92話 下山しよう 1
「ほ……ほんとに強かったんだ……」
リティアさんは口を押さえて小声で何か言っている。
やっぱり信じてなかった。
とりあえず、俺が強いと証明出来た。これで少しは安心して貰えるだろう。
「とにかく、あれは安全です。崖を降りましょう」
リティアさんの手を引き、最小限の土魔術を使いながら崖をくだった。
くだり終え、ワイバーンの死骸の目の前まで来る。
改めて見ると本当にでかい。周りの大岩が小さく見えるほどだ。
死骸の鱗にヒビが入ったり、所々焦げてはいるものの状態はかなりいい。
「す、凄いね……ミウちゃんって、これより強いんだ……」
リティアさんがまじまじと死骸を見つめながら呟いた。
「……正直、何度も死にかけましたけどね」
「そっか……大変だったね……」
「はい……」
しかし、この死骸はどうするかな。
このままにしておくのはもったいなしな……どこかの某モンスターをハントするゲームみたく素材になったりしないかな?
それに……これ、食べられるのかな?
この世界に来てからというもの、初めて見る生物を色々食べてきた。でも、ワイバーンは食べた事がない。
ちょっと気になるな。どうにかして持って帰ろう。でも、収納出来るかな……。
「リティアさん、少し離れててください」
「え? う、うん」
リティアさんが離れた事を確認して、ダメ元で収納部屋を使ってみた。
すると、いとも簡単に死骸を収納出来てしまった。
「あれ!?」
「え!?」
2人で同時に驚きの声を上げる。
な、なんで収納出来たの!? 戦ってる時は出来なかったのに!?
「ミ、ミウちゃん!? ワイバーンどこ行っちゃったの!?」
目の前にあったものが突然消えて、リティアさんがパニックになっている。
ひとまず何故出来たのかは置いといて、説明をしなければ。
「安心してください。私の魔法で……えっと、見えない空間にしまいました」
「え?!? 魔法? 見えない空間!?」
あれ、かえって更に混乱してない?
というか、今はこんな所で立ち往生している場合では無い。
「と、とにかく私がした事なので安心しでください! 今は少しでも早く山岳から脱出しましょう」
「う…うん、分かったよ……」
結局、謎が解けないまま移動が始まった。この件についてはまた後で考えよう。
その時だった。
突然、前方から爆音と共に何かが吹っ飛んできた。
「わああ!?」
「きゃあ!?」
俺とリティアさんは驚き、同時に飛び退く。
その“何か”は、受け身をとってすぐに起き上がった。
な、なに!?
「ってあれ!? コウさん!?」
「っ!? 君達なんでこんな所に!?」
吹っ飛んで来たのはコウさんだった。
彼はこちらに気がついた様だが、すぐに飛んできた方向へ顔を向ける。
「ごめん! 今君達には構ってられないんだ! どこかに隠れてて!」
そう言って爆音のする方向へ走って行ってしまった。
これはただ事ではなさそうだ。
「リティアさん、隠れててください。私は様子を見てきます」
「う、うん分かった。気をつけてね」
彼女を岩のくぼみに隠れさせ、急いでコウさんの後を追う。
「っ!」
彼らはすぐに見つかった。
「ミフネ! 無事か!?」
「無事に決まってんでしょ! 早くあんたも戦いなさい!」
コウさんが向かった先では、巨大な生物とミフネさんが戦闘をしている最中だった。
その巨大な生物は……。
「な、なんだろあれ……?」
見た感じはワイバーンにそっくりだ。
しかし、俺が戦ったワイバーンと違い、色は黒ではなく全体的に茶色。体表の鱗も、あまり尖っていない。
なにより、体が全体的に“丸い”。
俺が戦ったワイバーンの様な棘はあまり無く、頭にツノも生えていなかった。
大きさも一回りくらい小さい気がする。
別の種類のワイバーンか……? なんか、弱そうだな。
しかし、俺の感じたことと裏腹に、コウさんとミフネさんは苦戦しているようだ。
「ったく、しつこいわねこいつ!!」
ミフネさんが魔杖を掲げると、彼女の背後に無数の火球が現れた。
「っ!?」
1つ1つの大きさは手のひらほどだが、数が尋常では無い。
そして、それらが彼女の右肩、肘、手と辿り、次々とワイバーンの腹部へ向かって発射された。
まるで機関銃だ。
凄まじい爆音がとてつもない速度で連続して響き渡った。
は、速っ!? なんだあれ!?
火球の大きさは決して大きくはないが、威力は申し分のないものだ。
その威力を見るに、俺の様に1つの火球を複数個に分けた訳ではなさそうだ。
それに、放たれた火球は全て同じ場所へと向かっている。その練度も凄い。
『魔術の連射速度は努力次第』
その言葉を思い出す。
あんなに早くなるまで……一体どれだけの努力を……。
「ほら! 今がチャンスよコウ!」
「分かってる!」
彼女の火球は全てワイバーンの腹部へと命中した。その跡は真っ黒に焦げており、ボロボロになっている。
ゴアアアアアアアアア!!!
ワイバーンの地の震える鳴き声が鳴り響いたその瞬間、ワイバーンの懐にコウさんが潜り込んだ。
「ふっ!」
彼が刀を振るうと、黒く焦げていたワイバーンの腹部から大量の血が噴き出した。
ゴア……ア……。
ワイバーンは地へと沈み、動かなくなった。岩に大量の血が流れ出ている。
それを確認した2人は、地面へ腰を下ろした。
「ハア……ハア……ったく……冗談じゃ無いわよ……」
「ハア……ハア……いやー、2人でもなんとかなるもんだね。ふぅ……って、あ!!」
突然コウさんが声を上げたことにより、ミフネさんの体がびくりと震えた。
「なっなに!? 新手!?」
「いや、そうじゃない! さっき吹っ飛ばされた時、女の子2人を見たんだった!」
「はぁ!? それ、先に言ってよね!」
「こっちだ!」
2人は立ち上がり、こちらへと走って来た。そして岩陰にいる俺とすれ違う。
「……あ! ちょっと待ってください!」
いかん、ぼーっとしてた。
慌てて呼び止めると、2人はこちらに振り返り駆け寄って来た。
「君! 大丈夫かい!?」
コウさんが両肩を掴んで問いかけて来た。
「えっあ、はい」
……あれ? 俺って気づいてな…そういえば今はミウの姿だったな。この姿はコウさんには見せたことがなかったっけ。
「……大丈夫です。コウさんとミフネさんもご無事で何よりです」
「……ん? もしかして、あんたカイト?」
「はい、そうです」
「……え?」
以前、ハンター協会でこの姿を見たミフネさんはすぐに気がついてくれた。
しかし、この姿を見たことの無いコウさんは困惑している様だ。
「え、この子がカイト君だって? あの黒髪黒目の?」
「ええそうよ。こいつ、姿を変えられるのよ」
「ええー……て言われてみれば服は同じだけど……本当かい?」
「ええ、本当よ」
なんか、若干引かれた気がするが気にしないでおこう。
「……本当にカイト君なのかい?」
「そうです」
「何? 信じられないの?」
「い、いやほら……髪は長くて白いし、顔だって女の子らしいしさ?」
「それなら一回元に戻って……っ!!」
2人の背後に大きな影が見えた。
腹部と口から血を流しながら立ち上がり、こちらに襲いかかろうとしているワイバーンだ。
「伏せて!!」
「「っ!!」」
伏せたと同時に、両手をワイバーンへ向けて炎魔術 火球を放った。
爆炎がワイバーンを包み、吹き飛ばす。
爆炎が収まると、燃え上がる大きな死骸が転がっていた。
「危なかった……助かったわカイト」
「あ、ああ……助かったよ。ありがとう」
「無事で良かったです。では、元の姿に……」
“カイト”の姿に戻ろうとしたが、コウさんに制止される。
「君がカイト君だってことは分かったよ。あれだけの威力の魔術を使えるのはカイト君くらいだからね。あ、そうだ」
コウさんは何かを思い出したかのように、腰からなにかを手に取った。
「あ、それって……!」
それは、失くした刀だった。
「そう、君の刀なんだけど、この近くに落ちててね。もしかしたら君はここらへんにいるんじゃないかと思って、探していたんだ」
「まぁ、それを見つけた時は肝を冷やしたけどね」
「あ、ありがとうございます」
受け取った刀は所々に傷があるものの、修繕すればまだ使えそうだった。
礼を言って刀をしまうと、コウさんがこちらの顔をまじまじと見てきた。
「にしても、女の子になれるなんて……本当になんでもありなんだね」
「いえ、そんな事は……というか、なんでここに?」
記憶が正しければ、彼らは山岳の麓で戦う討伐隊の最前線にいるはずだ。
そんな彼らが、こんな山岳のど真ん中にいる理由が分からない。
「決まってんでしょ。あんたを助けに来たのよ」
「……僕をですか?」
「そうだよ、無事で良かった」
「昨日は見つからなくて、1度拠点に帰ったけどね。今日の朝のうちに見つからなかったら諦めてた所だわ」
ギリギリだったんだ……あ、危なかった……。




