人に伝えたら、目の前にヒラヒラと紙が落ちてきた。

 戦闘に使わなければ別にどうでもいいと書いてあった。

 退屈で死にそうではあるのだが、この家を出る気力もないし、どうしようかと思っている。窓の外を美男美女の(つがい)が歩いている。

 女性のファッションが小さい学ランでへそを出しているのがやや不自然だが、それ以外は完璧な陽キャラのカップルにしか見えない。

 まあどうせ、僕のような陰キャラには関係ないのだけど…。

 しかし、そこにいるのは敵だろう。先手必勝なんだろうと思い、僕は全力で能力を使って精神にドーピングする。lv.1。人と円滑なコミニュケーションが取れる。

「こんにちはー。姉ちゃん暇?」

「「………」」

「は?彼氏いるの見えねぇのか?」

「は?俺の女にてを出すってのか?」

まずい、これは失敗だ。すかさずドーピング。lv.2。ちょっとウザいくらいのノリ。

「まさかカップルだとは思ってもみなかった。それにしても素晴らしい台詞あわせだ。僕は感動した。」

「雄貴ぃ、こいつ分かっててやってるぜ。絶対かまちょやぜ。」

「ヒトミぃ、こいつ敵だぜ?ドームで見たろ。」

「知ってるって。………神木(かみき)…君…だよね?あれ?」

「僕、(さかき)ですよ。」

「あはは、ごめーん。」

ヒトミというらしい女性は、そう言いつつ網を僕の方に投げる。

なんだろう……何か…まあいいや。

僕は網を掴み、それを介して能力を使う。

女性の顔から表情が消え、顔色も消え去り、そのまま崩れ落ちて存在が消えた。

「お前、俺の女に何しやがった。」

「あなたの女性は何者ですか?人間ならあのくらいなら元気がなくなるくらいなのに。それに、僕の能力は最大で使っても死体は残るはずですよ?」

「うるせぇ。お前の能力はなんなんだよ。」

「言ったら降参しますか?」

「うるせぇ!」

掴みかかって来たので、僕は兼子さんに直接能力を使う。

「なんか……元気が出ない感じだ。」

「降参しますか?」

「ああ、降参しようかな。……どうせならお前の能力教えろよ。」

僕の能力は説明しづらい。なんというか…とりあえずドーピングを切る。

「ああ、えっと……何て言えばいいのかなあ。えっと……」



 ・街の南側 10時20分

 ほんの少し前に殺したはずの吉田が目の前に立っている事実に、六浦は動揺していた。

「なぜだ。貴様は…俺がこの手で確かに……。」

「そうですね。私は…」

「この人は公に死んだことが認められないと死なないんですよ。僕も、一回騙されたことがあります。しかし…」

「そうなのです。私は前回一度殺された時点で降参していますが…今回は私の最後の戦争ということもあり、戦闘をしないというマイルールを作って続けさせてもらってます。えっと…お邪魔ですか?」

「一向に構いませんよ。僕もちょうど人手を必要としていて…」

中村は吉田に対してかくかくしかじかと事情を説明し、そして言った。

「しかし、審判が偶数というのもなんとなくいただけないですね。」



 ・街の北端 10時20分

 由兵衛が、自身とほとんど同じ服装をした相手と囲碁をしている。

 由兵衛はおもむろに立ち上がり、相手に、少々中断することを伝えて寝転がる。

 由兵衛の異能力は兵を発生させ、それを使役することであるが、兵の感覚を共有する(兵に憑依する)ことも可能である。ゆえに、このように感覚の共有を定期的に行っている。

 しかし、今回は一向に起き上がる気配がない。


 ・街の西端 10時20分

「…何て言えばいいのかなあ。えっと…」

 そう言って僕が頭を掻いた瞬間兼子さんがポケットから黒光りするものを出して僕に対して攻撃をしてくる。

 逃げ切れずに脇腹に深々と突き刺さる。僕はくの字に折れ曲がり、息を漏らす。

 僕はすかさず精神にドーピングする。lv.1

 そのまま後ろに下がり、脇腹を触る。切れてはいない。なんだろうかあれは。


 よく見るとスマホである。


 精神への攻撃が効いていない?あ、つい頭を掻いて相手から手を放していた?けど、その瞬間に攻撃するとか、どんな反射だよ。まあ、武器が無いなら勝ったも同然かな。

 そして僕はしゃがみ、床に手をつく。


 ・街の南側 10時25分

 審判を呼んでくると言ってから5分、中村は、江戸時代のような服装の男を連れてきた。

「我は彌生由兵衛なり。ずいぶんと遅い夕食だが、よろしく恃むぞ。」

「さて、審判も三人でちょうどいいですし、料理の対決を始めようと思います。ルールは……それぞれ好きなように食材を使って得意で美味しい料理を作ることにしましょう。」


 ・街の地下 10時27分

 監視カメラのモニターで街の南側を見ていると、何か参加者が料理で対決し始めた。俺はずっと審判しててまだ飯食えてないのに。やってらんねぇ。何人か審判も居るし、いったん休憩。

「タツオじいさん。飯食ったろ。ちょっと審判変わってくんね?」

「構わんが…俺はまだじいさんじゃないといつもいっているだろう‼」

「おう、すまん、タツオ()()。じゃあ俺飯食って来るから。」

「不出来な孫だな……俺はまだ若いといっておるのに。」

 タツオじいの小言を聞きながら近くにある食堂に移動する。

 食堂につくと若い奴が1人で飯を食ってる。声をかける。

「おうよ、若いの。」

「えっ?あ、こんにちは、えっと、はじめましてハルオおじさん。」

「おれはまだおじさんじゃねぇよ。」

 このくだり、何かタツオじいの時と似てるな。

 俺はおじさんなのかな。少し弱気になる。

「君、()()戦の時に近くで審判をしてたよね?」

「はい、三沢くんと兼子さんの戦いは僕が見ましたね。」

「君、名前は何て言うの?見たことない顔だけど分家かい?」

「分家のヨルヤです。」

 新入りなんていたのか。なんか先輩面をしたくなってきた。

「先輩面をするのはあまり好きじゃないからこんなことは言いたくないんだけどね。北里家は参加者の前に姿を見せてはいけないんだ。絶対じゃないけどね。八部戦争の成り立ちは知ってる?」

「いえ、まだ聞いたことないです。」

「じゃあ、話してやろう。」


 俺は、八部戦争の成り立ち、お家騒動的な話、北里家の感動話などを話す。


「まあ、今はそんなに厳しいことは言わないけどね。」

と言って締める。完璧な語り、どやっとした気分でちらっとヨルヤ君を見る。

「感想ですか?…そうですね。まあまあよくわかりました。又一族のことや各家が兄弟だったことは初耳でした。しかし、「各兄弟のその後……」とかはあまり話と関係ないように感じましたね。」

チッ、生意気なガキだ。しかし、ちゃんと話は聞いてる。気に入ったゼ。

 話をしている間にすっかり冷めた夕食を掻っ込み、俺は審判の作業に戻った。


 良かった。料理対決は終わっていた。殺風景な食堂で食べる冷えた幕の内弁当ほど不味いものはないし、そうでなくとも美味そうな料理を見ているのに食べれない事ほど不快なことはない。

 それにしても、兮家の人はどうやってこれを記録するのだろうか。料理の工程まで記録することは確かだが、味はどうするんだ。やはり料理の上手い人が記録するのか?俺のように全く料理の出来ないやつには絶対に出来ない仕事だ。

 カメラを確認する。他の街の北端のカメラには、ぼこぼこに崩された街並みが写っている。所々に血が飛び散っていることからも戦闘があったことは明白だ。

 じいさんにどういうことか聞いたら、にやにやされた。むかつく。


 ・街の北西部 11時30分

 あのとき能力のことを聞いておけば良かったぜ……と考えつつも、兼子は周囲の状況の判断を欠かさない。

 周囲は瓦礫の山である。

 榊が地面に触れた瞬間に地震が発生して、走って逃げてしばらくして足をとられて転んだ。

 頭を打って気を失いしばらくして起きると、こんなことになっていた。ということだろう。

 後ろから肩を叩かれて驚いて振り向くと、榊が立っていた。

「やっと見つけた。君ももう動けないだろうし、降参しない?」

「ああ。もちろんそうするつもりだった。それで、お前の能力は?」

「あぁ、それなら……僕の能力は共鳴器って言うんだ。手を触れている物と、人の感情の振れ幅を大きくしたり小さくしたりできる。」

「なるほど。分からん。」

「で、君の能力は?」

「ああ、俺の能力は……!?」

 遠くに人が、おそらく八


 言い終わる前に、二人はバラバラになって絶命した。


 ・街の南側 11時10分


 料理対決は八幡の勝ちで終わった。

 中村は料理に熟練していたが、使う道具が悪かった。

 いや、八幡の道具が優れすぎていたとでも言うべきだろうか。


 中村は味噌汁を選んだ。味噌汁ならば良い素材を使えばそのまま、味の良さにつながるからである。幸い、中村は食材を選ぶことが出来た。

 対して八幡は、刺身を選んだ。ぶりの刺身である。単に、由兵衛がぶりの刺身を食べたいと言ったからである。


 八幡繁本人もはっきりとは把握していなかったが、繁の異能力は包丁で物を切る能力ではなかった。繁の異能力は今までの八幡家とは異なり、包丁を発現した時に限り概念的に物を「分割する」能力だった。


 魚は捌き始め、ひとつ目の細胞を破壊したときから急激に体内の水分を失う。

 どんなに熟練した料理人であっても刺身として出すときには多少の旨味と油分が流れ、舌触りも変わって、パサパサしつつどことなくヌルっとした、本来の魚の肉とは異なる不快なものへと変わる。

 それに対して、八幡繁の能力は魚を「切る」ものでは無いため、魚が一般的な刺身のような不快なものに変貌することはない。ただ、食べやすい大きさに分割された魚本来の肉になるだけである。

 しかし、刺身の定義上、人は、(今回のような例外を除いて)刃物で調理した刺身しか食べることが出来ないため、その大きな差を知ることは出来ない。


 味噌汁の本質は大きく分けて三つに分けられる。出汁、具、味噌である。

 香りは出汁、味噌は味、具は口内の感触を大きく左右する。しかし、香り高い出汁、良い味噌、食感の良い具を選べば美味しくなるというわけではない。

 中村の作った味噌汁は最高と言えた。

 出汁はそこまで香り高くはなかったが、ほんのりと香る味噌の香りを引き立てた。味噌はスーパーでよく見るようなプラスチックケースに入ったものだった。具は豆腐と油揚げのみだったが、豆腐は口のなかでほぐれ、油揚げはふんわりとしているように錯覚するようだ。

 中村の異能力によって最高品質の食材を出せたこともあるが、中村自身の腕がとても良いゆえにつくりだされた素晴らしい味噌汁であり、八幡の料理と比較しても遜色ないほどの物であると言っても過言ではなかった。

 

※全て所見の印象であることを追記する。


 対決前の約束通り、中村は降参した。

       《料理対決の記録・(けい)由己(よしみ)


 ・街の南西部 11時20分

 自分の異能力の範囲に入った人は、範囲外に出たあとも10分間程度攻撃の威力が100分の1になると中村は言った。つまり包丁の切れ味がとてつもなく悪くなるということだ。具体的には、人を一撃で切ることができない。

 八幡は今西に向かって歩いているが、今攻撃をされると、勝てる見込みは万にひとつもない。

 この効果はあと2分ほど続く。


 ・街の中心部 11時20分

 六浦は真っ直ぐに北に向かっている。

 六浦は自分の攻撃が相手に効かないと知っても動揺することはなかった。六浦の能力は球状の不可視のバリアであり、自分に攻撃が当たる可能性が皆無だからである。

 

 ・街の南東部 11時20分

 吉田は意味もなく街を探索しながら反時計回りに北へ向かっている。もう怖いものはない。自分ルール的には戦争にはもう負けた上に、楽しい経験も出来たからである。ただ、暇潰しに周りの建物を塵に変えていく。あと、追加の自分ルールで、11時30分までに誰にも会わなければ、降参すると決めた。


 吉田の能力は死なないことの他にもうひとつある。戦争の最初にも使った、「非生物を塵にする」能力である。

 この効果は吉田の立つ地面から広がる。吉田の足から半径100メートルの平面上に存在する全ての非生物に連鎖的に効果を及ぼすため、ハエトリグモの苦手な吉田には、靴を履けないという悲しい悩みがある。

 もう既に戦闘には関係ないが、参考までに。


 ・街の北部 11時30分

 六浦がふと後ろを向くと、見知らない人がこちらを見ている。誰だろうか。敵には違いないのでとりあえず攻撃。武器は重機関銃なので、当然、ダッシュからの刺殺という基本のかたちである。

 すると、一撃で倒れたそいつはそのまま地面に吸い込まれていった。意味が分からない。

 ふと後ろを向くと、今倒したのと似たような服装をした奴が10人ほどいて道を塞いでいる。

 さすがにまずいかと思い、逆方向に走ろうかと思うとそこには20人ほどの集団が…。

 幸運にも十字路の真ん中にいる。つまり残った道、左もしくは右に逃げることにする。しかし、不運にも右、左合わせて100人ほどの集団が目の前に立ちはだかる。

 六浦は、自分のバリアのおかげで攻撃されることはないものの、取り囲まれるという状態に不快感を抱く。


 六浦は基本のかたちよりも難易度の高い技に挑戦する。六浦は三脚を取りだしてその上に重機関銃を置く。そして重機関銃を水平に回転させながら、打ちまくる。中腰で辛い。

 足軽の服装には見覚えがあるが、それが誰だったか思い出せない。思い出せない。しかし、とりあえず撃ち続ければ解決すると信じて、打ちまくる。もちろん脳は筋肉質である。


 ・街の中央部西側 11時35分

 八幡が遠くを見ると、参加者っぽい人が二人で会話をしているみたいだった、ので遠くから斬った。

 ふと周りを見渡すと、遠くから軍隊が迫ってきているのが見える。全ての方角からである。

 足軽という服装からすぐに彌生由兵衛をイメージする。分身だろうか。本体はどこだろう。

 自身が南から来たことから、南ではない。さっき居たのが中央部から西であるゆえに、そこも除外される。

 料理対決のときの自分と中村、六浦の位置関係から察するに、六浦は東側から来たと予想できる。六浦の性格上、近くにいた敵には必ず勝負を仕掛けただろう。また、六浦は生きている。よって東を除外。

 中村は自分が始めに探したとき見つからなかった位置、つまり北東もしくは北西部から来たと考えられる。よってどちらかを除外。

 可能性は南西、南東、北部の三択だが、南から中央部において軍隊、あるいは兵士一人も見た記憶はない。よって、彌生は北部にいる可能性が高い。

 彌生は豪快に見えて実は堅実なタイプだと思えたので、北端に止まっていると見る。

 よって、北側にいる敵のみを倒して、本体にダイレクトにアタックするのが正解だろう。

 八幡は北側の敵に向かって包丁を振るう。


 ・街の北端 11時25分

 由兵衛は大きな紙を床に広げている。紙には大きな円と方位が書かれ、そのなかには何本もの線が走っている。この街の地図のようだ。

 由兵衛は近くにあった黒い碁石を2つ掴み、それぞれを街の北部、中央部に置く。

 そして無作為に白い碁石を掴み取り、北端に散らした上で、黒い碁石を囲むように移動させる。そしてまた兵を増やす。


・街の北東部 11時30分

 吉田は周りを見渡したが、近くに誰かがいる様子はない。遠くから銃声が聞こえるが、六浦が誰かと戦闘をしているのだろうか。ちょうど今、リタイアする時間になった。夕食のあとは何も起こらず少しつまらなかったが、前回もこんな終わり方だった気がする。

「リタイアしまーす。」

吉田は叫ぶ。

「はいはい。アキちゃん、今回はずいぶんと長居したもんだね。」

真後ろから、声が掛かる。

「おっ。正月ぶりだねタッちゃん。長居くらいするさ。私は今回までだからね。」

「そうだな。お前みたいにずるできよる奴にいつまでも参加されちゃあ困っちゃうからな。」

「うん。その通りだ。」

「おう」

二人の初老は近くの家の中に消える。


 ・街の北端 11時33分

 由兵衛は北西部に白い碁石を散らし、瞑想に入る(憑依する)


 ・街の北部 11時33分

 由兵衛は六浦から最も離れた足軽に乗り移り、近くにある建物に登った。遠くからでも、六浦の姿はよく見える。

 足軽たちが全く近寄れていないところからして、能力はおそらく防御の類。しかし、完全な防御と言うものはない。生物ならば息をしなければならず、必ず空気だけは行き来できなければなるまい。とならば、空気を汚すことのできる焼き討ちが至上。


 ・街の北西端 11時45分

 自分の北側の敵を切り続けている八幡は、目に見えて目の前の敵の数が減ってきたことに気付く。

 後ろの敵との距離はかなり開けている。目の前の敵は一向に減らないが、追加の兵のほとんどが左手から来ているのが見える。つまり、本拠地(由兵衛)の位置は左か。


 ・街の北部 11時35分

 六浦は馬鹿である。ゆえに強い。とてつもなく硬い六浦のバリアは、六浦の『バリア』のイメージから成り立つものなので、範囲は狭いものの、何も通すことはない。生存に必要なもの(空気)さえも。小学生並みのの思考とはかくも恐ろしげなものか。

 六浦は、自分の意識が薄れていることに気づかない。ただ意味もなく回転する。

 そしてそのまま意識を失い。倒れた。


 ・街の北西部 11時47分

 八幡は曲がり角を左に曲がる。そして敵が見えるのと同時に包丁を振る。

 そして、やはり正解だったか。という風に笑みを浮かべる。

 敵の数がいままでと比べて段違いに多い。そのまま走り抜ければ勝ちだと確信して、少し疲れてきた腕で包丁を振るう。後ろからも敵が来るので、度々後ろを向かなければいけないのがつらい。

 なかなか良い動きをしている兵士もいるが、身体能力に誤差でも発生するのだろうか。そんなことはどうでも良いか。どんな敵だろうと斬るだけだ。


 ・街の西部 11時53分

 いつの間にか、周囲には人がいなくなっている。なぜこんな場所にいるのかは分からないが、どこかで外れを引いたのだということは分かる。

 後ろに人の気配。そのまま振り向こうとして、視界が落ちる。体が崩れ落ちているのが見える。その後ろに人がいるのが見える。女?

 そして八幡の意識は消失する。


 街中に大きな鐘の音が鳴り響き、八部戦争が終了したことを示す。


 ・街の北端 11時35分

 11時00分頃に、榊に不意打ちを仕掛けるために復活されて隠れていたヒトミは、雄貴と榊が誰かに殺されたのを見て、沈んだ気持ちですぐに単独行動に移った。

 西側からとぼとぼと歩いてきたヒトミは、ひとつの家から兵士が出てくるのを見つける。


 ・街の北端 11時35分

 門番をしていたところ、ちらりと珍妙な格好の女が見えた。将軍の敵に違いないから、離れる旨をもう一人の門番に伝えて、女が見えた場所に近寄る。

 一介の武士であるゆえ、簡単に敗けるわけには行かない。角に潜み鯉口を切り、刀を抜いて飛び出す。

 すると、不思議な形の、金属の塊とでも云えば良いのか、なんとも形容しがたいものを持った女がそこにいた。

 この兵士(てい)、将軍から名を授かった者として、こんなところで


 ・街の北端 11時40分

 門番をしていた二人の兵士はとても弱かったので、作った銃を1発づつ撃っただけで、消えていった。

 民家のなかに入ると、将軍っぽい人が立っていて、攻撃を仕掛けてきた。なかなかの強敵だったが、倒すと消えてしまったので囮だったみたい。

 民家のなかに誰もいなくなったので、仕方なく外に出る。あと、癪だから民家には火を放っておいた。


 ・街の北西端 11時47分

 由兵衛は北端の拠点が制圧されたことに気付く。

制圧するまでの時間から考えてかなり強いだろう。相手が我の場所に着く前に八幡を倒さねばと思う。そして、足軽のような服装に着替えて八幡の後ろに回る。足軽に紛れて斬るつもりである。万が一由兵衛が死んでも足軽たちは30秒ほどは残り続ける。大きな一太刀さえ入れられれば八幡はすぐに倒せるだろう……



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勝者 兼子雄貴/ヒトミ


第八位 三沢具方  034分 降参

第七位 中村典夫  075分 降参

第六位 榊共和   089分 斬殺

第五位 吉田公治  090分 降参

第四位 六浦秀   095分 窒息

第三位 彌生由兵衛 109分 斬殺

第二位 八幡繁   113分 斬殺

 

  

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