93話 下山しよう 2
「昨日は見つからなくて、1度拠点に帰ったけどね。今日の朝のうちに見つからなかったら、諦めてた所だわ」
ギリギリだったんだ……あ、危なかった……。
しかし、俺は討伐隊ではなく、救出部隊に所属していた。
事前の説明では救出部隊が例え、行方不明になっても救援は出ないと聞いていたのだが、何故か救援が来たようだ。
それも、騎士団長という立場だ。ただならぬ理由があるに違いない。
「こんなところまで来るなんて、何かあったんですか? 討伐隊は今は休んでるんです?」
すると、2人の顔が一瞬にして曇ってしまった。
「……実はね、討伐隊はすでに撤退したんだ」
「え!?」
確か、討伐作戦は予定では3日ほど行われるはずだ。それがたった1日で……そこまで壊滅的な被害を受けたのかな?
「……といっても、別に壊滅したわけではないから安心して」
「あ、違うんですか」
「実はね……とんでもない化け物が出たんだ」
「……とんでもない化け物……?」
な、なんかやばそう……俺がワイバーンと戦っている最中、そんなものが?
「そいつは、ここら辺の国じゃ有名な話よ」
「それに、実際に数年前にその化け物に、国が1つ滅ぼされた事件が起きたんだ。その国に行ってその姿を見たけど、あれとは絶対に戦いたくないかな」
「そ、そんな化け物がこの山岳に……?」
「ああ、でも国を滅ぼしたあとはどこかに行方が分からなくなっていたんだけど、まさかこの国にいたなんてね」
コウさんですら戦いたくないだなんて……それってかなりまずくない? 一刻も早くここから逃げないと……。
「……その化け物って、どんなやつなんですか?」
「そうだね……分かりやすく一言で言うなら……」
彼は顎に手を当て、答えた。
「“黒い”ワイバーンだ」
…………????
……なんて? 黒いワイバーンって言った? え? まさか、え?
困惑する俺を置いて、ミフネさんが続けた。
「ここに来る途中で救出部隊の奴らとすれ違ったんだけど、その“ブラック・ワイバーン”からあんたが自分たちを逃がすために囮になったって聞いたのよ。……でも、服はボロボロだけど逃げ切ったみたいで良かったわ」
「えっと……はい……」
頭が働かず、上の空になってしまう。そんな俺に、彼らは疑問を感じたようだ。
「どうかしたのかい?」
「ちょっと、どうしたのよ」
頭が働かないまま返答をする。
「あ……えっと……こ、これを見てください……」
俺はかすれた声でそう伝え、収納部屋から倒したワイバーンの死骸を出した。
「あの……昨日倒したワイバーンです……」
2人はそのワイバーンの死骸を見つめたまま、硬直してしまっている。
そして、突然我に返った。
「「はああああああああああ!!??」」
叫び声が響き渡った。鼓膜破れそう。
「え!? え!? まさか、倒したの!?」
「は!? え!? ほんとに言ってる!?」
「えっと……はい」
俺の返答を聞くと、大きなため息をついてその場に座り込んだ。
「全く……あんた……全く……」
「いやぁ……本当に凄い……ね。その、なんというか……凄い……」
語彙力が悲惨なことになっている。そこまでのことなのか。
そういえば、俺が倒したワイバーンと2人が倒したワイバーンは、色々と違うところがあるよね?
話からして、黒いワイバーンは茶色いワイバーンと違う種類なのかな? だとすると、なんで別の種類が同じところに?
「あの……この黒いワイバーンってなんなんですか?」
すると、2人の表情が変わった。
「あんたまさか、モンスターの“魔物化”を知らないの!?」
「……まものか?」
彼女は頭を抱えて、あからさまに呆れている。
「あっきれた……でも、魔物化を知らないならこの化け物に立ち向かったのも頷けるわ」
「まぁまぁ……カイト君、魔物化って言うのはね……」
コウさんから説明された“魔物化”はこうだ。
“モンスター”と呼ばれる生き物は、獣や魔獣と違い、魔力を多く持っている。種によっては、知能を持ったり魔術を使ったりする生き物だ。
”獣や魔獣”とは比べ物にならないほど危険なもの。
“モンスター”とはそう言う生き物だ。
『魔物化』は言わば、“モンスター”の突然変異。
ごく稀に、通常よりも多くの魔力を持った“モンスター”が生まれ、その個体は魔力の影響で体の形が変わり、体色が黒くなる。
人は魔力があると髪が黒以外に染まるが、モンスターはそれと逆らしい。
詳しいメカニズムは分かっていないが、『魔物化』したモンスターはとても強力で、知能も体の大きさも元のものより長けている。
そして、それらの“魔物化したモンスター”は『魔物』と呼ばれる。
モンスターと魔物を区別するために、分かりやすく“ブラック・◯◯(元のモンスターの名称)”と呼ぶとの事だ。
「当然元になる“モンスター”が強力な程、『魔物』は強力なんだ」
「そうよ。それなのに、何も知らないあんたは、全ての生き物の中で頂点って言われているブラック・ワイバーンを倒してしまったのよ」
「……!」
その話を聞いて背筋が凍った。
俺はそんなやつと戦っていたのか……国滅ぼしの魔物と1対1で……。
「はぁ……しかし、どうするかなぁ」
説明が終わるとコウさんが呟き、悩み始めた。
「ちょっと、どうしたのよ」
「あーいや……このワイバーンが出たって知らせを受けて、すぐに王都に早馬を出しちゃったからね」
「そういやそうだったわね」
「きっと今頃、ライナが国民に避難勧告とか、周辺国に戦力要請とかしちゃってるよ……でも、そのワイバーンは君が倒しちゃったからなぁ……」
「あーなるほどね。さっさとこれ報告しないと、面倒くっさい事になるわね」
「そ、そんなにさらっと……」
「な、なんかすいません」
「いや、君には感謝しかないから大丈夫」
頭を抱えるコウさんを尻目に、ミフネさんが問いかけて来た。
「ねぇ、それであんたはなんでその姿になってるのよ」
彼女は俺が“ミウ”の姿を取っている事に疑問を抱いようだ。
「あ、実はですね……」
リティアという少女を助け、何故“ミウ”の姿を取ったのかの過程を話した。
「……なるほどね。あんたなりにその子を気使ったわけ」
「はい、そうです」
「ふーん……で? その子はどこにいるの?」
「あ……えっと、この先に少し行ったところに隠れているはずです」
「分かったわ。目的のあんたとも無事に合流出来たし、その子を保護してさっさと戻るわよ。ほらコウ、ひとまずここから逃げる事に集中しなさい」
「……うん、そうだね」
リティアさんが隠れているあたりにまで2人を案内し、彼女を呼んだ。
「リティアさん! もう大丈夫です! 出て来てください!」
しかし、名を呼んでもなかなか彼女は出てこない。何かあったのだろうか?
「どこにいるんですか?」
「ね、ねぇちょっと待って……あんたが話してるのってまさか」
「……え?」
ミフネさんが呟いた時だった。
「ミ……ミウちゃん……」
右側にあった岩陰からリティアさんが、出て来た。だが、かなり怯えている。
「リティアさん! どうしたんですか……もしかして、なにか……」
「あ……いや、そうじゃなくてね……」
彼女の体は少し震えている。そして、一瞬だけ目線を上にあげた。
その視線の先には険しい表情をしたコウさんとミフネさんがいる。
「ねぇカイト君、その子、まさかエルフかい?」
「え……あ、そ、そうです」
しまった。彼女はエルフだって事を、説明し忘れていた。
にしても、この表情はなに?
いくら、国にいるはずのない種族がいたとしても、ここまで険しい顔はしなくてもいいと思うけど……。
「……その様子だと、知らないみたいだね」
戸惑う俺の様子を見て、コウさんが呆れたかのような声で言った。
「今、エルフとうちの国は緊張状態にあるんだ」
「……え!?」
「実はね……」




