寂しい夜桜
私が入学してから1ヶ月が経った。
空は、今日も綺麗に晴れている。
私がこの一ノ宮高校に入ることを決めたのは、引っ越しが決まってからすぐだった。
東京都内でも有名な超名門高校。
私は小さい頃から勉強が嫌いな方ではなかったので、田舎者だと笑われない様に頑張っていいところに行こうと思った。
「なんで千絵ちゃんはここに入ろうと思ったの?」
駅のホームで、また神楽君と一緒になった。
「いやー、なんとなくだよ。あんまり理由はないかな。」
「へー、そうなんだ。」
「神楽君は、なんで??」
「俺?」
神楽君が、私の目をじっと見つめて言った。
「完璧になりたかったからだよ。」
そして、付け足したような笑顔でニコッと笑った。
この意外な答えに私は驚いてしまった。
神楽君は、学年で一番頭がいい。
なんだかその言葉に妙な重みを感じた。
「…はよ。」
後ろから声がして、振り返ると水野君がいた。
「圭おはよ!昨日は寝坊しちゃって悪かった。」
神楽君が申し訳なさそうに言った。
「別に。晃ちゃんの寝坊にはもう慣れた。」
水野君が自分の携帯を眠そうに見ながら言う。
本当に二人は仲がいいんだなと思った。
お互いを信頼しているのが見ていて感じられる。
「…おはよ。」
「え!あ!…おは、よう。」
挨拶される準備なんてしてなかった。
「ははっ。大丈夫千絵ちゃん。」
神楽君が私を見てまた笑っている。
ふと思ったが、神楽君が私のことを自然に千絵ちゃんと呼ぶようになった。
別に嫌なわけではないけれど、つくづく神楽君のフレンドリーな性格を尊敬した。
電車に乗って水野君と神楽君か喋っているのを眺めていると、隣に立っている女子高生の声が聞こえてきた。
「ねぇ、あの二人まじやばくない?まじかっこいいんだけど。」
「え、まじあの左の人タイプ。」
最初は気づかなかったけど、よく見たら、二人は本当に綺麗な顔立ちをしている。
彼女とかいるのか、ちょっと聞いてみたくなったが、そんなことできるはずもなく私は一人黙っている。
「ねぇ千絵ちゃん、聞いてる?」
「え?」
神楽君が急に私に話をふる。
「俺さー、どうやったら彼女とか出来んのかなーって。女心わかってるつもりなんだけどなぁ。」
「神楽君、彼女いないの?」
私は目を丸くして聞いた。
「え、うん、いないよ?まぁ俺、こう見えて奥手だからね。」
すると、なぜだか水野君が笑う。
神楽君に彼女がいないなんて、不思議でならない。
「千絵ちゃんは?彼氏とか、いないの?」
「え!私!?私は...。」
「いなそう。」
ぼそっとそう言ったのは、水野君だった。
「なっ!」
「怒んなよ。」
口角を少しあげて、目を細めて笑う。
そりゃいないけど…。
その笑顔を見ると、思わず目を下に逸らした。
これ以上見てしまったら、目を逸らせなくなる。
「ねぇ、千絵ちゃん。」
水野君が携帯を触っている間に神楽君が小さな声で私を呼んだ。
「え?なに??」
私の声も自然と小さくなる。
「…今日帰り、時間ある?」
神楽君が私の目をじっと見つめて言った。
吸い込まれるような綺麗な瞳。
私は見とれてしまっていた。
「うん…大丈夫。」
「そっか。よかった。」
神楽君は、今までにないくらい柔らかい笑顔で笑った。
心臓が、まだ大きく脈打っている。
神楽君は何事も無かったかのようにまた水野君と話し始めた。
帰り、何するんだろうか。
そんな疑問を片隅において、二人の話を黙って聞いていた。
七限目を終えるチャイムが鳴る。
「起立。礼。」
クラス委員に選ばれた神楽君が号令をかける。
そしてついに放課後。
「よし、行こっか。」
私と神楽君は、帰り支度をして教室を出た。
その時、誰かの視線を感じたような気がした。
それが左奥からだと感じたのは、
きっと私の思い込みである。
学校を出て、私がどこに行くのかと聞いても、
「秘密。まぁついて来て。」
神楽君は何も教えてくれない。
「千絵ちゃん、まだこっち越してきたばっかりって言ってたよね?」
私が頷くと、神楽君はそのあとは何も喋らずに、上機嫌な様子で私を連れて歩いていく。
私は、自分の心臓の音が神楽君に聞こえてしまうか心配になるくらい緊張していた。
しばらくすると、見覚えのある路地に入った。
神楽君は相変わらず黙ったままである。
坂を上がりきろうとした時、神楽君は私の手をより強く引いた。
「はい!!着いた!」
そこは、あの場所だった。
「俺の、とっておきの場所なんだー。」
神楽君が私に得意げに言う。
満面の笑みでそう言うから、言えなかった。
この間友達に連れてこられた、なんて。
「すごい…!!綺麗!!!」
「…でしょ?」
しかし二回目とは言えどやはりここから見る景色は最高だった。
私はまた見入ってしまっていた。
ふと隣を見ると、急に神楽君が真剣な顔で私を見る。
夕日が、神楽君の顔を照らして、とても綺麗だ。
「…千絵ちゃんさ、好きな人いないの?」
「え…?」
急に聞かれたので驚いた。
「…いないよ。」
私は頑張って作った笑顔でそう言った。
「俺はいるよ。」
神楽君の顔が、私に近づいたのが横目でわかる。
「千絵ちゃんが好き。」
「え?」
すると、予想もしてなかった言葉が耳に入り込んできた。
「…ダメ、かな。」
「えっ、あのっ、その…。」
私があたふたしていると、神楽君は笑う。
「ははっかわいい。」
「あ、あの…、その…。」
「付き合ってくれる?」
神楽君の顔をちゃんと見ることができない。
「あの、ごめんっ、付き合うのは…。」
「え?」
神楽君は驚いたような声を出した。
「…いや、あのその、付き合うとか…、そんな風には神楽君を見れなくて。」
すると神楽君はふっと笑った。
「…〝まだ〟ね。」
「え?」
「うんわかった。待ってる。」
「えっちょっ…」
そう言うと、神楽君はすぐ立ち上がり、降りようといって私の手を引いた。
「じゃあまた明日。」
「う、うん…。」
神楽君は塾だったので、別々の電車に乗る。
神楽君はなんだか様子が変だった。
私が断って、怒ってしまったのだろうか。
私は人がいない出発待ちの電車の中で、ぼーっと今日のことを考えていた。
まだ出会って1ヶ月。
神楽君がいい人なのはなんとなくわかったつもりでいる。
しかし、それとこれとは話が別なこともわかっていた。
「どうしよう…。」
私は大きなため息をついた。
…あの場所なら絶対成功する。
俺にはそんな自信があった。
なのに、
想像してたあの景色を見た千絵ちゃんの反応はなんだか微妙で。
しかも、俺はふられてしまった。
早すぎたからだろうか。
いや、そんなことで失敗したことなんてない。
こんなこと、初めてだった。
「なんでだよ…。」
俺は塾なんて行く気になれず、
公園のベンチに座っていた。
そしてこのむしゃくしゃを抑えようと、おもむろにポッケから携帯を取り出す。
「…あ、もしもし。今から来れない?会いたいんだけど。」
この時間でも会ってくれそうな彼女を選んで電話をかける。
〝晃一…? 〟
その彼女は三十分も経たないうちに俺のところに来た。
そして俺はベンチから立ち上がり、その彼女に近づいていきなりキスをする。
静かな公園に、聞き慣れたその音が響き渡る。
彼女はそっと俺の体を離すと、心配そうな顔で言った。
「…大丈夫?晃一、なんか変だよ…?」
あぁそうだよ。
いらいらしてる。
なんて本音を言えるわけもなく、作り置きの甘い言葉を彼女に浴びせる。
「好きで好きでたまらなくなったの…。」
俺が小さく低い声でそう言うと、彼女は照れた様子でうつむく。
そして俺を抱きしめてきた。
「じゃ、俺帰るわ。」
最後にもう一度キスをしたあと、彼女の頭を2回ポンポンとたたいてそのまま公園を出た。
帰り道、
夜桜が綺麗に咲いている道をひとりで歩いていた。
「はぁ…。」
俺は肩を落とし、ため息をつきながら家へと向かった。
4ー寂しい夜桜ー