青い失くしもの
「おはよ!!」
神楽君が学校で、いつものように元気よく私に話しかけてくる。
彼に告白されてから、一ヶ月が経った。
告白された次の日は、私はなんだか気まずくて、いつもの電車より一本早い電車で学校に来た。
どんな顔して会えばいいのか分からなかった。
そんな私の気持ちなんてお構いなしに、神楽君は私に話しかけてくる。
「寝坊したのかと思ったよ。」
そう言った彼は、笑顔だったけど、少し悲しい顔をしているように見えた。
一ヶ月経った今でも、告白なんてなかったかのように普通に接してくれている。
告白なんてされたことがなかった私に、彼のその優しさがとても嬉しかった。
ちらっと後ろの方を見ると、水野君が朝から隠れてゲームをしている。
少しの間観察していると、いつの間にか神楽君は水野君のところへ行って、ゲームをしている様子を見ていた。
神楽君はゲームがあまり得意ではないらしく、やるよりもそれを見て楽しむ派だと言っていた。
水野君が急にすごく悔しそうな顔をした。
それがとても可愛くて、私まで笑顔になってしまう。
二人が楽しそうに笑っている。
彼が、羨ましいと思った。
二人を見ていると、水野君と目が合った。
私は驚いた。
いつもはすぐ逸らされるのに、
もう一秒は目が合っている。
心臓が脈打っているのがわかる。
そして二秒目に突入しようとした瞬間、
「あの…。」
クラスの女の子に話しかけられた。
「はい?」
そこには、眼鏡をかけた、おさげの可愛らしい女の子が立っていた。
「…これ、南さんのですか??」
そう言うと、私にカシオペア座の形が掘られているキーホルダーを渡してきた。
私が昨日、鞄につけていたのを見たらしい。
確かに今朝までついていたキーホルダーがなくなっている。
「…うん!ありがとう!!!」
私は本当に嬉しかった。
それは、お父さんの形見だった。
私のお父さんは北海道の宇宙専門博物館の従業員だったから、小さい頃はそこが私の遊び場だった。
「...学校の前に、落ちてました。」
その女の子は小さな声で言った。
「本当にありがとう。」
そう言って鞄の中に入れた。
「名前…なんていうの??」
「千葉橙子[ちばとうこ]…です。」
私が聞くと、聞こえるか聞こえないかくらいの声でそう言った。
「橙子ちゃんか!!…お礼、何がいいかなぁ。今日放課後何かある?」
「え、いや、お礼なんて!!」
急に大人しかった橙子ちゃんの声が大きくなる。
その様子が、なんとも可愛らしかった。
「よし、クレープでも食べに行こう!!」
そうして放課後、私と橙子ちゃんはクレープ屋に来た。
「私、キャラメルで。」
私がそう定員さんに頼むと、
「わ、私も、同じので!!」
慣れていない様子で私と同じものを頼む。
こんなに愛らしい高校生がいるものかと思った。
「ごめんなさい。私こんなお店来たことなくて…。」
橙子ちゃんが申し訳なさそうに言う。
「全然いいんだよ。橙子ちゃん可愛すぎる。」
橙子ちゃんと話していると、見た目より全然おしゃべりなことがわかった。
「橙子ちゃん、眼鏡とってみてよ。」
私は笑顔で提案した。
「え…?」
顔はちっちゃくて、お目目はぱっちりしてて、絶対眼鏡がない方が可愛いと思った。
「ほら…。」
私が橙子ちゃんの顔に手を伸ばす。
すると、予想外のことが起こった。
「やめて…!!!!」
私の手は叩かれて、赤く染まった。
一瞬の出来事に私はびっくりして動けない。
「ごめんなさい…ごめんなさいごめんなさい!!」
そう言葉を吐き出すと、橙子ちゃんは一人で走ってお店を出ていってしまった。
私はまだ動けないでいたが、何分か経ってようやく我に返った。
追いかけようと私も急いで会計を済ませて店を出る。
すると店の前に、黄色のTシャツを着ている男の人が目に入った。
その人と目が合う。
「…南!?」
なんと、それは水野君だった。
水野君は私に気づくと、こっちに走ってくる。
「こっちに、青のパーカー着たやつ来なかった!?」
水野君は私の両肩を持って、すごく焦った様子で言った。
手の力が強くて、肩が痛かった。
「見てないけど…。どうしたの?」
「いやちょっと、弟探してて…。」
水野君の尋常じゃない汗。
今まで走っていたんだろうか。
水野君のその焦り様が、只事ではないことを物語っている。
「ごめんけど、一緒に探してくんない?」
私は橙子ちゃんのことも心配だったけど、どうにもその弟君のことが気になってしまい、一緒に探すことにした。
「晃ちゃんにも電話したからあとで会おう。俺はこっち探すから、南はそっちよろしく。」
私達は二手に分かれた。
私は道を歩く人々に青のパーカーを着た男の子のことを聞いて回った。
どれだけ走っただろうか。
一向に情報はない。
「どうしよう…。」
そうつぶやいて前を見ると、水野君とばったり出会った。
「…見つかった?」
水野君がこちらに歩きながら言う。
私は首を横に振る。
するとその瞬間、水野君と私の携帯が鳴った。
神楽君からの着信だ。
「進[すすむ]くん、見つかったよ!!」
神楽君の声が私達の携帯の奥から聞こえてきた。
それを聞いた途端、私はその場にへたりこんだ。
その時となりを見たら、水野君も同じ様にしゃがみこんでいた。
「よかった…。」
水野君はそうつぶやいて、腕で顔を覆った。
…何が、あったのだろうか。
家出とかだろうか。
でもあの水野君の顔は、もっと大変な事が起こっているような形相だった。
だが、今の水野君にそんなことを聞く勇気は私にはなくて、ただそこに二人で座って黙っていた。
しばらくそこで待っていると、神楽君と、青いパーカーの中学生くらいの男の子がこっちにやってきた。
私と水野君は立ち上がる。
「…学校の近くの、公園のベンチに座ってた。」
神楽君が言う。
青いパーカーのその男の子は、黙って下を向いている。
「…進。」
そう名前呼んで、水野君が歩いていく。
進君は水野君の方に顔を上げる。
すると、
力強く、
水野君は、進君を抱きしめた。
「ごめんな…。」
そうつぶやいて、さらに強く、進君を抱きしめた。
時が止まったような気がした。
私がなんだかここにいていいのかわからなかった。
ただその二人を見つめていた。
水野君は進君から手を離すと、私に背を向けたまま、
「ありがとう。」
そう一言つぶやいて、神楽君と何か喋ったあと、進君の手を引いて帰ってしまった。
「…千絵ちゃん。」
急に神楽君が口を開いた。
「…今日のこと、圭にはもう触れないであげて。」
「…え?」
「おねがい。」
そう言われたら、うんとしか言えなくなってしまう。
どうしたのか、知りたかった。
「うん…。」
しかし、それが叶わないことも十分に理解出来たので、私はただ、そう言うしかなかった。
5ー青い失くしものー