左奥の再会
あかりは線路に落ちたときに軽く足を捻挫したらしく、駅員に連れられて病院へ向かった。
私とその男の人は、ホームにある椅子に座っていた。
電車は来ない。
周りのやじうまもすっかりいなくなって、辺りはしんとしている。
「…あの、ありがとうございました。」
しばらくの沈黙を、私が最初に破った。
「…あぁ。」
今気がついたが、この人は私と同じ制服を着ている。
鼻は高く細い二重の目で、同い年にはなんとなく見えなかった。
「…怪我は?」
「あっ、は、はい、大丈夫ですっ…。」
「そう。」
その男の人は線路を見ながら無表情でそう言った。
電車はまだ来ない。
さっきの会話から、また無言が続いている。
何かしゃべらなければと、私は自然にそう考えていた。
そして、
よし、と心に決める。
「「あの、」」
二人の目が合う。
その瞬間、電車の到着のアナウンスが鳴った。
彼は立ち上がった。
電車のドアが開いて、彼はホーム側の窓際に座る。
私はそんな彼を、じっと見つめた。
電車が走り出す。
私は立ち上がっていた。
すると、思いもよらないことが起こった。
彼が私の方へ振り向いて、口を動かす。
ほんの二秒くらいの、出来事だった。
しかし、
〝ありがとう〟
彼が私にこう言ったのは、
確かだった。
どうしてなのだろう。
確かに彼を助けたのは私だが、
あの時線路に飛び込んだのは、間違いなく私ではなく彼である。
ありがとうだなんて、私なんかに言わないで、
自分のためにとっておいてほしかった。
だけどそれの行き場が見当たらなくて、
私は自分が乗るべき電車が横を通り過ぎるのを目に映しながら、
一人、ホームに立ちすくんでいた。
「ただいま。」
家に着いた時はもう0時を過ぎていた。
私の声に反応したお母さんが、部屋の奥から玄関にやって来た。
「おかえり。遅かったね、なんかあった?」
「うーん、友達にカラオケ誘われちゃって。ごめんね。」
お母さんに余計な心配をかけたくなかったので嘘をついた。
「そう。あんまり遅くならないようにね。あ、じゃあもうご飯食べちゃった?」
「あー…うん。今日は疲れたから、もう寝るね。」
私はそう言いながら廊下を通って自分の部屋に入る。
机にラップがかかった夜ご飯が置いてあったのがドアの隙間から見えたが、気には留めなかった。
部屋に入り、ベットに倒れ込む。
「名前くらい聞けばよかったな…。」
私は疲れていたのか、そうつぶやいてすぐに眠りについた。
そして次に目を開けたときは、遅い朝だった。
「…遅れるっ!」
私は急いで家を出た。
私は自転車を猛スピードで漕いで最寄りの駅に向かう。
初日から遅刻なんて最悪だ...。
そして駅に着いて、ホームで電車を待つ。
すると私は、自然とすれ違う人の顔を見ていた。
いつもならそんな事しないのに、
まるで誰かを探しているかのように、私は周りの人の顔に目をやっていた。
「あー、あのさ、もしかして、南さん?」
「えっ。」
名前を呼ばれて振り返ると、私の後ろに男の人が立っていた。
「そう…ですけど…」
私はびっくりしてうまく喋れない。
「あれ?もしかして覚えられてないかな。」
その男の人は、私と同じ制服だ。
「俺、南さんと同じクラスの神楽晃一[かぐらこういち]っていうんだけど。」
同じクラスであることに驚いた。
てっきり、年上だと思った。
「…え!ごめんなさい!!私、あんまりクラスの人のこと気にしてなくて…。」
「まじかー、残念。」
その人はよく笑う気さくな人だった。
だけどどこかキリッとしててなんでも知ってるような、そんな人。
「南さんって、学校行く時ここから電車乗ってんの?」
「あ、はい!!」
急に質問されて異常に戸惑ってしまう自分が恥ずかしくて、余計に話せない。
「いいよいいよ、気使わないで。俺もここからなんだよ。よろしくね。」
「う、うん、こちらこそ。」
この人は人見知りという言葉なんて知らないんだろうと、自分との極度の差を感じた。
「ってか、この時間だと…、学校遅れるよね。」
神楽君が苦笑いしながら言う。
「ははっ、本当ですね。」
すると、急に神楽君が黙った。
「…?」
私が首を傾げると、神楽君は言った。
「…いや、」
そして、急に顔を近づける。
神楽君の瞳の中に自分が映っているのがはっきり見えて、
私は恥ずかしくなる。
「綺麗だなって。」
透き通るように黒くて吸い込まれるような、
そんな瞳。
「…あ、ごめん。なんでもないや。」
「…。」
心臓が、
止まりそうだった。
そんなこと、こんなにストレートに言われたのは生まれて初めてで。
顔が赤くなっていく自分に、異常に恥ずかしくなってうつむく。
「…ははっ。」
それに気づいたように、
神楽君は笑った。
そして、私達はたわいもない話をしながら、一緒に学校に向かう。
「ほら!!走って!!あと一分だよ!!」
神楽君が私の手を引っ張りながら走っている。
私は運動神経がない自分の足を必死に動かし、廊下を走る。
そして、神楽君が急いで一年一組の教室のドアを開けた。
「間に合ったー!!」
そう神楽君が叫んだ瞬間にチャイムが鳴った。
クラスの人はみんな急いで自分の席に座る。
「南さん?」
神楽君は驚いた顔で、教室に入ってすぐのところで立ち尽くしている私を見た。
だけどその声に私は気づかずに、一直線に教室の左奥を見ていた。
「うそ…。」
その目線の先にはそう、
昨日のあの『彼』がいた。
2ー左奥の再会ー